その声が聞きたい

午後野つばな

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「home sweet home」

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 事務処理を終えると、その日の業務は終了となる。テレビ局を一歩出た途端、忘れていた暑さが襲ってきた。白く乾いたアスファルトは永遠にどこまでも続いているかのようだ。
 携帯を取り出し、メッセージを確認した。まず視界に入ってきたのは、さとりがお子さまケータイで撮った写真だ。きょうのさとりの昼食は焼きそばのようだ。紅ショウガが彩りを添えてある。
「おいしそうにできてるな……」
 写真を眺める壮介の口元に柔らかな笑みが浮かんだ。
 ――そうすけ、おしごとおつかれさまです。午前中、そうすけの妹さんかられんらくがあって、旅行にいく間、ニ、三日むぎをあずかってほしいそうです。そうすけに聞いてからへんじをするって答えたけど、よかったかな?
「はあ?」
 続けてさとりから送られてきたメッセージを読んだ壮介は思わず声が出た。むぎとは妹・陽菜ひなの家で飼っている犬の名前だ。人間の歳でいったら九歳くらい、遊び盛りのまだ子犬だ。すぐにさとりに電話をかけようとして、思い直して妹の番号をタップする。
 あいつ、いったいどういうつもりだ。
 数コールの呼び出し音の後、「お兄ちゃん、どうしたの?」という声が聞こえてきた。壮介はさとりから聞いた話を訊ねる。
「どうしたじゃない、むぎをうちで預かるってどういうことだ?」
「ああ、さとちゃんに聞いた? 今度の連休にね、智士さんも久しぶりにゆっくりできるらしくて、母さんたちも誘って旅行にでもいこうかと話をしているの」
 智士さんとは妹の結婚相手で、大手企業に勤めている。若いながら仕事もできるらしく、もちろん壮介も実際に会ったことはあるが、家庭も大事にするいい旦那さんだ。性格は悪くないが多少わがままなところもある妹がよく結婚できたものだと思う。
「それでね、ペットホテルも考えたんだけど、なんだかそれもかわいそうな気がして。お兄ちゃんのところなら、さとちゃんがいるじゃない? お兄ちゃんのとこのマンション、確かペット可だったよね?」
 壮介の部屋で会って以来、妹とさとりの間で交流が生まれたらしい。妹は壮介が留守のときでもときどき三歳になる甥をつれてマンションを訪れているらしく、よく土産のスイーツやおすすめの便利グッズなどが残されている。最近ではさとりの会話からも妹や甥の話がでることがたびたびあって、さとりがうれしそうなので壮介も放っておいていたのだが……。
「さとりもいるってお前なあ……! そういう話なら直接俺に言え。あいつを利用するな」
 上沼とのことですっきりしない気持ちが残っていたのだろう。珍しく声を荒げた壮介に、はっと息を呑むような気配が伝わってきた。
「陽菜?」
 やがて沈黙の後、「……ごめんなさい」という声が返ってきた。
「別にさとちゃんを利用したつもりはなかったんだけど、さとちゃんからお兄ちゃんに言ってもらったら、お兄ちゃん何も言わないかなと思いました。ごめんなさい」
「あ、いや……」
 素直に謝られて、多少八つ当たりをしたという自覚のある壮介はきまりが悪くなる。壮介は息を吐くと、妹に謝った。
「悪い……。いまのは完全に俺の八つ当たりだ。さとりがいいなら俺も構わない。いつでも都合のいいときに連れてきたらいい」
 受話器の向こうから、はあっとため息を吐くような声が聞こえてきた。壮介はなんだと眉を顰める。
「お兄ちゃん、さとちゃんのことが本当に大切なんだね。学生のときからお兄ちゃん、成績優秀でスポーツもできて、女の子には人気あったけど、どこか冷めてるっていうかそつがなさすぎて、正直あるときぷっつり切れちゃうんじゃないかなあって心配してた。いまのお兄ちゃん、そのころとは別人みたい。かっこ悪いけど、いまのお兄ちゃんのほうが好感が持てるよ」
 いったいいつの話をしているんだよと呆れながら、妹の言うことにも若干心当たりのある壮介は居心地悪く押し黙る。確かに昔は妹の言う通りのところがあった。そのときは気づかなかったが、自分が努力すれば叶わないことなどないように、子どもじみた尊大な思い違いをしていたように思う。唯一例外があるとすれば、遠い昔、壮介がまだ子どもだったころ、祖母の田舎で会った年上の青年のことくらいだ。あのときはさとりのことを何も知らなかったけれど、図らずも自分が約束を破ってしまった青年のことを心のどこかでずっと忘れられなかったように思う。
「……わかってるよ」
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