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意地悪な恋人2
しおりを挟む月が明るすぎる夜は、星が見えなくなるらしい。
いつも、太陽という大きな存在を前にしている時は気にならないのに、同じ土俵に上がった途端に気になりだすのだから、人間とは勝手なものだと我ながら思う。
もっとも、こんなことも彼女に一緒に「七夕祭りに行きたい」なんて言われなければ、全然気にしなかったのだから、どれだけ単純なんだろうと笑われることを覚悟でいる。
「今年の七夕は、晴れるといいね」
結菜が、スマホで情報を見ながら、声を弾ませている。
どうやら、友人から豪華な七夕まつりの情報を仕入れてきたらしく、しばらく前から一緒に行きたいと強請られていた。毎年豪華絢爛な大型の飾りが楽しめるらしく、家からだと多少距離があるもののどうしても行きたいのだという。
何百という露店でその場所のグルメを堪能できるらしいし、二、三日かけて行われるというそれは、夜間にも照明がともされ楽しめるらしい。これを初めて口にしたときの結菜は、今考えてみれば普段と違っていた。
「昔からやっているお祭りで、すごい大々的なものらしいの!」
珍しく興奮した様子に、そんなに行きたいのかと目を丸めた。
「人は、ちょっと多いかもしれないけれど……。駅から近いところで飾られているから、着いちゃえば、あまり歩かないで済むと思うんだ」
「へぇー」
掲げられたページを見れば、確かに駅からほど近い場所が会場になっているらしい。
七夕三大祭りの一つであるらしく、人気があるのもうなずける。ちょっと人の多さと距離に顔が引きつる。
こちらの感情を、正しく読んだのだろう。結菜がまくしたてるように、ページをスクロールさせながら説明を続ける。
「七夕飾りっていっても、屏風みたいに鮮やかで綺麗な絵が描かれたものとかもあるし。それぞれ大きさもデザインも違っているから、興味がなくても楽しめると思うし」
「こんなのも、あるんだな」
「そう!七夕飾りって、折り紙でつくった輪っか綴りとか、提灯とか貝飾りくらいしか知らなかったけれど、色々あるらしいのっ」
まるで、会社の命運がかかったプレゼンをしているような必死さに、そんなに行きたいのかと感心すら覚えた。どうも自分はそういった感情に疎いらしく、結菜に誘われないと遠出なんてまずしない。毎回毎回、いろいろと計画を立ててくれる彼女には申し訳なく思うが、この前に同じ高校だった八代(やしろ)に出くわし説教されて「嗚呼、予定を立てるのもそりゃあ大変だよな」と反省した手前、反論するつもりなんてさらさらない。
八代は結菜の友人らしく、いかに彼女が素晴らしく、でかい魚なのか力説してきた。
要約すると、「どうしてあんたみたいな男がいいのか分からないけれど、泣かしたらただじゃ置かないからね」というのが、八代のいい分なのだろう。常に俺の好みや性格を考慮し、面倒がられないけれど、マンネリでもないデートプランを考えてくれているらしい。
彼女の希少性は理解しているつもりでいたれど、まだまだ自分の知らない結菜がいるんだなぁと思ったのも記憶に新しい。
そんなことをつらつらと考えていたら、彼女の思考は悪い方に傾いたらしい。
「せ、せっかくだから浴衣着ていきたかったけれど、動きやすい恰好にするから……ダメ?」
うるうると、涙すら浮かべる結菜に驚かされる。
ここまで彼女が必死になる理由は分からないが、否定するつもりはないので祭りに行くと了承する。
結菜は、あれから終始笑顔で、本当に何がそんなに引き寄せられるポイントなんだろうかと首をかしげるしかない。そもそも、毎年天候は良くないのだが、当日は大丈夫なのだろうか?お互いの予定があったのは7日のみで、チャンスは一度しかない。部屋にてるてる坊主を飾って楽しみにしているという結菜にくらべ、あまりに不真面目だったのがいけなかったのか。7日は朝からどしゃぶりの雨で、七夕まつりは中止となった。
「ギリギリまで期待していたい」と言った結菜の気持ちを汲んで、待ち合わせ時間を少し遅らせてみたりもしたが、雨が止むことはなかった。近所でも小規模ながら祭りはやっているが、小規模すぎてどこも雨で中止となっている。「どこか別の場所にいこうか?」と誘ってみたが、「今日出かけるのはやめて、家でおとなしくしよう?」という言葉にうなづくほかなかった。
楽しみにしていた結菜には悪いが、こんな雨では外をうろつくのも大変だ。
紅粉くんの家の近くで用があるから、お家にお邪魔していい?という言葉に甘えて、おとなしく彼女の訪問を待っていた。両親は共働きでいないし、昼めしまで途中で買ってきてくれるというのに、感謝こそすれど文句なんてなかった。のんびりと彼女の訪れを待っていた俺に、衝撃が走った。
「えっ、その格好どうしたの」
ガチャリとドアを開けた目の前には、涼し気な浴衣姿の彼女がいた。
「去年の浴衣引っ張り出してみたんだけど、似合ってないかなぁ?」
「いや、普通に可愛いけど」
こんな雨の中、その格好でうろつくのは大変だったろうに。
どうやってきたのかと問えば、俺の家の近くに用があったのは本当で、お母さんの車に乗せてもらってきたらしい。見慣れない姿に動悸が止まらないが、そこまで七夕を楽しみにしていたなんて、可哀相にすらなってくる。
「とにかく、いつまでもそんな所にいて汚れたらまずいから、中入って」
いつものように手をつないだつもりだったけれど、普段と異なる格好は動きづらいらしい。ゆっくりと下駄を脱ぎ足元を拭いてから、ちょこちょこと後ろをついてくる。着なれないものをわざわざ見せようと着てきてくれたのだから、不満なんてなかった。むしろ、普段と違う服装で、こんなにも鼓動が速くなるのかと新たな発見すらしていた。
「お、遅くてごめんね。せっかくお母さんが出してくれたから、紅粉くんに見せたくて……」
「いや、全然気にしないで大丈夫」
むしろ有難う。というと、結菜はキョトンとした顔をして見せる。
白地に青い桔梗の花があしらわれた浴衣は、涼し気で目にも嬉しい。ついジロジロ眺めそうになるのを何とかこらえ、リビングへ案内する。
「今日は、残念だったね」なんて話ながら、結菜が作ってくれたちらし寿司を皿に盛る。
彼女の母親と用意したというそれは、簡単に混ぜただけだというのが信じられないほど手が込んで見えた。
上には星形のオクラがちりばめられ、錦糸卵と桜でんぷんで天の川を再現している。それだけでも充分なのに、おすすめの店でメンチカツまで買ってきてくれたらしい。
「わざわざ、これを買いに行ってくれたの?」
「今日、七夕祭りが中止になっちゃったから。せめて一緒に変わりのものを食べられたらなぁって」
「そんな、無理しなくてもよかったのに」
「―――紅粉くんに、名物のメンチカツを食べさせてあげたかったの」
以前、たまたま見ていた番組で、名物のメンチカツをみて俺が「食べたい」と呟いたのを覚えていたらしい。
なんとなく口にした言葉を、こんなにも必死にかなえようとしてくれたなんて、申し訳なさすら感じる。こちらはせっかく考えてくれたのだから、結菜に付き合ってやろうなんてとんだ上から目線だった。彼女ははじめから最後まで、ずっと俺のことを考えてくれていたのかと言葉が出ない。
「ごめん」
「えっ……」
「結菜がどうしてあの祭りにこだわっていたのか、全然気づいてなかった」
それは言ってないんだから、しょうがないよと明るく言う彼女に、申し訳ない気持ちが加速する。
「それに、俺はどちらかと言えば、メンチカツより結菜の浴衣姿の方が嬉しい」
こっちはそんな軽い気持ちだったのに、申し訳なさ過ぎて何かせずにはいられない。
「何か、欲しいものとかないの?」
「欲しいもの?どうしたの急に」
「いつも弁当作ってもらったりしているし、お礼に何か買ってあげるよ」
付き合って結構経つし、大学に入ってからはバイトも変えて財布に余裕も出た。
多少高いものでも応える気で返答を待つが、ふふっと嬉しそうに笑ってから手を握ってくる。
「紅粉くんと居られれば、別にいいや」
可愛いことしか言わなくなった結菜に内心悶える。来年こそは月にも雨にも邪魔されないようにと、柄にもなく空へ願いをかけてみた。
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