零れる

午後野つばな

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25話

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 シオンに連れていかれたのは、これまでアオが一度も足を踏み入れたことがないような高級ホテルだった。こんな場所でも堂々と場慣れしているシオンとは違って、仕事上がりのアオは完全な普段着だ。スーツですらなかった。ベルボーイに部屋に案内をされている間も、アオは周囲の目が気になってしかたがなかった。
 やっぱり、自分は場違いじゃないだろうか。
 アオはもじもじとした。
「シオン……」
 顔を上げたアオの唇に、シオンがキスを落とした。驚いたのはアオだけではなく、若いベルボーイも同じだった。偶然キスを目撃してしまった青年は一瞬ぎょっとした顔をしたが、すぐに気がつかないふりをした。
 部屋に入り、シオンがベルボーイの青年にチップを渡す。ドアが閉じた瞬間、アオは壁に押しつけられるようにして、力強い腕の中に閉じこめられた。
「ふ、あっ! シオン……ッ!」
 突然キスされて、アオはびっくりした。逃げるつもりなんてこれっぽっちだってないのに、まるで獲物に襲いかかるようなシオンの瞳に、腰が抜けそうなほどぞくぞくっとした。
 頭の後ろを大きな手に包まれ、耳の後ろをくすぐるように撫でられる。息継ぎをする暇もないくらいに、シオンは性急だった。
 くちゅり、と濡れた音がした。飲み込めなかった唾液が、口の端から伝い落ちる。シオンの手がアオの裾から入り込み、背中のカーブに沿ってその手触りを楽しむように撫で上げてから、そのまま滑り下ろし、臀部をぎゅっと揉んだ。
「フンッ、あ……っ!」
 鼻にかかるような甘い声を出し、アオは思わず羞恥に頬を染めた。
 行為自体は何度もした。シオンとだって初めてじゃない。けれど、こんなに恥ずかしいと思ったのは初めてだった。
 アオは戸惑った。まるで初めて性的な行為を目の当たりにしたヴァージンのように、恥ずかしいと思う自分にどうしていいかわからなくなる。恥じらうように顔を背けたアオを、シオンの青い瞳がじっと見ている。
 アオは、ためらいつつも手を伸ばした。シオンのプラチナブロンドの髪に、そっと触れる。柔らかな髪を撫でていると、胸の奥がきゅっと甘い気持ちで満たされた。
 吸い寄せられるように、キスを交わす。いつの間にか脱がされたアオの服が、ぱさりと床に落ちた。
 アオの太股のあたりに、シオンの固くなったものが押しつけられる。
 アオはうれしかった。シオンが自分に興奮してくれている。シオンの首に腕をまわし、キスを返しながら自分のほうに引き寄せると、シオンの屹立はますます固くなった。
 ふわりと身体を持ち上げられ、ベッドへ運ばれる。移動する間も、互いの唇は離れることはなかった。
 ベッドの上に下ろされる。シオンがアオの首筋に鼻先を擦りつけるように、その匂いを嗅いだ。肌に当たるシオンの前髪がくすぐったくて、アオは身体を捩る。
 シオンのシャツを引き剥がし、平らな胸に手のひらを合わせた。尖った胸の頂を口に含むと、シオンがびくっとした。うれしくなって、アオはますます夢中になった。シオンの胸が大きく上下する。舌で刺激するように弄っていると、止めるように身体を引き離された。アオはフン、と不満に鼻を鳴らした。
 シオンがアオのデニムのボタンに手をかける。確かめるまでもなく、アオのそこは反応していた。ファスナーを下ろした瞬間、アオが素肌の上から直接デニムを身につけていたことにシオンが気づき、手を止めた。シオンの瞳に咎める色を感じて、アオは慌てた。
「も、もう身体は売ってねーよ! あれから一度だってしてない!」
 過去は消せない。あれから一度も身体を売っていなくても、アオの身体が汚れていることには違いはない。それでも、シオンに誤解はされたくなかった。
「お、俺、誇れるようなきれいな身体じゃないけど、あんたと寝てから一度だって誰かと関係を持ったことはない」
「わかっている」
 シオンはアオの頬に触れると、こめかみにキスをした。
「でも、もう二度とするな。絶対だ」
 ベッドの上で互いに足を前へ投げ出すような格好で向かい合って座り、キスを交わす。シオンがアオのデニムを脱がすのを、腰を浮かすようにしてアオも手伝った。今度はシオンの番だ。競い合うようにカチャカチャとシオンのベルトのバックルを外し、互いにふっと笑みを漏らしてから、脱いだスラックスを床に放り投げる。そうしてふたりとも一糸纏わぬ格好で見つめ合ってから、再び吸い寄せられるようにキスをした。
 シオンの手がアオの臀部をすべり、アオの蕾をやわやわと撫でた。
「あっ!」
 アオはびくんとした。
 身体を動かすたびに、互いの身体の間で固くなったそれが触れ合い、ぞくぞくするほどに気持ちよかった。
 双丘のあわいにするりと滑り込んできたシオンの指が、アオの後孔に触れる。アオが誰かと寝たのは、シオンとしたときが最後だ。それから誰にも触れさせるようなことはしていない。まさかこんなことになるなんて思わなかったアオは、セックスをするための準備を何もしていなかった。
「ご、ごめん!」
 慌てて身を引こうとした身体を引き止められる。くるりと身体を反対側にひっくり返された。
「シオン……?」
 何をされるのかわからなくて、戸惑うアオの腰のあたりをシオンの手が撫でたと思ったら、次の瞬間、ぬるりと濡れるものがあった。
「あっ! や……っ! シオンッ!」
 反射的に逃げ出そうとしたアオの腰をシオンの腕がしっかと抑え、犬が舐めるみたいにアオの後孔を舐め溶かす。
「あ……! そんな……っ!」
 アオは、プライドの高いシオンがまさかそんなことをするなんて、想像もできなかった。
 シオンはアオの後ろを濡らしながら、指を増やし、丁寧に解していった。そのとき、シオンの指がアオのいいところに触れた。
「ふぁん……っ!」
 我慢をしようとしても、声を我慢することができない。アオの腰はぐずぐずに解け、誘うように揺れていた。じわり、とアオの内側で何かが濡れる。そのことの意味を考える間もなく、凶暴なまでに固くなったものを後孔に押し当てられた。
「挿れるぞ」
 次の瞬間、シオンのそれがアオの中に入ってきた。
「あーー……っ!」
 びゅびゅっとアオのソレから精液が零れる。それを恥ずかしいと思う余裕はすでにアオにはなかった。
 シオンに揺さぶられるたびに、猛烈な快楽がアオの身体を貫き、開ききった唇からは涎が喉を伝い落ちた。
「ふう……っ! あっ!」
 ぱちゅん、と乾いた音がした。シオンが奥まで貫くたびに、肉がアオの太股の後ろの部分に打ち当たる。
 そのときだった。
「噛むぞ」
 ーーえ……?
 アオが反応するよりも早く、次の瞬間、首の後ろに鋭い痛みを感じた。アオの首筋にシオンの歯が食い込み、鼻の先を微かな血の匂いが掠める。
 どくん。
 鼓動が大きく跳ね上がり、突然ぶわりと全身の細胞が沸騰するような感覚を覚えた。
 どうして……?
シオンに噛まれたのだ、と気がついたとき、アオの瞳から止めどない涙があふれた。
 シオンがいったいどういうつもりでそうしたのか、アオにはわからなかった。アオが感じていたのは、支配欲にも似た猛烈な喜びだった。同時に、シオンに支配されたいという強い欲求。
 シオンがアオの身体を貫く。そのとき、これまで感じたこともない強烈な感覚がスパークするように弾けた。
「あぁーー……っ!」
 一気に貫かれた瞬間、アオはシオンが自分の中で達したのがわかった。
 これはフェロモンのせいなのかもしれない。シオンはアオを好きで抱いているのではないかもしれない。抱いた後、またすぐに後悔するかもしれない。
 ーーそれでもいい。
 アオの瞳から、一度止まった涙が伝い落ちる。
 これがきっと最後だと、心のどこかで、アオは気づいていた。
 たとえシオンが後悔したとしても、自分はきっとこの思いをこの先一生抱えて生きていくだろう。これは、自分にとって一生に一度の恋だ。
 アオの中で達した後、シオンはしばらくそのままの格好で脱力していた。やがてベッドがきしんだのにアオが首だけをまわすと、身体を起こしたシオンがどこかへいくのが見えた。
 アオは反対側を向いて、目を閉じた。
「ほら、飲め」
 ふわりと風が動くのを感じて、頭のあたりに冷たいものを押し当てられる。アオが顔を向けると、それはシオンが手にしたペットボトルの水だった。
 どうして……。もう自分には用がすんだのではなかったのか。
 アオが何も反応できないでいると、シオンはペットボトルの蓋を捻り、水を口に含んだ。それを口移しで飲まされる。アオはごくりと喉を鳴らした。冷たい水が慈雨のように、乾いた身体に染み渡るようだった。
 もっと……。
 アオは瞬きして、じっとシオンを見た。アオの考えがわかったように、シオンが再びペットボトルを口に含む。シオンの顔が近づいてきたとき、アオは自然と目を閉じていた。
 舌を絡め合わせ、キスを交わす。
 シオンの手からペットボトルが落ち、中の水が床に零れた。シオンのそれは、勃起していた。
 シオンがベッドに乗り上げると、その体重でスプリングがギシッと軋んだ。
 アオは上体を起こすと、シオンの胸を軽く手で突いた。シオンの身体がどさりと後ろに倒れる。後ろ手に肘をついて、アオのすることをじっと見ている。
 アオはシオンの胸にキスを落とした。そのまま乳首を口に含むと、固い腹筋がぴくりと反応するのがわかった。ひとによって感度に違いはあれ、胸が性感帯のひとつであることは女も男も違いはない。シオンの場合、さっきアオが触れたときに反応を見せていたから、ひょっとしたらという思いがあった。
 口の中で育てるように刺激を与えていると、シオンの胸の頂はますます固くなった。
「そこはもういい」
 シオンの手が、制止するようにアオの頬に触れる。まだ満足はしていなかったが、アオはひとまず引くことにした。
 アオは頭を下げると、微かに塩の味がするシオンのそれを口に含んだ。先端を舌でつつき、手で根本の部分を刺激しながらゆっくりと上下に動かすと、ただでさえ大きいシオンのそれがぐんと膨らんだ。
 シオンの手がアオの頭をやさしく撫でる。そのことに勇気を得て、アオはますます愛撫をがんばった。
 できることならば、シオンをもっと気持ちよくさせたい。自分にできることを全部してあげたい。
 鼓動がドキドキと鳴った。これからアオがしようとしていることを、シオンは嫌がるだろうか。
 刺激を加えながら、アオはそっとシオンの双丘の間に指を滑り込ませた。シオンがぎくっとしたようにアオから身体を引く。アオはちらっとシオンを見た。
「やっぱ抵抗ある?」
 決して無理強いをしたいわけではなかった。アオはただ、シオンに気持ちよくなってほしいだけだ。
 眉間にぐっとしわを寄せて考えていたシオンは深呼吸をすると、その身体からふっと力を抜いた。
「好きにしろ」
「えっ、まじでっ!?」
 アオはびっくりした。確かにしてあげたいとは思ったけれど、本当にそれをシオンが許すとは思わなかった。
 アオの言葉に、シオンがぴくりと眉を動かす。アオは、あわわと口を手で覆い隠した。
 シオンはやや緊張した面もちで、ベッドに横たわっている。それを見ていたら、申し訳ないけれど一抹のおかしさとともに、じわじわっとうれしさが胸に広がった。
「そ、それじゃあ、遠慮なく。……もし嫌だったらすぐに止めるから」
 どきどきと鼓動が早鐘を打つ。
 アオは、固く引き締まったシオンの腹に手を乗せた。驚かせないようまずは下っ腹のあたりにキスを落とし、同時にやや元気をなくしたように見えるそれを愛撫する。わずかな刺激で、シオンのそれはすぐに元気を取り戻した。
 ほんの少しの痛みも与えたくなかった。ただ快楽だけをシオンに感じてほしい。まさかこんなことになるなんて思ってもみなかったから、専用のローションの類は何も用意をしていなかった。ぐるりと部屋の中を見渡すが、当然のことながら、高級ホテルの一室にそんなものがあるはずはない。アオは少しだけ考えて、さっきシオンがしてくれた方法をとることに決めた。
 身体を起こし、伸びをするようにシオンに口づける。シオンはアオに行為を行うこと自体は許してくれたが、彼の身体はこれからされるであろう緊張に、わずかに固くなっていた。
 アオは焦らなかった。口づけを深くしていくうちに、やがてシオンの身体から少しずつ力が抜けていった。
 アオはだんだんと顔を下げていくと、まずは首筋から、そして胸から下っ腹へ、再び固く起ち上がるものへと愛撫を重ねていった。アオが再びそこに触れたとき、シオンは止めようとはしなかった。ただアオを信じるかのように、自分に施される刺激に身を委ねている。
 アオは、まずは一本シオンの後孔にそっと指を滑らせた。すぐに入れるようなことはせず、蕾の部分をほぐすように何度か撫でる。誰にも触れられたことがないであろうそこは、アオの進入を拒むかのように固く閉ざされていた。
 アオがそこに口づけたとき、シオンの身体はわずかにぴくっとした。アオは舌で唾液を送り込むように、何度も丁寧にシオンの蕾を舐め溶かした。しばらくして、試しに指をもう一度差し入れてみたら、さっきよりも奥まで入った。ちらっとシオンの前を見ると、今度は元気をなくすことなく、固いままだった。
 アオはよしっ、と心の中でガッツポーズをした。
 舌で唾液を送りながら、指で愛撫を繰り返す。ときどき、シオンのそれを弄ってやることも忘れなかった。そうこうしているうちに、最初は指の先っぽですら進入を固く拒んでいたシオンのそこが、二本の指まで呑み込めるほどに柔らかくなった。
 確かこのあたり……。
 アオはそっと抜き差ししていた指を、ぐるりとまわしてみた。そのとき、アオの指先が何か突起のようなものに触れた。
 見つけた!
「うあぁ……っ!」
 シオンがびくりと身体を跳ね上げた。
「やめろ……っ!」
「シオン! 大丈夫、落ち着いて!」
 アオはシオンを宥めた。おそらくシオンの身体は、これまで感じたことのない快楽にびっくりして、素直にそれを快楽だと受け入れられていないのだろう。
「ほら、見て」
 アオはシオンの剛直をやわやわと手で愛撫した。見れば、シオンの先端からは、透明な滴がぽたぽたと零れている。
「ほら、ね。シオンの身体はこれをちゃんと気持ちがいいと思っている。大丈夫だから、怖がらないで」
「気持ちがいい……?」
 アオの言葉に、シオンは愕然とした表情を浮かべた。その問いに応えるように、シオンのそれがふるふるっと震えた。
「ほら、……ね?」
 いまだ驚きを隠せないシオンにそっと口づける。最初はアオが一方的に施しているものだったが、繰り返しているうちにシオンの身体から力が抜け、アオのキスに返してきた。
 アオは再びシオンの後孔に指を滑らせた。そっと蕾の部分を撫でると、シオンの後孔は無理なくアオの指を呑み込んだ。
「……挿れるよ。最初はちょっとずつ挿れるから、気持ち悪かったら教えて」
 ほんの少しだけ不安そうな表情を浮かべるシオンに口づける。それからアオは自身のそれをシオンの後孔にあてがうと、少しずつ中へと押し進めていった。
「ふっ……あっ……!」
 シオンの中は熱くて気持ちがよく、アオは挿れただけで達しそうになった。シオンのそこは、ぎゅうぎゅうとアオ自身を締めつけてくる。やがてすべてがおさまったとき、アオは自分の下にいるシオンを見た。
「シオン……、つらくない? シオン……?」
 身体から汗を滴らせながら、アオは動かしたくなる気持ちをぐっと堪えた。シオンが苦痛を感じていないか、少しでも我慢をしていないかを確かめる。
 そのとき、シオンが腹筋を使って身体を起こし、ちゅっとアオに口づけた。汗で額に張りついた前髪を、さらりと撫でられる。
「お前も我慢しなくていい。動いていいぞ」
 アオはぐしゃりと顔を歪めた。
 腰を使い、シオンの中に自分を打ちつける。
 ふたりとも、シャワーを浴びた後のように全身が汗でびっしょり濡れていた。アオは涙を零すシオンの性器を手で愛撫すると、シオンがわずかな声を発した。
「……っ! は……!」
 キスを交わし、互いに身体を打ちつけ合い、またキスをする。触れているところすべてがぞくぞくするほど気持ちよかった。
 シオンが微かなあえぎ声を漏らすたびに、アオはすべてを許されている気がした。
 アオはぶるぶるっと身体を震わせると、シオンの中で達していた。ベッドに横たわり、はあはあと荒い息を漏らす。
 濃密な花の匂いに酔いそうだ。
 やがてアオはすうっと吸い込まれるように、意識を失った。
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