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本編
9.5 聖女の心配(聖女視点)
しおりを挟むこちらの世界へ来てもう2年が経つ。
一緒に来ているはずの兄の莉人とは一度も会えていない。
国王陛下がいうには、王弟が引き取り、大切に保護しているらしいけど。
年は離れているけど、優しい兄とはとても仲が良かった。
しっかりとした性格に反し、儚げな容姿の兄が腹の底が見えない王族に囲われているときいて、真っ先に貞操を心配したが、周囲の神官たちに王弟殿下に限ってそれはないと笑われた。
国王の唯一の弟、ウィリアム・シンクレアを知らない者はいない。
王弟としての地位よりも、強い力を持った魔術師として有名だった。
ただ、天才にありがちな、とても偏屈な男でどれほどの美姫に言い寄られても、素気無く袖にしているそうだ。
親が結んだ高位貴族との婚約を破棄し、今は平民と結婚したという噂が流れているが真相は分からない。
とにかく謎だらけの男だ。
一度、兄に渡して欲しい手紙をしたためて、会いに行ったことがある。
結果は門前払い。というか、そもそも城で生活していないらしく、城内でしか行えない仕事を終えると魔法でさっさと彼しか行けない離宮へ帰るらしい。
兄もその離宮で保護されているそうだ。
薔薇の離宮と呼ばれるそこは、国内のどこかの森の中にあり、四方を蔓薔薇の這う白壁に覆われ、出入り口もないから王弟以外は誰にも辿り着けないところだと国王は言った。
国王ですら、離宮がどこにあるのか知らないという。
そんな怪しげな場所で無事に生きているんだろうか。
心配で何度も何度も国王にかけ合うと、やっと見るだけならと承諾をもらった。
初めて会った王弟ーーウィリアム・シンクレアはこの国で会った誰よりも美しい青年だった。
白皙の額に掛かった輝く銀髪から覗く深い夜のような濃紺の瞳と目が合い、頬が熱くなるのが分かった。
確かにこの男なら言い寄ってくる女性も多く、よりどりみどり。儚げな美人とはいえ、わざわざ男の兄に手を出すことはないだろう。
「初めまして、マリ・ハヤミと申します。兄のリヒトがお世話になっているとうかがいました」
「挨拶などいい。私はさっさと帰りたい。リヒトの様子を見せればいいんだな?」
「え、ええ。お願いします」
「この時刻なら庭で茶会をしている頃か」
どこかから取り出されたA 5サイズほどのガラスのプレートを見ると、薔薇に囲まれたところに兄が座っている映像が流れた。
音声機能はないらしく声は聞こえない。
兄はウサギのぬいぐるみにしきりに話しかけ、楽しそうにクッキーを食べさせている。
確かに元気そうではあるが、これは本当にあの兄だろうか。
表情はとても幼く仕草も子どもっぽい。
可愛いものを可愛がる人ではあったが、ぬいぐるみに話しかけるような人ではなかった。
「これは、本当に本人ですか?」
「顔を忘れたのか」
「いえ……このぬいぐるみはなんですか? 兄が話しかけているように見えますけど」
「そのウサギは、ただのぬいぐるみではない。リヒトの世話をするぬいぐるみだ。私がいないと寂しがるので、用意した」
「兄は小さな子どもではありません。ぬいぐるみの世話なんて」
「リヒトが世話をするわけではない。ウサギがリヒトの世話をするんだ。リヒトは魔力を持たないからな。食事の世話などをさせている。ーーさて、もういいだろうか。そろそろ帰らないと流石に泣き出してしまう」
「は? 泣き出すとはどういうーー?!」
話をしている最中なのにウィリアムは消えてしまった。
ガラスプレートを見ると、兄のそばにウィリアムが現れた。兄は嬉しそうにウサギを手放し、ウィリアムに駆け寄っている。ウィリアムも兄を優しく抱き寄せ、愛しげな表情で何事かを囁いてーーと、そこで映像はプツリときれ、ガラスプレートは溶けるように消えていった。
「聖女・マリよ。兄の無事が確認出来て、良かったな」
全然良くない。兄は確実にあの男に愛人として囲われている。
酷い扱いを受けてはいないようだが、あの幼い子どものような様子が引っかかった。
どんな手を使っても、兄に会わなければーー
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