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第1章 ラスラ領 アミット編
35 セブの場合①
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試験会場でペリドットとシルビアが戦闘を交えていたちょうどその時、隣の会場ではある剣士が一回戦の準備をしていた。
ラスラ領では希少な獣人の青年。
彼は獣人の父親と人間の母親とのハーフだった。
名前はセブという。
駆け出しの冒険者だったセブは、ある目的が有ってこの試験に臨んでいた。
______遡る事、2か月前。
セブ達パーティーは、ある森で素材の収集に勤しんでいた。
この森には少しだけ珍しい植物が生息する。
レッドストゥールと呼ばれるその真っ赤なキノコは、鮮やかな朱色を発する為、染色の原料として商人ギルドや手工業ギルドではそれなりの値段で取引きされた。
セブ達のパーティは、F級冒険者向けの遣いっぱしりのような依頼をいくつもこなし、細々と生計を立てていた。
セブの住む街は貧しく、成人しないうちからほとんどの男たちが冒険者として働きに出ていた。
セブ自身も例に漏れず、12の年の頃に冒険者ギルドに登録した。
獣人と人間のハーフという生い立ちは差別の的とされるのだが、その話はまた次の機会にするとしよう。
パーティではセブが一番強かった。
しかしながら相手にできるのは比較的に小さく攻撃力の低い魔獣ばかりだった。
彼らは素材の収集に特化したパーティである。
実を言うとこういった冒険者は多い。
戦闘力に自信がない低級冒険者たちにとって、ぎりぎり食いぶちをつなぐ事のできるような依頼が、ギルドにはいくつか転がっている。
イージーでなおかつ高度な戦闘力が必要でない分、報酬はとてつもなく低い。
かつて大陸をのさばっていた魔王の脅威が薄れた今、冒険者の身分は昔よりもずっと落ちたと言っていい。
ある意味、ただの便利屋さんに成り下がってしまった多くの冒険者たちは、そんな小さな依頼をこなして飢えを凌ぐしかないのだった。
危険だがハイリターンな依頼に挑むよりも、ローリスクだが雀の涙ほどのくず銭を得るのが彼らの存在理由、悲しくも現実的過ぎる生き方に、人々はいつからか彼らのことを現実派と呼んだ。
そんな中、志の高い奴らもいた。
冒険にロマンを求め、強くなることに一生を捧げた者たちである。
『強くなって大型魔獣の討伐に挑む』
大型の魔獣の駆除は、達成すれば多くの報酬を得ることができる。
中でも、空の王者〝ドラゴン種〟の討伐には、国から膨大な報酬が支払われていた。
それほどまでに危険なドラゴンという種族は、普段はひっそりと洞穴や岩場で暮らしている。
人里に降りてくることなどはほとんど無いのだが、やつらは気まぐれに人々を襲うこともあった。
空に轟音が響けばそれが襲撃の合図。
逃げろ。
とにかく逃げろ。
戦おうと思うな。
無理だ
絶対に勝てない。
どんな生物よりも高速で移動し、大木や岩などの障害もものともしない。
全ての能力が圧倒的には高いドラゴンが空の王者たる所以は、その飛行能力と機動力にあるのだ。
同時に、ドラゴンは魔術を使うことで知られる。
あるドラゴンは風を操り竜巻を呼び、あるドラゴンは雨雲を発生させて雷を呼ぶ。
そして、ほとんどのドラゴンは共通して火炎の息を吐く。
その火炎は呪いのように地上に留まり、全ての命を焼き尽くす。
そしてこれは噂話だが、人間に変化するドラゴンも存在するという。
約5千万。
そんな空の王者の討伐報酬だ。
これは最低金額。
実際には、そのドラゴンの種によって数倍にも及ぶという。
5千万もの報酬があれば、この大陸では立派な豪邸が建ち、メイドや執事を雇うことも容易にできるだろう。
一攫千金を目論むそんな冒険者たちはやはり短命で、パーティのメンバーが次の月には総入れ替えしている、ということもよくあった。
けれども彼らは冒険を止めない。
異形の魔獣、巨大で荘厳な自然、迷宮の奥底に眠る眩い財宝、そのどれもが彼らを冒険へと駆り立てて止まなかった。
そんな連中をロマン派として揶揄したのは、やはり現実派だった。
セブはロマンを持っていた。
現実派のパーティメンバーとは違い、セブには野心があったのだ。
”いつか俺はドラゴンを倒す”
ドラゴンには何の恨みもない。
ましてや、あの雄大な姿に憧れさえ感じている。
ドラゴンは強さの象徴だ。
ドラゴンを倒せるぐらいの剣士になる。
それが具体的なセブの野望だったのだ。
レッドストゥールの素材集めが大方片付いた矢先に事件が起きた。
仲間の一人が突然血を吐いて倒れたのだ。
籠一杯に入っていたキノコが血だまりに浮かんだ。
仲間の腹部には大きな穴が開いている。
背後にいる大きな影にいち早く気が付いたのはセブだった。
白く美しい体、長くねじ巻き状に伸びたツノ。
巨体を揺らしたその馬面がけたたましい声を上げた。
”一角獣だ!!”
純潔の乙女を背に乗せると言われることで有名な一角獣だが、実のところその気性は粗い。
純潔の乙女以外の全ての敵には鋭い角を突き立てる。
そんな好戦的な魔獣は興奮気味にセブ達を見下ろしていたのだ。
『わ、わぁぁぁぁ!!』
慌てふためいた仲間たちは散り散りに霧散した。
その場に残されたのは、多量の出血により真っ青になった仲間の姿と、剣を抜き覚悟を決めたセブの二人だけだった。
”早く町に連れ帰らなければ! ミネラには家族が居る!”
倒れた仲間の名前はミネラ。
町に妻と幼い娘を残していた。
回復薬を所持した仲間はもういない。
今、一角獣と戦えるのはセブだけだった。
ラスラ領では希少な獣人の青年。
彼は獣人の父親と人間の母親とのハーフだった。
名前はセブという。
駆け出しの冒険者だったセブは、ある目的が有ってこの試験に臨んでいた。
______遡る事、2か月前。
セブ達パーティーは、ある森で素材の収集に勤しんでいた。
この森には少しだけ珍しい植物が生息する。
レッドストゥールと呼ばれるその真っ赤なキノコは、鮮やかな朱色を発する為、染色の原料として商人ギルドや手工業ギルドではそれなりの値段で取引きされた。
セブ達のパーティは、F級冒険者向けの遣いっぱしりのような依頼をいくつもこなし、細々と生計を立てていた。
セブの住む街は貧しく、成人しないうちからほとんどの男たちが冒険者として働きに出ていた。
セブ自身も例に漏れず、12の年の頃に冒険者ギルドに登録した。
獣人と人間のハーフという生い立ちは差別の的とされるのだが、その話はまた次の機会にするとしよう。
パーティではセブが一番強かった。
しかしながら相手にできるのは比較的に小さく攻撃力の低い魔獣ばかりだった。
彼らは素材の収集に特化したパーティである。
実を言うとこういった冒険者は多い。
戦闘力に自信がない低級冒険者たちにとって、ぎりぎり食いぶちをつなぐ事のできるような依頼が、ギルドにはいくつか転がっている。
イージーでなおかつ高度な戦闘力が必要でない分、報酬はとてつもなく低い。
かつて大陸をのさばっていた魔王の脅威が薄れた今、冒険者の身分は昔よりもずっと落ちたと言っていい。
ある意味、ただの便利屋さんに成り下がってしまった多くの冒険者たちは、そんな小さな依頼をこなして飢えを凌ぐしかないのだった。
危険だがハイリターンな依頼に挑むよりも、ローリスクだが雀の涙ほどのくず銭を得るのが彼らの存在理由、悲しくも現実的過ぎる生き方に、人々はいつからか彼らのことを現実派と呼んだ。
そんな中、志の高い奴らもいた。
冒険にロマンを求め、強くなることに一生を捧げた者たちである。
『強くなって大型魔獣の討伐に挑む』
大型の魔獣の駆除は、達成すれば多くの報酬を得ることができる。
中でも、空の王者〝ドラゴン種〟の討伐には、国から膨大な報酬が支払われていた。
それほどまでに危険なドラゴンという種族は、普段はひっそりと洞穴や岩場で暮らしている。
人里に降りてくることなどはほとんど無いのだが、やつらは気まぐれに人々を襲うこともあった。
空に轟音が響けばそれが襲撃の合図。
逃げろ。
とにかく逃げろ。
戦おうと思うな。
無理だ
絶対に勝てない。
どんな生物よりも高速で移動し、大木や岩などの障害もものともしない。
全ての能力が圧倒的には高いドラゴンが空の王者たる所以は、その飛行能力と機動力にあるのだ。
同時に、ドラゴンは魔術を使うことで知られる。
あるドラゴンは風を操り竜巻を呼び、あるドラゴンは雨雲を発生させて雷を呼ぶ。
そして、ほとんどのドラゴンは共通して火炎の息を吐く。
その火炎は呪いのように地上に留まり、全ての命を焼き尽くす。
そしてこれは噂話だが、人間に変化するドラゴンも存在するという。
約5千万。
そんな空の王者の討伐報酬だ。
これは最低金額。
実際には、そのドラゴンの種によって数倍にも及ぶという。
5千万もの報酬があれば、この大陸では立派な豪邸が建ち、メイドや執事を雇うことも容易にできるだろう。
一攫千金を目論むそんな冒険者たちはやはり短命で、パーティのメンバーが次の月には総入れ替えしている、ということもよくあった。
けれども彼らは冒険を止めない。
異形の魔獣、巨大で荘厳な自然、迷宮の奥底に眠る眩い財宝、そのどれもが彼らを冒険へと駆り立てて止まなかった。
そんな連中をロマン派として揶揄したのは、やはり現実派だった。
セブはロマンを持っていた。
現実派のパーティメンバーとは違い、セブには野心があったのだ。
”いつか俺はドラゴンを倒す”
ドラゴンには何の恨みもない。
ましてや、あの雄大な姿に憧れさえ感じている。
ドラゴンは強さの象徴だ。
ドラゴンを倒せるぐらいの剣士になる。
それが具体的なセブの野望だったのだ。
レッドストゥールの素材集めが大方片付いた矢先に事件が起きた。
仲間の一人が突然血を吐いて倒れたのだ。
籠一杯に入っていたキノコが血だまりに浮かんだ。
仲間の腹部には大きな穴が開いている。
背後にいる大きな影にいち早く気が付いたのはセブだった。
白く美しい体、長くねじ巻き状に伸びたツノ。
巨体を揺らしたその馬面がけたたましい声を上げた。
”一角獣だ!!”
純潔の乙女を背に乗せると言われることで有名な一角獣だが、実のところその気性は粗い。
純潔の乙女以外の全ての敵には鋭い角を突き立てる。
そんな好戦的な魔獣は興奮気味にセブ達を見下ろしていたのだ。
『わ、わぁぁぁぁ!!』
慌てふためいた仲間たちは散り散りに霧散した。
その場に残されたのは、多量の出血により真っ青になった仲間の姿と、剣を抜き覚悟を決めたセブの二人だけだった。
”早く町に連れ帰らなければ! ミネラには家族が居る!”
倒れた仲間の名前はミネラ。
町に妻と幼い娘を残していた。
回復薬を所持した仲間はもういない。
今、一角獣と戦えるのはセブだけだった。
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