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流されるな(4)
しおりを挟む送ると言われ断ろうとしたけど、結局拓也のアパートまで一緒に来てしまった。
本当はこのままうちのアパートに連れて帰りたいけど、とも言われたが、それは流石に無理だ。
拓也の家には荷物を色々置いてるし、そもそもこちらが居座らせてもらってる身なのだ。勝手な事情で急に、今日は自分の家に帰りますなんてことはできない。親しき仲にも礼儀ありだ。帰るなら帰るで、ちゃんと言わないと。
ただ別に、英司に言われたから帰るとか、そういうわけでは決してない。
「ここです」
「……へえ。何階?」
そこまで知る必要もないはずだが、もしかして部屋の前まで送るつもりだろうか。か弱い女子じゃあるまいし、そこまでする必要はないのに。
「あの、ここまでで大丈夫なんで。……送って下さってありがとうございました」
「いや、部屋の前まで送る」
アパートを睨みながら少し怖い声で言った英司の、謎の迫力。今から戦いにでも行くのか……?
「じゃあ……」
なんとなく聞くのは憚られたので、部屋まで送ってもらう否、送らせてあげることにした。
拓也の部屋は三階だ。エレベーターに乗ればすぐ着く。降りたらすぐ玄関ドアが見えて、少しだけ通路を歩くだけでよかった。
「ここか……」
「じゃあ、ありがとうございました」
今度こそ別れようとしたが、なぜか英司は動かない。
「帰らないんですか?」
「お前が入るまで見届ける」
「は、はあ?子どもじゃないんだから、そこまでしなくても」
このまま入れば、拓也と英司が鉢合わせかねない。そうなれば絶対面倒なことになるに決まってる。
「いいから、ピンポンしろって」
「ピンポンって。いや、合鍵借りてるんで……」
「はあ?ただの友達相手にそんな簡単に渡すかよ」
「ただのっていうか、すごい仲のいい友達なんで!」
さっきからなんなんだこの人は。そろそろ近所迷惑だしさっさと帰りたい。こうなれば、このまま入るしかないか。
というところで、ガチャ、と開いた目の前のドア。
「おい千秋、さっきから何喋って……」
「た、拓也」
まずい、僅かこの一瞬で一番めんどくさい状況に……!
拓也はドアノブを握ったまま、千秋の隣の知らない人間の存在に固まっている。
そしてそのまま千秋の腕をちょいちょいと引っ張ると、
「このイケメンだれ!?ていうか俺睨まれてる!」
と耳元で手を立てながらコソコソと言ってくる。だから嫌だったんだ、会わせるの……。
「えっと……」
「君が高梨の友達?」
千秋が答えようとすると、遮ってくる英司。完璧すぎる笑顔が逆に怖い。
「あっ、はい!同じ大学の友達で……。えっと、お兄さんとかっすか?」
「お兄さん……?」
英司の完璧な笑顔がピクっと一瞬歪んだのだから、拓也も流石にその笑顔が偽物だと気づいたのだろう、「千秋っ、俺なんかやばいこと言った?」と青ざめている。
まずい、これ以上何か余計なことを言われる前に俺がなんとかしなくちゃ。
「えっと……さっきも言った通り拓也は俺の友達です。拓也、この人は俺の中学時代の先輩で、さっき偶然会ったんだ」
重要なところは全部省いたけど、嘘は言っていない。
「柳瀬英司です」
「俺、鈴木拓也です。先輩だったんですね!まあたしかに、普通兄貴だったら苗字で呼ばねーか……」
拓也が納得するように数回頷く。
「……まあ、そうだな。ところで、高梨がお世話になってるようだけど、明日俺が……」
「わ、わー!」
いきなり何言おうとしてんだ!
英司の言葉をわざとらしく遮ると、不満げな目線が送られてくる。千秋は千秋で「これ以上余計なこと言うな」という目線で返したが、意図が伝わったかどうかはわからない。
「よ、よくわかんねーけど……上がっていきます?」
拓也のかなりズレた気遣いに、「いいのか?」と即座に返答する英司。
いいわけがない。そろそろ堪忍の尾が切れそうになって、千秋は英司に詰め寄ると背中をグイグイと押した。
そして、ヒソヒソ声で訴える。
「もう!本当帰ってくださいよ!」
「おい押すなって。なに、上がったらまずいことでもあんの?」
「ないですけど!拓也に迷惑なんで!」
エレベーターの方まで押してやろうとしたが、途中で立ち止まった英司が、顔だけこちらに振り向く。
「じゃあ約束しろ。明日、ちゃんと帰って来れるな?」
「はあ?約束なんて……」
「約束」
「……わかりましたよ。このまま柳瀬さんが帰ってくれるなら、約束します」
正直、このまま拓也の部屋に留まるのもどうかと考えていた。言われなくても出ていくつもりだったし、だからここで約束してもしなくても、千秋のやることは変わらない。なら、それでさっさと帰ってくれるなら、……これくらい別にいいか。
「ん、わかった。じゃあ帰るな。おやすみ、高梨」
「わっ。……はい、おやすみなさい」
千秋の頭を一撫ですると、さっきまでのしつこさはどこへやら、あっさり来た道を戻っていく。てっきり念を押されると思っていたから少し拍子抜けだ。
英司の広い背中がエレベーターに乗り込んだのを確認すると、千秋もこちらを心配そうに見ていた拓也のところに戻る。
「先輩大丈夫だったのか?なんか話してたみたいだけど」
「ああ……今日は送ってもらっただけだし、帰ってもらった。悪かったな、いきなり連れてきて」
「それは全然いいけどよ」
そう言った拓也は、玄関ドアを開けながら「俺初めて会ったのに嫌われてるのかと思ったわ」と続ける。
ごめん拓也。とてつもなく理不尽な理由で、それはあるかもしれない。
大して気にしていない様子の拓也は、そのまま呑気に笑いながら部屋に入っていった。そして、千秋のすぐ後ろで玄関のドアが閉まる。
千秋は、消えてくれないあの人が頭に触れた手の感覚に、一瞬、眉間に皺を寄せた。
「拓也、話があるんだけど──」
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