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第1章 ラスラ領 アミット編

42 熊

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 ___その頃の私は、とても引っ込み思案で、友達も全然いなかった。

 学校がお休みの日にはいつも一人で過ごしたわ。
 もちろんお屋敷には年の近い人など居なかった。
 広すぎるお屋敷だけど、誰もいなかった。
 今思えば、そう思い込んで殻に閉じこもっていただけなのかもしれないわ。

 広くてどこまでが敷地なのかも分からない庭には、静かに小川が流れていて、その緩やかな水面を見つめながらいつも妄想してた。
 友達ができたら何して遊ぼうかなって。

 年の近い子がご来賓の付き添いで来ることもあったわ。
 一緒に遊びたかった。
 だけど勇気がなくて私はいつも一人。
 きっと死ぬまで一人なんだと、怖くて眠れなくなった日を覚えているわ。

 ある日お母さまに聞いてみたの。

『お母さま。どうすれば私にもお友達ができるのかな?』

 お母さまはこう答えたわ。

『きっと誰かがあなたの良いところを見つけてくれるわよ』

 けれどその言葉は私をもっと不安にさせたの。
 取柄も何もない、暗くておとなしいこんな私に、良いところなんてあるのだろうか……


 そうしてまた水面を眺めた。
 いっそ私もこの小川の水のように、何でもない物になりたい。
 何も恐れず何も考えず、誰とも話したりせずに、遠くに海まで流されてしまいたい。
 お馬鹿だけれど、本気でそう思ったわ。


『______おいガキンチョ。お前、この家の子か?』

 とても大きくて恐い顔をした男の人が、私に声を掛けてきた。

 私はとても驚いたわ。

 熊が私を食べに来たのかと、本気でそう思ったわ。
 それでも良いかって思ったのも本当。

『熊さん……どこから来たの?』
『ああ? 小せえ声だな。どこから来たかって? つまらねえ所から来たんだよ』
『そう。私と一緒だね』
『そうだな。お前も随分つまらなそうだ』

 熊は高圧的な態度だったけど、なぜだか私はほっとしたの。
 いままでお屋敷にやってきたどんな人も、こんな喋り方はしなかったもの。

 誰とも違うって思ったら、不思議とお話ができる気がした。
 だからお馬鹿な私は真剣に聞いたわ。

『私の良いところって何? どんなところなの? 熊さん、教えてほしい』

 すると熊は言った。

『いいところ? そんなもん知るか。それを知るためにダチになるんだろうが』

 ハッとした。
 そんな答え、全然想像していなかったもの。
 そして……

『誰が熊だっ!』

 ゴツっ

 殴られたわ。

 そして気が付くと、彼のことが大好きになっていた。

「素敵!」
「でしょ?」

(そうか……? というかその熊さんってまさか……)

「でもその人は、それから少しして私の前からいなくなったの……」
「そんな……」
「置いていかれた気分だった。
 それでも彼と出会ったその日から、私は少しずつ変わっていったわ。
 相手を知るために友達になるんだって、その人が教えてくれたもの。
 ……それにね、最近その人と再会したのよ! 嬉しかったわ。
 あの頃よりもずっとかっこよくなっていたのよ!」

 その時、ベランダの戸を開ける音が聞こえた。

「おーい! ペリドット見てねえか?」

 酔っぱらったシルビアさんが僕を探しに来たみたいだ。
 まったく、いいところだったのに!

「おう、ガーネットとサラちゃんか。何の話してたんだ?」

 二人の乙女は少し赤くなった顔を見合わせて言った。

「「教えてあーげないっ」」



 ◇◇◇




 感謝祭の熱が冷めやらぬ夜の町で、何やら不穏な人影が二つ。


 一つの影は男性。

 その男性は、緊張かそれとも恐怖心か、両の足はガタガタと小刻みに震えている。
 手首のアクセサリーがチャラチャラと音を立てていた。

「緊張することはないわ」

 もう一つの影が男の耳元で囁いた。
 その女の長い髪が、湿った路地裏の夜風に揺れる。
 甘く不思議な香りが漂った。

「とってもいい仕事をしてくれたじゃない。あなたは褒められて然るべきことをしたのよ?」
「お、俺はやりたくなかったんだ……」
「あら。そんな悲しいこと言わないで頂戴。
 とってもかっこよかったわよ。
 ほら、なんて言ったかしら、あのハンマーみたいな道具。
 彼の頭を殴ったあれよ」
「コヤスケだ……。俺は商売道具であんなことを……」
「とっても上手だったんだから。そう、とっても。そのお陰であの少年を導くことができたのよ? を」
「あいつがなんだって言うんだ! 俺には関係ない! いい加減に開放してくれ!」

 彼は怯えていた。

「怖がらなくていいわ。あなたも私と一緒に来てくれるわよね? って言葉分かるかしら?」
「……し、知らねえよ。お、俺をどうするつもりだ!?」
「しっ。黙って」

 女は男の唇に自分の唇を重ねた。
 そして、ゆっくりと離れると真っすぐに瞳を見つめている。

「……」

 男は女の瞳を見る。
 男は動けない。
 そして気が付く。
 瞳孔が7つあることに。

斑目まだらめ……」

「いいわ。もっと気持ちよくしてあげる」

 女は、滑るように首筋に唇を沿わせた。

 次の瞬間、激しい衝撃と燃えるような痛みが体中を駆け巡り、男はとうとう

「……じゅるっ」

 女は唇から滴る血を舐めた。
 金色に光る、斑模様の瞳は濡れている。

「ああん。もうそろそろ我慢の限界かしら……ペリドットくん……」
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