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おまけSS「おとぎ話のそれから」
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さとりが帰ってきたのは、それから一時間も経たないころのことだった。平日はさとりが引き受けてくれている風呂掃除をすませ、壮介がキッチンでコーヒーを入れていると、カチャカチャと鍵を開ける音が聞こえた。玄関までさとりを出迎えにいく。
「おかえり」
まさか壮介がいると思っていなかったのか、さとりはその場でぴょこんと飛び上がるほどにびっくりしてから、慌てたように何かを後ろ手に隠した。
「た、ただいま!」
その態度は明らかに不自然だ。
……なんだ?
壮介はわずかに目を細めた。それ以上は突っ込まずにリビングへと向かうと、背後でさとりがほっとしたような気配がした。
……なんだよ。そんなに知られたくないのかよ。
胸の中に、ちくんと小さな棘が刺さる。こんなことぐらいで子どもみたいに拗ねている自分が嫌だが、苛立つ気持ちはどうしようもできない。
「そ、そーすけ……?」
苛立つ壮介の感情に、さとりが戸惑っている。まずい、落ち着かなければと思っても、どうしようもなく心が波立った。ざわざわとして、落ち着かない。
コーヒーメーカーからマグカップにコーヒーを注いで、ひとくち飲んだ。そうしている間にも、早く気持ちが平静になれと念じる。
「あ、あの、おいら……」
さとりは、おろおろとそうすけを見ている。
何か知らぬ間にそうすけの気持ちを害してしまったただろうか? また何かおかしなことをしてしまっただろうか?
さとりの瞳は、心を映す純粋な鏡だ。たとえ相手の心なんか読めなくったって、壮介はそのときさとりが何を考えているかがわかる。
不安に揺れるさとりの瞳を見て、壮介は舌打ちした。マグカップをカウンターの上に置くと、さとりを抱きしめた。
「……ごめんな。ちょっとだけ苛々していた。お前は何も悪くないよ。すべて俺が悪いんだ」
「そうすけ……?」
さとりが壮介のほうへ顔をかたむけた。
さとりの身体がわずかに放つその匂いを嗅ぐと、壮介はそれまで苛立っていた自分の心が次第に落ち着いてくるのを感じた。それは壮介の腕の中にいるさとりにもわかったのだろう。身体から緊張を解いたさとりが手を伸ばし、壮介の頬に触れる。
「あ、そうだ! あのね、おいらね、そうすけに渡すものがあるの」
ぴょこんと跳ねるように、さとりの髪が揺れる。仕方なく壮介が身体を離すと、さとりはそれまで後ろ手に隠していた小さな包みをおずおずと差し出した。
子どもが喜びそうなファンシーなイラストが描かれたラッピングペーパーに包まれた細長いものは、不格好に赤いリボンが結ばれている。
「……これは?」
壮介が訊ねると、さとりはちょっとだけ恥ずかしそうに、けれど花のようにふわりと笑った。
「そうすけ、おたんじょうびおめでとう! こういうとき、人間はぷれぜんとを贈るんでしょう? ドラマで言ってた」
……誕生日? 壮介の誕生日はバレンタインデーと一緒だ。まだ三ヶ月以上も早い。
「……さとり、おまえそれをどこで知ったんだ?」
さとりの気持ちを傷つけてしまわないよう、けれど事実だけは確認したくて壮介が訊ねると、さとりは小さく首をかしげた。
「前にお掃除をしていたら、そうすけが載っている本を見つけたの。それに書いてあった」
さとりの言葉に、そうすけは思わず顔をしかめてしまった。なぜなら、さとりの言う雑誌に心当たりがあったからだ。
それはまだ壮介がアナウンサーになったばかりのころ、プレゼント特集だかなんだかの女性誌の取材を受けたことがあった。自分には関係がないから断りたかったのだが、仕事上のつきあいで断れなかったのだ。しかも、誕生日が間違った情報で載ってしまい、その後局に女性ファンからのプレゼントがたくさん届いてしまったといういわくつきのものだ。一度パラリと目を通して新聞広告と一緒に捨てたつもりでいたが、あれがどこかに残っていたのか? しかもそれをさとりに見られていたとは。決して見られて困る内容ではないとはいえ、若いときの恥部を知られたようでなんだか居心地が悪い。
「そ、そーすけ……? あの、おいら……?」
「おかえり」
まさか壮介がいると思っていなかったのか、さとりはその場でぴょこんと飛び上がるほどにびっくりしてから、慌てたように何かを後ろ手に隠した。
「た、ただいま!」
その態度は明らかに不自然だ。
……なんだ?
壮介はわずかに目を細めた。それ以上は突っ込まずにリビングへと向かうと、背後でさとりがほっとしたような気配がした。
……なんだよ。そんなに知られたくないのかよ。
胸の中に、ちくんと小さな棘が刺さる。こんなことぐらいで子どもみたいに拗ねている自分が嫌だが、苛立つ気持ちはどうしようもできない。
「そ、そーすけ……?」
苛立つ壮介の感情に、さとりが戸惑っている。まずい、落ち着かなければと思っても、どうしようもなく心が波立った。ざわざわとして、落ち着かない。
コーヒーメーカーからマグカップにコーヒーを注いで、ひとくち飲んだ。そうしている間にも、早く気持ちが平静になれと念じる。
「あ、あの、おいら……」
さとりは、おろおろとそうすけを見ている。
何か知らぬ間にそうすけの気持ちを害してしまったただろうか? また何かおかしなことをしてしまっただろうか?
さとりの瞳は、心を映す純粋な鏡だ。たとえ相手の心なんか読めなくったって、壮介はそのときさとりが何を考えているかがわかる。
不安に揺れるさとりの瞳を見て、壮介は舌打ちした。マグカップをカウンターの上に置くと、さとりを抱きしめた。
「……ごめんな。ちょっとだけ苛々していた。お前は何も悪くないよ。すべて俺が悪いんだ」
「そうすけ……?」
さとりが壮介のほうへ顔をかたむけた。
さとりの身体がわずかに放つその匂いを嗅ぐと、壮介はそれまで苛立っていた自分の心が次第に落ち着いてくるのを感じた。それは壮介の腕の中にいるさとりにもわかったのだろう。身体から緊張を解いたさとりが手を伸ばし、壮介の頬に触れる。
「あ、そうだ! あのね、おいらね、そうすけに渡すものがあるの」
ぴょこんと跳ねるように、さとりの髪が揺れる。仕方なく壮介が身体を離すと、さとりはそれまで後ろ手に隠していた小さな包みをおずおずと差し出した。
子どもが喜びそうなファンシーなイラストが描かれたラッピングペーパーに包まれた細長いものは、不格好に赤いリボンが結ばれている。
「……これは?」
壮介が訊ねると、さとりはちょっとだけ恥ずかしそうに、けれど花のようにふわりと笑った。
「そうすけ、おたんじょうびおめでとう! こういうとき、人間はぷれぜんとを贈るんでしょう? ドラマで言ってた」
……誕生日? 壮介の誕生日はバレンタインデーと一緒だ。まだ三ヶ月以上も早い。
「……さとり、おまえそれをどこで知ったんだ?」
さとりの気持ちを傷つけてしまわないよう、けれど事実だけは確認したくて壮介が訊ねると、さとりは小さく首をかしげた。
「前にお掃除をしていたら、そうすけが載っている本を見つけたの。それに書いてあった」
さとりの言葉に、そうすけは思わず顔をしかめてしまった。なぜなら、さとりの言う雑誌に心当たりがあったからだ。
それはまだ壮介がアナウンサーになったばかりのころ、プレゼント特集だかなんだかの女性誌の取材を受けたことがあった。自分には関係がないから断りたかったのだが、仕事上のつきあいで断れなかったのだ。しかも、誕生日が間違った情報で載ってしまい、その後局に女性ファンからのプレゼントがたくさん届いてしまったといういわくつきのものだ。一度パラリと目を通して新聞広告と一緒に捨てたつもりでいたが、あれがどこかに残っていたのか? しかもそれをさとりに見られていたとは。決して見られて困る内容ではないとはいえ、若いときの恥部を知られたようでなんだか居心地が悪い。
「そ、そーすけ……? あの、おいら……?」
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