Lunatic tears(ルナティックティアーズ)

AYA

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act1 Faust

1-14 Before Night To Paris

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 4月初旬。フランスで過ごす最後の夜、流雫はパリに出ることにした。
 東京行きの飛行機は、3月末からサマータイムに入ったフランス、シャルル・ド・ゴール空港14時半発。日本には翌日の10時頃に着く……何事も無ければ。フランス国旗を模した、何時ものトリコロールカラーのシエルフランス機だが、去年の夏……あの日より3時間ほど早いダイヤとなっていた。
 間に合うためには11時過ぎには空港に到着したいが、そのためには遅くても8時台にレンヌを発つTGVに乗る必要が有る。それなら、前日からパリに行ってゆっくりしたい……と思っていた流雫は、昼過ぎにレンヌを発つTGVに乗った。
 モンパルナスに着いたのは16時頃。日没は20時半頃らしい。先に少し離れた安宿にチェックインし、早めにシンプルなディナーを平らげて外に出た。
 シルバーヘアの少年が出発前日にパリ入りした最大の理由は、トゥール・モンパルナスにもう一度行きたかったからだ。折角だから、その夜景を見たかった。次の帰郷は恐らく来年、それなら今回見たかった。
 日没間近になり、流雫はトゥール・モンパルナスの展望台へと向かった。
 この前見た昼とはまた違う、パリの夜景。やはり、この景色は好きだ……そう思った流雫はその夜景を眺めながら、スマートフォンで撮る。
 夜は手ブレが大敵と言われていて、慎重にやや長細い端末を構える。手ブレの保険の意味で、30枚は撮っただろうか。意外にも、半数以上は手ブレもなく綺麗に撮れていた。流雫は写真のセンスが有るのか、と自画自賛しつつ、それらは明日澪に直接見せようと思っていた。

 ……レンヌの家を出る前、流雫は澪にメッセージを送っていた。
「日本だと、明後日になるのかな?日本に帰るよ」
「飛行機、何時に着くの?」
「10時ぐらいだったかな。それからイミグレ……入国審査が有ったりで、何だかんだで11時前ぐらいかな」
澪の問いに答えた流雫に、澪は更に問うた。
「もし、その後何も無いなら、昼からでも……会える?」
特に何も用事は無く、親戚にも時間は未だ伝えていない。この前のように、終電に間に合うなら何時までいても問題無い。そもそも高校生がその時間まで出歩いていいのか、は別として。
「いいよ。何処にする?」
 「秋葉原にいいカフェが有るから、そこに行きたいかな」
「……僕は夜、渋谷に行きたい。行ってみたい場所が有るんだ」
と流雫は打った。
……そのメッセージに、澪は一瞬言葉を失った。
「シブヤソラって展望台。トゥール・モンパルナスに似たような展望台らしくて。多分、そこからの夜景は最高だと思う」
と続けて送ってきた流雫に
「……じゃあ、秋葉原で待ち合わせて、それから渋谷だね」
澪は打った。
 正午に秋葉原で待ち合わせることに決まった。秋葉原は流雫にとって初めてだが、空港からバスが出ていたハズで、それに乗れば問題無いだろう。
 澪とのデートは、2回目。今度ばかりは、平和であってほしいと思っていた流雫には、同時に渋谷でもう1箇所だけ寄りたい所が有った。ただ、それは澪には言わなかった。自分だけの問題だから。

 澪はスマートフォンを机に置いて、小さな溜め息をつく。突発の東京デートの誘いが、初対面のあの日よりも緊張したからだ。
 今度は終始平和なことを願いながらも、澪は流雫が渋谷に行きたいと言ったことに戸惑いを隠さなかった。
 シブヤソラに行きたいことに偽りは無い、とは思っている。しかし、彼にとって渋谷の街は残酷だろうと思っていた。それでも、彼は行きたいと言った。澪はついて行くだけだ。
 そして、澪は澪で今の自分に決着を付けたい。彼の答えがどうだろうと、態度を変えることは無い。ただ、自分自身の迷いに決着を付けたかった。これからの2人のためにも。

 パリから東京は、30度ぐらいの方角だと旅行関連サイトに書かれていた。北北東と云うのか。その方角では、左にエッフェル塔やエトワール凱旋門が一望できる。右には、パリオリンピックのメイン会場、スタッド・ド・フランスが見えた。この綺麗な夜景を越えた地平線の遙か先に、東京が有る。そこに明日帰るのだと思うと、何か感慨深い物が有った。
 「……行くか」
流雫は呟き、心を奪われた生まれ故郷の夜景に背を向けた。

 翌日、シャルル・ド・ゴール空港。14時過ぎ、東京行きの便の搭乗が始まった。流雫は最新型の飛行機の通路をひたすら進み、一番後ろの右窓側に座る。エコノミークラスは必然的に後方座席になるが、流雫はその中でも特に後ろを選ぶ。ただ、深い理由は無い。
 飛行機の場合、定刻より15分以内に駐機場から離れれば、それは定時出発扱いになるらしい。ただ、この日は1分の遅れも無かった。やがて滑走路に正対した機体は、2基のエンジンを吼えさせ、長い滑走路を走って離陸し、眼下のパリの街並みが次第に小さくなる。
 アナログのスマートウォッチのデュアルタイム設定を逆に合わせた流雫は、乗る前に最後に澪から届いていたメッセージを読み返す。
 「長旅、気をつけてね」
その一言が、何か心強かった。
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