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しおりを挟む月明かりひとつない暗い夜だった。闇の中で、ローラー音が振動する微かな音が響く。ヴィオラが指定したB地区は町外れにあって、多くの移民や低所得者が暮らす地域だ。治安は悪く、観光客などが訪れる場所ではない。
掃除ロボットは落ち着かないようすであたりを窺った。自分がいまこの場所にいるのは、明らかな規約違反だ。これまで掃除ロボットは一度も命令に背いたことはなかった。初めて命令に背いているという背徳心が、掃除ロボットを苛む。
代わってやろうか、というヴィオラの言葉を本気にしたわけではなかった。自分みたいな旧式のロボットと、世界にもまだ数体しか存在しない希少なアンドロイドが中身を交換することなどあり得ない。
もしも自分が彼のように美しかったら、あの人も見てくれるだろうか。自分に気づいてくれただろうか。
あのときふっと胸に沸いた思いが蘇り、掃除ロボットは狼狽した。
私はいま何を?
自分はどこかおかしいのだろうかという思いが胸に灯る。プログラムで制御できないロボットなど、欠陥品以外の何物でもない。
ジャリ、と小石を踏む音が聞こえた。路地の暗がりから小柄な少年の姿が現れる。少年は両手をポケットに入れたまま、深めのフードを鼻のあたりまですっぽりと被っている。少年はこっちへと、顎で軽く合図をすると、くるりと踵を返した。そのままどこかへ消えてしまいそうで、掃除ロボットは慌てた。
「ま、待ってください。私があの人のことを好きってどういう意味ですか?」
少年が足を止め、振り返る。
「私はただのロボットです。誰か特定の人間に特別な感情を抱くことなどあり得ません」
「だったらなんでここにきたんだよ」
フードの端がずれて、鋭い宝石のような瞳が睨むように掃除ロボットを見た。そこにあるのは何だろう、燃えるような怒り?
「僕たちに感情がないなら、なんでわざわざここにきた? 見つかったらどうなるかなんて容易に想像できただろう? 期待したからじゃないのか、僕の言葉に。違う?」
とん、と胸のあたりを押されて、掃除ロボットは後ろに下がった。確かに自分がいまこの場にいるのは理屈が通らない話だ。誰に命令されるでもなく、掃除ロボットは自らの意思でここにきた。それは何のためだ――?
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