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本編
23.これからのために (*)
しおりを挟む「……あの、どうして見つけた時、すぐ召喚せずに16年も待ったんですか」
見つけた時に連れて来ていたら、もっと違う出会い方が出来ていたんじゃないか。16年も見るだけの生活を送らなくても良かったはずだ。
「私としてはすぐにでもリヒトをーー聖女を連れ帰りたかったが、赤児では安全に世界を渡れなかった。リヒトだけ連れて来ることも考えたが、召喚には聖女の力が必要だったから待ったんだ。身体が成長し、聖女の力が満ちるまで」
「ウィル……」
「ずっとリヒトのことを見ていた。ーー見るだけでは我慢出来ず、そちらの世界を訪れたこともある」
「え、来てたんですか」
「といっても、実体で渡ることは出来なかったから、魔力を分けて作った分身体で会いに行っていた。魔力で作った身体だからリヒトに見えないのは残念だったが」
幽霊みたいなものだろうか。
でも、会ってみたかったな。小さなウィリアムに会ってたくさん話がしたかった。少しでも、彼の孤独が癒えるように。
そんなことを思いながら、ウィリアムを見つめると彼は言いにくそうに口を開いた。
「…………実は夢に入ったことがある。どうしても、リヒトと話がしたくて」
じゃあ、初めて会ったのは、あの神殿じゃなくて夢ってこと?
「全然覚えてません。いつのことですか?」
「リヒトが15、6歳の頃だ。大したことは話してない。リヒトにとってはただの夢の話だ。覚えていなくとも構わない」
どんなに記憶を遡っても、ウィリアムの姿は出て来ない。夢なんて冷めたらすぐに忘れてしまうから仕方ないかもしれないけど。
「でも、僕は覚えていたかったです。あなたとの出会いを」
「……悪かった」
突然の謝罪だった。小さな声だったが、今確かにウィリアムから謝られた。でも、何について謝られてるのかが分からない。
「ウィル?」
「ーー記憶を封じたことを謝りたい」
僕が記憶を、思い出を大事にしていることに思い至っての謝罪だったのか。
まさかこんな素直な謝罪をもらえるとは思わなかった。手段を選ばないウィリアムのことだから、罪悪感など感じないのではと僕の方が思い込んでいたのだ。
「後悔してますか」
「悪かったとは思うが、後悔はない。何度繰り返しても私は同じことをする」
潔いほどきっぱりと言い切られた。罪悪感は感じているが、反省はしていないらしい。ここが最後の関門だ。
これからウィリアムと新しい関係を築くために、彼に変わってもらう必要がある。
「だめです。悪かったと思うなら同じことはしないで下さい。後悔と反省もして頂きます」
真剣な顔で伝えると、彼は目を泳がせ、やがて俯いた。しゅんとした珍しい姿に絆されそうになるが、ここでちゃんと言わないときっとまた同じことを繰り返されてしまう。
だから、僕の気持ちと考えをちゃんと伝えたい。それを知って、ウィリアムにも考えて欲しい。
「記憶を封じられなくても、意識を操られなくても、僕はウィルを愛していた。辱められたことを思い出しても、監禁されていたことに気付いても変わらなかったんです。魔法なんて使わなくても、僕はきっとウィルを特別に想った」
想いが溢れ出すのが止まらない。ウィリアムへの気持ちはストックホルム症候群にも似た感情なのかもしれない。でも、それでも良かった。
僕は確かに彼を愛している。そばにいたいとそう思っている。
「リヒト……」
「離宮で過ごした3年の間、僕は正気ではなかった。でも、その間の記憶はちゃんとあるんです。記憶を消してからのあなたはいつだって僕を大事にしてくれた。不自由がないようにウサギ与えてくれて、寂しくないようにそばにいてくれた。何度も何度も愛してると伝えてくれたでしょう?」
記憶を消された状態での歪な日々だった。でも、ウィリアムからもたらされる全てが彼の愛と優しさだったとちゃんと分かっているし、覚えている。
「最初からそうして伝えてくれたら良かったんです。僕はあなたに大事にされるのも、愛されるのも好きです。ずっと心地良かった。ーーだから、僕たちの関係を魔法で歪ませたことをちゃんと反省して下さい」
これが僕が伝えたい全てだった。これだけ話してもウィリアムに伝わらなければ、その時はーー
彼からの答えを待っていると、強い力に抱き寄せられた。僕の肩口に顔を埋めたウィリアムは戸惑うような声を出す。
「すまなかった……もう二度とリヒトから記憶を奪わない。反省、している」
この人はきっとこんなふうに謝ったことがないんだろう。子どものような台詞だった。
でも、きっと心からの言葉だ。嘘はつかない人だから。
「魔法で意識を操るのもだめです」
「……善処しよう」
「だめです。ちゃんと約束してください」
不安そうな目で見られたが、引く気はない。母親が子どもを叱るように僕はウィリアムと会話を続ける。
「だが、リヒトが私から離れていこうとしたらきっとしてしまう」
「離れませんよ、絶対に」
安心してくださいと背中に手を回して態度でも示す。
「だが……」
「不安になったら、まず僕にそう言って下さい。ちゃんと話し合いましょう。魔法を使う前に。ウィリアムは魔法に頼り過ぎです」
「……」
「あなたが魔法を使うこと自体を否定してるわけじゃありません。僕との関係に持ち込まないで欲しいんです。魔法を使うより先に言葉で気持ちを伝えて、僕の話もちゃんと聞いてください。ね?」
背中をぽんぽんと軽く叩くと、肩口に埋まっていた顔が甘えるように首筋に押し付けられた。この短い間にすっかり甘えっ子になってしまったらしい。
「わかった。魔法は使わない。約束しよう」
「ありがとうございます」
これでもう大丈夫。きっとまた不安になることも想いがすれ違うこともあるだろう。
そしたらまた、こんなふうに話し合いましょうね。
首筋に甘えるウィリアムの髪にそっと口付けると、目を閉じる間もなく、キスされた。
息つく間もないほどの深い口付けにクラクラする。酸欠でふらつくと、やっと口唇が解放された。
「愛してる、リヒト」
「僕も愛してますよ」
何度も繰り返したはずの言葉なのに、初めて交わしたようなくすぐったい気持ちになった。いや、本気で伝えたのは、本当に初めてか。
「ずっとそばにいて欲しい」
「はい。ずっとそばにいますよ」
話し合いたいという僕の希望に沿ったらしいウィリアムは、言葉を惜しまなくなった。とても素直で可愛ささえあって、なんでも叶えたくなってしまう。
「一緒に離宮へ帰ってくれるか?」
「もちろん。でも、閉じ込めるのはもうやめて下さい」
「なぜだ?」
不満そうな顔だ。でも、ここは譲れない。
「妹と約束したんです。会いたい時に会わせて下さい。心配なら一緒にいてくれてもいいので」
「……」
眉間に寄った皺から心の葛藤が伝わって来る。今までのウィリアムならきっとばっさりと却下しただろう。茉莉に16年も嫉妬していた過去もある。
「妹にももう2度と勝手に連れ出さないと約束させます」
「ーー分かった。私がいる時に限り、聖女の出入りは認めよう」
「それから、できれば他のところへも連れて行って下さい。これは出来るだけでいいので」
「なぜだ?」
「うち、毎年家族で旅行に行ってたんです。だからというわけじゃないんですが、ウィルやアルフォンスともたくさん思い出が作りたいんです」
ウィリアムが一人で聖女を探して回ったところを出来るだけ一緒に回りたい。意味がないことかもしれないけど、少しでもウィリアムの傷を癒したい。どこを見ても同じだとそんなふうに思ったままでいて欲しくないという僕のわがままだ。
「家族旅行か。どういうものか分からないが、リヒトが望むなら叶えよう」
「ありがとうございます。ーーウィル、こうやって一つ一つ、話し合っていきましょう? これからもずっと一緒にいるために」
「そうだな。リヒトと話をするのは、楽しい」
「僕もですよ。たくさんお喋りしましょうね」
にっこりと笑いかけると、ウィリアムの瞳がきらりと光った。
「ああ。だがーーそろそろ、別の声も聞かせてくれ」
言い終わると同時に背筋をつうっと撫でられた。
「ひゃあ! ウィル?!」
腰を撫でた手のひらは、下へさがっていく。
「そうその声だ。もっとリヒトの可愛い声が聞きたい」
耳朶を食むように囁かれる。離宮でのことを忘れていないのは、身体も同じ。散々快感を教え込まれたこの身は簡単に熱を灯す。
「ぁ、ちょっと、だめですよ。アルくんの前で」
「アルフォンスならとっくに寝てる」
見るとウサギがいつも使っている揺り籠を揺らしながらこちらを見て頷いた。
「他に心配事はあるか?」
「ベッドまで……」
「ここにはカウチしかない」
そう言って僕を抱き上げると、長椅子へ横たえた。
「り、離宮へ帰りましょう」
「今、魔力が使えないんだ。だから、ここで」
魔力を使えない?
「それはどういうーーんんッ」
仔細を問う僕の口をウィリアムはキスで塞いだ。侵入した舌に上顎を舐められ、僕の舌を絡め取られ、熱を煽られる。キスしながら、着ていたものを順々に剥ぎ取られていく。
「リヒトが欲しい……」
濃紺の瞳が情欲に濡れている。そんな目で見られたら、僕はもう彼を受け入れるしかない。
「ぁ、……んん、……いっぱい、愛してください……」
***************
次回、久しぶりのR-18回です。
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