銀色の粉雪

いりゅーなぎさ

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美冬編

冬の始まりと小さな不安

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 ――翌日。今日はいよいよ美冬の馬車で麓に向かうことになっている。
「お母さん、銀雪。準備は出来てる?」
 すでに美冬は馬車の準備を終え、家の前に馬車を止めて待っている。
「ちょっと待って、美冬。もうちょっとかかるから」 家の中から美雪の声だけが聞こえてくる。
 と、銀雪が家から出てきた。
「お前は急かしすぎなんだよ。まだ美雪さんの準備が出来てないのにさ」
「銀雪は準備できたの?」
「俺は持っていくものなんて少ないからな」
「じゃあ、後ろに乗って待っててよ」
「やれやれ。俺を後ろに乗せて、操舵を変わらせないつもりか」
 そう言いながらも、銀雪は荷台に乗り込んだ。
 しばらくして、美雪も家から出てくる。
「お待たせ。じゃあ行きましょうか」

 美冬の操舵する馬車で山道を駆けおりていく。
 まだ、快適というまでのレベルには達していないが、操舵ミスもなく、しばらくして馬車は麓に到着する。
 麓の町の入り口付近のスペースに馬車と馬を固定する。
「おっけー。じゃあ、どこから行く?」
「……美冬と銀雪に今日の買い物を任せちゃっていいかしら?」
「? 美雪さんはどうするんです?」
「まさか、先におばあちゃんのところにいって、一人でなにか食べる気じゃあ?」
「そんなことはしませんよ。……ちょっとお世話になっているお店に用があってね。私の用が済むまでに買い物が終わってると、早くにお母さんの家に行けると思ってね」
「そういうことなら任せてください」
「うん。お姉さんとしてちゃんと銀雪の面倒は見るから安心して」
「……心配なのはアナタの方なんですけどね」

 商店街で必要な物を買い揃え、銀雪と美冬は両手いっぱいに荷物を抱えながら、その荷物をいったん馬車に置くために町の入り口に向かって歩いていた。
「あれ?」 何かに気づき、銀雪が突然足を止める。
「ん? どったの、銀雪?」 銀雪にあわせて、美冬も足を止める。
「いや、今病院から出てきたのって、美雪さんだったような……」
「病院? あのお母さんがぁ?」
「見間違い、か?」
「そう思うんだったら、確認してみればいいじゃない? ――で、どっちに向かったの?」
「商店街とは逆の方。――行ってみるか」
 両手に荷物を抱えながら、銀雪は病院の方に向かって走り出した。
「あ、待ってよ銀雪」 慌てて美冬も走り出す。

 病院の角を曲がるが、その路地に人の姿はなかった。
「……いない?」 銀雪は立ち止まって確認するが、先ほど見た美雪らしき人物はいない。
 そこに美冬が追いつく。
「どう? お母さんだった?」
「いや、見失った」
「なにやってんのよ。――やっぱ、見間違いじゃない」
「そう、かな」
 路地を歩いていくと、そこにあった店の中に美雪の姿を確認する。
「! いた。美雪さんだ」
「え? どこ?」
「この店の中に――」
 銀雪の言葉が終わらない内に、美冬が店の中に入っていった。
「お母さんっ」
 周りも気にせずに、美冬が美雪に声をかける。
「あら、美冬じゃないの? どうしたの、こんなところに?」
「戻る途中で美雪さんの姿を見かけましてね」 後ろから銀雪もやってきて会話に加わる。
「銀雪まで……」
「……病院から出てきたようですけど、なにかあったんですか?」
「……ここがなんのお店か知ってる?」 美雪の唐突な質問。
 美冬と銀雪は店内を見渡してみる。
 二人が答えにたどりつく前に、美雪が言葉を続けた。
「ここはね、薬草や漢方とかを扱っているお店なの。早く言えば薬屋ね」
「薬屋、ですか?」
「それと病院のこととなんの関係があるの?」
「ここで薬を買うには、病院の許可が必要なの」
「薬って、どこか身体の調子が悪いのですか?」
「違う違う。美冬は知ってると思うけど、私にはちょっと持病があってね。冬になる前にここで持病の薬を作ってもらってるの」
「持病があるってのは知ってるけど、これまでお母さんが体調を崩したところって見たことないんだよね?」
「それは、冬弥くんのおかげなんです。冬弥くんのおかげで、こうして何事もなく過ごせるまでになりましたから。――でもね、いつ発作を起こすかはわからないから、こうして準備をしているの」
 しばらくして、美雪の名前が呼ばれる。
 調合された薬の袋を受け取り、代金を支払うと美冬と銀雪をつれて薬屋を後にした。

「じゃあ、私の用事も終わりましたし、このままお母さんのところに行きましょうか」
「こんな大荷物を抱えてですか?」
「こっちまできちゃったら、一度馬車に戻るのは手間でしょう? だったら、このまま行きましょう」
「でも、お母さんも用事が薬ならそうと言ってくれればよかったのに」
「あら? 病院で見かけただけであんな場所までついてきた二人に、薬を買いに行くって言ったらどうなっていたのかしら?」
「余計な心配をかけないように黙ってたんですか」
「うー。そうだとしても、なにか言いようがあったでしょ?」
「ふふ。ごめんね、美冬。じゃあ、これで昨日の件は帳消しにしましょうか?」
「昨日の件って……、まだ勝手におばあちゃんのところに行ったこと、根に持っていたんだ」

 雪子の家にやってきたのは、太陽が真上に位置する、昼食にちょうどいい時間だった。
「さて、お母さんはいるかな?」
 美雪が玄関を叩くと、すぐに雪子が顔を出した。
「あら。今日はあなたたち三人なのかしら?」
「それは私では不服があると言う意味ですか、お母さん?」
「いえいえ。そんなつもりはありませんよ」
「おばあちゃんおばあちゃん。今日、麓まで私の馬車で来たんだよ?」
「あらあら。だったら銀雪くんと二人で遊びにこればよかったのに」
「えーと……、雪子さんは美雪さんのことが嫌いなんですか?」
「大丈夫だよ、銀雪。あれはおばあちゃんとお母さんのいつもの冗談だよ」
「じゃあ、とりあえず中に入って。ちょうど今、お昼の準備にかかろうとしていたところだから」

 用意された昼食は、昨日の残り物を使って作り直された丼だった。
 残り物といっても、質素な料理ではない。昨日みたいに大がかりな料理ではないものの、いつも通り、お店で食べるより良質な食事には変わりがないのだ。
「ごちそうさまでした」 美雪は箸を置き、手を合わせて一言いう。どうやら満足したようだ。
「お粗末さまでした。――どう、満足した」
「うん。あいからわずお母さんは料理がうまいね。でも、残り物でこれって……、昨日はいったいなにを食べたの?」
「昨日はね――」
 美冬が昨日の料理のことを話そうとした時、雪子が口に指を当て、言葉を遮る。
「昨日の料理は昨日だけのもの。今日の料理は今日だけのもの。だから、秘密ですよ」
「またぁ。お母さんはいつもそうなんだから」
「でも、この料理も昨日とはまた別の味わいがあっておいしいですよ」
 銀雪も食べ終わり、箸を置く。
「ありがとう、銀雪くん。――あ、そうだ。だったら銀雪くん、冬の間家で暮らさない?」
「だから、お母さん。今年、それは無理だって何度も――」
「あら、あなたはどちらでもいいのよ? 来てほしいのは銀雪くんと美冬ちゃん」
「ねぇ、おばあちゃん? おばあちゃんが村に来るのはダメなの?」
「ゴメンね。私はもう長いことここで暮らしているから、村での生活には慣れてないの」
「ここと村ってそんなに違いがあるもんなんですか?」
「あ、そうか。銀雪はまだ村の冬は知らないんだ」
「いや、村の冬に限らずなんだか……」
「そうねぇ。村の冬は一切村から出られなくなるの。そのかわり、村のみんなで集まることが多くなるから、けっこう騒がしくなるの」
「こっちではあまり人が集まるってことはないから、それは魅力的なんですけど……」
「そう言えば、私、麓の冬って知らないなぁ」
「昔、冬弥くんが驚いてたんだけど、ここでは冬の間も商店が開いているから買い物が充分に出来るの。だから、村の方とは違って、買いだめの必要はあまりないの」
「お母さんは買い物が趣味みたいなところがあるから、村での生活には合わないのかもね」
「一番いいのは、あなたたちがここで冬を過ごしてくれることね。そうすれば、買い物もより楽しくなりますし」
「だから、今年は涼子さんのこともありますし、それは出来ないの」
「じゃあ、来年の冬はおばあちゃんのところで過ごそうよ。もちろん、お母さんも銀雪も一緒だよ」
「あらあら。じゃあ、今から来年の冬が楽しみね」

 食事を終えると、麓の商店で買った物を馬車の荷台にに詰め込み、荷台と馬をつなげる。
 満腹になったせいか、美冬が少しウトウトとしていた。
「……どうやら、帰りは俺が馬車を操舵した方がよさそうですね?」
「ダーメ。帰りも私が動かすの」
「美冬。あなた、今日は朝からはりきっていたから、少し眠いのでしょ? 眠いときに馬車を動かすのはダメ。それに、美冬の馬車の腕はわかったから、今度は銀雪の腕を見てみたいな」
「うー、わかった。じゃあ、銀雪に譲ってあげる」
「そいつはどーも」 ここで礼を言えるとは、やはり銀雪は大人である。
 馬車に積んであった毛布にくるまり、美冬は本格的に睡眠モードにはいったようだ。
 そんな美冬に美雪は膝を貸した。
 乗り心地よく進んでいく銀雪の馬車に、美雪もいつしか眠りに誘われていた。

「美雪さん、美雪さん」
 優しく身体を揺らされ、夢の世界から意識が戻ってくる。
「着きましたよ、美雪さん」
「あれ? もしかして、私寝てた」 起こされて初めて気づく。いつのまにか眠っていたことに。
「ずっと後ろが静かでしたからね。もしかしてとは思ったんですが……。でも、少し意外でした。美雪さんもぐっすり眠っていたんですから」
「それだけあなたの馬車の乗り心地がよかったのよ。……まるで、冬弥くんの馬車に乗っていたみたいに」
「……会ってみたかったですね。俺によく似ているというその人に」
「さあ、美冬も起こさないとね」

 家に戻り、買ってきた物を片付ける。
 全ての片付けが終わると、美雪がそのまま玄関に向かっていった。
「あれ? お母さん、出かけるの?」
「ちょっと、徳先生の所に行ってくるね」
「徳先生のところ? ……私も行っていい?」
「? アナタが? 来ても何にもないわよ?」
「いいの。ちょっとお母さんが心配なだけ」
「あらあら。まだ麓でのことを引っ張ってるの? いいわ、じゃあ一緒にいきましょう」
「あ、俺も一緒に行っていいですか?」
「アナタも美冬と同じ理由?」
「それもありますけど、徳先生に一度は検査をした方がいいって言われてますんで」
「検査って、銀雪もどこか悪いの?」
「美冬。銀雪の場合は別。忘れたの? 山道で倒れていたこと?」
「あ」 ……美冬が忘れていたのも無理はない。いつのまにか、銀雪がいて当然のような感覚になっていたのだから。
「まぁ、かなり早く村に馴染みましたからね。なんか、ついこないだなのに、随分前のように思えますよ」
「それだけアナタがみんなに好かれているということですよ」

 美雪、美冬、銀雪の三人が徳重の診療所にやってくる。
「じゃあ、先に銀雪くんの検査をしましょうか」 徳重が先に銀雪を診療室に呼ぶ。
「ん? 先に銀雪? それって、後でお母さんの検査もするってこと?」
「いえ。美冬さんには問診だけです。あとは薬の確認ですかね? だから先に銀雪くんを診るってわけです」
 診療室に入ると、銀雪の検査が始まった。
 検査と言っても、大がかりな機械があるわけではないので、主に徳重の触診で診ることになる。
 最後に簡単に今の身体の調子などを問診して、銀雪の検査は終わる。
「もう、大丈夫みたいですね。――それで、その後なにか思い出しましたか?」
 徳重にそう言われ、自分が記憶をなくしていることを思い出す。
「いえ、なにも。……ただ、――これは俺の錯覚なのかもしれませんけど、もうかなり昔からこの村で暮らしていたような気がします」
「それが錯覚というのであれば、あなただけの錯覚ではありませんよ。この村の誰もが、あなたが冬弥くんと美雪さんの息子で、昔からこの村にいたような気がしていますよ」
「……今度、機会があったら冬弥って人の話を聞かせてもらえませんか? 徳先生しか知らない、冬弥さんの一面を」
「だったら、この冬の間に村の人たちにいろいろ聞いてみるといいですよ。特に源一くんや涼子ちゃんなら面白い話が聞けると思いますよ」

 診察が終わり、銀雪が診察室から出てくる。
「じゃあ、次は美雪さんの番です。どうぞ、入ってください」
 銀雪と入れ替わりに、美雪が診察室に入っていく。
「銀雪、どうだった?」 待合室で待っていた美冬が、検査の結果を聞いてくる。
「問題ないってさ」
「よかった。じゃあ、冬の間は遊べるね」
 と、診療所の扉が開き、この村の村長が入ってくる。
「お、先客がいたか」
「あ、村長さん、こんにちは」
「もうすぐこんばんわ、じゃな」
 窓の外を見ると、空が赤く色づき始めていた。
「美冬と銀雪がここで待っているということは、美雪さんの付き添いかな?」
「さっきまで銀雪が診察してたんだよ?」
「ん? どこか怪我でもしたのか?」
「そうじゃないですよ。ただ、一度検査するように徳先生に言われていたんで、ついでがあって来ただけです。徳先生から問題はないって言われましたよ」
「そうかそうか、それはよかった。じゃあ、美雪さんの診察が終わるまで、わしもここで待っているとしよう」
「あ、だったらちょっと聞きたいことがあるんですけど?」
「ん? なんじゃ?」
「美冬の親父さんの冬弥って人のことを知りたいんです。なにか面白い話でもあれば聞かせてもらえませんか?」

「徳先生、話を合わせてもらってありがとうございます」
 診察室では、美雪と徳重がなにやら真剣な表情で話をしていた。
「二人に心配をかけたくない気持ちは分かりますが、正直、あまり楽観視できる状態ではないですよ?」
「そうですか……」
「で、麓では何と言われましたか?」
「一度、春に本格的な検査をした方がいいって」
「薬の方は大丈夫ですか?」
「はい。今日、冬の間の分をいただいてきました」
「とにかく、少しでも発作が出たら、すぐに服用してくださいよ。二人の目を気にして後に回すような真似だけはしないでくださいね」
 次の瞬間、待合室の方から村長の怒鳴り声が聞こえてきた。
「ダメじゃっ! それだけは絶対に認めんぞっ!」
「? この声は、村長? いったい、どうしたんでしょう?」
「もしかして、あの子たちが村長さんを怒らすようなことを言ったんじゃあ……」
「とにかく、出てみましょう」

 待合室で冬弥の話を聞いていた銀雪と美冬。
 それは、冬弥が医者になる経緯を聞いているときに起こった。
 美冬が軽く言った一言で、いつも温和な村長が突然声を荒げたのだ。
 美冬が、「銀雪も医者になればいいんじゃない」と、話に合わせて言った一言で。
 診療室の扉が開き、美雪と徳重が姿を見せる。
「ちょっと二人とも、どうしたのよ?」
「どうしたんですか、村長? そんな、声を上げて……」
「それが、俺が冬弥さんの話を聞いていて、村長さんが冬弥さんが医者になるために行く学校の授業費を援助していてくれたって話のところで突然――」
「私が銀雪も医者になればって話したら――」
「ダメじゃっ! 銀雪、お前は医者になってはいかん。お前が医者になったら、また、冬弥のように早くにいなくなってしまう」
「! 村長、落ち着いてください。彼は冬弥くんではありません。だから、冬弥くんと重ねて見ないでください」
「頼む、銀雪。お前はいなくならないでくれ」
「……すいません、美雪さん。銀雪くんと美冬ちゃんを連れて、今日のところは戻ってもらえますか? ――村長、あまり興奮されると、お身体に障ります。さあ、こちらに」
 徳重が村長を診療室に案内する。
 村長が見せた意外な一面に困惑しながらも、三人は家へと戻っていった。

 家に戻って、話題となるのはやはり先ほどの出来事である。
「でも、あんな村長さん初めて見たよ」
「村長さん、そうとう冬弥くんのことを気にしていたみたい」
「すいません。俺が冬弥さんの話を聞きたいといったばかりに」
「そういえば、銀雪はどうして急にお父さんの話を聞きたがったの」
「……徳先生と、随分早くに村に馴染んだって話になって、そこで、冬弥さんの話題になったんです」
「やっぱり、あなたが冬弥くんによく似ているからってこと?」
「いえ。徳先生の話だと、みんなは俺を冬弥さんの生き写しではなく、冬弥さんと美雪さんの息子として昔から村にいたような気がしているっていうんです。それで、冬弥さんのことを知ってみたくなって……」
「ねぇ、徳先生は銀雪を私の弟っていったの? それとも兄っていったの?」
「あなたはまだお姉さんにこだわっているんですか?」
「だってぇ」
「そこまでは話してないですよ」
「けど、みんなはきっと銀雪がお兄さんって思っているでしょうね」
「あー、なによそれ」
「そういえば、美雪さんはなにか冬弥さんの話を知りませんか?」
「冬弥くんのことは、ちょくちょく話していますからね、あと話していないことって言っても――」
「あれは? ほら、お父さんが竜神様に会ったって話。ちょうど、村長から医者になる話を聞いたところだし」
「? 竜神様の話と、冬弥さんが医者になる話になにか関係があるのか?」
「お父さんが医者を目指すことになった出来事の話だよ」
「そうね。じゃあ、その話をしましょうか。――それはね、冬弥くんが山で傷ついた子狐を保護したことから始まったの……」
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