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第116話 ちっぽけな才能

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 対戦相手の特徴と挙動を、菊臣はつぶさに観察する。
 若槻聖の身長はおよそ180㎝ちょっと、体重は70kg前後ぐらいだろう。プロのテニス選手としてやっていくには、ギリギリ及第点といったところ。体重はトレーニングで増やせるとしても、身長はもう少し欲しい。今年で十七歳であることを踏まえれば、まだ多少は伸びるかもしれない。しかし伸びたところで、いいとこ2,3cmが関の山。トップで戦う選手は、今や190cm前後がテニス界における世界グローバル・標準スタンダードだ。無論例外はいるが、選手の大型化は男子のみならず女子にも及ぶ。若槻聖の身体的な才能は「普通を少し下回る程度」という評価に落ち着く。一方、身長191cmの菊臣自身は、そこだけを見れば充分合格点だろう。

 どのスポーツにおいてもいえることだが、身長の高さは多くのアスリートにとって得難い才能だ。種目によっては、身長がそのまま選手のポテンシャルを決めるといっても過言ではない。しかしテニスの場合、身長はアドバンテージにこそなり得るが、決定的な要因とは言い難い。テニス史上歴代最強と呼ばれるロジャー・フェデラーの身長は、公式データによると185cm。過去にグランドスラムを制した選手の平均身長も、180cm~190cm(※諸説ある)。このことから、一説ではテニスにおける最適な身長は185~190cmであるとも言われている。大きすぎる身体や長すぎる手足は、却って動作の邪魔になったり、故障を抱えてしまう要因にもなるのだ。

 限られたコートのうえを、縦横無尽に、前後左右に駆け回る。
 全力で走り、急に止まり、ゆっくり動いて、そしてまた走る。
 時には高く跳び、また時には地面にすれすれのボールを拾う。
 道具を使い、高速で飛来する球を正確に打ちコートに収める。

 スピードは必要だ。パワーも欠かせない。柔軟性は必須だろう。判断力と想像力も無くてはならない。優れた指導者は不可欠だし、他人と上手くやる処世術は重要だ。怪我をしない頑強さや回復力はツアーを戦うのに肝心で、金銭的な余裕はあればあるほど良い。

 世界の頂点で戦う為に、テニス選手に求められるものは殊のほか多い。身長が平均より高いだけ、ボールを打つのが多少人より上手いだけ、その程度の要因では、とても充分とはいえない。しかし、形として目に見えやすい身体的特徴は、多くの場合においてその選手に対する正確な評価を違えてしまう。それは時として、長くテニスの世界に身を置く者であっても、例外ではない。

――お前は日本人離れした身長と、器用さを併せ持ってる

――菊臣なら、ATPトップ10、いや一桁も夢じゃないさ

――日本人男子初のグランドスラム制覇、叶えてくれよ

 自分には才能があり、周囲もそれを認めてくれるという事実が、菊臣のなかに確かな自信を育んだ。それは彼にとって、厳しいトレーニングや、挫折を乗り越えるための支えや力になった。順当にその才能を開花させていく若き日の菊臣が、自らの意志で頂点を目指そうと決めたのは、自然な流れと言えるだろう。周囲との歴然とした差が、期待を寄せてくれる温かい声が、菊臣の人生の決断に影響したことは、言うまでもない。

「Game,Toguchi.3-1」

 開幕に若槻のサービスゲームをブレイクし、菊臣が先行していた。身体の調子は悪くない。それどころか、いつになく良い方だ。膝の痛みも、肘の違和感も、肩の具合も、全く気にならない。いつもの癖で首や肩を回し、僅かな違和感さえ見落とさぬように、菊臣は身体の状態を確認する。

(早苗のお陰だな)
 菊臣の恋人である桐生早苗きりゅうさなえは、日頃から何かと菊臣の身体を気にかけていた。国内外から最新のサプリメントを用意し、食や薬、人体に関する豊富な知識をもとに、栄養管理のサポートなどをしてくれている。何かと怪我の多い菊臣を、彼がプロ選手として活躍し始めた当初から、早苗はずっと傍で彼を献身的に支えてきた。初めて大きな怪我で長期離脱を余儀なくされた菊臣が、諦めずにカムバックできたのは、彼女の存在に因るところが大きかった。

(まぁ、上の舞台で戦うとなるとこうはいかないがな)
 菊臣自身の不断の努力と、大切な人のサポートが、ギリギリのところで彼の選手生命を繋ぎとめていた。だが結局のところ、今日の試合で身体にかかる負担が少なく済んでいるのは、オールカマーズという特殊な試合条件であることが最大の要因だと菊臣は分析している。本来なら、テニス選手は一週間以上をかけて、幾試合もこなしてトーナメントを勝ち上がらなければならない。決勝戦ともなれば、最も疲労が溜まった状態で挑むことになる。一番疲れた状態で、一番強い相手と戦う。それが決勝戦という舞台だ。無論、それはファイナリスト同士、お互い様ではあるのだが。

(プラス、相手がコイツで本当に助かった)
 対戦相手の若槻聖。モザンビーク・オールカマーズに、チャンピオンとして出場する義務のあった菊臣は、チャレンジラウンド開催中、別の場所でチャリティーイベントへ参加していた。そのイベントの終わりに、元同期の幾島から急に連絡が入り、後輩が困ってるから助けてやってくれと頼まれ向かった先にいたのが、若槻だった。

 あどけなさの残る、優し気な青年。それが若槻に対する第一印象だ。言い換えれば頼りなさしか感じなかったわけだが、話を聞くと意外なほどの決断力と行動力でこのモザンピークまでやってきたことが分かった。年齢の割に生意気さがなく、非常に真面目さを感じさせる性格。それはただ初対面かつ年上である自分に畏まっているだけというわけではなく、彼の生来の誠実さのあらわれに思えた。そんな彼の試合をいくつか観戦したが、露骨に闘争心を剝き出しにして悪態をつく相手であろうと、若槻は決して自分は感情的にならなかった。それどころか、相手が有利になるような振る舞いを見せるなど、一部の観客からは真面目クンシンシア・ベイビーと呼ばれるほど、紳士的な態度を崩さなかった。

(オマケに、プレーも実に優等生だ)
 菊臣の目から見て、若槻のテニスは実に分かり易かった。既に辞めているらしいが、若槻はつい最近まで日本のATCに所属していたという。そこでは、菊臣の後輩にあたる篝烈花かがりれっかコーチに指導を受けていたそうだ。篝のコーチとしての手腕は菊臣も認めるところだが、いかんせん戦術面がオーソドックスになり過ぎるきらいがある。言うなれば個性を伸ばすより、苦手を減らす方針なのだろう。バランスよく、平均値の底上げを目指すような育成だ。加えて、彼女は礼儀礼節にうるさい。

(綺麗にまとまりすぎだな)
 若槻が打ち損ねてしまったボールが、甘いチャンスボールとなって返ってくる。しかし菊臣はあえて決めにいかない。かといって繋ぐだけではなく、若槻を一歩でも多く走らせる返球を送る。攻撃されると警戒して身構えていた若槻は、精神的な虚を突かれて出足が遅れてしまう。

(意図が読めないと様子を見る、か)
 既に開幕でブレイクされている若槻は、気持ち的に守りに入っているのが見て取れた。そのせいで、有利を取れるはずのサービスゲームにも関わらず、主導権は菊臣が握っている。隙あらば攻撃に転じたいようだが、菊臣がそれをさせない。また、リスクを負って攻めるべきか、今はまず耐えるべきか。若槻の表情からは、その判断をいつするかで迷っていることも、表情から手に取るように分かった。

(その分かりやすさと優柔不断さ、命取りだぞ)
 ラリーの応酬が続く。傍目からは、互角の打ち合いに見える。だが小さく動かされ、小さく逆を突かれ、徐々に徐々にと揺さぶりをかけられているのは若槻の方だ。まるで揺れ幅が次第に大きくなっていく振り子のように、ラリーが続くほど若槻の隙が広がっていく。その隙がこれ以上大きくなることを嫌った若槻が、集中力を高めて渾身の一撃を見舞う。

(年の割に我慢強い方だが、まだ甘い)
 一見すると、鋭く攻撃的に見える若槻の一打。しかし余裕を持って待ち構えている菊臣からすれば、これほどオイシイ球は無い。勢いよく飛んでくるボールをいなし、対角線に位置取る若槻から最も遠いストレートへと流した。

「ッ!」
 自らの勝負手で逆にカウンターを食らった若槻は、猛然と駆けてボールを追う。そのスピードは菊臣の予想よりも速い。加えて、急停止時のバランス維持も優れている。シューズの擦れる甲高い音を響かせながら、若槻は菊臣のカウンターを精一杯踏ん張って力強くクロス方向へと打ち返した。

(甘いな、それじゃ!)
 想定通りの返球。先んじて距離を詰めて、菊臣はネット前で待ち構えている。
 若槻の打ったショットの威力を利用し、手堅くボレーを決めてみせた。

(崩されたり虚を突かれた時点で、攻めるか守るかの二択になる。攻めるなら最大限にリスクを背負って形勢逆転を狙い、守るなら徹底して時間を稼ぐべきだ。真面目な性格をしてるせいだろうな。リスクを負わずに効果的な返球を目指して、結局はどっちつかずのハンパな判断・・・・・・になってるぜ)

 狙い通りにポイントを奪い、口元に笑みを浮かべる菊臣。視線の先には、失点した若槻の悔しそうな背中。まだ、何も大きなものは背負っていないであろう、若々しい背中だ。

(ハンパ、か)
 自分の中に浮かんだフレーズに、一瞬苦い記憶が蘇った。

(オレはハンパにはやらない。出来ることは全部やる。なんだってやる)

 自らを奮い立たせるように、菊臣は人知れず、静かに決意を固めた。

           ★

 それは、二年ほど前のこと。
 困惑した早苗の表情から、菊臣は目を逸らした。束の間、気まずい沈黙が二人の間に訪れる。つい先ほどまで、久しぶりに過ごす穏やかな二人だけの時間を、心から楽しんでいたはずなのに。二人で作って二人で食べた夕食の残り香が、虚しく部屋に漂っている。意を決したように、早苗が口を開いて沈黙を破る。

「でも、そんなの違反だよ。許されることじゃない」
 分かり切った正論が、菊臣の苛立ちに火をつける。そんなことは承知のうえで、話をしているというのに。いちいち前提に戻されては、話が前に進まない。誰に何を言われようと、菊臣の意志は変わりはしない。それを早苗に分かって欲しくて、分かってくれると思ったからこそ、話したのだ。彼女の反応はつまるところ、菊臣の期待を裏切るものだった。そのことがもっとも、菊臣を苛立たせた。

「なら、オマエはオレにこのまま引退しろってのか!?」
 思ったよりも大きな声が出て、菊臣は内心で戸惑う。だがそれ以上に、早苗の脅えたような目が辛かった。大切なものを傷付けている自覚がありつつも、菊臣は自身の激情を制御することができない。

「そ、そんなこと言ってないっ。リハビリも順調だし、トレーニングの効果も出てるでしょう? 大丈夫だよ、キクは誰よりも努力してるし、そんなことしなくても、才能あるんだから……!」
「ハッ、才能?」
 その言葉が、菊臣の感情を冷たく塗り潰す。
 才能、才能がある? このオレに?

「サナ、オレに才能なんかねぇよ。そもそも才能ってのは、結果を出したヤツに向けて、無関係なやつらや結果を出せないやつらが、勝手に有るとか無いとか評価する言い掛かりだ。そんなものが仮にあったとしても、それがそのまま勝利への切符ウイニングチケットにはならねぇ。才能にはランクがあるのさ。オレに才能があるんだとして、そのランクは最低クラスさ。そんな中途半端でちっぽけな才能、あるだけ無駄どころか、有害でしかねぇんだよ!」

 自分の言葉で興奮し、思わずテーブルを叩く。その拍子にグラスが落ちて、床で砕ける。誕生日に早苗が選んでくれた、思い出のペアグラス。またひとつ、自分の手で大事なものが失われた。

 悲痛な面持ちで菊臣の言葉を受ける早苗。その瞳から涙が零れる。
 あぁまた、オレはコイツを泣かせるのかと、自責の念が胸に沸く。
 しかしそれさえ、自分の不甲斐なさに憤り燃え盛る怒りに消えてしまう。

「確かに身長はある。日本人にしちゃな。それでいて、それなりに動ける運動神経や球感あるんだろう。だがそれは結局、平均よりは上ってだけの、凡人に毛が生えたぐれぇの粗末なもんだ! そんな程度でプロとして実績が残せるほど、甘くない。生まれた時から人間やめてる化け物みてぇなトップの連中と渡り合えるか? どれだけ身体に恵まれていたってな、人間はゴリラにゃ勝てねぇんだよ。じゃあ、どうすりゃ良いと思う?」

 怒りか、自虐か、諦観か。菊臣は自分の感情が自分で分からない。
 渦巻く複雑な感情はやがて、冷たく暗い歪んだ覚悟で包み込まれていく。

「心配するな」
 席を立ち、早苗の流す涙を菊臣は親指で拭う。
 反応を窺いながら、彼女の細い肩へ優しく腕を回す。
 早苗はされるがまま、菊臣の腕のなかで小さく震えている。
 落ち着かせるように抱きしめるが、自分が縋っているのだと気づく。

「大丈夫だ、ずっとやるわけじゃない。減った貯金を賞金で獲り返して、離脱期間に落ちたランキングが戻せるまでの間だけだ。今のオレには、下部ツアーで僻地をぐるぐる回る余裕さえない。結果が出れば金俣さんがスポンサーを紹介してくれることにもなってる。自分に相応しい舞台に戻れたら、そこからはキッチリ自分の実力で勝負する。信じてくれ、サナ」
「……ほんと?」
「あぁ、約束だ」
 唇を重ね、約束の言葉を二人の間に閉じ込める。

 自分に翼がないばかりに、大切な人を傷付けてしまう。
 目指した遥かな高みへと至るため、菊臣は泥を啜ると決めたのだ。

           ★

「Game,Toguchi.1st set 6-4」

 最初のセットが終わりを告げた。

(戦える。リザス無しでも、僕のテニスは通用してる……けど)
 リードを許したまま、結局は挽回出来なかった。
 実際にやってみて不安は無い。しかし、明確な勝機も見出せていない。

(なんかやり辛い。思い通りにプレーできない。させてくれない)
 自分の攻撃も守備も、有効に機能している実感がある。全体を通して手応えはあるのだ。その証拠にポイントは獲れる。しかし肝心のゲームが獲れない。数えているわけではないが、トータルの獲得ポイント数にそれほど差は無いはずだ。それはつまり、重要な場面でのポイントを獲れていないことを意味している。

(駆け引きで劣っているってことだよな。何をされている?)
 冷静さを失わないよう、聖は細かく試合の流れを振り返る。プレーしてみて、渡久地がいかに試合巧者であることか実感した。抽象的な表現でいうなら、攻防全てに意味が込められている、そんな印象だ。

(前に試合した西野さんを物凄く強くしたような、そんな感じ。守るだけじゃない。こっちのリズムを崩しながら、自分はリズムに乗っていく。力で捻じ伏せようとすると、合わせるように向こうもパワーで対抗してくるし。なんだっけ、こういうの。相手に合わせたり外したり……えーっと)
<ミラーリング>
(あぁそれだ。ジオが蓮司にやってた……ってちょっと、アドバイスは)
<いいじゃねェか、こンぐれェ。呼び方を答えただけだろ>
(ダメだ。試合中にアドバイスもらえないのがテニスの特徴なんだから)
そういうとこ・・・・・・だぞ、クソ真面目。ま、分かったよ。黙っててやる>
(ったく)

 文句はいったものの、内心では少し感謝の念が沸いてしまう。アフリカでの滞在期間中、ホームシックや孤独感を意識せず済んだのは、やはりアドの存在が大きい。それには素直に感謝している。とはいえ今はあくまで試合中。虚空の記憶アカシック・レコードの力を借りられる聖は、それ以外で自分が有利になりそうな要素を徹底的に排除したい気持ちがあった。

(渡久地さんは、ミラーリングを上手く使ってイニシアチブを握ってるんだ。つまり、トータルのプレースメントで遅れをとってるのか。今よりギアを上げるべきか? いや、この状態を打開しないまま自分だけギアを上げるのは、良くない気がする)

 方針が定まらぬまま、2ndセットが始まる。このセットを落とせば終わりである以上、序盤のうちに何か糸口を掴まなければならない。渡久地のプレイスタイル的に、粘られると時間がかかる可能性が高い。リザスを使うにしても、出来れば拮抗状態イーブンのまま数ゲーム消化してから押し切りたかった。


 一進一退の攻防が続くなか、それは起こった。

(まずいッ!)
 渡久地の打ったボールがネットの白帯はくたいで弾かれる。
 運悪くそれは聖のコート側に落ち、打った渡久地さえ予想していない奇襲となった。身体の出力を最大にし、聖は猛スピードで落下点へ向かう。推進力を失い上に跳ねたボールは、不幸中の幸いか高くバウンドする。伸ばしたラケットが二度目の落下を防ぎ、辛うじて返球。しかし、そこには丁度待ち構えていた渡久地の姿があった。

(ダメかッ!)
 キャッチには成功したが、返しただけ。返球はチャンスボールとなり、一瞬先に起こるであろう未来の映像が聖の脳裏に過ぎる。叩きつけられ、ポイントを失う未来。抗おうとする意志はあるものの、覆すだけの手段が無い。はずだった。

 ポンッ、と。渡久地はボールを優しく送るようにロブで返した。送った先はオープンコート。万が一にでもミスをしないため、リスクをゼロにした余裕の返球。それを見た瞬間、さきほど脳裏に浮かんだはずの未来の映像が砕け散る。

(間に合うッ!)
 もう一度、全速力でコートを駆けていく。返されたロブは高く、コート中央付近に着弾。放物線を描いて、二度目のバウンドへと向かう。その僅かな間は、聖が追いつき、反撃の一打を放つのに充分な時間だった。

(走り込みなら、散々やってきたんだッ!)
 聖は超加速でボールに追いついて並ぶと、そのまま追い抜く・・・・・・・・

「!」
 ネット前で様子を窺う渡久地の表情に、驚愕の色が浮かぶ。

「おぉッ!」
 ボールを追い抜いた聖が、振り向きざまにラケットを勢いよく振り抜く。落ちてくるボールを掬い上げ、腕を鞭のようにしならせ充分な回転を与える。

 鞭を振るうような一打バギー・ウィップ

 推進力を失っていたボールが、ラケットのストリングスにめり込み変形する。スイングとスナップバックでより強烈に加わった回転が、飛んでいくボールの軌道さえ歪ませた。その様は飛び掛かる大蛇を彷彿とさせ、吸い込まれるように敵陣へと襲いかかる。大蛇が敵陣に鋭い牙を突き立てたことで、その攻防に一旦幕が下りた。

 瞬間、会場が大歓声に包まれる。そのあまりの迫力に、無我夢中でポイントを決めた聖が我に返った。マイアミで好プレーをしたときも大きな歓声は聞いているが、客層が違うせいだろう。モザンビークのそれは、熱狂に等しい興奮だった。自分のプレーが観る者をそうさせたのかと思うと、得も言えぬ歓喜が聖のなかにじわりと湧いてきた。

 しかし、

(……っ!?)
 タオルで汗を拭き、ポジションに戻ろうとした聖は、右足の脹脛に違和感を覚える。

(あ、やばい)

 有痛性筋痙攣ゆうつうせいきんけいれん

 会場の熱狂と歓喜と引き換えに、聖は大きな枷を負うことになった。

                                   続く
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