Lunatic tears _REBELLION

AYA

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act3

3-10 Beyond Teardrops

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 「日本の銃社会化、その真実」
ストレートな見出しが、主要ポータルサイトのトップニュースに踊ったのは、アリシアの取調から12日後……木曜日の昼のことだった。前日にフランス発の記事として公開されたもので、リシャール・ヴァンデミエールの署名入りの記事が入っている。アリシアが言っていたより1週間遅れたのは、更なる情報も含まれていたからだ。
 AF通信社は、トーキョーアタックを巡る報道を機に、国会での取材を拒絶されている。逆に言えば、政府に忖度する理由が無い。だから投稿できたと言える。幹事長暗殺、銃産業、そしてトーキョーアタック……一瞬でSNSのトレンド上位を関連ワードが独占した。
 当然、内政干渉だの何だのと騒ぐ連中でコメントが炎上したが、通信社自体計算済み。注目度が高い証左だ。
 流雫は、本国の記事を読みながら
「Qu'en pensez-vous ?(感想は?)」
と問うたアルスの目を見て、答えた。
「En un mot, c'est le chaos.(一言で言えば、カオスかな)」

 ……水面下で銃社会のシステム構築を行う過程で、2022年の春前には既に、6千万丁の銃を複数のメーカーに生産させることを決め、極秘にアメリカとイタリアのメーカーと、口径ごとに独占供給する契約を交わした。
 可能なら国内生産させたかったが、極秘プロジェクトの漏洩などの懸念から、全て輸入に頼ることにした。そして、国内の産業化は当面はアフターサービスに特化する方向で、銃弾だけ国内生産にした。
 その間に、国内で凶悪犯罪が増えた。特に正体不明の外国人によるものが顕著だったが、銃社会への意見が生まれ、世論と化したタイミングと合致する。そして、その機運を最高潮まで高め、世論に押される形で……国民が望んだ、選んだ形で銃社会を実現させるための最後の引き金……。それが、2023年の東京同時多発テロ、通称トーキョーアタックだった。
 護身のための銃刀法改正は、しかし予想以上に難航し強引に行われた。その成立をゴーサインに、取扱店への搬入が始まった。
 銃は流石に警察署で取り扱うが、ごく一部のホームセンターなどに限られているとは云え手続きを踏めば市中で購入できる。警察署などではなかったのは、今後の銃社会化による、流通ルート拡大のための足掛かりだったからだ。当然、旭鷲教会の信者が上層部にいる企業が裏で選ばれた。

 ……国と銃族議員の私利私欲のために、美桜は……美桜だけじゃない、トーキョーアタックの犠牲者全てが殺された。そう思えば、フランス発のスクープ記事は当然の報い。流雫は、そう思っていた。
「Je le savais. Même moi, qui devrais être un étranger au monde, je suis stupéfait.(そうだろうな。他人事のハズの俺でさえ、唖然としている)」
と返したアルスに、
「J'aime à penser que cela sauvera tout le monde cette fois.(……これで、今度こそ……誰もが救われると思いたい)」
と言った流雫。美桜だけじゃない、何も知らないまま駒として死んでいった難民すらも、救われてほしい。
 その瞬間、流雫のスマートフォンが鳴った。澪からだ。
「……思ったより、凄いことになってるわね……」
と、最愛の少女は切り出した。反響の大きさは覚悟していたが、7時間経った今でもオンライン上の騒ぎが落ち着く気配は無い。
 ……凄いことになっている、の比ではない。明日にでも、暴動が起きそうな勢いすら感じさせる。
「ただ、これで銃を持てなくなるとは思わない。……銃と上手に付き合って、生きていくしかないんだと思ってる」
と流雫は言った。
「流雫?」
「……僕は踊らされてたんだ。銃の傀儡として」
スピーカー越しに伝わる流雫の言葉が、澪を突き刺す。
「っ……、……流雫……」
最愛の少年を呼ぶ声は、少しだけ詰まっていた。
 ……テロや銃に対して、誰よりナーバスな流雫。或る意味唯一の生きる術が、テロと戦うことだと知っている。しかし、それさえも利権に塗れた連中の掌で転がされていた。
 流雫自身、そのことを否定する気は無い。銃を持つと決めたのは自分だったから。しかし、やはり美桜のことだけが……。
「……澪」
泣き出しそうな声色に、流雫は無意識に名を呼んだ。
「泣くなよ、澪……」
悲しそうな声を上げた流雫は、しかし澪の存在を幸せに感じていた。
 「……どうなったって、僕は生き延びるだけだから」
それしか言えなかった流雫の、しかし確かな決意を滲ませる声に、端末を耳に当てたままの少女は目を閉じる。
「……泣いて、ないもん……」
滲む視界がクリアになるには、未だ時間が掛かるだろう。
 止まない雨は無い、好きではない言葉だけど、今だけは……思いたかった。今あたしに降り注ぐ雨が上がれば、雲の切れ間から光が見えると。その名前の通り、淡く優しい光が。
 ……名前は、ルナ。人のために、人目すら気にせず瞳を濡らし、悲しみの雫を流せるから、流雫と名付けられたのかもしれない。

 次の日も、朝からメディアはフランス発のスクープ記事で持ちきりだった。国会前では銃反対派が集結し、説明を求めて機動隊と衝突している。
 政府は緊急会見で、AF通信社への告訴を決定すると同時に、フランス大使を呼び寄せ猛抗議と撤回を要求した。しかし、大使は拒絶する事態に陥った。
「大変なことになってるな……」
と詩応は呟く。それに真が
「仕方あれせんでよ。或る意味、自業自得だがね!」
と反応する。
 あの取調が終わった後、澪は車の中で詩応に詳細を伝え、詩応は真に教えた。とは云え、想像だにしなかった真相に、2人は当初愕然としていたが。
「……ただ、澪は言ってた。これで終わるワケがない」
ボーイッシュな恋人の言葉に、真は黙る。
 ……終わるとは思えない。あの連中だからだ。絶対に、何か有る。
「……失うものが無いワケじゃない。だから、アタシはあんな奴らに屈しない」
と、詩応は言った。……首の疵痕と手の後遺症は一生残るが、死ななかっただけ御の字、そう思うしか無い。
 真、澪、アルス、……流雫。この4人は、アタシにとって大切だった。流雫とは、未だ相容れない部分が有るが、アルスと知り合えたこと、何より姉の死の真相に触れることができたと云う借りが有る。
「何をしてくるか判れせんけど、気を付けるしかにゃあでよ」
と真は言い、ペットボトルの紅茶を飲み干した。

 昼休み、高校生2人は屋上にいた。河月の景色を見ながら
「Comme prévu.(予想通りの展開……)」
と流雫は言った。アルスは問う。
「Réponse du gouvernement ?(政府の反応か?)」
「Ouais. Ils semblent être occupés à expliquer.(うん。火消しに躍起になってるっぽい)」
その言葉に、流雫は安堵の溜め息をついた。
「Tu penses que c'était une bonne chose ?(……これでよかったと、思ってるのか?)」
アルスは問うた。
 「I think so.(……思ってる)」
と流雫は答えた。
「Je ne retournerai pas en France. Je continuerai à vivre au Japon. Je crois que toute cette agitation et cette confusion étaient inévitables pour le bien de la paix au Japon.(……僕は、フランスには戻らない。日本で過ごし続ける。……その日本が平和になるために、この騒ぎと混乱は避けられなかったと思ってる)」
「C'est tout à fait toi.(……お前らしいな)」
そうアルスは言って、
「Eh bien, c'était sympa de voir quelque chose d'intéressant avant de quitter le Japon.(……まあ、日本を発つ前に面白いものを見られてよかったよ)」
と続けながら笑った。
 流雫も微笑むが、そう……明後日、夕方の便でアルスはフランスへ発つ。今日が、短期留学で学校に通う最後の日だった。
 結局、アルスは学校で流雫以外と話すことは無かった。留学の感想を求められると、何と云えばよいのか困るが、それは流雫とのエピソードだけで埋められる。しかし、本当の目的は或る意味果たせた。
 ふと、チャイムの音が聞こえた。
「Allons-y.(行くか)」
アルスは言った。流雫は
「Allez-y.(先に行ってて)」
と答え、独り屋上に残る。
 ……アルスがいなくなって、また普段の学校生活に戻る。それだけの話だし、アルスとはこれからも、死ぬまで仲よくできると信じて疑わない。なのに、何故か寂しくなる。
「……弱くなったな……僕……」
とだけ呟き、俯く流雫の瞳が濡れた。

 日曜日、アルスを東京中央国際空港まで見送る流雫は、新宿で澪と合流した。親戚夫妻も交えての最後の夜を楽しんでいたからか、列車で軽く意識を飛ばしていた。
「Are you guys sleep deprived?(2人、寝不足?)」
その問いに、2人は頷いた。
 時間まで、3人は渋谷にいた。シブヤソラに上がって、屋上のハンモックに寝そべる。6月最初の日は快晴で、少し汗ばむほど。
「Maintenant, je veux faire du tourisme et ne plus me soucier de rien.(今度は、何も気にせず観光でもしたいな)」
と言ったアルスに、流雫は
「Je vais vous faire visiter.(その時は、また案内するよ)」
と返す。澪は判らない言語ながら、2人の表情で明るい話だと判る。しかし、話に混ざるのは止めた。フランス人と、元フランス人。同じ国をルーツとする2人だけで、語りたいことだって有る。しかもオフラインで会えるのは、一旦今日が最後なのだから。
 「……」
アルスが何か言って無邪気に微笑むと、流雫は頬紅くして澪を見て
「J'aimerais bien.(そうなりたいね)」
と返す。
「どうしたの?」
「アルスが、僕たちならいい夫婦になるよ、だと」
「ふっ……!?」
最後の最後に、またしても……盛大に撃沈する澪。……本当は、2人なら一生いいカップルでいられるよ、だったが流雫が意訳した。その様子に、流雫とアルスは微笑み合って軽くハイタッチする。
「……グルね……流雫、後で覚えてなさいよ……」
と言った澪は、しかし笑っていた。アルスが来日して以降、2人が最も微笑ましく見えたからだ。澪自身、少しだけ羨ましく思えるほどに。

 空港に着くとパリ、シャルル・ド・ゴール行シエルフランス便の搭乗手続きが始まっていた。チェックインを終えたアルスは、混み合う保安検査場の前に立つ。
「I had a great time.(楽しかったよ)」
と言って、フランス人は澪に手を差し出す。
「Thanks, Earth. See you again.(ありがと、アルス。また会いましょう)」
と英語で返した少女は、その手を握り返す。その手を離した少年は流雫に
「Ne jamais mourir.(……死ぬなよ、絶対)」
と言った。そして流雫も
「Oh. J'ai tout le monde avec moi.(うん。僕には、みんながついてるから)」
と返す。澪の時と同じように手を差し伸べたアルスの手を握り……そして一気に引き寄せた。
「Luna ?(ルナ!?)」
「Merci, Earth.(……サンキュ、アルス……)」
そう言った流雫の背中を軽く叩いて、アルスは離れる。
 「Ah. A plus tard. J'appellerai à De Gaulle.(ああ。……またな。ド・ゴールで連絡入れる)」
「Aussi.(うん。また)」
とだけ返した流雫は、しかし笑ってはいなかった。アルスと澪は、それに気付いていた。そして、その理由も。

 保安検査場に消えていくフランス人の背中に目を背けた流雫は、展望デッキに行きたいと言った。澪は頷いた。
 展望デッキの最も高い場所で、売店で入手したジンジャーエールを手に次々と離着陸する飛行機を見ながら、しかし流雫は澪と顔を合わせようとしなかった。
「……流雫……?」
「……帰っちゃうんだな……」
その声は、澪が苦手な声色をしていた。
 ……流雫の母アスタナを見送った日、流雫は空に浮かび上がる飛行機を見つめながら、泣いていた。
「……寂しい?」
と云う澪の言葉に
「寂しい」
とだけ答えて。
 ……美桜を失った流雫は、差し伸べられた黒薙や笹平の手に触れられず、河月で孤独だった。東京には澪が、名古屋には詩応が、レンヌにはアルスがいる。……ただ、河月にだけ誰もいない。
「……寂しくなるよ」
と呟いた流雫の隣で、澪はその顔を見つめた。……瞳は、濡れていた。
 「……泣いていいよ……」
そう囁く声に、流雫の頬は紅く、しかし冷たくなる。
「あたしが、ついてるから……」
「……澪……」
飛行機のエンジンに掻き消されそうなほどの声で、最愛の少女の名を呼んだ流雫。
 ……笑って別れたかった。でも、できなかった。それだけが、心残りだった。
 流雫は澪の肩にしがみつく。洩れ始めた嗚咽に、少女は
「流雫……」
とだけ囁きながら、優しく頭を撫でる。
 ふと、目の前の飛行機が動き出す。尾翼に彩られたトリコロール……シエルフランス。アルスが乗ったパリ行。それに気付いた流雫は、目をそれに向ける。
 何度も瞬きを繰り返し、強引に視界をクリアにした流雫は、澪から離れる。……せめて飛行機が飛び立つ時ぐらいは、泣かず見送ってやりたい。
「……流雫……」
そう囁いた澪の隣で、流雫は
「……死なないよ、澪も……僕も……」
と言って、少女の手を握る。月とティアドロップ、2つのブレスレットのチャームが重なる。
「……アルスと、そう誓った」
と言った流雫の言葉を掻き消すように、左右のエンジンが咆哮を上げる。そして、目線の先で重力に逆らうように浮き上がり、東京の空に消えていく。
 「……行っちゃった、か……」
とだけ言った流雫は、空を何時までも眺めていた。そこに、泣き出しそうな瞳は無い。寧ろ、穏やかだった。澪は、その隣で流雫の指を絡めたまま、恋人と同じ空を見つめる。
 ……渋谷で、アルスと結託してあたしを撃沈した流雫への仕返し。それは、流雫の手を離さず、もっと近寄ることだった。流雫が離そうとしても、仕返しだからと離さない。……再び、河月で抱えることになるだろう孤独を埋めてあげたかった。
 もし、あたしが河月にいれば、絶対孤独にはしなかった。でも、それはどうやったって叶わない。
 だから、こうしていっしょにいられる時だけでも、あたしで埋めたい。それで少しの間だけでも、紛らわせることができるのなら。
「サンキュ、澪……」
とだけ言った流雫は、軽い溜め息をつく。不意に押し寄せ始めた寂しさを吐き捨てるように。殊の外、頭はクリアだ。
 流雫は、手を空に伸ばす。
「アルスも……この空、見てるのかな……」
「……見てるよ、きっと」
と言って、澪は微笑んだ。

 離陸から1時間、そろそろ機内食が出る頃だ。アルスはスマートフォンに入れた、4人でタワーで、事件が起きる直前に記念にと撮ったセルフィーを眺めていた。
 ……シノ、ミオ、そしてルナ。……日本にはこの3人がいる。だから日本は面白い。今からの混乱ですら、屈すること無く生き延びるだろう。
 だから、俺も3人の力になる。血の旅団信者と云うプライド、と云うよりも、3人との約束だった。
 アルスは外の景色に目を移す。
 綺麗な碧のスクリーンは、世界を公平に平等に包み、そして少年と少女を結ぶ。今も、この空をルナは見ているのだろうか、ミオと2人で。
 アルスは、窓に手を触れる。……俺らしくもないが、偶には悪くない。
「Luna, fais-toi plaisir.(……ルナ、上手くやれよ)」
と呟く。ふと甦る流雫の表情に、アルスは目を閉じる。少しだけ、あの少年との余韻に浸りたかった。
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