5 / 75
隣人を回避せよ(5)
しおりを挟む
すごい勢いでご飯を掻き込む目の前の男を、じとっと見る。
「うまい。そういえばお前、料理できたんだったな」
「……簡単なものですけど」
飯二人分は余裕であったからいいけど、と自分も食事をする手を進める。
まさか腹が減りすぎて倒れたなんて、驚かせやがって。二日水しか飲んでないなんていったい何してたんだよ、そりゃ倒れてもおかしくない。
「ごちそうさま。ありがとな、高梨」
千秋も食べ終えると、英司は二人分の食器を持って立ち上がり「シンクでいいか」と尋ねてきた。
「あ、はい。ありがとうございます」
英司はキッチンの方へ消えていく。
……いや、どう考えてもこの状況、おかしい。
嫌いな相手に手料理をご馳走した挙句仲良くテーブルを囲むなんてありえないだろ。倒れるなんてアクシデントがあったから仕方ないと思えるけど、自分の思いとは裏腹に接触時間が多すぎる。
でも食べ終わったことだし、このまま帰ってくれるだろう。
ところが、キッチンから戻ってきた英司は、当たり前のように千秋の向かい側に再び座った。
「なにしてんですか……」
ひくひくと顔を引き攣らせて英司の顔を見ると、やつはテーブルに肘をついてこちらを無表情に見る。
「なんでそんなツンツンしてんのか、教えてもらおうと思って」
「は、はあ?」
お前のせいだろ!と言いそうになるのを抑えて、英司を睨む。本人を目の前にトラウマ兼黒歴史を掘り返すなんてのは、ごめんだ。
「先週話したのに、知らないふりされるし。その感じだと気づいてたんだろ、俺のこと」
「俺のことは、気づかなかったじゃないですか」
英司は少し目を見開くと、今度は意地悪く微笑んだ。
「なに、悲しかった?」
「な、んなわけねえだろ!」
ふーっふーっと否定すると、英司は満足げに笑った。思わず乱暴な口調になってしまった……
そうだ、この男は昔からこんな感じだった。
強引で、たまに意地悪で、妙に鋭い。そんなところが好きだった時代もあった……けど、今はそれのせいで逆に困っている。
「まあ、あのときコンタクトしてなくて」
「え?」
「俺、目悪いの。急いでたし、よくあることだから気づかなかったんだよ。メガネ常備してるから問題ないしな」
今はコンタクトだ、といらない情報も付け加えてきた。
「なんか高梨っぽい雰囲気だなとは思ったけど声変わりしてるし。前の住人が女の人だったから、新しい人かなってのはわかったんだけど」
いや、その彼氏っていう可能性もあったな。と英司は顎に手をやった。
ちょっと待て、つまり……
俺に気づかなかったのはコンタクトしてなくて顔がよく見えなかったせいであって、記憶から抹消されたわけではなく。
「でも、なんで今さら」
「あの日、用事とか言って急に部屋に入っただろ。名前聞けてないの気づいて今朝表札見に行ったんだ。そしたら高梨って書いてあって、もしかしてってな」
「でも、朝ならなんで今なんですか」
「朝って言っても4時だぞ。一旦家に物取りに行っただけだ。で、本当に高梨か確かめるために急いで帰ってきたら、やっぱりお前だったってわけ。全力で拒否されたけど。納得いった?」
「う……」
二日間何も食べてなかったり、朝4時に一旦帰ってくるとか、普段一体何やってるんだとか、色々疑問点はあった。
が、それよりも怒涛の答え合わせに、全ての辻褄が合っていく、追い込まれていく感覚を覚える。
気づかなかったのは、コンタクトをしていなかったから。今日気づいたのは、俺の部屋の表札を見たから。息切れを起こしていたのは…俺を確かめるために、空腹にもかかわらず急いで帰ってきたから。
「うまい。そういえばお前、料理できたんだったな」
「……簡単なものですけど」
飯二人分は余裕であったからいいけど、と自分も食事をする手を進める。
まさか腹が減りすぎて倒れたなんて、驚かせやがって。二日水しか飲んでないなんていったい何してたんだよ、そりゃ倒れてもおかしくない。
「ごちそうさま。ありがとな、高梨」
千秋も食べ終えると、英司は二人分の食器を持って立ち上がり「シンクでいいか」と尋ねてきた。
「あ、はい。ありがとうございます」
英司はキッチンの方へ消えていく。
……いや、どう考えてもこの状況、おかしい。
嫌いな相手に手料理をご馳走した挙句仲良くテーブルを囲むなんてありえないだろ。倒れるなんてアクシデントがあったから仕方ないと思えるけど、自分の思いとは裏腹に接触時間が多すぎる。
でも食べ終わったことだし、このまま帰ってくれるだろう。
ところが、キッチンから戻ってきた英司は、当たり前のように千秋の向かい側に再び座った。
「なにしてんですか……」
ひくひくと顔を引き攣らせて英司の顔を見ると、やつはテーブルに肘をついてこちらを無表情に見る。
「なんでそんなツンツンしてんのか、教えてもらおうと思って」
「は、はあ?」
お前のせいだろ!と言いそうになるのを抑えて、英司を睨む。本人を目の前にトラウマ兼黒歴史を掘り返すなんてのは、ごめんだ。
「先週話したのに、知らないふりされるし。その感じだと気づいてたんだろ、俺のこと」
「俺のことは、気づかなかったじゃないですか」
英司は少し目を見開くと、今度は意地悪く微笑んだ。
「なに、悲しかった?」
「な、んなわけねえだろ!」
ふーっふーっと否定すると、英司は満足げに笑った。思わず乱暴な口調になってしまった……
そうだ、この男は昔からこんな感じだった。
強引で、たまに意地悪で、妙に鋭い。そんなところが好きだった時代もあった……けど、今はそれのせいで逆に困っている。
「まあ、あのときコンタクトしてなくて」
「え?」
「俺、目悪いの。急いでたし、よくあることだから気づかなかったんだよ。メガネ常備してるから問題ないしな」
今はコンタクトだ、といらない情報も付け加えてきた。
「なんか高梨っぽい雰囲気だなとは思ったけど声変わりしてるし。前の住人が女の人だったから、新しい人かなってのはわかったんだけど」
いや、その彼氏っていう可能性もあったな。と英司は顎に手をやった。
ちょっと待て、つまり……
俺に気づかなかったのはコンタクトしてなくて顔がよく見えなかったせいであって、記憶から抹消されたわけではなく。
「でも、なんで今さら」
「あの日、用事とか言って急に部屋に入っただろ。名前聞けてないの気づいて今朝表札見に行ったんだ。そしたら高梨って書いてあって、もしかしてってな」
「でも、朝ならなんで今なんですか」
「朝って言っても4時だぞ。一旦家に物取りに行っただけだ。で、本当に高梨か確かめるために急いで帰ってきたら、やっぱりお前だったってわけ。全力で拒否されたけど。納得いった?」
「う……」
二日間何も食べてなかったり、朝4時に一旦帰ってくるとか、普段一体何やってるんだとか、色々疑問点はあった。
が、それよりも怒涛の答え合わせに、全ての辻褄が合っていく、追い込まれていく感覚を覚える。
気づかなかったのは、コンタクトをしていなかったから。今日気づいたのは、俺の部屋の表札を見たから。息切れを起こしていたのは…俺を確かめるために、空腹にもかかわらず急いで帰ってきたから。
1
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。


そんなの真実じゃない
イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———?
彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。
==============
人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――
天海みつき
BL
族の総長と副総長の恋の話。
アルビノの主人公――聖月はかつて黒いキャップを被って目元を隠しつつ、夜の街を駆け喧嘩に明け暮れ、いつしか"皇帝"と呼ばれるように。しかし、ある日突然、姿を晦ました。
その後、街では聖月は死んだという噂が蔓延していた。しかし、彼の族――Nukesは実際に遺体を見ていないと、その捜索を止めていなかった。
「どうしようかなぁ。……そぉだ。俺を見つけて御覧。そしたら捕まってあげる。これはゲームだよ。俺と君たちとの、ね」
学園と夜の街を巻き込んだ、追いかけっこが始まった。
族、学園、などと言っていますが全く知識がないため完全に想像です。何でも許せる方のみご覧下さい。
何とか完結までこぎつけました……!番外編を投稿完了しました。楽しんでいただけたら幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる