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1-6 Lust For Life

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 澪と詩応がゾンビアバターと戦って2日経ったが、UACもエクシスもゾンビについては口を閉ざしたままだ。
 悠陽はキーボードとマウスを忙しなく動かし、アバターを再作成していた。昨日失ったアウロラはエグゼコードの世界観を踏襲したものだったが、今度は名前こそ使い回すものの、外見はほぼゼロベースだ。
 太陽を表すオレンジをベースにしながらも、澪の碧きシスターを意識した。彼女は今の悠陽にとって、一種の希望だからだ。
 パラメータの割り振りも終わると、悠陽は早速ロビーサーバにアクセスした。

 流雫はカフェ以降、EXCはSNS機能しか使っていない。今はプレイする必要も無いが、とにかく漁ってみた投稿が引っ掛かる。
「オペレーターサイドへの批判が無い……。制限か?」
と呟く流雫。
 一般的なSNSでは、2社への批判が見られる。特にゾンビによる殺戮に対しては不可解な部分も多く、説明が無いことへの不満が高まっている。しかし、専用SNSにはそれが見られない。
 不満や批判はSNSのガイドラインに相応しくない、と投稿できないようになっている……そう見るのは当然のことだった。
 不意にスマートフォンが鳴る。澪からだ。
「悠陽さんも、ゾンビにキルされたらしいわ」
週明けの恋人との通話は、その一言から始まった。
 アルスが言ったように、AIが挙動全てを学習し、操っている。そうでないと説明がつかない。
 エクシスの強みは、AIによる業務支援も含むパッケージ。特にその性能でシェアと業績を伸ばしてきた。そのノウハウを活用し、MMO用のAIを使ったシステムパッケージを組んで運用しているのがEXCだ。
 無論、AIも人の手によるメンテナンスが必要になる。異常な出力を防ぎ、安心した稼働を続けるためだ。人間が生み出した人工知能は、フィクションで有りがちな完全自律には程遠く、今のところ人間の支援ツールでしかないのだ。
 当然、ゾンビを操るAIの挙動次第では、更に不可解な事態に陥る。AIの出力結果の予測は、人間の行動予測以上に困難だからだ。
 流雫はスタークが引っ掛かっていた。昨日対峙した一件が引き金ではない。キルされ、数時間後にアバターを殺戮に使われ、アウロラも蜂の巣にした。
 悠陽が言ったように、チート行為が原因だとすれば自業自得でしかない。だがそうでないとすれば、何が原因なのか。
 そもそも、EXCを始めなければ、こう云うことにはならなかった。池袋でデートしようと思わなければ、あの銃撃事件も完全に他人事でしかなかった。だが、今更嘆いたところで混乱が収束するワケでもない。
「……スタークがログインした。会ってくる」
と流雫は言う。SNSでのログステータスがグリーンを示したからだ。
 「あたしも行く!」
と澪が言った。何をしようとしているのか、恋人だから読める。

 ログインした流雫と澪。2体のアバターがロビーサーバで合流すると、ボイスチャットを始め、ゲームサーバにアクセスする。
「何か、違和感が有る……」
と言った流雫に、澪は
「でもこれで、EXCでも流雫といっしょだね」
と言葉を返す。
 フィールド上を移動する2人。スーパーヒーローっぽいルーンと碧きシスターのミスティ、その組み合わせは多少なり異様だが、ゲームの世界だから違和感はあまり無い。
 現実世界に例えれば1メートルほど離れた後ろから、アバターの背中を見ている感覚だ。歩くだけなら、流雫も画面の動きを正しく追える。
 やがて、2人の画面にスタークが映る。
「スタークだ……」
「トラチャするわよ」
と澪が言い、流雫はそれに従う。仕様上音声が切れるのは避けられないが、それと同時に動いたのは流雫だった。
 「スタークに話が有る……」
「誰だ?」
「昨日アウロラと一緒にいた……」
「EXCで決着をつける気か?」
と問うスタークに、2人は
「PvPしたいとは思わない」
「キルされたアバターの件よ」
と続く。
「アバターが何故か復活し、アウロラやフォロワーを次々と殺戮していった」
「俺のアバターだ!AIのバグで殺され、乗っ取られた!EXCの連中にな!」
とスタークは返す。
「……僕は知りたいだけだ、EXCで何が起きているのか」
「EXCは優れたゲームだ。今までやってきたどのMMOより面白い。だがゲームを統べるAIだけが問題だ」
とスタークは返す。
 ゲームオタクでファンタジーが好きなスタークは、今まで4本のMMOで遊んできた。それだけにEXCへの評価は忖度無しで高い。
 だが、運用をAIのみで賄っていることが唯一且つ最大の問題だと思っている。
 「だから俺のアバターも奪われた。バグと呼ぶには不自然過ぎるほどの強さでな」
「……チートに対する処刑じゃないなら一体……」
「チートなんかするか!!」
と、スタークは怒りに満ちた返事を打つ。
「ゲームで禁止されていないものには手を出す。それが俺の正義だ。だが、チートで強くなるのは言語道断!大体、AIの運用ならその挙動やログを見逃すハズが無い。だが俺はやってない!」
 流雫は、スタークのキルはチートが原因だと思っていない。だが、相手はチートと云うワードに過剰反応した。
「あのAIは自分に批判的なユーザーに目を付け……」
 ……今は話題を変えなければ、何も進まない。そう思った澪は問う。
「……何故アウロラにストーキングしたの?」
「ストーキング?俺はアウロラに相応しい男だ。アバターはロストされたが、今までの履歴から強さは証明されてる」
とスタークは答える。恐らく、土曜日の銃撃事件も元を辿れば似たような理由だろう。
 しかしスタークは、アウロラ……悠陽が高校生とは知らないらしい。だが、ここでそう言って、彼女のプライバシーに立ち入るのもよくない。だから澪は隠すことにした。
 「強さはMMOではステータス。でもリアルでもそれが通じるワケじゃないわ!」
澪の声がチャットパレットに綴られる、と同時に2人の画面の端にロボットが見える。大きさは人間を三方それぞれ4倍したほど。
「……今度はアレか……!」
スタークの発言が流れる。ログをスクリーンショットで記録しながら、流雫は
「……狩る気か」
と呟く。
「多分ね」
と澪が返す。
 トラチャの間は澪と直接通話できないのが難点だが、互いにスマートフォン以外のゲーム環境を持たない以上仕方ない。ただ、常にテレパシーでリンクしているように、互いに何を思っているのかが読める。テロと戦う中で自然と培われてきたスキルだ。
 次第に近寄るロボットに、赤い光が吸い寄せられ、それが何本ものレーザーを放つ。全て命中したスタークの体力は瞬く間に2割まで削られる。
 ……再作成したのは恐らく昨日、つまり昔よりレベルとしては低い。とは云え誰から見ても桁違い。スタークの言葉通り、再度処刑する気だ。
 スタークは手持ちの武器で対抗しようとする。しかしマシンガンを乱射しても少し体力を削るだけだ。そして再度レーザーを浴び、スタークはその場に斃れる。
 スタークに声を聞かれる心配は無くなり、再度ボイチャを始める2人。流雫は無意識に
「何なんだ……」
と呟く。スタークにとっては2日連続のキルだが、昨日の今日だ。彼が何をしたのか。
 「EXCのAIを批判したから……?」
と澪は言ったが、流雫は
「有り得る」
とだけ返す。
 ……先刻の話は、スタークのEXCとAIの批判がメインだった。それが原因でキルされたとしても、何ら不思議ではない。その間に澪はエスケープを試みるが、突然現れた仮想バトルエリアから出られない。
「エスケープできない……!?」
と澪は言う。デスゲームの様相を呈し始めた。
「僕が誘き寄せる!」
と流雫が言ったと同時に、澪の耳にやや低めの声が聞こえる。
 「澪!流雫!」
「詩応さん!」
と、澪は声の主に反応する。流雫と詩応はフォロワー同士ではなく、詩応はチャット設定をクローズに設定してある。だから彼女と言葉を交わせるのは澪だけだ。
「澪の居場所がレーダー通知されてたから!」
と詩応は言う。フォロワー同士であれば、誰が何処にいるか判る機能だ。そして流雫がEXCを始めたことは、澪が教えていた。澪が一緒にいるのは2人だけ。自分でなければ、残るは1人。
「アレも土曜に戦った類いの……!」
と澪は言う。だからとバトルエリアに入った以上、逃げることはできない。ロストを避けるなら、勝つしか無い。
 スマートフォンの画面上で、指を小刻みに滑らせる3人。彼の移動がぎこちないのは、目の前のノートに一連の件を書きながらだからだ。
 新規登録で手にした武器を構えるルーン。小さなレーザーハンドガンは、威力は弱いがスピードに影響を与えない。流雫にとっては、ゲームは戦うことが目的ではないから、それで十分なのだ。
 赤い光がロボットに集まり始める。流雫は1発ずつ撃ちながら右にずれていく。
「流雫が囮になると……」
「今のうちに浴びせるしかないか」
そう言葉を交わす2人は、それぞれの武器を手にロボットに立ち向かう。
 ルーンが引き付けているうちに、フレアは少し離れた位置から、ミスティは至近距離から集中砲火を浴びせる。少しずつ体力が削られていくロボットがレーザーを放つが、咄嗟に動いたルーンは命中を免れた。しかし、掠っただけで体力は4割削られた。ダメージが加速度的に増えていく仕様なら、掠っても後1回受ければキルされると思った方がいい。
 突如ロボットは腕を振り上げ、ルーンに振り下ろす。それも直撃は免れたが、体力は残り3割。あと1分程度の命か。
 澪は咄嗟に武器を変えた。レーザーを使うが、形はレイピアそのもの。そして詩応も追随し、レーザーを発生させる鎌を出す。だが、詩応の場合はマシンガンが弾切れだったから、そうするしかないだけだ。尤も、澪のレーザーガンも残り3割しか使えないのだが。
 シュートボタンを連打する澪。碧きシスターは命令のままに、ロボットの背中に碧いレーザーを突き刺していく。だが、その滅多刺しに理性は感じられない。
「流雫っ……!」
と澪が無意識に口にしたのを、詩応は逃さなかった。
 ……アバターを操っているのは流雫と澪。そして澪の性格からして、彼女の目に映るシスターは澪自身で、スーパーヒーロー然としたアバターは流雫そのもの。
 目の前で、命懸けで……否、キルされる前提でロボットを撹乱するのはルーンじゃない、流雫なのだ。
 ……流雫が殺される、澪の脳はそれに辿り着いた。リアルで何度も、銃を手に戦ってきた。その記憶が脳に焼き付き、今小さなフラッシュバックを引き起こす。
 ……何が何でも、ルーンを……否、流雫をキルされるワケにはいかない。
 流雫も、アバターは使い捨てだと言ったが、噛ませ犬のように易々とキルされる気は無い。囮ならその役目を果たしたい。
 レーザーガンはエネルギーを失った。他の武器を持たないルーンは、銃身を振り回すしかない。乱暴に銃身を振り回す男のアバターから照準を外さないロボットに、再度赤い光が集まる。直撃は免れない。
 レイピアからレーザーガンに再度持ち替えたミスティは、至近距離からロボットを撃つ。隣でフレアもレーザーの鎌を振り回す。
 赤い光の収束の後、レーザー放出まで2秒近いタイムラグが有る。その瞬間、流雫は右に避ける。しかし、動きがぎこちない。……スマートフォンの処理落ちだ。
 画面上のエフェクトや動きに端末内の処理が追い付いていない。しかし、まさかこのタイミングで……。
角張った動きと同時に、ルーンの体力ゲージが一瞬で空になる。ただ、数字上は1桁で残っている。
 急に動きが鈍ったルーンを掠るレーザー砲に、澪の脳を絶望が襲う。だが、辛うじて立っているアバターに安堵する。詩応が
「澪!」
と声を上げると同時に、澪はシュートボタンに触れる。碧い光が閃くと同時に、ロボットは集めようとした赤い光を飛散させてその場に倒れる。
 「はぁぁ……っ……」
と溜め息をつく澪。しかし流雫はイヤな予感を抱え、アクションボタンを押す。ルーンはロボットを跳び越え、ミスティを押し倒す。その瞬間、ロボットがオレンジ色の炎を噴き上げて爆発した。
 画面上ではその残骸が散っている。吹き飛ばされたフレアの体力は未だ半分以上残っている。ミスティは少しだけゲージを減らした。しかし、その碧きシスターの身体の上で、ネイビーのスーパーヒーローは事切れていた。
 ……後ろに下がっても、ルーンの残り体力では爆発には耐えられなかった。それなら、そのままでも耐えられたミスティの盾になる最期を選んだ。後で澪に何を言われるかは判っている、それでも。
 初戦でキルされた流雫は、プレイ統計画面からログアウトする。アバターの再作成は澪が求めるだろうが、それは明日でもいい……。
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