67 / 85
「さとり温泉にいくの巻」
3
しおりを挟む
生まれて初めて入る大浴場はすごかった。手足を大きく伸ばしても、まだ充分余裕がある。本当にさとりひとりが泳いでもへいきそうだ。
洗い場で髪の毛や身体を洗うのももどかしく、急いで泡を洗い流し、大浴場に飛び込んださとりを、そうすけが洗い場でゆっくりと身体を洗いながら声をかける。
「さとりー。足元濡れてるから、滑って転ぶんじゃないぞー」
「う、うん。だいじょうぶ」
すごい。すごい。こんなにお湯がいっぱい。これだけのお湯、いったい何日分くらいあるんだろ。
そわそわと落ち着かない気持ちでざばりと内湯から出て、露天になっている外湯へと向かう。
ピーヒョロロロ……。
山の緑は瑞々しく、薄い雲がかかった空は吸い込まれる美しさだ。お風呂につかったままきれいな景色を眺めることができるなんて、なんて贅沢なことだろう。
少し熱めの湯に、ひんやりとした風が肌に心地よかった。ひとしきりばしゃばしゃと泳いだ後、さとりは岩肌に頬杖をついてぼんやりと景色を眺めた。ざあっと葉擦れの音がする。
こんなに幸せで夢みたい……。
うっとりと目をつむれば、まぶたの裏に映る光がキラキラと乱反射した。どこか近くの木の枝から、涼やかな鳥の鳴き声が聞こえる。
テレビでその存在を知ってから、「温泉」はさとりの憧れだった。大きな湯船で家族みんなが仲良く一緒に入って、その中ではなんと泳ぐこともできるらしいというのだ。
こんやもするのかな……。
ーーさとり……。
ふいに、低く艶やかなそうすけの声が耳元で聞こえた気がして、さとりは全身からぼんっと火を噴きそうになった。
何も温泉にきたからといって、そうとは決まったわけじゃない。でも、昼間やっていたドラマでは、温泉にいった恋人たちはみんなめくるめく時間を過ごしていた。だとしたら、きっとそうすけも……。
そのとき、ガラガラとガラスの引き戸が開く音が聞こえて、そうすけが露天に入ってきた。
あ……。
「どうだ、さとり。気持ちがいいか?」
当然のことながら、そうすけも裸だ。引き締まった肉体を惜しげもなくさらして、そうすけがさとりの隣へと入ってくる。
「ちょっと温度が熱いか……?」
「う、うん」
さとりはドキドキした。そうすけの裸を見るのはもちろん初めてじゃないのに、なぜか恥ずかしくてそうすけのほうが見られない。
「さとり?」
『どうかしたのか?』
伸びてきた手をとっさに振り払ってしまい、さとりはかあっと真っ赤になった。
「あ、ち、違うの……っ」
自分がおかしな態度をとっていることはわかっているのに、どうしていいのかわからない。
鼓動が激しく鳴っている。そうすけがわずかに目を見開き、不審そうにさとりを見ている。濡れたそうすけの上半身が眩しくて、その身体に抱きしめられたときのことを思い出したらもうだめだった。
「ひゃあ!」
さとりはぎゅっと瞼をつむると、ざばっと勢いよく湯殿から立ち上がった。
「さとり?」
ど、どうしよう……!? おいら変だ……!
「お、おいら、もう一回中のお風呂に入ってくるね!」
「あ、おいっ」
『……さとり?』
そうすけが止めるのも聞かず、さとりは逃げるように内風呂へと向かう。
どうしよう。せっかくそうすけと一緒に「温泉」にきたのに、本当はうれしくてたまらないのに、おかしな態度をとっちゃった……。
いまからそうすけの元へ戻ろうか、それでもし万が一おかしな態度をとってしまったらどうしようとさとりが迷っていると、そうすけが露天から内風呂に入ってきた。
「あっ」
「先に出てるから、さとりはゆっくりしてていいぞ」
『のぼせるんじゃないぞ』
そうすけは普段と変わらないようすでさとりに声をかけると、そのまま大浴場から出て行った。
「あ……っ」
せっかくそうすけと一緒に「温泉」に入れるのを楽しみにしていたのに、自分がおかしな態度をとってしまったせいで台無しにしてしまった。
さとりはしょんぼり肩を落とすと、ぶくぶくと鼻の下まで沈んでいった。
しばらくしてさとりが部屋に戻ると、そうすけは窓際のスペースで涼みながら、旅館の案内を眺めているところだった。
「風呂、気持ちよかったか?」
「う、うん」
見慣れないそうすけの浴衣姿が格好よくて、さとりはどぎまぎする。さとりを見つめるそうすけの目がふっとゆるんで、おいでおいでと手招きされた。
……?
素直に近づいたさとりはそうすけに浴衣の帯を解かれる。
す、するのっ……?
「合わせ方が反対。それじゃ死んだ人だよ」
期待にドキドキと胸を高鳴らせるさとりの前で、そうすけはさとりの帯をいったん解くと、右襟を下に持ってきて、再び結び直してくれた。
「ほら、これでいい」
ぽん、と胸の前を叩かれる。
「あ、ありがと」
ひとりで勘違いしたことに、さとりはかあっと赤くなった。さとりの頭をそうすけはくしゃりと撫でた。
「すぐ側に川があるみたいだ。夕食前にいってみるか?」
「う、うん」
あれ? なんだかおかしい。
木のキーホルダーがついた部屋の鍵を手にするそうすけの後を追いかけながら、さとりは内心首をかしげていた。温泉旅行とは「そういうこと」をいっぱいするための旅行のはずなのに、そうすけの態度はいつもと変わらないままで、そんな気配は微塵も感じられないのだ。
やっぱりおいらが変な態度をとったから怒っているの?
けれど、そうすけの背中からはこれっぽっちも怒っている気配は感じられず、それどころかうきうきした感情が伝わってくる。
そうすけ……?
「さとり」
立ち止まったそうすけが振り返り、さとりに向かって手を伸ばす。その手をとりながら、さとりはぐるぐるとわけのわからない不安にとらわれていた。
洗い場で髪の毛や身体を洗うのももどかしく、急いで泡を洗い流し、大浴場に飛び込んださとりを、そうすけが洗い場でゆっくりと身体を洗いながら声をかける。
「さとりー。足元濡れてるから、滑って転ぶんじゃないぞー」
「う、うん。だいじょうぶ」
すごい。すごい。こんなにお湯がいっぱい。これだけのお湯、いったい何日分くらいあるんだろ。
そわそわと落ち着かない気持ちでざばりと内湯から出て、露天になっている外湯へと向かう。
ピーヒョロロロ……。
山の緑は瑞々しく、薄い雲がかかった空は吸い込まれる美しさだ。お風呂につかったままきれいな景色を眺めることができるなんて、なんて贅沢なことだろう。
少し熱めの湯に、ひんやりとした風が肌に心地よかった。ひとしきりばしゃばしゃと泳いだ後、さとりは岩肌に頬杖をついてぼんやりと景色を眺めた。ざあっと葉擦れの音がする。
こんなに幸せで夢みたい……。
うっとりと目をつむれば、まぶたの裏に映る光がキラキラと乱反射した。どこか近くの木の枝から、涼やかな鳥の鳴き声が聞こえる。
テレビでその存在を知ってから、「温泉」はさとりの憧れだった。大きな湯船で家族みんなが仲良く一緒に入って、その中ではなんと泳ぐこともできるらしいというのだ。
こんやもするのかな……。
ーーさとり……。
ふいに、低く艶やかなそうすけの声が耳元で聞こえた気がして、さとりは全身からぼんっと火を噴きそうになった。
何も温泉にきたからといって、そうとは決まったわけじゃない。でも、昼間やっていたドラマでは、温泉にいった恋人たちはみんなめくるめく時間を過ごしていた。だとしたら、きっとそうすけも……。
そのとき、ガラガラとガラスの引き戸が開く音が聞こえて、そうすけが露天に入ってきた。
あ……。
「どうだ、さとり。気持ちがいいか?」
当然のことながら、そうすけも裸だ。引き締まった肉体を惜しげもなくさらして、そうすけがさとりの隣へと入ってくる。
「ちょっと温度が熱いか……?」
「う、うん」
さとりはドキドキした。そうすけの裸を見るのはもちろん初めてじゃないのに、なぜか恥ずかしくてそうすけのほうが見られない。
「さとり?」
『どうかしたのか?』
伸びてきた手をとっさに振り払ってしまい、さとりはかあっと真っ赤になった。
「あ、ち、違うの……っ」
自分がおかしな態度をとっていることはわかっているのに、どうしていいのかわからない。
鼓動が激しく鳴っている。そうすけがわずかに目を見開き、不審そうにさとりを見ている。濡れたそうすけの上半身が眩しくて、その身体に抱きしめられたときのことを思い出したらもうだめだった。
「ひゃあ!」
さとりはぎゅっと瞼をつむると、ざばっと勢いよく湯殿から立ち上がった。
「さとり?」
ど、どうしよう……!? おいら変だ……!
「お、おいら、もう一回中のお風呂に入ってくるね!」
「あ、おいっ」
『……さとり?』
そうすけが止めるのも聞かず、さとりは逃げるように内風呂へと向かう。
どうしよう。せっかくそうすけと一緒に「温泉」にきたのに、本当はうれしくてたまらないのに、おかしな態度をとっちゃった……。
いまからそうすけの元へ戻ろうか、それでもし万が一おかしな態度をとってしまったらどうしようとさとりが迷っていると、そうすけが露天から内風呂に入ってきた。
「あっ」
「先に出てるから、さとりはゆっくりしてていいぞ」
『のぼせるんじゃないぞ』
そうすけは普段と変わらないようすでさとりに声をかけると、そのまま大浴場から出て行った。
「あ……っ」
せっかくそうすけと一緒に「温泉」に入れるのを楽しみにしていたのに、自分がおかしな態度をとってしまったせいで台無しにしてしまった。
さとりはしょんぼり肩を落とすと、ぶくぶくと鼻の下まで沈んでいった。
しばらくしてさとりが部屋に戻ると、そうすけは窓際のスペースで涼みながら、旅館の案内を眺めているところだった。
「風呂、気持ちよかったか?」
「う、うん」
見慣れないそうすけの浴衣姿が格好よくて、さとりはどぎまぎする。さとりを見つめるそうすけの目がふっとゆるんで、おいでおいでと手招きされた。
……?
素直に近づいたさとりはそうすけに浴衣の帯を解かれる。
す、するのっ……?
「合わせ方が反対。それじゃ死んだ人だよ」
期待にドキドキと胸を高鳴らせるさとりの前で、そうすけはさとりの帯をいったん解くと、右襟を下に持ってきて、再び結び直してくれた。
「ほら、これでいい」
ぽん、と胸の前を叩かれる。
「あ、ありがと」
ひとりで勘違いしたことに、さとりはかあっと赤くなった。さとりの頭をそうすけはくしゃりと撫でた。
「すぐ側に川があるみたいだ。夕食前にいってみるか?」
「う、うん」
あれ? なんだかおかしい。
木のキーホルダーがついた部屋の鍵を手にするそうすけの後を追いかけながら、さとりは内心首をかしげていた。温泉旅行とは「そういうこと」をいっぱいするための旅行のはずなのに、そうすけの態度はいつもと変わらないままで、そんな気配は微塵も感じられないのだ。
やっぱりおいらが変な態度をとったから怒っているの?
けれど、そうすけの背中からはこれっぽっちも怒っている気配は感じられず、それどころかうきうきした感情が伝わってくる。
そうすけ……?
「さとり」
立ち止まったそうすけが振り返り、さとりに向かって手を伸ばす。その手をとりながら、さとりはぐるぐるとわけのわからない不安にとらわれていた。
0
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説
おっさん家政夫は自警団独身寮で溺愛される
月歌(ツキウタ)
BL
妻に浮気された上、離婚宣告されたおっさんの話。ショックか何かで、異世界に転移してた。異世界の自警団で、家政夫を始めたおっさんが、色々溺愛される話。
☆表紙絵
AIピカソとAIイラストメーカーで作成しました。
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした
なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。
「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」
高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。
そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに…
その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。
ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。
かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで…
ハッピーエンドです。
R18の場面には※をつけます。
強面な将軍は花嫁を愛でる
小町もなか
BL
異世界転移ファンタジー ※ボーイズラブ小説です
国王である父は悪魔と盟約を交わし、砂漠の国には似つかわしくない白い髪、白い肌、赤い瞳をした異質な末息子ルシャナ王子は、断末魔と共に生贄として短い生涯を終えた。
死んだはずのルシャナが目を覚ましたそこは、ノースフィリアという魔法を使う異世界だった。
伝説の『白き異界人』と言われたのだが、魔力のないルシャナは戸惑うばかりだ。
二度とあちらの世界へ戻れないと知り、将軍マンフリートが世話をしてくれることになった。優しいマンフリートに惹かれていくルシャナ。
だがその思いとは裏腹に、ルシャナの置かれた状況は悪化していった――寿命が減っていくという奇妙な現象が起こり始めたのだ。このままでは命を落としてしまう。
死へのカウントダウンを止める方法はただ一つ。この世界の住人と結婚をすることだった。
マンフリートが立候補してくれたのだが、好きな人に同性結婚を強いるわけにはいかない。
だから拒んだというのに嫌がるルシャナの気持ちを無視してマンフリートは結婚の儀式である体液の交換――つまり強引に抱かれたのだ。
だが儀式が終了すると誰も予想だにしない展開となり……。
鈍感な将軍と内気な王子のピュアなラブストーリー
※すでに同人誌発行済で一冊完結しております。
一巻のみ無料全話配信。
すでに『ムーンライトノベルズ』にて公開済です。
全5巻完結済みの第一巻。カップリングとしては毎巻読み切り。根底の話は5巻で終了です。
首輪 〜性奴隷 律の調教〜
M
BL
※エロ、グロ、スカトロ、ショタ、モロ語、暴力的なセックス、たまに嘔吐など、かなりフェティッシュな内容です。
R18です。
ほとんどの話に男性同士の過激な性表現・暴力表現が含まれますのでご注意下さい。
孤児だった律は飯塚という資産家に拾われた。
幼い子供にしか興味を示さない飯塚は、律が美しい青年に成長するにつれて愛情を失い、性奴隷として調教し客に奉仕させて金儲けの道具として使い続ける。
それでも飯塚への一途な想いを捨てられずにいた律だったが、とうとう新しい飼い主に売り渡す日を告げられてしまう。
新しい飼い主として律の前に現れたのは、桐山という男だった。
Shadow★Man~変態イケメン御曹司に溺愛(ストーカー)されました~
美保馨
恋愛
ある日突然、澪は金持ちの美男子・藤堂千鶴に見染められる。しかしこの男は変態で異常なストーカーであった。澪はド変態イケメン金持ち千鶴に翻弄される日々を送る。『誰か平凡な日々を私に返して頂戴!』
★変態美男子の『千鶴』と
バイオレンスな『澪』が送る
愛と笑いの物語!
ドタバタラブ?コメディー
ギャグ50%シリアス50%の比率
でお送り致します。
※他社サイトで2007年に執筆開始いたしました。
※感想をくださったら、飛び跳ねて喜び感涙いたします。
※2007年当時に執筆した作品かつ著者が10代の頃に執筆した物のため、黒歴史感満載です。
改行等の修正は施しましたが、内容自体に手を加えていません。
2007年12月16日 執筆開始
2015年12月9日 復活(後にすぐまた休止)
2022年6月28日 アルファポリス様にて転用
※実は別名義で「雪村 里帆」としてドギツイ裏有の小説をアルファポリス様で執筆しております。
現在の私の活動はこちらでご覧ください(閲覧注意ですw)。
【完結】淫魔属性の魔族の王子は逃亡奴隷をペットにする 〜ペットが勇者になって復讐にきた〜
鳥見 ねこ
BL
「呪印を消してあげようか。キミが俺のペットになるなら」
魔王の第4王子ラシャは、瀕死になっていた若い人間の逃亡奴隷レオンをペットにした。
王子は魔族と淫魔の混血の影響で、生き物から細々と精気を貰わなければ生きられなかった。
逃亡奴隷は人間離れした強さを恐れられ、魔法封じの呪印で声を封じて奴隷落ちさせられていた。
利害が一致した2人は、呪印を消すために共に生活する。そうするうちに、心も体もお互いに依存していく。
そんな2人の別れの日は、必ず来る。
【逃亡奴隷のペット×魔王の第4王子】の話。のちに【勇者×魔王】となる。
※R18の話にはタイトルの後ろに✳︎がつきます。
※軽めのグロ・欠損あります。
※淫魔(インキュバス)の独自設定が出てきます。
※攻め視点のエロあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる