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「さとりの夏休み」
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タヒチは、南太平洋フランス領ポリネシアに属する島で、南太平洋有数のリゾート地として知られている。日本からは直行便で約11時間。そこから軽飛行機で10分ほどの場所にモーレア島はある。緑が濃い山々の周囲をブルーラグーンが囲む雄大な自然に恵まれた島だ。
さとりは飛行機に乗ることも初めてなら、国内の旅行も以前壮介といった温泉旅行くらいしかない。せっかくだからと壮介はさとりのため、新しいスーツケースを用意した。それから新しい着替えが何枚かと、海水パンツも買った。海外旅行がどんなものなのか想像もつかないさとりは、自分のものだという大きなスーツケースを前にして、目をぱちくりさせ、いったい何を入れればいいのだろうとおろおろしていた(悪いがそのときのようすはめちゃくちゃかわいかった)。
今回さとりのパスポートは、龍神と交渉して用意させた。いったい龍神がどんな手を使ったのかはわからないが、さとりのパスポートを目の前にしても、実際に日本を発つまでは、壮介は木の葉か何かに変化してしまったらどうしようと、内心ハラハラしていた。
日本を出立する際、実はちょっとしたトラブルがあった。うちにはペットとは違うのだが、さとりに懐いている白いふわふわの妖怪が二匹いる。前に温泉旅行へいったときには、留守番させられたことに腹を立てた白いふわふわの妖怪から仕返しのように部屋の中を荒らされた。そうはいってもまさか海外旅行にあの二匹を連れていくわけにはいかない。今回の旅行の前、壮介は心配そうなさとりのようすには気づかないふりをして、白いふわふわの妖怪たちに大人しく留守番をしているよう、よく言い聞かせた。ところがその白いふわふわの妖怪たちが、スーツケースの中にこっそり忍び込んでついてきてしまったのだ。
搭乗の時間は迫っている。いまさら家に戻る余裕はないし、白いふわふわの妖怪は頑としてさとりの側から離れまいとする。結局、ほかの人間には見えていないことを考慮して、どきどしながらチェックインをすませ、無事に飛行機が離陸したときには心底ほっとした。
しかし、タヒチからモーレア島へ向かう軽飛行機に乗り換えたころから、肝心のさとりのようすがおかしくなった。急に口数が少なくなって、何かを堪えるようにその瞳を零れんばかりに大きく見開き、唇はきゅっと噤まれている。
「さとり大丈夫か?」
『疲れたか?』
長時間のフライトで疲れたのかと壮介が心配すると、弾かれたようにさとりはぶんぶんと頭を振った。
「だ、大丈夫!」
けれどさとりは拳を握りしめると、またすぐに黙ってしまった。
さとりに喜んでもらいたくて計画を立てた今回の旅行だったが、ひょっとしたら失敗したか……?
壮介が内心で不安になったころ、目の前に美しいエメラルドグリーンの海が広がった。高く澄んだ空の下、透明度の高い海には、色鮮やかな熱帯魚が泳いでいるのが見える。そのとき、壮介はさとりの目から涙がぽろぽろと零れているのに気がついた。
「さ、さとり!? どうした、何があった!?」
『本当は海外旅行なんてさとりはいきたくなかったのだろうか。さとりが喜ぶと思ったのは、自分の思い込みに過ぎなかったのか?』
泣いているさとりの肩を抱き、おろおろと慌てる壮介に、さとりはふるふると頭を振った。
「ち、違うの、おいら、こんなきれいな景色を見たことなくて。そうすけがおいらのためにここまで連れてきてくれたと思ったら、うれしくてどうしたらいいかわからなくなって……」
それきり言葉が続かないとばかりに黙るさとりの瞳は涙に濡れ、けれど喜びにきらめいていた。
「なんだ……」
『うれしくて泣いているのか……』
さとりが泣いている理由がこの旅行が嫌だったわけではなく、ただ感情の許容量を超えてしまっただけだと知って、壮介はその場に崩れ落ちそうなほどほっとした。
「○×△☆■○!」
現地のガイドが壮介たちを見て、指を「グッド」のかたちにする。何を言っているのかわからなかったが、その表情から仲直りをしてよかったとでも言っているのだろうか。
壮介はさとりの肩を抱きながら苦笑いすると、ほっと呼吸を吐いた。
さとりは飛行機に乗ることも初めてなら、国内の旅行も以前壮介といった温泉旅行くらいしかない。せっかくだからと壮介はさとりのため、新しいスーツケースを用意した。それから新しい着替えが何枚かと、海水パンツも買った。海外旅行がどんなものなのか想像もつかないさとりは、自分のものだという大きなスーツケースを前にして、目をぱちくりさせ、いったい何を入れればいいのだろうとおろおろしていた(悪いがそのときのようすはめちゃくちゃかわいかった)。
今回さとりのパスポートは、龍神と交渉して用意させた。いったい龍神がどんな手を使ったのかはわからないが、さとりのパスポートを目の前にしても、実際に日本を発つまでは、壮介は木の葉か何かに変化してしまったらどうしようと、内心ハラハラしていた。
日本を出立する際、実はちょっとしたトラブルがあった。うちにはペットとは違うのだが、さとりに懐いている白いふわふわの妖怪が二匹いる。前に温泉旅行へいったときには、留守番させられたことに腹を立てた白いふわふわの妖怪から仕返しのように部屋の中を荒らされた。そうはいってもまさか海外旅行にあの二匹を連れていくわけにはいかない。今回の旅行の前、壮介は心配そうなさとりのようすには気づかないふりをして、白いふわふわの妖怪たちに大人しく留守番をしているよう、よく言い聞かせた。ところがその白いふわふわの妖怪たちが、スーツケースの中にこっそり忍び込んでついてきてしまったのだ。
搭乗の時間は迫っている。いまさら家に戻る余裕はないし、白いふわふわの妖怪は頑としてさとりの側から離れまいとする。結局、ほかの人間には見えていないことを考慮して、どきどしながらチェックインをすませ、無事に飛行機が離陸したときには心底ほっとした。
しかし、タヒチからモーレア島へ向かう軽飛行機に乗り換えたころから、肝心のさとりのようすがおかしくなった。急に口数が少なくなって、何かを堪えるようにその瞳を零れんばかりに大きく見開き、唇はきゅっと噤まれている。
「さとり大丈夫か?」
『疲れたか?』
長時間のフライトで疲れたのかと壮介が心配すると、弾かれたようにさとりはぶんぶんと頭を振った。
「だ、大丈夫!」
けれどさとりは拳を握りしめると、またすぐに黙ってしまった。
さとりに喜んでもらいたくて計画を立てた今回の旅行だったが、ひょっとしたら失敗したか……?
壮介が内心で不安になったころ、目の前に美しいエメラルドグリーンの海が広がった。高く澄んだ空の下、透明度の高い海には、色鮮やかな熱帯魚が泳いでいるのが見える。そのとき、壮介はさとりの目から涙がぽろぽろと零れているのに気がついた。
「さ、さとり!? どうした、何があった!?」
『本当は海外旅行なんてさとりはいきたくなかったのだろうか。さとりが喜ぶと思ったのは、自分の思い込みに過ぎなかったのか?』
泣いているさとりの肩を抱き、おろおろと慌てる壮介に、さとりはふるふると頭を振った。
「ち、違うの、おいら、こんなきれいな景色を見たことなくて。そうすけがおいらのためにここまで連れてきてくれたと思ったら、うれしくてどうしたらいいかわからなくなって……」
それきり言葉が続かないとばかりに黙るさとりの瞳は涙に濡れ、けれど喜びにきらめいていた。
「なんだ……」
『うれしくて泣いているのか……』
さとりが泣いている理由がこの旅行が嫌だったわけではなく、ただ感情の許容量を超えてしまっただけだと知って、壮介はその場に崩れ落ちそうなほどほっとした。
「○×△☆■○!」
現地のガイドが壮介たちを見て、指を「グッド」のかたちにする。何を言っているのかわからなかったが、その表情から仲直りをしてよかったとでも言っているのだろうか。
壮介はさとりの肩を抱きながら苦笑いすると、ほっと呼吸を吐いた。
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