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1-7「Unity Beyond Borders」

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 痛む頬を押さえながらも、何が起きているのか判らないプリィに、アルスは近寄って言った。
「だから言っただろ、ミオはルナの味方だと」
その言葉に、プリィは何も反応しない。完全に予想外だった澪のリアクションに、未だ混乱していた。そして詩応も、プリィに険しい目を向ける。
「……アンタが聖女だとしても、アタシはアンタを認めない」
叛逆とすら受け取れそうな詩応の言葉に、アルスは続いた。
「これが現実だ」
 詩応は敬虔な信者だが、何より澪の味方だ。その澪は流雫の絶対的な味方……。流雫を敵に回したことで起きた連鎖反応は、規模こそ小さいがダメージは大きい。
 教会で寵愛されてきた少女にとって、先刻のアルスの言葉は信じられないものだった。しかし、誰もプリィに味方していない現実が、目の前に有る。
 「教会の力は、信者にとって絶大で絶対だ。だが、教会は所詮荘厳な檻に過ぎない」
「教会を檻呼ばわり……!」
「教会と立場に囚われる運命を、生まれた瞬間に押し付けられた。敵対する宗教とは云え、お前が可哀想だ」
プリィは言い返さない。
 アルスの言葉が間違っていないことは判っている。しかしよりによって、血の旅団信者に同情されるとは……。
「お前にとって俺は敵だろうが、俺はお前を敵とは思っていない。俺の敵は、祖国フランスを貶める奴だ」
とアルスは言い、数秒間を置いて切り出した。
 「……お前が望むなら、俺は力を貸す」
「それ、私に血の旅団を頼れと……!?」
「クローンに比べれば、血の旅団と組むことぐらい可愛いものだ。そうだろ?」
とアルスは言った。そこに不敵な笑みは微塵も感じられない。
 それ以外の選択肢が無いのか、プリィは頭を巡らせる。
「俺の望みはただ一つ。祖国の平穏だ。一宗教の内部問題ごときでテロを起こされて、人を殺されてたまるか」
そのアルスの言葉が、プリィに刺さる。
 「ノエル・ド・アンフェルを引き起こした教団に、祖国の平和を語られるとはね……」
とだけ呟いたプリィに、流雫は言った。誰もが耳を疑う一言を。
「……僕はプリィを助ける」

 「……え……?」
その言葉に誰より驚いたのは、ブロンドヘアの少女だった。そして澪は、しがみついたまま最愛の少年の名を呼ぶ。
「流雫……?」
 「僕はプリィを助ける」
と、日本語でリピートした流雫は、澪を抱いたままプリィに顔を向ける。
「流雫?一体……」
と問うた詩応に、流雫は答えた。
「今のプリィは、太陽騎士団すら頼れない。聖女アリスがいるから。……今、日本で力になってやれるのは……僕だけだと思ってる」
「でもアンタは……」
「プリィは空港で殺されかけた。……昔遊んだだけにせよ、襲撃や暗殺なんかで死んでほしくない……それだけのことだから」
と言った言葉に、澪は顔を上げながら
「……それでこそ、流雫だわ……」
と、小さな声で続いた。
 ……流雫が、美桜に弔う意味でもテロと戦わざるを得なかったことをバカにされた。彼自身、それについて思うことは有るだろう。
 だが、今目の前に立ちはだかる脅威や謎に立ち向かうためには、その感情をどうするべきか……。流雫は流雫なりの答えを持っていて、明確に言える。
 ……流雫に対して盲目的な部分が有る、と言われれば否定しない。しかし、自分は後回しでも相手にとっての最適を意識する、その本質を肯定したい。だから、澪が選ぶべき選択肢も決まっていた。
 顔を上げ、流雫から離れた澪は言った。
「……流雫がそうするのなら、あたしも力になる」
その言葉に、目の前のカップルを見つめる詩応は、やはりだと思った。
 だからこの2人の味方で在り続けると、何度目かの決意をした。2人に救われてきたから、その分2人の力になりたい。……そう、あくまでこれは流雫と澪のため。そう言い聞かせた後に
「今のプリィを認めるワケにはいかない、でも流雫と澪の力にはなるよ」
と言った詩応に
「サンキュ、澪も伏見さんも」
とだけ続いた流雫は、その特徴的なオッドアイの瞳で、プリィの瞳を捉えた。そして数秒だけ置いて言った。 
「……プリィは独りじゃない。僕たちがいる」
 その言葉に、アルスは口角を上げる。……遅かれ早かれ、流雫ならそう言うと思ったからだ。そして、プリィに向かって言った。
「……お前とセブのために、3人は立ち上がった。後はお前次第だ」
その言葉に、プリィは背中を押される。
 ……アルスも含めたこの4人が、今の彼女に味方する全て。自分と自分が愛する弟のために、自ら手を差し伸べたのだ。一度は敵に回したハズなのに、味方しようとしている。
 ……その手を掴むしか、他に無い。
 彼女は覚悟を決め、正対する3人の目を見つめた。国境や宗教を超えた結束……アルスが今し方言った言葉に、教会に囚われてきた少女が触れた瞬間だった。
 
 「……血の旅団とプリィが一緒……!?」
スマートフォンの画面に流れるフランス語を声でリピートした、ブロンドヘアの少女の表情が険しくなる。
「一体何をする気……?」
と呟くアリスは、その行動が不可解でしかない。
 旅費を出す家族も家族だが、プリィは1人で日本に行った。そして血の旅団信者と会っている。昨日講堂で盾突いてきたシノ、そして2人のグルらしきカップルも一緒だろうか。
「アルス・プリュヴィオーズ……」
と、タブレットを見ながら呟くアリス。
 同じレンヌを基盤とするプリュヴィオーズ家は、ヴァンデミエール家と共に、日本での宗教テロを解決したとして注目されている。メスィドール家にとっては警戒すべき存在だ。
 その末裔が日本にいる。プリィと密会するためにわざわざ日本を選んだのか、別の理由が有るのか。そして、グルと思しきカップルもだが、何よりシノが気になる。
 ……昨日の言葉は、所詮は末端信者のイキった戯れ言。そう一蹴できればいいのだが、それで済むとは思えない。
 プリィを捕まえなければ。それが果たせるまで、日本を離れることはできない。
「聖女アリス、登壇の時間です」
とスーツの男が言う。
「判ったわ、セブ」
とアリスは言い、原稿のアプリを立ち上げながら応接室を後にした。

 新宿を後にした5人は、臨海副都心へ向かった。流雫が東京で最も好きなエリアの一つだ。その一角の商業施設アフロディーテキャッスルは、流雫と澪が初めて顔を合わせた場所でもある。
 澪から誘ったデートは、直前に起きたテロで台無しにされた。しかし、それが有ったから澪は流雫の力になると決めた。言い換えれば、今の2人が始まった場所だ。その和食レストランに入り、手頃なメニューを頼んだ5人は、端の座席に陣取る。
 ……レンヌの太陽騎士団教会前で起きた襲撃事件の犯人は、未だその動機を話していない。プリィは言った。
「……あのレンヌの襲撃は、西部教会に対する反発だと思ってるわ……」
「イコール、メスィドール家か」
「そう。そしてただでさえ、メスィドール家は血の旅団を敵対視している。その信者に救われたことは、面白くないハズよ」
とプリィは言った。
 ……あの襲撃事件でもそうだった。犯人を仕留めた流雫とアルスに向けられた目は、しかし険しいものだった。
 別に承認欲求のために動いてはいないが、誰一人褒めも労いも無かった。それどころか、血の旅団に助けられたことに忸怩たる思いすら抱えているように、アルスには思えた。
 命より教団のプライドが優先される。太陽騎士団の欠点は、教会にもよるがその危うさを孕んでいることだ。特に西部教会は、その傾向が強い。
 流雫とアルスに近寄ったアリシアは溜め息をつき、周囲に顔を向けると
「だから、アンタたちの求心力は下がる一方なんだ」
と毒突いた。

 「恩を仇で返すとは……」
と詩応は言う。同じ教団の信者として、ただ呆れるばかりだ。
「ノエル・ド・アンフェルの因縁は根深いからな。まあ、俺が言う資格は無いが」
と言ったアルスに、流雫は問う。
「まさか、犯人はクローンの秘密を知ってる……?」
「ただそれなら、口止め料で脅すだけで十分だろ。100万ユーロは堅いだろうし」
とアルスは言う。そうしなかったと云うのは、つまり……。
 「正義の鉄槌を下す気でいた……?」
と流雫は言った。
「聖女と総司祭の座から、メスィドール家を排除するためにか?」
と問うアルスに先に反応したのは、元フランス人の少年ではなかった。
「……有り得る……わね」
と言ったプリィの言葉を遮るように、料理が運ばれてきた。まずは熱いうちに堪能するだけだ。

 初めて使う箸に苦戦しながらも、初めての和食を愉しめたプリィを、大観覧車トーキョーホイールに誘ったのは流雫だった。正しくは、
「折角だし、流雫とプリィで乗ってきなよ」
と澪が仕組んだものだ。
 先刻の言葉が未だに引っ掛かってはいるが、それはそれ。折角日本に来ているのだから、彼女には少しぐらい楽しいことをさせてやりたい、と思った。それが、かつて一緒に遊んだ少年と2人きり、密室で過ごす15分間だった。
 シースルーゴンドラのドアにロックが掛けられると、プリィは
 「……ルナにとって、ミオはどんな人?」
と問う。頬を引っ叩かれ、その直後に自分の手を取り、そして今は自分の恋人と2人きりになることを認めた。喜怒哀楽と態度の変化の大きさ……その感受性が気になる。
「ソレイエドールよりも尊い、かな」
と流雫は答える。
「何時だって僕を受け入れて、僕の力になって。何度ミオに救われてきたんだろう……」
「でも私は先刻……」
「プリィが思ったことは、間違ってない。テロで殺された恋人の仇討ちで、その真相を暴くなんて。普通に生きてる限り、まず有り得ないことだからね」
と流雫は言った。彼女のためのフォローではなく、本当にそう思っただけだ。……だからこそ、自分を全肯定して受け入れる澪を、流雫は自分の命よりも大事にしたかった。
 「ミオがいなきゃ立ち上がれないほど、僕は強くないから」
「ルナは十分強いわ」
とプリィは言った。
「強くないと、立ち向かえないわよ」
「……ミオやシノ、それにアルスがいるから、僕は戦えた。自分が死ぬことより、3人が殺されることが怖いよ」
そう言って、眼下に広がる東京の景色に目を向ける流雫。無邪気な年頃の少年が、何故命懸けでテロと戦わなければならないのか。プリィは流雫が不憫でならなかった。
 此処でソレイエドールの教えを説いて布教するのが、プリィの本来の立場であり役目。信仰で安心や安全を手に入れられる、と。だが、それが今は愚行でしかないことを、頭では判っていると思いたい。
「ルナ……」
「だから、強いのはみんながいるから。だから、みんなを護れるようになりたい」
そう言って微笑を浮かべた流雫の目に、プリィは吸い寄せられそうになる。
 破壊の女神テネイベールに似た、アンバーとライトブルーのオッドアイの持ち主、流雫。10年以上前、未だルナだった頃の面影を残しながらも、頼もしく見える。彼と再会できたことは、やはりソレイエドールの導き……プリィにはそう思えて、思わず優しい微笑を零し、流雫の目線の先を捉えた。
 流雫がレンヌを離れたあの日に止まった時間が、再び動き始めた気がした。

 「2人きりにしちゃって、よかったのかい?」
と詩応が問う。3人は近くのベンチに座っていた。
「流雫にとって、プリィにとって何がベストなのか……。あたしの頭じゃ、これが精一杯ですから」
と言った澪は、ペットボトル入りの紅茶を飲みながら一息つく。
「その言い方、澪らしいな」
そう言った詩応の瞳が捉える澪の微笑に、思わず微笑み返す詩応。澪は本来、こう云う気遣いを自然にできて、自分の手柄にしない性格だ。
 「幼馴染みに、ルナを奪われるとは思っていないのか?」
と、詩応の隣にいたアルスは冗談交じりに問うたが、澪は表情を微塵も変えず、
「ルナは、必ずあたしに戻ってくる。ルナの恋人は、世界であたしだけですから」
と答えた。こう云うことを平気で言えるのが、澪の強さでもある。但し、同じ事を他人から言われると容易く撃沈するのだが。
 ……アルスが少し意地悪な質問をぶつけたのは、不意に感じ取った不穏を確かめたかったからだ。己が過剰反応を示すようになっているだけなのか……否。
「ミオ、シノ……」
と2人の名を呼ぶアルスは、しかし何よりも流雫とプリィが気懸かりだった。2人はゴンドラの上……地上に降りてきても、動線は限られる。
「どうしたんだい?」
と詩応が問うと、アルスは言った。
「プリィを逃がす……」
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