その声が聞きたい

午後野つばな

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「夏休みの自由研究にね、クワガタを捕まえたいの。おにいさん、このへんでクワガタがどこにいるか知ってる?」
 それなら知っている。クワガタはクヌギやコナラの木にいることが多い。さとりがその場所を案内してやると、そうすけは賢そうな目をきらきらとさせて、
「すっげー!」
 と叫んだ。
『こんなにいっぱい見たのは初めてだ!』
 そうすけの心の声からも、その喜びと興奮がさとりに伝わってくる。さとりはにわかに心配になった。目の前の少年がクワガタに乱暴するようには思えない。でも……。
「そ、そのクワガタはどうするの?」
 ひときわ大きなクワガタを持っていた虫かごに入れている少年に、さとりは訊ねた。人間の中には昆虫採集をして、標本にする者もいたからだ。
「どうするって?」
『飼育して育てるけど……』
 続けて聞こえてきた心の声に、さとりはほっとした。
「な、ならいいんだ」
「……?」
『……まだ何も言ってないのにへんなの』
 さとりの態度に少年は怪訝な顔をしていたが、あまり突き詰めて考えるタイプではないのか、すぐにケロリと開き直った表情になった。
「そうすけー」
 そのとき、遠くのほうから少年を呼ぶ声がした。見ると、田園の向こうに少年の祖母らしき姿が見える。
「あ、やべっ」
『黙って出てきちゃったんだった』
 そうすけは、ぺろっと舌を出した。
『帰らなきゃ』
「えっ」
 さとりは声を上げた。少年が帰ってしまうと聞いて、さっきまで弾むように高鳴っていた胸が、しゅんと萎れてしまうような気がした。
 帰ってしまうのか……。
 できればもう少しだけ一緒にいたい。そうすけと話をしていたい……。
「ま、また会えるっ?」
 そうすけがびっくりした顔でさとりを見ている。
「なんで?」
 心底不思議そうに訊ねられ、さとりはしょんぼりと肩を落とした。じっと地面を見下ろす。
 やっぱりおいらなんかと一緒にいたいはずはない。そんな者、いるはずがないと、いままで何度も思い知らされた思いが胸を刺す。
「別にいいけど」
「えっ」
 ふいにケロリとした口調でそうすけに言われて、さとりはびっくりして顔を上げた。
「ほ、ほんとにっ!? い、い、い、いつ? いつまた会えるっ?」
 まさかいいと言ってくれるなんて思わなかった。なんだか信じられない思いで、勢い込んで訊ねるさとりに、そうすけは目をまん丸くした。
『自分から訊いておいておかしいの』
 賢そうなその表情に面白がるような色が浮かぶ。
「別にいいよ。ほかに予定なんてないもん。あした昼ご飯を食べたらまたくるね」
 ばいばい、と手を振って祖母のもとへと駆けていく少年の後ろ姿を、さとりは信じられない思いで見つめていた。
 またあしたそうすけに会える。おいらと話をしてくれる。
 それまで虫や草花を眺めることが唯一の楽しみだったさとりにとって、それは信じられないほどの出来事だった。
 またあした。日が沈んで、朝日が昇ったらそうすけに会える。
 夕日が山の稜線を赤く染め、夜空に星がまたたくのを見つめながら、さとりは早くあしたがくればいいのにと、焦がれるような思いで願った。
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