蜃気楼の街

AYA

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00 悲痛な着信

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 19時、東京。僅かに落ち着きを見せ始めた帰宅ラッシュに揉まれようと、喧噪に塗れた大都会にパンプスの靴音を響かせる女の人。ダークグレーのスーツに茶色のローポニーテールが印象的だ。

 オンナの色香は無く、清楚なイメージを抱かせる。清楚と言えば聞こえはよいが、単に気が強そうで男が寄ってこないだけだ。

 篭川亜沙。中堅のテクノロジー専門メディア、東京メディアネットワーク……略称TMNの記者で社会人2年目。所属はメタ部。その名の通り、メタバースを中心に担当する部署。

 VRによるオンライン取材もやるが、実際に企業に足を運んでの取材も少なくない。そして今は、その取材先からの直帰だ。

 愛用のスマートフォンが短い音を鳴らす。亜沙は黒い端末を手にする。

「NR線で人身事故、広範囲で運転見合わせ」

「はぁ……」

と溜め息をついた女記者は、すぐさま乗換アプリを立ち上げると手早く検索を掛ける。

 ただ、同じ事をやっている連中は多数いる。普段以上の満員電車に揺られるぐらいなら、何処かでディナーでも済ませて帰ろう。そう思った亜沙は、近くのファミレスに入った。

 ハンバーグステーキのセットを平らげ、コーヒーで一息つく亜沙のスマートフォンが再び鳴った。先刻と違う音……着信。画面には、可愛い後輩の名前が表示されている。

 通話のカウントが始まったと同時に

「亜沙先輩!」

と耳に当てたスピーカー越しに声を張り上げたのは、根岸沙奈。今年社会人になったばかりで、未だ初々しさが残る。本人曰く、肩丈ボブカットがチャームポイントらしい。

 「いきなり、どうしたの?」

と問うた亜沙は、ファミレスにいると云うのもあって手短に済ませたかった。

「……死んだんです」

その言葉に、亜沙は

「え?」

と声を上げる。それが裏返っていたのは、何の脈絡も無い後輩の言葉が元凶だった。

 「あたしの推しが!死んだんです!電車に撥ねられて!!」

と怒りと悲痛が混ざる沙奈の声に、亜沙は

「……今から行くわ」

と言い、コーヒーを一気に飲み干すと伝票を握った。

 推しの死。それも最も有り得ないと思っていた形で。スピーカーから聞こえてくる声は聞くに堪えない。

 ……犠牲者には気の毒だが、これが単なる事故であってほしい。亜沙はそう願った。
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