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「さとり温泉にいくの巻」
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正座をしたさとりの前に、「ばらえてぃ」番組に出演したそうすけの姿が映っている。
ーーいいか、さとり。見ちゃけないとは言わないが、無理して見なくていいんだぞ。
『ったく、なんで俺がクイズ番組になんか……』
「ばらえてぃ」番組の出演を断れなかったと告げたときのそうすけはなぜか気が重そうで、けれど見てはいけないと言われなかったので、さとりは番組が始まる三十分前には、白いふわふわの妖怪とともに、テレビの前に待機していた。
「一般に成虫のときは小型で、その名前がある貝の形に似た羽根に由来する蝶はなんでしょう?」
そうすけの手が丸いボタンを押し、ぴこーん、と音がなる。
「シジミチョウ!」
「はい、荻上さん正解です!」
四十代くらいの司会者の声に、きゃーっという歓声がかぶる。
「花咲さん、気持ちはわかりますが、えこひいきはだめですよ」
窘める司会者に、きれいな洋服を着た女の人が恥ずかしそうに頬を染めると、会場からはドッと笑い声が起こった。そんな周囲の空気にも我関せずといったようすで、そうすけはいたって普段のそうすけだ。
「そ、そうすけすごいね」
さとりだったら、あんなにたくさんの人が見ている中で、なぞなぞなんて緊張して考えられないだろう。そうだねと同意したのか、興味がないのか、白いふわふわの妖怪がさとりの回りでぴょんぴょんと跳ねる。
「それでは最後の問題です。正解しますと、特別にボーナスポイントで三倍になります」
会場から、「おお~っ」とどよめきの声が上がる。
「今回の賞品は、誰もが一度はいってみたい憧れの超高級温泉旅館一泊旅行です」
画面に映るそうすけの表情がわずかに引き締まった気がして、さとりはどきどきした。手のひらにじわっとかいた汗を太股にこすりつける。超高級温泉旅館がどういうものなのかさとりはわからなかったが、そうすけが欲しいのなら、さぞや素晴らしい賞品なのだろう。
ドコドコドコ……とドラム音が鳴る。
画面を見つめるさとりの背筋がぴんと伸びた。
そうすけ。がんばって!
手のひらを胸の前でぎゅっと握りしめて、さとりは画面の向こうにいるそうすけにエールを送る。
「日本には昔からさまざまな妖怪が存在すると言われています。さて、人間の心を見透かし、その姿は猿のように醜く、みんなから嫌われ者の妖怪は何でしょう?」
ぴこーん、と音が鳴る。
「はい、荻上さん!」
カメラがぐっとそうすけに近づく。そのとき、なぜかそうすけの顔が躊躇うように沈黙した。スタジオの中に張りつめた空気が流れる。
そうすけ? どうしたの?
そうすけの顔がなぜだか不機嫌そうな、ひどく微妙なものに思えて、さとりは首を傾げた。
「どうしましたか?」
司会者の声にそうすけは一瞬だけぐっと唇を引き締めると、「一部どころか間違いだらけだけどな……」ぼそっと呟いてから、「覚」と答えた。
「荻上さん、見事正解です! 豪華賞品高級温泉旅館一泊旅行です! おめでとうございます!」
スタジオに歓声が沸く。さとりも、おおっと目を見開き、正座したままパチパチと拍手した。
「さすが人気アナウンサー。知識の幅が広いですね。旅行はどなたかといかれるんですか?」
景品らしきものを受け取りながら、そうすけが「ええ、まあ……」と言葉を濁す。
「すごいね、すごいね。そうすけはすごいね」
見事優勝したそうすけをきらきらした目で見つめるさとりのまわりで、白いふわふわの妖怪がぴょんぴょんと跳ねる。
「ーーさっきの違いますよ」
音楽が流れ始め、和やかな雰囲気で番組が終わろうとしていたとき、その声は聞こえた。
「え?」
司会者も、ほかの出演者たちも、怪訝な表情でそうすけを見る。会場の中は、いったい何を言い出すんだという微妙な空気に包まれた。それでもそのまま番組を終了することができずに、戸惑いつつも「違うって何がですか?」と訊ねる司会者に、そうすけはまっすぐな視線を向けると、「さっきの質問、問題自体が間違っています。覚という妖怪は猿のように醜くも、みんなから嫌われてもいませんよ」しれっとした顔で答えた。
「えっ」
という司会者の声とともに、CMに切り替わり、番組が終わる。その後、ツイッターやSNS上で「荻上壮介は一体どうしたんだ!?」と騒然となったことに、普段ネットを使わないさとりはもちろん知らない。
ーーいいか、さとり。見ちゃけないとは言わないが、無理して見なくていいんだぞ。
『ったく、なんで俺がクイズ番組になんか……』
「ばらえてぃ」番組の出演を断れなかったと告げたときのそうすけはなぜか気が重そうで、けれど見てはいけないと言われなかったので、さとりは番組が始まる三十分前には、白いふわふわの妖怪とともに、テレビの前に待機していた。
「一般に成虫のときは小型で、その名前がある貝の形に似た羽根に由来する蝶はなんでしょう?」
そうすけの手が丸いボタンを押し、ぴこーん、と音がなる。
「シジミチョウ!」
「はい、荻上さん正解です!」
四十代くらいの司会者の声に、きゃーっという歓声がかぶる。
「花咲さん、気持ちはわかりますが、えこひいきはだめですよ」
窘める司会者に、きれいな洋服を着た女の人が恥ずかしそうに頬を染めると、会場からはドッと笑い声が起こった。そんな周囲の空気にも我関せずといったようすで、そうすけはいたって普段のそうすけだ。
「そ、そうすけすごいね」
さとりだったら、あんなにたくさんの人が見ている中で、なぞなぞなんて緊張して考えられないだろう。そうだねと同意したのか、興味がないのか、白いふわふわの妖怪がさとりの回りでぴょんぴょんと跳ねる。
「それでは最後の問題です。正解しますと、特別にボーナスポイントで三倍になります」
会場から、「おお~っ」とどよめきの声が上がる。
「今回の賞品は、誰もが一度はいってみたい憧れの超高級温泉旅館一泊旅行です」
画面に映るそうすけの表情がわずかに引き締まった気がして、さとりはどきどきした。手のひらにじわっとかいた汗を太股にこすりつける。超高級温泉旅館がどういうものなのかさとりはわからなかったが、そうすけが欲しいのなら、さぞや素晴らしい賞品なのだろう。
ドコドコドコ……とドラム音が鳴る。
画面を見つめるさとりの背筋がぴんと伸びた。
そうすけ。がんばって!
手のひらを胸の前でぎゅっと握りしめて、さとりは画面の向こうにいるそうすけにエールを送る。
「日本には昔からさまざまな妖怪が存在すると言われています。さて、人間の心を見透かし、その姿は猿のように醜く、みんなから嫌われ者の妖怪は何でしょう?」
ぴこーん、と音が鳴る。
「はい、荻上さん!」
カメラがぐっとそうすけに近づく。そのとき、なぜかそうすけの顔が躊躇うように沈黙した。スタジオの中に張りつめた空気が流れる。
そうすけ? どうしたの?
そうすけの顔がなぜだか不機嫌そうな、ひどく微妙なものに思えて、さとりは首を傾げた。
「どうしましたか?」
司会者の声にそうすけは一瞬だけぐっと唇を引き締めると、「一部どころか間違いだらけだけどな……」ぼそっと呟いてから、「覚」と答えた。
「荻上さん、見事正解です! 豪華賞品高級温泉旅館一泊旅行です! おめでとうございます!」
スタジオに歓声が沸く。さとりも、おおっと目を見開き、正座したままパチパチと拍手した。
「さすが人気アナウンサー。知識の幅が広いですね。旅行はどなたかといかれるんですか?」
景品らしきものを受け取りながら、そうすけが「ええ、まあ……」と言葉を濁す。
「すごいね、すごいね。そうすけはすごいね」
見事優勝したそうすけをきらきらした目で見つめるさとりのまわりで、白いふわふわの妖怪がぴょんぴょんと跳ねる。
「ーーさっきの違いますよ」
音楽が流れ始め、和やかな雰囲気で番組が終わろうとしていたとき、その声は聞こえた。
「え?」
司会者も、ほかの出演者たちも、怪訝な表情でそうすけを見る。会場の中は、いったい何を言い出すんだという微妙な空気に包まれた。それでもそのまま番組を終了することができずに、戸惑いつつも「違うって何がですか?」と訊ねる司会者に、そうすけはまっすぐな視線を向けると、「さっきの質問、問題自体が間違っています。覚という妖怪は猿のように醜くも、みんなから嫌われてもいませんよ」しれっとした顔で答えた。
「えっ」
という司会者の声とともに、CMに切り替わり、番組が終わる。その後、ツイッターやSNS上で「荻上壮介は一体どうしたんだ!?」と騒然となったことに、普段ネットを使わないさとりはもちろん知らない。
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