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第1章 ラスラ領 アミット編

14 地下牢にて

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 僕たちは古く大きな館の前に立っていた。

「目撃情報があったのはここか?」
「ああ、昨晩遅くに不審な男たちが10代の少女の手を無理やり引いて歩いていたらしい。
 かなり有力な情報筋からだ。間違いないだろう」

 一晩中アミットの街を探し回った僕たちが辿り着いたのは、街の外れにある石切り場だった。
 情報屋のティムからの情報だ。信頼性は高いだろう。

 石切り場には僕がクビになった会社があった。
 会社の建物の一部は社長の屋敷となっている。
 そこにはあの副社長も住んでいる。
 僕が殴った副社長だ。

 やつは幼い日のサラに悪戯をし、心に傷を負わせた。
 やつはサラを、この機会を狙っていたのだ。
 そうだ間違いない。やつの犯行に違いない。
 ふつふつて黒い感情が湧き上がる。

「クソッ! 僕のせいだ! この間のことを逆恨みされて……!」
「ペリドット! 今はそんなことを言っていても仕方がない! それに、その変態野郎はサラちゃんを狙っていたんでしょ? あんたとそいつがどんな関係だったのかは関係ない。
 そうだろ?」   
「あ、ああ。そうだ……」

 リディアは正しくて冷静だ。
 リディアが隣にいてくれなければ、僕は僕を辞めてしまいそうだった。

「まだここにサラちゃんがいると決まったわけじゃない。
 ペリドット、気持ちは痛いほど解るけど今は冷静になるんだ。
 ひょっこり帰ってくる、だなんて可能性もあたしは疑っちゃいないんだ」

 そうだ。
 さらわれただなんてまだ決まったわけじゃないんだ。
 年頃の女の子が羽目を外して朝帰り。
 ただそれだけのことなのかもしれない。
 いや、そうだ。
 そうに決まってる。
 突然いなくなるなんて、勘弁してくれよ。
 僕からサラを奪わないでくれ。
 大丈夫……
 きっと大丈夫だ……

 もちろん何の根拠もありはしない。
 だけど、いい方向に考えようと必死になった。
 けれど、胸騒ぎは収まることを知らない。
 僕は仲間の一人が持っていた護身用の短剣を受け取った。

「リディア、一緒に来てくれないか?」
「もちろんだ。相棒。でも気を付けろよペリ。あたしだって対人の任務なんて経験したことは無い。
 相手は魔獣とは違う。知能を持った人間なんだ」
「そうだな。注意するよ。人間が魔獣よりも恐ろしいなんてな。笑える話だ」
「サラちゃんを連れて帰ったら一杯奢れよ?」
「ああ。笑って奢ってやるよ。ここにいる全員分だ」




 屋敷は異様なほど静かだった。

 広いエントランスの明かりは消され、薄暗い室内は僕たちを不安にさせた。
 サラの痕跡を探しながら一つ一つの部屋を静かに覗く。
 もし敵が潜んでいるのだとしたら僕たちの行動なんか筒抜けだろうが、用心に越したことは無い。
 できるだけ静かに、用心深く進もう。

 騎士団に所属しているリディアにも未だ人を相手にしたことは無い。
 対人での実戦経験は皆無だったのだ。
 その面持ちからも緊張が伝わる。

 人の気配のない室内を、足音を立てないように隠密に進む。

 書斎、厨房、応接室、寝室、どの部屋も不自然な点は無かった。
 3階建ての屋敷内を下から上に捜索したが、を除けば手掛かりは何もない。
 誰一人住人が居ないという点を除いてだ。

「(妙だな……。平日の昼間に誰一人としていない。石切り場にもだ。ペリドット、あんたここで働いてたんだよね?)」

 一日だけだが確かに僕はここで働いた。
 そのときは何の不自然さも感じなかったし、むしろアットホームな雰囲気すら受けるほどだった。
 社長は常識的だったし、先輩たちも優しい人たちばかりだった。
 僕は何かを見落としていたのだろうか……。

「(仕方がない。屋敷を出よう)」

 収穫もなく屋敷から立ち去ろうと一階へ下りたその時、厨房の方から物音が聞こえた気がした。
 その物音は、おそらく食在庫の床から___?

「(リディア! ちょっと来てくれ!)」

 厨房の隣にある食材庫の床下から、地下へと続く階段を見つけた。
 階段には鉄製の重い蓋がされていたが、日常的に開閉されているのだろう、埃が積もることもなく取手の塗料は剥げ、地の色がテカテカとしている。

 蓋を開け、かび臭い階段を恐る恐るくだると、鉄柵の付いた小部屋がいくつもあった。

「(これは……牢屋か? どうしてこんな場所に牢屋があるんだよ)」
「(ますます怪しくなってきたな……)」

 牢屋にも人はいなかったが、最近使われたであろう痕跡が見られた。
 食べ残した食品や毛布が、何者かの存在を示しているように思えた。

 小部屋は全部で10個ある。
 僕とリディアは手分けをして手掛かりを追った。

 僕は4つ目の小部屋を調べたとき、牢の壁に何かが書かれているのを見つけた。
 それは近くでは判別できない程に大きく、手のひらで書かれたのであろう、グロテスクさが現れていた。
 文字からは血の匂いが漂った。

 これはもしや血文字……?

 〝たすけて〟

 壁にはそう書かれている。
 僕はリディアを呼ぼうと振り返った。
 すると目の前に人影を視認する。

(マズい!!)

 そう思考したときには既に遅かった。


 がッッッ!!!


 人影が大きく振りかぶったその刹那、頭部には激しい痛みが走り、僕の意識は暗闇に横たわるのだった。
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