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第11話 練習試合

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聖がコートに入ると、対戦相手の能条蓮司のうじょうれんじは既に準備を終えて待ち構えていた。一度だけ聖に視線を向けて姿を確認すると、興味を失ったようにそっぽを向く。試合前のプロ選手がそうするように、小刻みに足踏みしたり素振りしたりしている。身体は小さいが、なんとなく徹磨と同じような威圧感のような雰囲気を聖は感じた。

<おーおー、やる気満々じゃねェか陰キャ君>

これから練習とはいえ試合をするのだから、あまり馴れ馴れしくするワケにはいかない。そうは思いつつも、一応は同じアカデミーの仲間なのだから聖としてはもう少しコミュニケーションを取りたい。同い年だし、わざわざいがみ合う理由も無いだろう。

しかしいつどこで蓮司の逆鱗に触れたのか全く自覚が無いものの、どうやら蓮司は聖を嫌っている気がする。いや、態度を見ていればそれは明らかだ。いくら聖が蓮司と仲良くなろうと思ったところで、相手にその気が無いとなるとお手上げだ。それどころか、蓮司は自分の態度を隠す様子もなく割と露骨にツンツンしている。こうなるとへこへこ下手に出るのも良い手だとは思えない。

かといって、聖は相手に張り合って敵愾心を剥き出しにするタイプでもない。あまりアドの言う事に流されたくないとは思いつつも、ここは試合というコミュニケーションを通してお互いの立場をハッキリさせた方が良いかもしれないと思い始めていた。

「アップは済んでるか?」

荷物をベンチに置いて準備を始めた聖に、意外なことに蓮司の方から声をかけてきた。

「うん、練習前にオートテニスで打ったから、大丈夫だよ」

「あそ。なら回すよ」

「回す?」

<サーブの順番を決めンだよ。目的はこの前のコイントスと同じだ。一般人はラケット使うモンなのさ。取り敢えず上か下かだけ答えてみ>

アドに説明され、徹磨との試合の時はコインを使ったことを思い出す聖。

「あ、じゃあ下」

蓮司が自分のラケットを地面に垂直に立て、回転させながら手を離す。ラケットがくるくる回り、その様子はコインのように見えなくもない。やがて回転力を失ったラケットはカランと音を立てて倒れると、蓮司はグリップエンドに描かれたメーカーロゴを聖に見せた。ロゴは上下反対になっていて、つまりは下を向いていることを意味している。

「下」

<トスはオマエの勝ち。サーブかリターンかを選びな>

「えっと、じゃあ、サーブを」

「1セットノーアドな」

ぶっきら棒に試合形式ルールを伝えると、蓮司は聖と視線を合わせてからボールの入った缶をポイと投げて寄越す。その投げ方からなんとなく、無愛想なのは本人の元々の性格っぽいと感じた。あまり好かれていないというのは間違いなさそうだが、元来口数が少なくこういう態度なのかもしれない。

判定申告制セルフジャッジか。イモられて取り乱すなよ?>

「イモ?」

<ジャッジのイカサマのこった。よくあるぜ~?明らかなインをアウトつったりな>

「そんな事しそうなタイプじゃないと思うけど」

ほんの僅かなやり取りではあるが、聖が思っているよりも蓮司は悪いやつじゃ無いような気がしていた。特に根拠があるわけではない。強いて言うならボール缶を投げ渡す際、目線で合図を送ってくれた。もし本気で聖を嫌い、敵意を持っているのだとしたらもっと別の渡し方をしたり、アップを済ませたかどうかなどをわざわざ聞かない気がする。無愛想な生来の性格と負けん気の強さから、怒っているような態度に見えるだけかもしれない。とはいえ、好かれているかどうかといえば、否定せざるを得ないとは思うのだが。

<お人好しだねェ。ンまァお手並み拝見と行こうじゃねェか>

「ちなみに、撹拌事象だったりは?」

<ザァ~ンねェ~ン、ハッズレェ~。秒殺されンなよ~?>

アドはことさら嬉しそうに煽ってくるが気にしない。
少し期待していた聖だったが、そう上手いこと撹拌事象は発生しないよなと諦める。少なくとも今回の試合はただの練習だ。最悪、負けたところで聖にデメリットはない。頃合いを見て怪しまれない程度に叡智の結晶リザスタルウィズデムを使って、ボロ負けしないように調整すれば良い。

周りを見渡すと同世代の選手達も同じように試合形式で練習を始めている。聖にとってはギャラリーがいないほうが好都合だ。黒鉄徹磨と戦った時の様子を知っているメンバーに今の状態を比較されると、また長広舌で言い訳をしないといけなくなる。

多少の緊張は自覚しつつも、比較的リラックスした状態でポジションにつく聖。対する蓮司は、無表情ながらその目に闘志を漲らせてスタンバイしている。互いの準備が整い向かい合うと、練習試合は静かに幕を開けた。



試合は聖のサーブから始まった。
黒鉄徹磨との試合後、聖は何度か非撹拌事象による叡智の結晶リザスタルウィズデムを発動させながら自主練を行っており、その恩恵である功徳の業カルマグレースを僅かずつではあるが積み重ねた。先日参加したATCアリテニ初日の練習で対人でのテニスレベルがどの程度なのかを確認してみたところ、軽い練習であれば無難に付いて行くことは可能だった。

テニスの実力というものは、厳密に測定出来ない。
これはテニスが『対人スポーツ』であることに起因している。例えばゴルフなどは、テニスと同じ『個人競技』であるものの『対人スポーツ』ではない。スコアを競うという意味では対人だが、他人のプレーが自分のプレーに直接影響することが無い——厳密には他人のプレーを見ることで少なからず影響を受けるが、精神的なものである——為、自分の実力さえ発揮すれば他人は殆ど関係ない。

一方テニスは、相手がどんなボールを打ってくるかによって自分の状況が大きく変動する。いくら自分の実力を発揮しようとしたところで、相手がそれを阻止するようなプレーをすれば簡単にはいかない。戦う者同士の相性やその日の調子によって結果が大きく左右されてしまう。

故に『対人スポーツ』は選手の技量レベルや習熟度を厳密に評価するのが難しい。一般に公開されている『世界ランキング』も、あくまで大会に出場して獲得したポイントを元にしているだけで、精々が目安であり選手の実力を正確に反映しているわけではない。その為、ランキング下位の選手が上位選手を倒すといった大番狂わせは頻繁に発生する。

聖が徹磨を倒したことを『まぐれ』という説明でなんとか説明しおおせたのも、アドのアシストがあったとは言え『本当の実力の見え難さ』があればこそだ。

実力を正確に計り辛くはあるが、一応目安としての指標は存在する。一般的によく採用されるのが初級、初中級、中級、中上級、上級、超上級の6段階評価だ。この指標は基本的に自己申告やテニススクールのコーチによる判定、或いは単純にテニス歴などを基準にした曖昧なものであり、厳密なものではない。

ATCアリテニ所属のジュニア選手達は少なくとも上級から超上級のレベルだ。中でもプロを本気で目指す選手育成クラス所属の者であれば、その時点で一般人アマチュアとは比較にならない実力を持っている。プロ選手とまではいかなくとも、セミプロといって差し支えない領域に到達している。才能を持った子供たちが恵まれた環境で一心に努力している以上、当然のことである。

能条蓮司はその中でも確かな実力者で、年上の高2,高3のメンバーと対等に渡り合うほどの選手だ。小柄ながら力強いストロークやサーブを持ち、ネットプレーの技術も高い。

(今の僕の実力は、精々が一般人アマチュア中上級か良くて上級。本当なら、このレベルに到達するのに早くても5、6年、或いはもっとかかる。虚空のアカシック・記憶レコードと繋がって2週間程度、たったそれだけの期間で今の実力なんだから贅沢は言えない、けど)

聖の打つボールは、蓮司に易々と捉えられ容赦ない角度で打ち込まれる。

(ダメだ、数球反応して打ち返すのが関の山だ!)

聖のプレー事体は、可もなく不可もない。目立って何かが悪いということもないのだが、蓮司のプレーが聖を圧倒的に上回っている。聖の打ったサーブは難なくリターンされ、それを何とか返した後はもう届かない所へ打ち込まれてしまう。打ち合いラリーはせいぜい5球程度しか続かず、ことごとく蓮司がポイントを決める。

始まって2分も経たぬうちに、聖は自分のサービスゲームをブレイクされ獲られた。徹磨との試合を見ていた蓮司は肩透かしを食らったような表情を浮かべていたが、特に慌てる様子はない。油断のない顔つきで構えると、小柄な身体からは想像も付かない速度のサーブを放つ。

「ッ!」

反応が遅れた聖は触れる事すら出来ず、ボールがフェンスに当たって転がる。

(油断してた……!徹磨さんと比べれば"どうにかなる"って甘く考えていた……ッ!)

蓮司の身長は160㎝ちょうど。高1男子の平均身長から考えればかなり低い。両親の、特に父親の身長は180cmあるので遺伝的要素で言えばまだ成長の余地はある。だが、遅生まれの蓮司は幼少の頃からずっとクラスでは一番小さい方だった。

それでも蓮司はその天性の才能とたゆまぬ努力で欠点を補い、中学2年の時に全国を制した。身長のハンデを痛感したのはその翌年、連覇を賭けて挑んだ中3の時だった。周りはどんどん身体が大きくなり、これまで寄せ付けなかった相手に競った試合をする事が増え、やがては負ける事が多くなった。ハンデを補う為にコーチの定める量を越えたハードトレーニングをこっそり続けた結果、先に身体が悲鳴を上げた。

幸い怪我自体は大した事もなく、ミヤビの助力もありどうにかこうにかその苦難を乗り越え、最近になってようやく本来の力を取り戻しつつある。先日の遠征でも自分の身体に負担をかけ過ぎない戦い方で優勝出来た。小学校卒業と同時に親元を離れ、寮生活でありながら徹磨や先輩のプロ、コーチに教わった自己管理方法を徹底し、極力無駄を削ぎ落とした生活を心掛けてきた。

その努力の結晶が、今の蓮司の実力だ。
中学の頃は確かに自分の実力に自惚れていた節があった。だが、蓮司は他の誰よりも真剣に努力していたと思うし、テニスに対して真面目に取り組んでいた自負がある。単純に負けず嫌いだという点を差し引いても、その自信は強い信念と確かな努力に裏打ちされたものだ。ちょっと疲労が溜まったからと言って練習を休む連中や、自分の努力不足から目を背けて試合の敗因を他に求めるような連中と慣れ合うなんて蓮司は御免だった。

――自分より弱いやつとは練習しない

蓮司は過去にそう言ったことがある。しかしそれはテニスの実力の話ではない。自分の言葉が意図したものと違う形で周囲に受け取られたことを蓮司は知っていたが、その程度で離れる連中ならむしろ好都合だった。その考えは、今でも変わっていない。




試合が始まってから10分と経たぬうちにゲームカウントは0-3と蓮司がリードしていた。

<なンだよォ~オイ、情けねェな~?仮にも世界ランカーを倒した期待の新人ルーキーがあんな陰キャチビにもうツーブレイクってよォ~。負けちまうぜェ~?良いのかァ~?>

コートチェンジの際に汗を拭いていると、アドがおちょくってくる。

(うっさいな。元の実力が違い過ぎるんだよ。多少ラリーになってるだけでも本当なら有り得ないんだ)

<ンまァなァ~?普通ならこのレベルの相手と本当の・・・オマエがやったら、下手すりゃもう決着ついてるかもしんね~からな。カタチになってるだけ良かったなァ。ただよォ~>

おちょくる口調の中に、何となく批難するような含みを聖は感じた。

捨て試合だから・・・・・・・負けても良い・・・・・・、とか思ってねェ~?>

「え」

タオルを置こうとした聖の手が思わず止まる。

<そりゃ練習試合だしなァ?別に勝とうが敗けようがこの試合結果がオマエにとって何かを意味するってこたァねェわな。テキトーにやり過ごしてさっさと終わらせたってどうってこたァねェ。けど、そんな姿勢でお嬢に相応しい男・・・・・・・・になれンのか?>

――ハル姉のペアには、オレがなる

<どう戦おうがオマエの自由さ。とはいえ、前に自分でも自覚してたように、オマエは本来ならここにいる資格なんざ欠片もねェンだよ。それが普通じゃ有り得ないジョーカーを使って強引にここへ割り込ンでる。オレ等の都合でもあるから別にそれは良いぜ?だが、それならそれで示すべき態度ってモンがあるンじゃねェの?>

——力を持つ者は、それに見合うだけの振る舞いをしなくちゃならない責任があるんだ

——いつかあんた達が、周りに胸を張ってペアを組めるようになれたら良いね

姉の瑠香に言われた事がふと聖の脳裏に過った。

「オイ、何モタついてんだよ」

ぼやっとしている聖に向けて、既にポジションについている蓮司が声をかける。試合はカウントを先行している蓮司が圧倒的に優勢だが、その表情はどこか険しい。というより、明らかにイラついているように見える。

「ご、ごめん」

聖は慌ててタオルをベンチに投げ置き、リターンポジションについた。蓮司は離れていてもそれと分かるぐらい大袈裟に溜息を吐く。待たせたことに対する苛立ちではないのが、聖にもよく分かった。

蓮司は高くトスを放り上げる。同時に身体を弓の様にしならせ、膝が地面に沈み込むくらい低くなる。全身に力を溜め、身体のバネを存分に使って一気に解放する。引き絞られた弦から放たれた矢のように、鋭く空気を切り裂きながらサービスボックス目掛けてボールが飛来する。

「ッ!」

辛うじて反応した聖は必死にボールへ食らいつくが、ラケットのフレームにボールが当たって自陣に落下する。衝撃が伝わり右手に痺れが残る。身体は小さいが、サーブの速度は存外に速い。黒鉄徹磨のサーブを見ていなければ、簡単に不触の一撃ノータッチエースを獲られていたかもしれない。

続けて様に聖は蓮司のサーブをリターン出来ず、最後に辛うじて返球出来たものの3球目をベースラインから引っ叩かれ、1ポイントも取れずラブゲームで蓮司にキープされた。

(これで0-4。マズイ……)

後ろに転がったボールを拾い、あともう1球を蓮司から送ってもらおうと聖が視線を送ると、明らかに敵意を浮かべた表情の蓮司が睨みつけていた。その様子にたじろぐ聖だったが、何をどう言ったものか言葉が出てこない。すると蓮司が吐き捨てるように言った。

「オマエさ、やる気あんのかよ」

「えっ」

「なんで本気でやらねェんだよ!ナメてんのか!」

普段の様子からは想像できない大声で怒鳴る蓮司。その声は周りで同じように試合形式の練習をしていたメンバーにも届いたらしく、何事かと2人に視線を向けている。聖が何も言い返せず口ごもっていると、やってられるかといった様子で蓮司はぞんざいにボールを投げて寄越した。

<あ~らら、怒らせちゃった>

アドが茶々を入れてくるが、聖の耳には入らない。

——お前みたいなのが大会に出るなよ、せっかく素襖と戦えると思ったのに

蓮司の様子は、あのとき聖を殴った少年の姿と重なった。



当然のことながら、聖は決して蓮司をナメていたわけではない。
最初から叡智の結晶リザスタルウィズデムを使って戦おうと思えば出来たし、少なからず功徳の業カルマグレースを得られるのだからそうした方が聖にとって得なのは明らかだった。

だが、失徳の業カルマバープの存在が聖の判断を消極的にした。今日は月曜日の為、仮に最初から最後まで能力を使った場合、最短でも15分~20分は使用することになるだろう。前回の徹磨戦では10分未満で24時間以上の失徳の業カルマバープが発生した事を考えると、単純計算で倍の48時間以上も発生する恐れがある。

試合で毎回能力を使い、その度に行動不能な日が発生してしまうと、自分の健康状態を心配されたり、何か変なことをしているのではないかという疑いをもたれる可能性が高くなってしまう。だから、能力を使うのはここぞという時だけにしたいというのが聖の本音だった。

それに。
子供の頃から努力を続け、今なお各々が夢に向かって切磋琢磨している同世代の選手たちを差し置いて、超常的な力を使い彼らと並ぶことに抵抗がある。聖がやっているのは、必死に走っている人達の横にクルマで乗り付けて、さも自分も同じように頑張っていますという顔をするようなものだ。一概に全て聖の都合では無いにせよ、どうにも不誠実極まりない気がしてしまい、彼らに対し申し訳ない気持ちがあった。

アドは聖が能力を使うのは、聖だけの都合ではないから気にするなと言ってくれた。それに、聖が能力を使うことで聖と関わる選手は、何らかの形でその人物の可能性が開かれる。目先の勝敗とは無関係に、聖が介入することで相手に対して間接的な貢献ができるわけなのだから、ネガティブに考えすぎる必要はない。だがそれでも、躊躇いを無くすのは難しい。これは理屈ではなく、気持ちの問題だった。

ATCアリテニに所属するのは、それぞれが想いを胸に抱き、掲げた目標へ向かって努力し続ける者たちだ。それに対し自分がどういう振舞いをすれば良いのか、聖には正解が分からない。自分にどうしろというのか。

<オマエの迷いは正しいよ。だが、自分で答えが出せねェなら、せめて期待に応えてやったらどうだ?オマエにはそれが出来るンだからよ>

聖の胸中を見透かしたアドが、宥めるように言う。
徹磨との試合を見ていた蓮司は、恐らく聖を強敵と見なしている。もしかすると徹磨の敵討ちのようなつもりで今日の試合に臨んでいるのかもしれない。或いは、徹磨を倒した聖を倒し、自分も徹磨に負けていないことを証明したいと考えているのかもしれない。

いずれにせよ、蓮司は聖に『全力で戦うに値する強敵』であることを望んでいると、そんな気がした。よくよく思い返してみれば、蓮司は聖の歓迎会に参加していない。偶然ではあったがあの時あの場にいたメンバーには、徹磨との試合結果がまぐれであると言い訳して聖の実力を過剰に過大評価しないよう言い含めることが出来ている。しかし蓮司はその対象外だ。今なお、蓮司の目から見て聖は徹磨を倒した同い年の強敵に見えているに違いない。

勝つ、負けるは一先ず置いておくとして。
自分がやらかした事に対して、自分は責任をもった振舞いをしなければならないのではないか。自分の本当の実力では無いにせよ、自分の目的の為に行動を起こしここへ来た以上、それが自分に課された義務なのかもしれない。

ひと呼吸おいて、聖は覚悟を決めて唱えた。

「マクトゥーブ」




ATCアリテニのテニスコートには、それぞれカメラが設置されている。試合の様子を記録する、選手のプレーを分析する、大会開催中に何かトラブルが起こってないか監視するなど、用途は多岐に渡る。カメラはATCアリテニ内のローカルエリアネットワークに接続されており、所属選手は貸与されているデバイスを使って各コートの動画をリアルタイムで視聴することも可能だ。

一般には解放されていない学生選手が利用できる自習室では、高3の偕鈴奈と2年の雪咲雅がお菓子を食べながら勉強していた。とはいえ、勉強しているのはミヤビだけで、鈴奈は聖と蓮司が試合をする8番コートの様子を携帯端末で見ていた。

「みやびん、あんたの彼氏クンが爆発しとるよ~、色んな意味で」

「ちょっと、彼氏じゃないってば」

「てゆか、ルーキーがコテンパンなんだけど。どったのかね?」

「コテンパン?それどういう意味ですか?」

「知らんがな~。そういう日本語あるっしょ~」

「じゃなくって、蓮司が勝ってるんですか?」

「そ~。今4-0フォー・ラブでレンちゃんリード」

ラブ?!ホントに?」

「スズちゃんはウソツカナ~イ」

「スズ先輩何カップでしたっけ」

「ワールドカップ」

「息を吐くようにウソ吐きますよね」

「みやびんは成長した~?」

「お陰様で身長は伸びました。アドバイス頂いた牛乳が効いてます」

「くれよ~その身長~。おっぱい分けてやっからさ~」

「あ~言いましたね、じゃあ遠慮なく!」

「や~ん、えっち~」

花も恥じらう乙女二人がふざけ合ってじゃれついていると、不意に扉が開いた。サングラスをキメたOBの素ノ山田守治すのやまださねはるが無言で入口に立っている。守治はしばらく2人を見つめ、おもむろに部屋へ入って席に着く。そして自分のケータイを取り出して操作すると『スズ先輩何カップでしたっけ?』『えっち~』という先ほどの2人の会話が流れ始めた。

守治はサングラス越しに満面の笑みを浮かべ2人の方を向き、

「キマシタワーーー!!」

と雄たけびを上げた。



続く
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