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第1章 ラスラ領 アミット編
43 ブルーコメット
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そう、あれは確か僕とアイリーンが出会ったばかりのときの話だ。
山間の釣り堀にアイリーンと僕はいた。
どうしてこんなところに居たのだろうか。
思い起こせば奇妙な巡りあわせの所為だったのかもしれない。
アイリーンは協会からの依頼でブルーコメットという素材の収集のためにここウイユ鉱山の麓の村に滞在する予定だった。
そこはアミットからそれほど離れていない場所だったが、名産品も何もなく、取り立てて観光すべき見どころもない場所だったためか、人の少ない言わば錆びれた村とも形容できそうな集落だった。
一年に一度、鉱山の水脈の特殊な配合によって生まれるブルーコメットという魔石は、潜在魔力を5パーセントも上昇させる効果があるとして、初級の魔術師の頼みの綱だった。
一般的に魔術師の強さは魔力の潜在量に依存するところが大きい。
圧倒的に大きな魔力を有するアイリーンにはおおよそ必要のない物だったが、協会のひよっこたちの為にひと肌脱いでやろうとするところは、やはり彼女の面倒見のよさの象徴だろうか。
というのも、アイリーンには多くの弟子が居た。
一番弟子はロベルトさん、次はアリステラさん、その他に3人の弟子が居たらしいのだが今は破門されたとか……
僕は上から数えて6人目の弟子だ、中でも潜在魔力は一番に僅少だ。
けれどもアイリーンの解釈は一般論とは違っていて、考慮すべきなのは潜在魔力量よりも、むしろ保有する系統のことだと言っていた。
それはどういうことなのかというと、潜在する魔力量は生まれた時に既に決まっているのだが、訓練次第でいかようにも増えるというのだ。
要するに何度も何度も錬成を行えば自ずと魔力は成長する。
それを知らない一般人は「才能が無かったのね」と諦めてしまうのだとか。
対する系統についてだが、まず世界には7つの系統があるとされている。
火、水、風、土、雷、光、闇の7つだ。
僕の適性系統は闇だったのだけれど、それ以外の系統が使えないわけではない。
100パーセント使いこなせるのが適性系統なのは違いないのだが、その他も努力次第で上達するというのはアイリーン談である。
その法則に気付いたのはアイリーンが12歳の時だ。
彼女は適性系統の光属性のみの訓練をしていたところ、焚火をしたいと思い立ったのだそうだ。
寒空の中一人で光属性縛りの演練には飽き飽きしていた。
手は悴むし、とにかく冷える。
アイリーンは暑がりだったがとにかく寒いのは苦手だったのだ。
そこで彼女は焚火をした。
火打石は無かったので不得意な火炎魔法で火を焚いた。
けれども不得意な故、なかなか着火しづらい。
着火したとしてもすぐに鎮火してしまう。
そんな調子じゃ凍えてしまう。
アイリーンは光属性の魔術そっちのけで火炎魔術に集中した。
回数をこなすたびに火種は大きく丈夫に育っていく。
もしやと思い、翌日の訓練内容を光属性の演練から火属性の演練へと切り替えた。
2日、3日と繰り返すたびに面白いほどに火力は増していった。
そして火属性のみの訓練を1年以上続けたある日、戯れに光属性の魔術をいつものように唱えてみた。
「……あ」
気付いた時には遅かった。
手遅れだった。
光の魔術は暴走し、森を一つ消し飛ばしてしまった。
自身の火属性の成長が、適性魔術の成長を助長していたのだ。
それには生まれつきのセンスによるところも大いにあったとは思うのだが、まさしく仮説通りだということの証明だった。
アイリーンは火属性以外の属性でもこれを試してみた。
やはり仮説は正しかった。
各系統を鍛えれば、魔力量は増加する。
どうして魔術師たちはこの事実をひた隠しにしているのだろうか?
事実。
如何なる文献にもそのような記述は無い。
______そう、それは発見だったのだ。
それに気づいた者は、ただの1人もいなかったのだ。
いや、過去に法則に気が付いた者もいたのだろうが、それを公表する者はなかった。
きっと自分だけの秘密にしていたのだろう。
魔術師の多くは狡猾で内向的だ。
その発見は彼女にとって大きな進歩であったし、協会にとっても大きな収穫だっただろう。
協会はアイリーンと会長の連名でもって学会に発表した。
『無適性魔術の反芻による発達概念』
その文献は大ベストセラーになる。
話を戻そう。
ブルーコメットはすぐに見つかった。
それもそうだ。
とてもきれいな青色をしていたからだ。
水面に揺れるその青い光を見つけたのは僕だった。
「なんじゃペリドット。釣り竿なんて持ってきておったのか」
「うん。アイリーンの分もあるよ。ほら」
「遊び半分で来おったな」
「ま、たまにはいいじゃない。さあ川の主を釣りあげよう」
「何じゃ? そんなもん聞いたことないぞー」
「いるんだよ。川の主ってのはどこの川でもいるのさ」
「釣ってどうするんじゃ? 川魚は生臭いから食えん」
「大ジョブだって。臭くないように調理してやるからさ」
「そうか? それなら期待して待つとするかのー」
僕たちはおのおの釣り糸を垂らした。
静かな時間がせせらぎの様に流れる。
「ん? これなんだ? 綺麗な石だ」
「おお! お主は目がいいのー。それじゃ。それがブルーコメットじゃよ」
「へー。これがその魔石なのか」
「任務が終わってしまったぞ……」
「はは、そうだね。帰り支度でもしようか」
僕は釣り糸を手繰って支度を開始した。
太陽はまだ僕たちの真上でしっかりと目を覚ましている。
アイリーンは……何だかつまらなそうだ。
ヨイショ。
僕はもう一度釣り糸を垂らして岩場に座った。
「どうしたのじゃペリドット?」
「うん。釣りたりないなって思ってさ」
アイリーンが笑顔になる。
「川の主を釣るまで帰れんぞ!」
「おう」
キラキラと照り返す健康的な水面と、それに全くと言っていい程そぐわない魔術師の少女。
ちぐはぐでミスマッチな光景が僕には眩しく映った。
山間の釣り堀にアイリーンと僕はいた。
どうしてこんなところに居たのだろうか。
思い起こせば奇妙な巡りあわせの所為だったのかもしれない。
アイリーンは協会からの依頼でブルーコメットという素材の収集のためにここウイユ鉱山の麓の村に滞在する予定だった。
そこはアミットからそれほど離れていない場所だったが、名産品も何もなく、取り立てて観光すべき見どころもない場所だったためか、人の少ない言わば錆びれた村とも形容できそうな集落だった。
一年に一度、鉱山の水脈の特殊な配合によって生まれるブルーコメットという魔石は、潜在魔力を5パーセントも上昇させる効果があるとして、初級の魔術師の頼みの綱だった。
一般的に魔術師の強さは魔力の潜在量に依存するところが大きい。
圧倒的に大きな魔力を有するアイリーンにはおおよそ必要のない物だったが、協会のひよっこたちの為にひと肌脱いでやろうとするところは、やはり彼女の面倒見のよさの象徴だろうか。
というのも、アイリーンには多くの弟子が居た。
一番弟子はロベルトさん、次はアリステラさん、その他に3人の弟子が居たらしいのだが今は破門されたとか……
僕は上から数えて6人目の弟子だ、中でも潜在魔力は一番に僅少だ。
けれどもアイリーンの解釈は一般論とは違っていて、考慮すべきなのは潜在魔力量よりも、むしろ保有する系統のことだと言っていた。
それはどういうことなのかというと、潜在する魔力量は生まれた時に既に決まっているのだが、訓練次第でいかようにも増えるというのだ。
要するに何度も何度も錬成を行えば自ずと魔力は成長する。
それを知らない一般人は「才能が無かったのね」と諦めてしまうのだとか。
対する系統についてだが、まず世界には7つの系統があるとされている。
火、水、風、土、雷、光、闇の7つだ。
僕の適性系統は闇だったのだけれど、それ以外の系統が使えないわけではない。
100パーセント使いこなせるのが適性系統なのは違いないのだが、その他も努力次第で上達するというのはアイリーン談である。
その法則に気付いたのはアイリーンが12歳の時だ。
彼女は適性系統の光属性のみの訓練をしていたところ、焚火をしたいと思い立ったのだそうだ。
寒空の中一人で光属性縛りの演練には飽き飽きしていた。
手は悴むし、とにかく冷える。
アイリーンは暑がりだったがとにかく寒いのは苦手だったのだ。
そこで彼女は焚火をした。
火打石は無かったので不得意な火炎魔法で火を焚いた。
けれども不得意な故、なかなか着火しづらい。
着火したとしてもすぐに鎮火してしまう。
そんな調子じゃ凍えてしまう。
アイリーンは光属性の魔術そっちのけで火炎魔術に集中した。
回数をこなすたびに火種は大きく丈夫に育っていく。
もしやと思い、翌日の訓練内容を光属性の演練から火属性の演練へと切り替えた。
2日、3日と繰り返すたびに面白いほどに火力は増していった。
そして火属性のみの訓練を1年以上続けたある日、戯れに光属性の魔術をいつものように唱えてみた。
「……あ」
気付いた時には遅かった。
手遅れだった。
光の魔術は暴走し、森を一つ消し飛ばしてしまった。
自身の火属性の成長が、適性魔術の成長を助長していたのだ。
それには生まれつきのセンスによるところも大いにあったとは思うのだが、まさしく仮説通りだということの証明だった。
アイリーンは火属性以外の属性でもこれを試してみた。
やはり仮説は正しかった。
各系統を鍛えれば、魔力量は増加する。
どうして魔術師たちはこの事実をひた隠しにしているのだろうか?
事実。
如何なる文献にもそのような記述は無い。
______そう、それは発見だったのだ。
それに気づいた者は、ただの1人もいなかったのだ。
いや、過去に法則に気が付いた者もいたのだろうが、それを公表する者はなかった。
きっと自分だけの秘密にしていたのだろう。
魔術師の多くは狡猾で内向的だ。
その発見は彼女にとって大きな進歩であったし、協会にとっても大きな収穫だっただろう。
協会はアイリーンと会長の連名でもって学会に発表した。
『無適性魔術の反芻による発達概念』
その文献は大ベストセラーになる。
話を戻そう。
ブルーコメットはすぐに見つかった。
それもそうだ。
とてもきれいな青色をしていたからだ。
水面に揺れるその青い光を見つけたのは僕だった。
「なんじゃペリドット。釣り竿なんて持ってきておったのか」
「うん。アイリーンの分もあるよ。ほら」
「遊び半分で来おったな」
「ま、たまにはいいじゃない。さあ川の主を釣りあげよう」
「何じゃ? そんなもん聞いたことないぞー」
「いるんだよ。川の主ってのはどこの川でもいるのさ」
「釣ってどうするんじゃ? 川魚は生臭いから食えん」
「大ジョブだって。臭くないように調理してやるからさ」
「そうか? それなら期待して待つとするかのー」
僕たちはおのおの釣り糸を垂らした。
静かな時間がせせらぎの様に流れる。
「ん? これなんだ? 綺麗な石だ」
「おお! お主は目がいいのー。それじゃ。それがブルーコメットじゃよ」
「へー。これがその魔石なのか」
「任務が終わってしまったぞ……」
「はは、そうだね。帰り支度でもしようか」
僕は釣り糸を手繰って支度を開始した。
太陽はまだ僕たちの真上でしっかりと目を覚ましている。
アイリーンは……何だかつまらなそうだ。
ヨイショ。
僕はもう一度釣り糸を垂らして岩場に座った。
「どうしたのじゃペリドット?」
「うん。釣りたりないなって思ってさ」
アイリーンが笑顔になる。
「川の主を釣るまで帰れんぞ!」
「おう」
キラキラと照り返す健康的な水面と、それに全くと言っていい程そぐわない魔術師の少女。
ちぐはぐでミスマッチな光景が僕には眩しく映った。
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