Head or Tail ~Akashic Tennis Players~

志々尾美里

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第5話 選抜試験(セレクション)③

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――今の2ポイント、ヤツの意図が分からねェ。

1ポイント目、振り遅れたようだったが何故振り遅れた?さっきまでのヤツなら難なく打ち返せるレベルのリターンだったはずだ。何かを狙ってそれが失敗したんだろうが、何を狙ったのかが分からねェ。逆手バックの逆クロス?或いはドロップ?

2ポイント目、セカンドは明らかにスイングの途中でコースを変えようとしていた。オレがポジションを一歩詰めたのが見えたせいか?しかしそんなのは大分前からやっている。何故今更そんな事を気にする?サーブ&ボレーを狙っていた?

徹磨は聖のミスで得た2ポイントを冷徹に分析しようとしたが、明確な答えが出せない。聖ほどの実力を持つ選手なら、その一挙一動に何らかの意図があるはずだ。ポイントが終われば当然その意図が理解できるし、場合によってはプレー中に看破できる。

当たり損ないやイレギュラーなどの不確定要素は当然あるものの、プロ同士の戦いであればその全てのプレーに意図が込められている。意識しているかどうかの個人差はあれど、主導権を握る為、守る為、ポイントを奪う為、ミスを誘う為といった何かしらの意図が必ずある。プロはボールを打っていない時ですらその動きに意味がある。何も考えずにただ打ち返すだけなどということは、有り得ない。

徹磨は聖を自分と同等、或いはそれ以上のプロと見做した。
今の彼に先ほどまでの油断や畏れはもはや無く、守治の言葉を思い出したことで自分のプレーを押し通す覚悟も固まった。名も知らぬ高校生に追い詰められた事で徹磨は自分でも気付かぬうちに階段を一つ登った。それは彼が世界で勝ち抜く為に必要な、重要な一段だった。

状況は依然、徹磨が劣勢だ。このポイントを失えばそれで徹磨の敗北が決定する。しかしその追い詰められた状況がかえって徹磨の集中力を研ぎ澄まし、状況とは裏腹に彼は身体の内側から力が漲ってくるのを感じていた。

サーブが放たれる。
センター。自分からは離れていく軌道で曲がるスライスサーブ。今日何度か打たれているサーブだが、精度が少し落ちている。このサーブを見た瞬間、徹磨は聖の身に何が起きているのか答えを導き出した。


――オマエ、集中力を落としたな


相手の見せた油断に、徹磨の中で獰猛な闘争心と微かな失望が入り混じる。その二つは化学反応を起こしたように激しく燃え盛ってエネルギーを産み、徹磨の放ったリターンの精度と球威を加速させた。

轟音と共に鋭い軌道を描いた徹磨の利き手フォアのリターンは、クロス方向へ稲妻を彷彿とさせる激しさで疾走はしり抜けた。聖は反応すら出来ず、その様子は立場を変えてこの試合の最初のファーストポイントを再現したかのようだった。

これでカウントは40-40のディサイディング・ポイント1本勝負
今回はデュース(ポイントが並んだ際、2点差がつくまで繰り返す方式。)ではなくノーアドバンテージ方式。つまり、次の1本を獲った方がこのゲームを手にすることが出来る。聖が獲れば勝利が確定し、徹磨が獲ればファイナルゲームへ突入する。

聖に勝つ可能性が残されているとすればこの1ポイントをおいて他に無い。
徹磨が逆転する為にはこのポイントは絶対に獲らなくてはならない。

互いに意味は違えど、ここが勝敗の行方を左右する分水嶺となる重要な1本。
コート上の2人は勿論、それを見守る者たちも含め緊張感が高まっていく。

徹磨の瞳には、獲物を追い詰める肉食獣のような好戦的な色が。
聖の瞳には、追走から逃れようとする草食獣のように懸命な色が。
互いの視線がぶつかり合い、目に見えぬ火花となって飛び散った。



(どうする……)

ポジションにつき、聖はボールを地面につきながら考える。
しかし、考えた所で答えなど出ようはずがない。叡智の結晶リザスタルウィズデムの出力が制限されているせいなのかどうかは不明だが、先ほどまでと違い聖は自分の思考で頭の中の大半が埋まっている事に気付く。考える間もなくプレーできていたのは集中していたせいでもあり、そうしなければ能力に振り落とされるような気がしたからだ。

自分の思考が意識の大半を占めるようになった今、聖は自分の意志で能力を活用しなければならない。アドは能力の発動はオートマチックではないと言ったが、撹拌事象中は自分が発揮される能力についていくような感覚があった。だが今はアドの言葉通り、自分の意志で能力を制御しなければならない。

今のままでは折角の叡智の結晶リザスタルウィズデムを活用し切れない。

考えろ。このシュワルツマンという選手は小柄ながらリターンとラリーの能力の高さを活かして戦う選手だ。つまり、ラリー戦に持ち込めさえすればまだ辛うじてチャンスはあるはずだ。出力は下がってるとはいえ、手も足も出ないってわけじゃない。現状逆転されつつあるのは、サーブが甘くて打ち込まれているからだ。サーブで主導権を握れていたさっきまでとは違い、今はサーブを攻撃されてしまう。

それなら――。



聖がサーブを打つのに時間をかけ過ぎていると感じた篝は、警告を発しようとした。だが、その瞬間に聖が打つ様子を見せたので思いとどまった。本来ならばここは問答無用でタイムバイオレーションを取るのが主審の務めだが、さすがの篝もこのタイミングで水を差すのは気が引けた。

この少年は一体何なのだ?

篝とて、沙粧から聞かされているのは彼が素襖春菜の幼馴染で元ペアであり、今回プロを目指すために選手育成クラスへの入会を希望している、ということだけだ。徹磨同様、篝も彼について簡単に下調べはしてみたが、めぼしい情報は何も無かった。

こんなポテンシャルを秘めた選手が、今までどの大会にも出なかった?
昔テニスをしていたが、それ以降は自主練でテニスを密かにやっていた?

嘘だ。彼は何か嘘を吐いている。
だが、何を隠しているのか見当もつかない。これほどの実力があるなら、そもそも素襖春菜が彼とペアを解消する理由が無い。テニスから離れる理由だって無い。何故、彼はこんな実力を持ちながら今の今までテニスから離れ、そして今になって現れたのか。

聖に対する疑問に対して何一つ答えが出せず、篝は人知れず眉間に皺が寄る。しかし、考えたところで答えなど出ない。試合が終わったら直接問えば良い、篝はそう思い一先ず試合を見届ける事にした。



ゲームカウント5-4 40-40 ディサイディング・ポイント1本勝負

徹磨はデュースサイドでのリターンを選択(ノーアドルールではリターン側がサイドを選択出来る)し、極めて重要なこのポイントを迎えることにした。

やや時間はかかったが、ようやく聖がサーブのモーションに入る。徹磨の集中力は最高潮に達しており、今の彼からサービスエースを取れる者などいないだろう。それほどまでに彼の湛えている圧威は苛烈で、それを見た聖がたじろぐのも無理なからぬことだった。

放たれたサーブにはややスライス気味の回転が掛っていた。コースは徹磨のボディ。着弾位置はライン手前でかなり深い。逆手バックでリターンを打とうとした徹磨だったが、バウンド後に軌道が利き手フォア側へ僅かに流れた。その為、自分の得意な打点を確保するべくタイミングを遅らせ、確実にコントロールすることを優先しリターンした。

徹磨のリターンは聖から見て左側アドサイドへ流すように返球された。聖は先ほどまでとは異なり、サーブを打った直後即座に構えてリターンに備えるよう努めた。サーブのコースが狙った通りに行ってくれた事、意識した通りに素早くリターンへの準備を終えていた事が功を奏し、ようやくリターンエースを防いでラリー戦へ持ち込むことが出来た。

この試合で何度も繰り広げられたラリー戦となったが、様相は逆転している。圧倒的攻撃力で主導権を握り攻める徹磨、これまでとは打って変わり、ライジングをディフェンスに使って耐える聖。今の聖に、徹磨の攻撃を掻い潜って反撃出来るほどの攻撃力は無い。聖のポジションが徐々に下がり始める。その様子はさながら大木たいぼくを振り回して暴れ狂う巨人を、小さな人間が鎧と盾で必死に身を守ろうとしているようだ。徹磨は聖の盾と鎧を相手諸共破壊し撃滅せんとばかりの猛攻を繰り広げる。

やがて聖のディフェンスが限界に達し、辛うじて返球したボールがネット上部に当たって高く跳ねた。その瞬間を見逃さず、一気呵成に前進した徹磨がノーバウンドでそのボールを咆哮と共に地面へ叩きつける。ボールは一瞬でゆうに7,8mは跳ね上がり、2階席の窓に当たった。

「ゲーム黒鉄、5-5」

徹磨は無言のまま力強く左拳を握り、ガッツポーズを取る。


叡智の結晶リザスが無きゃ、秒で終わってたな>

茶化した様子も無く、アドが呟く。
聖は乱れた呼吸を整えながら、自分の勝つ確率が顕著に下がった事を感じていた。しかしそれでも、まだ心が折れたわけではない。今のラリー戦で、一方的にポイントを決められてしまうほどの戦力差ではないことが確認できた。

勿論、それも場合による。今のラリーは徹磨が敢えてエースを狙・・・・・ってこなかった・・・・・・・からだ。猛烈な攻撃ではあったが、ポイントを奪いに来るというよりも相手が音を上げるまで攻撃し続ける、そういうラリーだった。

その気になればエースを狙うチャンスもあっただろうが、リスクを負わずより確実にポイントへ繋がるような選択だと傍目からは解釈できる。しかし、実際にあの猛攻を受けた聖の印象は違う。あの攻撃はそんな生易しいものではない。まるで自分の強さをこれでもかというほど相手に押し付け、相手の戦意を砕くようなラリーだった。

この試合、聖が優勢に事を進めている間の徹磨のプレイはどこか戦略的だった。それほど聖のプレイが攻撃的であり、何か策を講じなければ突破口を見出せないと思わせたからこそなのだろうが、初めて徹磨と対面した時に感じた印象とはどこかそぐわないものがあった。それが今は、なんとなく徹磨に感じていた印象に沿った本来の姿であるかのような錯覚を覚えた。

(こっちの方が断然やり難い……ていうか、怖い)

盾と鎧に身を包み堅実に勝利を得ようと戦っていた騎士が、盾も鎧も、それどころか勝敗への拘りさえもかなぐり捨てて本能のまま襲い掛かってくる狂戦士に変貌したかのような印象に変わった。攻撃の脅威はそれこそ巨人のようでもあった。

可能性の撹拌

ふと、聖の頭にその言葉が過る。

そういうことか。
聖は急に一つの答え――厳密には仮説だが――に辿り着いた。

僕が虚空のアカシック・記憶レコードの力でやるべきなのは、こういう事なんだ。だから、試合の最中であろうと撹拌事象が終わったんだ。というより、その為の撹拌事象・・・・・・・・なのか。

アドに答え合わせを求めたところで教えてはくれないだろうが、聖は確信した。自分はこの力を使って、これから自分と関わるであろう多くのテニスプレイヤーの可能性を芽生えさせるきっかけ作りをしなければならないのだ。

本来ならば関わる予定の無かった自分という石が投じられることにより、水底に沈殿していた泥が舞い上がるように、世界の未来の可能性をる為に。

「結構、大役じゃないか」

思わず独り言ちる聖。

ボールを拾い上げ、ラケットで打ち上げ徹磨にボールを送る。
次のゲームを獲れば勝ち、落とせば敗け。

ふぅ、と息を吐いた聖の表情は、どこか投げやりにも見えた。


自分の役目がどうとかは、可能性の撹拌とか、そんなこと、今はどうでもいい・・・・・・
自分の可能性は、自分で切り拓く


徹磨がポジションにつき、ボールをつく
それを受けて聖は構え、集中力を高める

まだ勝負はついていない。能力を失ったわけでもない。


――――来いッ!


最後のゲームが、始まった。


続く
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