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本編
28.和解
しおりを挟む爆発音に咄嗟に離れたところにいたアルフォンスに手を伸ばしたが、ウィリアムに抱き込まれてしまった。
「離してください。アルくんを」
アルフォンスを守らないとと腕の中でもがくと、落ち着きないと背中を叩かれる。
「大丈夫だ。ーーウサギ、アルフォンスを」
ウィリアムが呼ぶとすぐに近寄って来たウサギとネコにアルフォンスを渡された。息子の全身を確かめたが、特に血は出たりしてないし、服に破れたところも見当たらない。
「アルくん! 大丈夫? どこも怪我してない?」
「あ! まー?」
問いかけにアルフォンスは、良いお返事をした後、目をうるうるさせて僕の心配をしてくれる。
「良かった……。ママも大丈夫だよ。パパが守ってくれたからね」
安心してとアルフォンスを抱き締めていると。
「お兄ちゃん! やっと見つけた!」
と叫びながら茉莉が部屋に入って来た。
その姿を見た瞬間、腕に抱えたアルフォンスごとウィリアムに抱き込まれる。
「ちょっと、ウィル」
離してと僕が頼む間もなく、詰め寄って来た茉莉がウィリアムの腕に掴みかかった。
「あんた、またお兄ちゃんを! 離しなさいよ」
「嫌だ」
声を荒げる茉莉とは対照的に言葉少ななウィリアムだが、そのトーンは聞いたことないほど地を這うように低く冷たい。僕ですら背筋がひやりとするのに茉莉には全くきいていないらしく、口撃をやめるどころか更にヒートアップした。
「何ですって?! お兄ちゃん、嫌がってるじゃない! 離して!!」
「嫌がってないだろう」
2人の攻勢に挟まれた僕は場をおさめるために口を挟んだ。
「2人とも、ちょっと落ち着いて、」
宥める声は2人の間に掻き消えてしまい、彼らの耳に届かない。
「お兄ちゃんを返して!」
「リヒトは私のだ」
言い合いをやめない2人にどうしたものかと俯くと、腕に抱いたアルフォンスが不安そうな顔で僕を見上げていた。
今日はこの子を心配させてばかりだ。
まー?と僕を呼ぶ息子の声に何かが吹っ切れた。
俯いたまま深く息を吸い込むと、両手でアルフォンスの耳を覆う。
「ストップ!!!」
大声で叫ぶとウィリアムと茉莉はピタッと動きを止めた。茉莉はともかく、ストップの意味が分からないだろうウィリアムも僕の大声に驚いたらしくキョトンとした顔をしている。
「リ、リヒト?」
「お兄ちゃん……?」
「2人とも喧嘩はやめて。アルくんが怖がっているでしょう。茉莉、ウィルの腕を放して。ウィルも僕から少しだけ離れて」
そう真剣に叱るとちゃんと茉莉とウィリアムは不貞腐れながらも逆らうことなく、離れた。
「……分かったわよ」
「……」
カウチに腰掛けながら、2人にも座るように促すとどちらも僕の隣を取り合った。
「私がお兄ちゃん隣に座るの!」
「聖女に窮屈な思いはさせられん。そちらへ1人で座るといい」
そう言ってウィリアムがテーブルを挟んだ対面のカウチを指さすと茉莉がそれをきっぱりと跳ね除ける。
「絶対に嫌よ!」
どちらでもいいから早く座ってくれないかなと思っていると、ウィリアムに先程の情事のことを耳打ちされた。
片付けたとはいえ、ウィリアムと縺れ合っていた場所に妹と座るのは気恥ずかしい。
「茉莉、そっちへ掛けて」
「どうしてよ?!」
「いいから。ウィルはテーブルのところから椅子持って来て」
そう指示すると、ウィリアムは一瞬顔を顰めてこちらを見たが、それでも僕が譲らないと大人しく椅子を抱えて来た。カウチの端に座る僕の隣に置いたのはせめても抵抗かもしれない。
茉莉がまたウィリアムに食ってかかるのを制してから、僕はウサギにお茶の用意を頼む。
「ウサギさん、カモミールのお茶とクッキーを用意してくれる?」
ウサギはこくんと首を縦に振って、テーブルの上にティーセットを準備してくれた。それをアルフォンスが物欲しそうに見ていたので、離乳食も追加で頼んだ。
「ウィルも茉莉もお茶飲んで落ち着いて」
お茶を飲むように促すと、彼らはしぶしぶと言わんばかりにそれぞれティーカップに口をつけたが、カモミールの効果か表情が徐々に和らいでいく。
僕は膝に抱いたアルフォンスに小さな匙で林檎のペーストを食べさせる。
「アルくんもおやつ食べようね。りんごのとろとろだよ~」
「あーい!」
「おいしいね~」
「うー!」
大好きなおやつに両手を挙げて喜ぶアルフォンス可愛い。もぐもぐする頬をつついていると、すっかりいつもの顔に戻ったウィリアムに交代を申し出られた。
「リヒト、代わろう」
「ありがとうございます。アルくん、パパもアルくん抱っこしたいって。パパのとこ行く?」
視線を合わせて尋ねると、アルフォンスはにっこり笑って両手をあげ、ウィリアムに抱っこをせがんだ。そんな息子をウィリアムも笑顔を返しながら、抱き上げた。
「今日は林檎か。おいしそうだな」
そうアルフォンスに話しかけながらウィリアムは匙で掬って食べさせた。
「ウィルの方が食べさせるの上手いですよね。僕の時よりよく食べますし」
僕のときは時々こぼすのにウィリアムが相手だとアルフォンスは綺麗に食べる。
「それはアルフォンスがリヒトに夢中だからだろう。食べ物とリヒト、どちらに集中していいか迷ってしまうんだ」
「そんなものでしょうか」
「恐らくな」
「でも、アルくん、パパのことも大好きですよ」
「ああ、分かっている」
そんなことをウィリアムと話していると、向かいからため息が聞こえてきた。
「茉莉?」
「結構イクメンなのね。お兄ちゃんとぬいぐるみに任せっぱなしかと思ったけど」
イクメンの意味が分からないだろうウィリアムに簡単に説明すると驚いたように目を見開いて茉莉を見た。
「褒めているのか?」
「そこまでじゃないわよ。ーーでも、なんか馬鹿馬鹿しくなっちゃった」
そう言って茉莉は肩をすくめてみせた。
「茉莉?」
「……だって。お兄ちゃん、幸せそうな顔してるし。もっとこいつのこと怖がったり、嫌がったりしてるのかと思ってたのに。普通の家族みたいなんだもん」
拗ねたようにウィリアムを睨みながらも、憑き物が落ちたようなさっぱりとした表情をしている。その瞳には、ウィリアムに会いたいという僕を監禁しようとしていた時見せた狂気はない。
言葉を尽くしてウィリアムとの関係を説明するつもりだったが、実際に今の僕たちを見て茉莉なりに感じるところがあったようだ。
もう大丈夫かもしれない。
でも、僕の言葉でウィリアムやアルフォンスのことを茉莉に伝えたかった。
「……最初はね、怖かったし酷いことされたから、憎かったし恨んでもいた。ウィリアムの側から本気で逃げようとしてたよ。ていうか、さっきまでどうしようか本気で迷ってた」
そういうと茉莉は痛みを堪えるような顔で僕を見つめ返した。そんな妹を安心させるように笑いかける。
「でもね、ウィリアムは僕にしたことちゃんと反省してくれたし、二度としないって言ってくれた」
「でも……」
そう言って口籠もる茉莉に頷いて、僕はちらりとウィリアムを見た。彼は自分のことを語られているのに口を挟むことなく、アルフォンスをあやしながら、黙って成り行きを見守っている。
どうしようもない人だけど、良いところもたくさんあるし、何より僕の愛している人なのだ。
茉莉と仲良くして欲しいとまでは言わないけど、僕を挟んで憎み合うだけの関係でいて欲しくない。
「茉莉の言いたいことは分かるよ。口先では何とでも言えるからね。でも、ウィリアムは僕の信頼を裏切らない。僕に嘘をつく人じゃないんだ」
「……信じられない」
「うん。これまでやったことを考えればそれも仕方ないと思う」
反論せずに理解を示すと、茉莉は僕とウィリアムを交互に見比べた後、ゆっくりと口を開いた。
「でも、お兄ちゃんのことは、信じてる……」
「茉莉……。ありがとう」
茉莉の言葉が嬉しくて、感極まっているとウィリアムにそっと撫でられる。彼の方に目を向けると、穏やかな目で微笑まれた。
少しだけ見つめ合っていると、茉莉はおずおずと口を開いた。
「私のしたことって、無駄だった?」
「そんなことないよ。前にも言ったけど、本当に感謝してる。茉莉が記憶を戻してくれたからこそ、僕はウィリアムに正面から向き合えたんだ」
茉莉がいなかったら、行動を起こしてくれなかったらきっと僕は偽りの気持ちのままウィリアムに従い続けていただろう。
今はもう、そんな関係を僕は望まない。
「茉莉にはすごく助けられたよ」
「そっか……」
「茉莉のお陰で、僕はいま、幸せだよ」
「お兄ちゃん……ッ」
「僕のためにいっぱい頑張ってくれたんだろう? ありがとう。茉莉の気持ち、すごく嬉しい」
「……うぅ……ッ」
とうとう泣き出してしまった茉莉を慰めたいとウィリアムに目で問うと、黙って頷き返してくれた。今だけは特別ということだろう。
嫉妬深い旦那様の了承ももらえたので茉莉の隣に腰掛け、涙に震える身体を抱きしめた。
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