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第91話 競技者の人格
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対戦相手の堅実な守りを、正面からこじ開けんとする強烈な一撃。かと思えば、予測を裏切り虚を突いて、反撃の間を奪う怜悧狡猾な配球。時に誘い、時に先んじて牽制し、敵の意図を看破し続ける戦術展開。それら全てを有機的に機能させ、少しずつ、そして確実に優位な形勢を構築していく。ロシアペアの戦い方は、見事なまでに合理的かつ、徹底的に無駄を排除したものだった。
(ラクだ。ダブルスは本当にラクだ)
透き通った白い肌、陽を浴びて白金に煌めくプラチナブロンドの髪、理知的で碧い瞳を静かに輝かせながら、ヴァローナは余裕を持って相手を追い詰める。どちらかといえばシングルスを専門にしているヴァローナだが、試合においてやることが明確なダブルスは、彼女のロジカルな性格とマッチしていた。戦術理解が自分に近いブレジネフがペアであれば、なおさらプレーに集中できる。不測の事態も含めてすべて自分で対処しなければならないシングルスよりも、パターン化し易いダブルスの方が遥かに精神的負荷が少ない。惜しむべくは、スポーツ興行としての価値の低さだ。スポーツバブルが起こっている今のご時世においても、賞金額の格差は埋まっていない。ダブルスの方がシングルスに比べればラクだと感じるものの、労力と対価が釣り合っているとは到底思えなかった。
(日本に勝てば決勝進出。恐らく、決勝の相手国はアメリカになるだろう。フン、随分と出来過ぎてる。決勝トーナメントのドロー抽選、あれが本当にランダムだったのか、怪しいものだ。まぁ、その方が盛り上がるんだろうさ)
生まれと国籍はロシアのままだが、ヴァローナの主な生活拠点はオーストリアだ。ロシアは母国であるが、全くといって良いほど思い入れはなかった。自身の生来の気質がそうさせるのか、『愛国心』というものがヴァローナには理解できない。ペアのブレジネフと同じように、彼女はジュニア選手として既に欧州をあちこち頻繁に飛び回っている。そんな彼女にとって、大切なのは自分の家族と、金銭的にバックアップをしてくれるスポンサーだけだ。国籍というものは彼女にとってほくろのようなもの。その気になれば、いつでも除去できる些末な事柄に過ぎない。
(国別の大会も、このダブルスも、全ては踏み台だ。選手として大成するためのね。私にとってテニスはビジネス。どうやら、お相手のお姫様にとっては、そうじゃないらしいけど)
試合前、相手を観察した時点でヴァローナは姫子の脆弱性を見抜いていた。何か決定的な根拠があったわけではない。しかし彼女の身長、体格、姿勢、歩き方、重心の位置、そういう見て分かる情報のちょっとした平均値が、彼女の選手としての能力を大まかに示している。ついでにいえば、彼女の表情にこそ、ヴァローナは大きな脆弱性を見出した。アジア人は総じて幼く見えるものだが、姫子が見せるどこか怖じ気づいたようなその表情は、戦う覚悟の備わっていない弱者特有のそれだったのだ。
(双子の代理、その精神的重圧を背負い切れずにいるな)
そう分析したヴァローナは、最早その時点で勝敗は決したと考えていた。ただし、警戒は緩めない。曲がりなりにも、双子の代理を務めるだけの実力は持っているはずだからだ。それは案の定で、姫子はその表情に不釣り合いなほど高い技術を有していた。
(やはり技術的にはそれなりの水準か。一方でメンタルに脆弱性を抱えている)
相手の隙を見つけたヴァローナは、あえてダブルスの定石と異なる甘いボールを姫子に向けて打つ。さも、偶然そこへ打ってしまったかのように偽装しながら。もし別の人間が相手だったなら、ただの自滅と変わらない配球になっただろう。しかし、今はこれこそが正解だった。
「ッ!」
ボールを打つ瞬間、姫子の身体が僅かに硬直する。ヴァローナはそれを見逃さない。意図的に彼女へ甘い球を集めるようになってから、それはかなり顕著に表れるようになった。よくもそんなウィークポイントを抱えたまま、この大会に出てきたなと笑えてしまう。もっとも、それは嘲笑ではない。純粋に喜ばしい出来事だ。プロとしての活躍を視野に入れている彼女は、テニスをあくまでビジネスとして捉えている。そんなヴァローナにとって、相手が自ら弱点を晒してくれることほど、好ましいものはない。リスクを最小限に抑え、リターンを大きく得られるのだ。利益のためにかかるコストは、低い方が良いに決まっている。
(Риск на вас, доход на меня。遠慮はしないぞ、お姫様)
★
ミヤビの励ましで持ち直すかに見えた姫子だったが、手堅い戦略に変更したロシアペアの術中にハマり、日本ペアは挽回できずにセットを失った。「獲られたものは仕方ない、切り替えて次を踏ん張ろう」姫子はそう自分に言い聞かせるが、理性と感情の乖離が次第に強くなっていくのを止められない。どうにか不安や焦りを抑え込もうと思考を巡らせるが、どうしてもここぞという場面でミスが出てしまう。
(このままじゃ、1stセットの二の舞になる。どうしよう、どうしよう)
ミスをする度に、逃げ出したくなる気持ちが強く大きくなっていく。ぎりぎりのところで踏み止まってはいるが、最早それも限界に近い。いっそのこと、リタイアして決着がついてしまって欲しいとさえ思えてくる。投げ出さないのは、投げ出すことへの羞恥心がそれを阻むからだ。もはや戦意を奮い立たせることもできなければ、尻尾を巻いて逃げることもできない。そんな自分に、ますます自己嫌悪を深めてしまう。
「よっし、作戦変更しよう」
唐突に、ミヤビがそう提案してきた。彼女はどういう形でポイントやゲームを失っても、決して姫子を責めない。普通これだけ多くミスを重ねれば、例え言葉にはしなくても態度や声に失意の色が混じる。ところが、ミヤビにはそれがない。ないからこそ、余計に姫子には逃げ場が無い。いっそ呆れてくれれば、いっそ怒ってくれれば、ラクだというのに。
「作戦、変更……?」
ロシアペアとの実力差は歴然としている。というより、完全に自分が狙われ、それが原因で追い詰められているのだ。確かに、何か作戦を立てれば、1、2ポイントは成功するかもしれない。しかし、それまでだ。ゲームを得るためには最低4ポイント先に獲らねばならない。相手の意表を突く作戦など、そう都合よくいくつもあるものではないのだ。
「作戦っていうか、役割変更かな」
ミヤビが姫子にそっと耳打ちする。その内容に、姫子は困惑の表情を見せる。だがミヤビは、それが今できる最善だと断言した。確かにその方法であれば、今陥っている状態からは抜け出せるだろうと姫子も思う。ただ、そんなやり方はすぐ対応されてしまうだろうし、何よりも姫子にはやり通せる自信が無い。そう伝えると、ミヤビは得意そうにニヤリと笑って言った。
「大丈夫、姫子は自分が思ってるより、できる子だから」
★
敗者の脚本、成功回避欲求。
ひと口にそう言っても、そこに至る原因や思考プロセスには様々なものが存在する。無意識のまま成功から逃避しようとするケースや、自分は失敗するに違いないと思い込んでいるケース、或いは、自分の意志で最初から失敗を望む場合など、結論は同じでも通る道筋が全く違うことがままあるのだ。
「個人の性格が原因であることもあれば、何かしらちょっとした心理的要因があったり、特定の条件下で陥る場合もある。精神疾患の類じゃなくて、むしろ人間の性質みたいなもんだ。認知を改めることで改善するやつもいりゃ、そうじゃないやつもいる」
組んだ足に肘を立て、手に顎を乗せながら奏芽がぼやく。視線の先には、ベンチでセット間の休憩を取っている姫子とミヤビがいる。
「イップスとはちげぇの?」
「違うな。全くの別物だ」
マサキが口にした疑問を、すぐに否定する奏芽。
「あの、イップスって?」
初歩的な質問で申し訳ないという顔をした聖が、おずおずと尋ねる。
「神経疾患によって発生する運動機能障害、職業性不随運動のことだよ。簡単にいうと、今まで出来てたことが出来なくなる症状だ。脳が送る命令に、筋肉や神経がバグを起こして正常な反応を示さなくなる。あれはあれでクソ厄介なスポーツ障害なんだが、姫子の場合は違う。練習じゃ普通にプレーできるからな。そういう意味じゃ救いがある」
そう言いつつ、それはそうあって欲しい自分の願望だなと、奏芽は思う。
「要は勝ちビビリの酷いやつでしょ? 結局、気の持ちようじゃない?」
大した問題ではないとでも言いたげに、雪菜が鼻を鳴らす。選手として、早い段階から勝負の場に必要なメンタルを持ち合わせている彼女からすれば、チャンスに怖じ気づくというのが納得いかないのだろう。なまじ共にトレーニングを積んでいる仲間のことであるがゆえに、歯痒く思っているのかもしれない。
「むしろ性格の問題じゃないか~? 姫子は優しいからなぁ」
「あぁ、スポーツ強いヤツは性格悪い、なんて言うよな」
「この流れでそれを言うのは、つまりどういうことだ? あん? お?」
「スイマセンデシタ」
デカリョウとマサキの言葉に、雪菜が噛みついてみせる。確かに、姫子の性格は客観的に見ても優しい。育ちの良さと本人の気質があわさって、彼女は穏やかで柔和な人格の持ち主だ。対して、桐澤姉妹などは控えめにいっても気の強い方だと言える。人格の良し悪しが、スポーツ選手の強さと関連しているかどうか。これについて、奏芽は否定的な見解を持っている。
「個人の持つ性格が、特定の分野において影響するかどうかで言えば、そりゃするだろうさ。ただ、それが即ち人格の良し悪しを判断する指標になるかっつったら、それはならねぇよ。論理性を無視した寝言でしかねぇ。金メダリスト全員クズってことになるじゃねぇか。アホらしい。人の性格なんて、色んな面が合わさって構成されてんだよ」
そう言いつつも、気持ちは分からないでもないと思う奏芽。対人スポーツは須らく、相手の嫌がることを、相手が嫌がるときに実行することで自分の勝利に繋げる。テニスにおいていえば、いかに相手に気持ちよくプレーさせないかは非常に重要だ。戦う者同士、お互い相手にとって嫌な奴にならなければ勝つことはできない。そういう観点で言えば、喜んで相手の嫌がることを出来る人格の持ち主の方が、選手に相応しいと言えるかもしれない。
(ただ、そういう問題でもなさそうなんだよな)
コートにいる姫子へ視線を向ける奏芽。試合は着々と進行し、迎えた2ndセットは既にロシアがリードしてゲームカウント0-3となっている。ここで何か手を打たねば、挽回の余地すらなくなるだろう。
(姫子にとっちゃ、こういう大きい舞台での試合は貴重なんだ。あいつは絶対そうだと言わねぇけど、本当はオマエもプロになりてぇって思ってんだろ? それを口にするだけの実力がねぇと思ってやがるから、認めねぇだけで)
姿勢を変え、膝に乗せた手を祈るように組む奏芽。
(せっかく巡ってきたチャンスなんだ。乗り越えろ、姫子。お前は弱くなんかねぇ)
雲が太陽を隠し、会場がほのかに薄暗くなった。
★
先にブレイクを成功させたロシアペアがリードし、2ndセットはロシアから3-0となった。迎える第4ゲームはここまでブレイクできていないミヤビのサービスゲーム。仮にここをブレイクできれば、ロシアは勝利に大きく近づくことができる。ブレイクできなかったとしても、ロシアペアの優勢は変わらない。逆にいえば、日本ペアは絶対にこのゲームを落とせない、そんなシチュエーションだ。
「あん? 後方平行陣?」
リターンのポジションについたロシアの二人が、同時に気付く。日本ペアはサーブを打つミヤビだけでなく、姫子もベースラインへと下がっている。意図は不明だが、ここは彼女らにとって重要な場面だ。なにかしら策があるのだろうと、ロシアの二人は察した。
(サーブの有利を捨て、ラリー戦に持ち込む狙い? 随分と浅知恵だな)
突然の変則陣形を用いた日本の二人を、ブレジネフはそう評価した。選手二人が後方に下がれば、守備力は増す。とはいえ、それは相手の陣形次第でもある。仮にロシアの二人が通常の平行陣を敷いて前に出てきた場合、日本ペアはネット際を守る術が無くなる。それを防ぐには、結局どちらか片方が前に出なければならない。そもそも、後方平行陣は相手の強力なサーブとポーチボレーへの対応策というニュアンスが強い。有利なサービス側で実施するメリットは、無いに等しい。
(イチかバチかを試す者の目じゃない。何かある)
一方、相手ペアの陣形の意図するところよりも、相手の心理状態を探るヴァローナは警戒を強めた。特に、弱点と見做している姫子の表情は、下手クソなポーカーフェイスで隠していた焦りが影を潜め、緊張感が増しているように見えた。迷いはまだあるだろうが、兎に角今やるべきことを決めた、そんな印象だ。
ミヤビがトスを上げ、サーブを放つ。外側へ切れていくスライスサーブが鋭角に入り、同時に彼女は前へ出る。電光石火のサーブ&ボレー。シングルスなら見事にポイントを決めていたかもしれない。大きく外へ振られたブレジネフは、視界の端でミヤビを捉えながら、ストレート方向へ高いロビングで逃げる。
(残念だが、雪咲には引っ込んでてもらおうか)
高いリターンロブで時間を作り、ポジションを整えるブレジネフ。高く、深く返ったボールは相手コートの奥でバウンドする。それを姫子が回り込みながらフォアで対角線上へと逆クロスのロブを放つ。同じように、大きく、深い軌道を描いてボールが飛んでいく。
(無理だ。届かない)
ポーチを狙っていたヴァローナの頭上を、ボールが通過する。クロスロブを警戒していなかったワケではないが、状況的に優先度を下げざるを得ない。相手のボールは高さがある分スピードは遅く、それを利用してロシアペアは左右のポジションをチェンジした。
コート右側から左側へと大きく走らされる形となったブレジネフだが、テンポの遅いボールで時間に余裕があるため、難なくロブに追いつけた。ボールへの意識は全体の20%ほど。残りで相手の挙動を把握しながら予測し、次の手を瞬時に取捨選択する。
(なるほどね。チャンスに弱い方を後ろに配置、得意な方を前に配置したのか。つまり、明確に役割分担したってワケだ。でもねぇ?)
相手の意図を概ね看破したブレジネフは、自身の内側にある意識のギアを一段上げる。ゆっくり跳ねるボールを自分の身体へと引き付け、クロスにもストレートにも打てる構えを取った。そのうえで、相手前衛であるミヤビの動きを見極め、コースを選び打ち抜いた。
(お姫様じゃ、力不足だろうがよ!)
空間を切り裂かんばかりの強烈な一撃がクロス方向へ走る。仮にミヤビがポーチへ出ると決めていたとしても、手が届く前にボールが先に通過しただろう。高い打点から叩き込まれたそのショットは、凶悪なエネルギーを内包しながら姫子の方へ飛んでいく。
「ッ!」
打球音から、予想を上回る一撃が打ち込まれたと悟った姫子は、全神経を集中させて衝撃に備える。膝を曲げ腰を落とし、身体から極力無駄な力を抜き、壁を作るようにしてボールを捉えた。絶妙なタイミングと力加減で威力を殺し、再び高く深いロブを、今度はストレートへ打ち流す。
(身体の使い方が上手い! 完全に衝撃を分散させている)
姫子を観察していたヴァローナが、その技術の高さを内心で賞賛する。
ボールはまたしても彼女の頭上を越えた。
(そういうことか)
同時に、日本ペアの狙いを完全に理解する。
(まず、サーブ&ボレーで外に追い出したサモナにプレッシャーをかける。当然、相手の前衛が後ろにいるのだから、ストレートのロブで時間を作り陣形を整える。それを見越し、今度はクロス方向へロブを打って再びこちらの陣形を崩しにかかった。サモナは右から左へ走らされ、さらに今度はストレートに流してもう一度サモナを走らせる。徹底的に上を使い、攻撃させない狙いか)
左右のポジションを再び入れ替えるロシアペア。ヴァローナの予測が正しければ、ブレジネフはもう一度同じように攻撃的なショットを繰り出すだろう。そして恐らくもう一度、今度はクロスに同じようなロブが上がるはずだ。
「オラァ!」
咆哮と共に、ブレジネフの放つ強力な一撃がコートを再び走る。この一撃を、あのお姫様はまたロブで凌ぐはず。それを見越したヴァローナが、先んじて2歩だけポジションを下げた。再び来るであろうロブを、今度は確実に撃ち落とす為に。しかし、その挙動を待っていたかのように、相手前衛のミヤビが飛び出した。
「しまっ――ッ!」
思い切り壁に叩きつけたスーパーボールが跳ね返るような勢いで、ブレジネフの放った強烈な一撃がそのままロシアペアのコートへと突き刺さる。ヴァローナがポジションを下げてしまったがゆえに、絶好の攻撃チャンスを与えてしまった。
振り返り、満面の笑みを浮かべて姫子を見るミヤビ。相手の激しい攻撃を凌いで安堵していた姫子は、少し照れながら、はにかんだ笑顔を見せた。
続く
(ラクだ。ダブルスは本当にラクだ)
透き通った白い肌、陽を浴びて白金に煌めくプラチナブロンドの髪、理知的で碧い瞳を静かに輝かせながら、ヴァローナは余裕を持って相手を追い詰める。どちらかといえばシングルスを専門にしているヴァローナだが、試合においてやることが明確なダブルスは、彼女のロジカルな性格とマッチしていた。戦術理解が自分に近いブレジネフがペアであれば、なおさらプレーに集中できる。不測の事態も含めてすべて自分で対処しなければならないシングルスよりも、パターン化し易いダブルスの方が遥かに精神的負荷が少ない。惜しむべくは、スポーツ興行としての価値の低さだ。スポーツバブルが起こっている今のご時世においても、賞金額の格差は埋まっていない。ダブルスの方がシングルスに比べればラクだと感じるものの、労力と対価が釣り合っているとは到底思えなかった。
(日本に勝てば決勝進出。恐らく、決勝の相手国はアメリカになるだろう。フン、随分と出来過ぎてる。決勝トーナメントのドロー抽選、あれが本当にランダムだったのか、怪しいものだ。まぁ、その方が盛り上がるんだろうさ)
生まれと国籍はロシアのままだが、ヴァローナの主な生活拠点はオーストリアだ。ロシアは母国であるが、全くといって良いほど思い入れはなかった。自身の生来の気質がそうさせるのか、『愛国心』というものがヴァローナには理解できない。ペアのブレジネフと同じように、彼女はジュニア選手として既に欧州をあちこち頻繁に飛び回っている。そんな彼女にとって、大切なのは自分の家族と、金銭的にバックアップをしてくれるスポンサーだけだ。国籍というものは彼女にとってほくろのようなもの。その気になれば、いつでも除去できる些末な事柄に過ぎない。
(国別の大会も、このダブルスも、全ては踏み台だ。選手として大成するためのね。私にとってテニスはビジネス。どうやら、お相手のお姫様にとっては、そうじゃないらしいけど)
試合前、相手を観察した時点でヴァローナは姫子の脆弱性を見抜いていた。何か決定的な根拠があったわけではない。しかし彼女の身長、体格、姿勢、歩き方、重心の位置、そういう見て分かる情報のちょっとした平均値が、彼女の選手としての能力を大まかに示している。ついでにいえば、彼女の表情にこそ、ヴァローナは大きな脆弱性を見出した。アジア人は総じて幼く見えるものだが、姫子が見せるどこか怖じ気づいたようなその表情は、戦う覚悟の備わっていない弱者特有のそれだったのだ。
(双子の代理、その精神的重圧を背負い切れずにいるな)
そう分析したヴァローナは、最早その時点で勝敗は決したと考えていた。ただし、警戒は緩めない。曲がりなりにも、双子の代理を務めるだけの実力は持っているはずだからだ。それは案の定で、姫子はその表情に不釣り合いなほど高い技術を有していた。
(やはり技術的にはそれなりの水準か。一方でメンタルに脆弱性を抱えている)
相手の隙を見つけたヴァローナは、あえてダブルスの定石と異なる甘いボールを姫子に向けて打つ。さも、偶然そこへ打ってしまったかのように偽装しながら。もし別の人間が相手だったなら、ただの自滅と変わらない配球になっただろう。しかし、今はこれこそが正解だった。
「ッ!」
ボールを打つ瞬間、姫子の身体が僅かに硬直する。ヴァローナはそれを見逃さない。意図的に彼女へ甘い球を集めるようになってから、それはかなり顕著に表れるようになった。よくもそんなウィークポイントを抱えたまま、この大会に出てきたなと笑えてしまう。もっとも、それは嘲笑ではない。純粋に喜ばしい出来事だ。プロとしての活躍を視野に入れている彼女は、テニスをあくまでビジネスとして捉えている。そんなヴァローナにとって、相手が自ら弱点を晒してくれることほど、好ましいものはない。リスクを最小限に抑え、リターンを大きく得られるのだ。利益のためにかかるコストは、低い方が良いに決まっている。
(Риск на вас, доход на меня。遠慮はしないぞ、お姫様)
★
ミヤビの励ましで持ち直すかに見えた姫子だったが、手堅い戦略に変更したロシアペアの術中にハマり、日本ペアは挽回できずにセットを失った。「獲られたものは仕方ない、切り替えて次を踏ん張ろう」姫子はそう自分に言い聞かせるが、理性と感情の乖離が次第に強くなっていくのを止められない。どうにか不安や焦りを抑え込もうと思考を巡らせるが、どうしてもここぞという場面でミスが出てしまう。
(このままじゃ、1stセットの二の舞になる。どうしよう、どうしよう)
ミスをする度に、逃げ出したくなる気持ちが強く大きくなっていく。ぎりぎりのところで踏み止まってはいるが、最早それも限界に近い。いっそのこと、リタイアして決着がついてしまって欲しいとさえ思えてくる。投げ出さないのは、投げ出すことへの羞恥心がそれを阻むからだ。もはや戦意を奮い立たせることもできなければ、尻尾を巻いて逃げることもできない。そんな自分に、ますます自己嫌悪を深めてしまう。
「よっし、作戦変更しよう」
唐突に、ミヤビがそう提案してきた。彼女はどういう形でポイントやゲームを失っても、決して姫子を責めない。普通これだけ多くミスを重ねれば、例え言葉にはしなくても態度や声に失意の色が混じる。ところが、ミヤビにはそれがない。ないからこそ、余計に姫子には逃げ場が無い。いっそ呆れてくれれば、いっそ怒ってくれれば、ラクだというのに。
「作戦、変更……?」
ロシアペアとの実力差は歴然としている。というより、完全に自分が狙われ、それが原因で追い詰められているのだ。確かに、何か作戦を立てれば、1、2ポイントは成功するかもしれない。しかし、それまでだ。ゲームを得るためには最低4ポイント先に獲らねばならない。相手の意表を突く作戦など、そう都合よくいくつもあるものではないのだ。
「作戦っていうか、役割変更かな」
ミヤビが姫子にそっと耳打ちする。その内容に、姫子は困惑の表情を見せる。だがミヤビは、それが今できる最善だと断言した。確かにその方法であれば、今陥っている状態からは抜け出せるだろうと姫子も思う。ただ、そんなやり方はすぐ対応されてしまうだろうし、何よりも姫子にはやり通せる自信が無い。そう伝えると、ミヤビは得意そうにニヤリと笑って言った。
「大丈夫、姫子は自分が思ってるより、できる子だから」
★
敗者の脚本、成功回避欲求。
ひと口にそう言っても、そこに至る原因や思考プロセスには様々なものが存在する。無意識のまま成功から逃避しようとするケースや、自分は失敗するに違いないと思い込んでいるケース、或いは、自分の意志で最初から失敗を望む場合など、結論は同じでも通る道筋が全く違うことがままあるのだ。
「個人の性格が原因であることもあれば、何かしらちょっとした心理的要因があったり、特定の条件下で陥る場合もある。精神疾患の類じゃなくて、むしろ人間の性質みたいなもんだ。認知を改めることで改善するやつもいりゃ、そうじゃないやつもいる」
組んだ足に肘を立て、手に顎を乗せながら奏芽がぼやく。視線の先には、ベンチでセット間の休憩を取っている姫子とミヤビがいる。
「イップスとはちげぇの?」
「違うな。全くの別物だ」
マサキが口にした疑問を、すぐに否定する奏芽。
「あの、イップスって?」
初歩的な質問で申し訳ないという顔をした聖が、おずおずと尋ねる。
「神経疾患によって発生する運動機能障害、職業性不随運動のことだよ。簡単にいうと、今まで出来てたことが出来なくなる症状だ。脳が送る命令に、筋肉や神経がバグを起こして正常な反応を示さなくなる。あれはあれでクソ厄介なスポーツ障害なんだが、姫子の場合は違う。練習じゃ普通にプレーできるからな。そういう意味じゃ救いがある」
そう言いつつ、それはそうあって欲しい自分の願望だなと、奏芽は思う。
「要は勝ちビビリの酷いやつでしょ? 結局、気の持ちようじゃない?」
大した問題ではないとでも言いたげに、雪菜が鼻を鳴らす。選手として、早い段階から勝負の場に必要なメンタルを持ち合わせている彼女からすれば、チャンスに怖じ気づくというのが納得いかないのだろう。なまじ共にトレーニングを積んでいる仲間のことであるがゆえに、歯痒く思っているのかもしれない。
「むしろ性格の問題じゃないか~? 姫子は優しいからなぁ」
「あぁ、スポーツ強いヤツは性格悪い、なんて言うよな」
「この流れでそれを言うのは、つまりどういうことだ? あん? お?」
「スイマセンデシタ」
デカリョウとマサキの言葉に、雪菜が噛みついてみせる。確かに、姫子の性格は客観的に見ても優しい。育ちの良さと本人の気質があわさって、彼女は穏やかで柔和な人格の持ち主だ。対して、桐澤姉妹などは控えめにいっても気の強い方だと言える。人格の良し悪しが、スポーツ選手の強さと関連しているかどうか。これについて、奏芽は否定的な見解を持っている。
「個人の持つ性格が、特定の分野において影響するかどうかで言えば、そりゃするだろうさ。ただ、それが即ち人格の良し悪しを判断する指標になるかっつったら、それはならねぇよ。論理性を無視した寝言でしかねぇ。金メダリスト全員クズってことになるじゃねぇか。アホらしい。人の性格なんて、色んな面が合わさって構成されてんだよ」
そう言いつつも、気持ちは分からないでもないと思う奏芽。対人スポーツは須らく、相手の嫌がることを、相手が嫌がるときに実行することで自分の勝利に繋げる。テニスにおいていえば、いかに相手に気持ちよくプレーさせないかは非常に重要だ。戦う者同士、お互い相手にとって嫌な奴にならなければ勝つことはできない。そういう観点で言えば、喜んで相手の嫌がることを出来る人格の持ち主の方が、選手に相応しいと言えるかもしれない。
(ただ、そういう問題でもなさそうなんだよな)
コートにいる姫子へ視線を向ける奏芽。試合は着々と進行し、迎えた2ndセットは既にロシアがリードしてゲームカウント0-3となっている。ここで何か手を打たねば、挽回の余地すらなくなるだろう。
(姫子にとっちゃ、こういう大きい舞台での試合は貴重なんだ。あいつは絶対そうだと言わねぇけど、本当はオマエもプロになりてぇって思ってんだろ? それを口にするだけの実力がねぇと思ってやがるから、認めねぇだけで)
姿勢を変え、膝に乗せた手を祈るように組む奏芽。
(せっかく巡ってきたチャンスなんだ。乗り越えろ、姫子。お前は弱くなんかねぇ)
雲が太陽を隠し、会場がほのかに薄暗くなった。
★
先にブレイクを成功させたロシアペアがリードし、2ndセットはロシアから3-0となった。迎える第4ゲームはここまでブレイクできていないミヤビのサービスゲーム。仮にここをブレイクできれば、ロシアは勝利に大きく近づくことができる。ブレイクできなかったとしても、ロシアペアの優勢は変わらない。逆にいえば、日本ペアは絶対にこのゲームを落とせない、そんなシチュエーションだ。
「あん? 後方平行陣?」
リターンのポジションについたロシアの二人が、同時に気付く。日本ペアはサーブを打つミヤビだけでなく、姫子もベースラインへと下がっている。意図は不明だが、ここは彼女らにとって重要な場面だ。なにかしら策があるのだろうと、ロシアの二人は察した。
(サーブの有利を捨て、ラリー戦に持ち込む狙い? 随分と浅知恵だな)
突然の変則陣形を用いた日本の二人を、ブレジネフはそう評価した。選手二人が後方に下がれば、守備力は増す。とはいえ、それは相手の陣形次第でもある。仮にロシアの二人が通常の平行陣を敷いて前に出てきた場合、日本ペアはネット際を守る術が無くなる。それを防ぐには、結局どちらか片方が前に出なければならない。そもそも、後方平行陣は相手の強力なサーブとポーチボレーへの対応策というニュアンスが強い。有利なサービス側で実施するメリットは、無いに等しい。
(イチかバチかを試す者の目じゃない。何かある)
一方、相手ペアの陣形の意図するところよりも、相手の心理状態を探るヴァローナは警戒を強めた。特に、弱点と見做している姫子の表情は、下手クソなポーカーフェイスで隠していた焦りが影を潜め、緊張感が増しているように見えた。迷いはまだあるだろうが、兎に角今やるべきことを決めた、そんな印象だ。
ミヤビがトスを上げ、サーブを放つ。外側へ切れていくスライスサーブが鋭角に入り、同時に彼女は前へ出る。電光石火のサーブ&ボレー。シングルスなら見事にポイントを決めていたかもしれない。大きく外へ振られたブレジネフは、視界の端でミヤビを捉えながら、ストレート方向へ高いロビングで逃げる。
(残念だが、雪咲には引っ込んでてもらおうか)
高いリターンロブで時間を作り、ポジションを整えるブレジネフ。高く、深く返ったボールは相手コートの奥でバウンドする。それを姫子が回り込みながらフォアで対角線上へと逆クロスのロブを放つ。同じように、大きく、深い軌道を描いてボールが飛んでいく。
(無理だ。届かない)
ポーチを狙っていたヴァローナの頭上を、ボールが通過する。クロスロブを警戒していなかったワケではないが、状況的に優先度を下げざるを得ない。相手のボールは高さがある分スピードは遅く、それを利用してロシアペアは左右のポジションをチェンジした。
コート右側から左側へと大きく走らされる形となったブレジネフだが、テンポの遅いボールで時間に余裕があるため、難なくロブに追いつけた。ボールへの意識は全体の20%ほど。残りで相手の挙動を把握しながら予測し、次の手を瞬時に取捨選択する。
(なるほどね。チャンスに弱い方を後ろに配置、得意な方を前に配置したのか。つまり、明確に役割分担したってワケだ。でもねぇ?)
相手の意図を概ね看破したブレジネフは、自身の内側にある意識のギアを一段上げる。ゆっくり跳ねるボールを自分の身体へと引き付け、クロスにもストレートにも打てる構えを取った。そのうえで、相手前衛であるミヤビの動きを見極め、コースを選び打ち抜いた。
(お姫様じゃ、力不足だろうがよ!)
空間を切り裂かんばかりの強烈な一撃がクロス方向へ走る。仮にミヤビがポーチへ出ると決めていたとしても、手が届く前にボールが先に通過しただろう。高い打点から叩き込まれたそのショットは、凶悪なエネルギーを内包しながら姫子の方へ飛んでいく。
「ッ!」
打球音から、予想を上回る一撃が打ち込まれたと悟った姫子は、全神経を集中させて衝撃に備える。膝を曲げ腰を落とし、身体から極力無駄な力を抜き、壁を作るようにしてボールを捉えた。絶妙なタイミングと力加減で威力を殺し、再び高く深いロブを、今度はストレートへ打ち流す。
(身体の使い方が上手い! 完全に衝撃を分散させている)
姫子を観察していたヴァローナが、その技術の高さを内心で賞賛する。
ボールはまたしても彼女の頭上を越えた。
(そういうことか)
同時に、日本ペアの狙いを完全に理解する。
(まず、サーブ&ボレーで外に追い出したサモナにプレッシャーをかける。当然、相手の前衛が後ろにいるのだから、ストレートのロブで時間を作り陣形を整える。それを見越し、今度はクロス方向へロブを打って再びこちらの陣形を崩しにかかった。サモナは右から左へ走らされ、さらに今度はストレートに流してもう一度サモナを走らせる。徹底的に上を使い、攻撃させない狙いか)
左右のポジションを再び入れ替えるロシアペア。ヴァローナの予測が正しければ、ブレジネフはもう一度同じように攻撃的なショットを繰り出すだろう。そして恐らくもう一度、今度はクロスに同じようなロブが上がるはずだ。
「オラァ!」
咆哮と共に、ブレジネフの放つ強力な一撃がコートを再び走る。この一撃を、あのお姫様はまたロブで凌ぐはず。それを見越したヴァローナが、先んじて2歩だけポジションを下げた。再び来るであろうロブを、今度は確実に撃ち落とす為に。しかし、その挙動を待っていたかのように、相手前衛のミヤビが飛び出した。
「しまっ――ッ!」
思い切り壁に叩きつけたスーパーボールが跳ね返るような勢いで、ブレジネフの放った強烈な一撃がそのままロシアペアのコートへと突き刺さる。ヴァローナがポジションを下げてしまったがゆえに、絶好の攻撃チャンスを与えてしまった。
振り返り、満面の笑みを浮かべて姫子を見るミヤビ。相手の激しい攻撃を凌いで安堵していた姫子は、少し照れながら、はにかんだ笑顔を見せた。
続く
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