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第1章 ラスラ領 アミット編

29 遭遇

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 魔力を持った者?

 アイリーン達のことかな。
 初めはなんとなくそう思った。

 だけどフィーナの声色はそんな楽し気なものではない。
 新たな脅威に警戒している、そんな雰囲気が伝わる。
 そもそもアミットで魔術師に遭遇することなどほとんどない。
 それは良からぬ者との遭遇を意味していた。
 町中に魔獣が忍び込んでいるのかもしれない。
 僕はベヒモスとの一件を思い出しては身震いした。

 僕たちが偶然歩いていたのは暗い路地裏。
 周囲には誰もいない。
 細心の警戒をしよう。

「どっちから来るんだ?」
『すぐ近く! 上よ!』

 屋根と屋根との間を、人影が飛び移るのが見えた。
 その空際線上に姿ははっきりと確認できたが顔までは見えない。

 どこに行った!?
 上か? それとも下からか?

 〝予見ビジョン〟!!

 久しぶりに能力を発動した。
 予見ビジョンが覚醒してから、僕は何度かそれを実験的に使ってみた。
 初めは恐かった。
 便利な能力だが〝未来〟が見えるのだ。
 異常なことには変わりない。

 慎重に使ってはみたものの、使用後は驚異的な疲労感が襲ってくる。
 何度も何度も使えるものではないし、長期戦ではいつ自分の限界が来るのか分からないのだ。
 限界を知るまでは安易に使えるものでは無いだろう。

 実験的に使ってみることで、一つだけこの能力のコツを見つけた。
 それは事。
 そうすることで疲労感が圧倒的に軽減した。
 ただこれは戦闘中には大きなハンディキャップとも成り得る。
 片目では距離感が図り辛いのはもとより、閉じた目の側が死角になってしまう。


 今回は敵の位置が分からないので両目で予見ビジョンを使用した。

 一秒後の未来にが写った。
 その男は通路側から接近している。
 僕は拳を握って構え、待ち伏せた。

 次の瞬間、予見した通り通路側の物陰から男が飛び出した。

「ぐおおぅっ!」

 男の大振りの右拳が空を斬る。

「す、すごいスピードだ! こいつ人間か!?」
『違うわペリドット! これは魔獣! グールよ!』

 こんな町中に魔獣かよ!
 そう後悔しても遅い。
 不覚にも僕は丸腰だった。


「これがグール!?」

 初めて見るグールは、醜い顔をしていた。
 どす黒い顔をしていたが人間に見えなくもない。
 しかし明らかに違うのは、体中が腐ったようにただれている点だ。
 そして鼻をつく死臭を発している。
 グールとは、元は生きた人間なのだ。

 腐っているとはいえ、魔獣相手に素手?
 どう考えても無理だ。
 剣の一つでも装備しておくべきだった。

 そんなことはお構いなしにグールの攻撃が続く。

 〝予見ビジョン〟を使ってぎりぎりでかわした。
 そしてカウンターの右ストレートがグールの顔面に直撃。

「よし!!」

 しかしグールは動きを止めない。

「今のが効かない!?」

 またもやぎりぎりでかわす。

 これじゃ切りが無いどころか、僕の体力がもたない。
 3回の〝予見ビジョン〟の発動で確実に体力は消耗している。
 しょうがない。
 逃げるしかない。

「『闇の綻びよ いま眼前を 霧となせ スモーク!!』」

 僕は習いたての闇魔術を放った。
 目眩ましの下級魔術スモークだ。

 手のひらから黒い煙が吹き出す。
 ただでさえ暗い路地裏を更に漆黒に染めた。

 グールの視界を奪ったところで、僕とフィーナは全速力で走った。

 しばらく距離を取ったところで振り返った。
 グールは通路で呻いている。
 その時、民家の上に一人の人物を見た。

 月の光に照らされたその人物は、女性だった。

 夜風を浴びて、長い髪が広がるように揺れる。
 髪に隠され顔は見えない。
 2つの金色の目が光を発しているように見え、僕を睨んだ後に微笑んだ気がした。
 マントをひるがえすと一瞬にして闇夜に溶けていった。

 間違いない。
 出会ってしまったのだ。

 あれは〝吸血鬼バンパイア〟だ。

 ロベルトさんが以前言ったことを思い出す。

『魔力っぽい匂い___残念だが、そういうやつが一番魔獣から襲われ易い。
 美味そうな匂いだからな』

 そう言うことか。
 早く強くならなきゃ、魔獣の餌になってしまう。

『安心して! 魔獣はもういないっ!』

  その後は誰も追っては来なかった。


 ◇◇◇


 帰宅した僕は、リディアの家へと向かった。

「お、どうしたの? こんな時間に」

 風呂上がりのリディアが出迎えた。
 湯上りで頬を赤くし、やや薄着のリディアは僕を部屋へと招き入れた。
 少しだけ緊張した。
 何だか最近、僕はおかしいのかもしれない。

「えっ!!! 吸血鬼バンパイアに会った!!? ど、どこで!?」

 事の顛末を説明する。
 騎士団に対する情報の提供も兼ねてだ。
 あんな怪物、早目に討伐して貰わないとおちおち外も歩けないからな。
 あれ?
 そういえばアイリーンたちは、吸血鬼バンパイアの討伐の為にこの街に来たんだったっけ。
 ということは、先にアイリーン師匠に伝えた方が良かったのか?

 だがもう一つ、実はリディアに頼みたいことがあった。
 というよりも伝えたいこと、報告したい事があったのだ。

「僕も、騎士団に入るよ」
「えっ」

 僕は以前から入団を誘われていた。

 けれど断り続けたのにはいくつか理由があったのだ。
 一つはサラの事。
 いつでも僕はサラを近くで守りたいのだ。
 それができないのならば僕は生きる意味を失ってしまう。

 二つ目は父さんの事。
 これは僕の気持ちの問題だ。

 だが、吸血鬼バンパイアと遭遇した今、そんな悠長なことは言ってられない。
 サラの為にも僕は強くなる必要があった。
 魔術に関しては、デバフ系の闇属性しか使えない。
 ときたら剣術を熟達させるしかない。
 これは最優先事項だ。
 勿論、魔術も両立させる。

 できるだろうか。
 いや、できるかどうかでは無いだろう。
 リディアも応援してくれるはずだ。


 僕の報告に、リディアは一瞬嬉しそうな顔をしたが、直ぐに表情を曇らせ、少し俯いた。

「…………散々誘っておいて、今更こんなこと言うの悪いんだけどさ」

 あれ?
 思っていたのと反応が違うぞ?
 リディアは、俯きながらぽつぽつと続けた。

「入団のことなんだけどさ……やっぱり考え直してくれないかな」
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