上 下
29 / 52
examination”C”

examination”C”の受験者たち

しおりを挟む
 ――十二月二十五日、午前七時半。舞川家、洗面所前。
 鏡を前に、夕菜が自分の両頬に掌を叩きつけた。
「いよいよだ。いよいよ今日で……、今日であの地獄が終われる」 ……いったいこの三ヶ月、夕菜さんになにがあったんでしょうね?
「おーい、本来の目的を忘れちゃいないか?」 無我が背後から現れる。
「しょうがないじゃない、無我。この三ヶ月、私がどんだけ死ぬ思いしてきたか」
「それは最初に言ったろ? 生きてるだけもうけものと思え。――しかし、お前。今日は日向もなしによく早起き出来たな?」
「……そういえば日向、今日は起こしにこなかったねぇ? もうどこかに出かけたみたいだし、いったいこんな早くにどこにいったんだろ?」
「人のことより自分のことだ。そろそろ学校に向かった方がよくないか、夕菜? 少し早めにいっとくべきだと俺は思うぞ?」
「なによ、無我? まるで他人事みたいに」
「他人事なんだよ、俺には。俺に”C”は関係ない」
「そうでもないぜ、無我?」 陸が二人の会話に割って入る。
「おいおい、おやっさん。また俺に『Killer(キラー)』とかいう奴をやれって話か? それは断ったはずだが?」
「キラー? なんなの、それは?」 初めて聞く単語に、夕菜が陸に問いかける。
「なに、”C”がらみのEXPERT任務だ。キラーは別の者がやることになった、それとは別の、総真からの伝言がある」
「――聞きたくないって言ったら?」 無我にとって、このタイミングでの総真の伝言など、嫌な予感しかしない。
「そう言われた場合も言づかっているぞ?」 そんな無我の問いに、陸は淡々とそう言い返した。
「総真の事だ、拒否権はないとか断ったらどうなるかとか、そういった内容だろ? ――はいはい、じゃ、総真の用件とやらを聞きましょうか」
 投げやりな態度で無我は陸から伝言を聞く。
「なに、伝言は一言だけだ。登校して来い、とな」
「登校? ……何を考えてやがる、あいつは?」
「さあな。俺が頼まれたのはそれだけだ。――夜勤明けでちと眠いんでな、俺はお前らが帰ってくるまで寝らせてもらうぞ」 陸が寝室に向かっていった。
「ははは。これで無我、アンタも無関係じゃなくなったわけだ」 夕菜が笑みを浮かべながらそう言った。
「何を言ってる、夕菜。おれはただ学校に行く必要が出来ただけだ。用を済ませてとっとと学校を出れば無関係には変わりない」
 ――さてさて、そううまくいけばいいのですがねぇ。

 八時を少し過ぎた頃、無我と夕菜はガーディアンスクールの校門の前に着く。
「えーと、試験を受けるにはどうすればいいのかな?」
 学校に来てみたのはいいけど、夕菜はなにをどうすればいいのかわからず戸惑っていた。
「そこの門に張ってある紙に何か書いてないか?」
 そういって無我が校門に張り出されている告知を指差した。
[examination”C”受験者は、3-A教室にて待機。八時半の地点で教室にいない者は受験資格を剥奪する]
「なるほど。要は時間前に教室に行って、席に座って待ってろってことね」 夕菜さん、なにも『席に座って』とは限定されていませんよ?
「しかし時間厳守とは、厳しいな。それほどのものか、EXPERTって?」
「だから、アンタが特別なんだって。――で、無我。アンタはどうするの?」
「総真の意図わからんことにはなぁ。――とりあえず、無駄だと思うが職員室を覗いてくるさ」
「無駄? どうして?」
「これから”C”が始まろうってのに、その担当の総真が職員室でのんびりしてるかよ」
「じゃあ、風見先生が職員室にいなかったら、アンタどうする気よ?」
「最悪、教室で待つさ。いくらなんでも時間には責任者として顔を出さざるえないだろ?」
「ふーん。じゃあ、私は先に教室行ってるね」

 夕菜が教室に入ると、驚いたことにそこには二十人程度の人間しか来ていなかった。
「……驚いたぁ。教室いっぱいになってると思ったのに」
 夕菜がそう思うのも無理がなかった。ここまで来る校内には受験者と思える生徒が多数いたというのに、ここに入った途端、空席が目立っている状況なのだから。
「――来たね、夕菜ちゃん。今日は席は決まってないからここに座ってよ」 美紅が声をかけてきた。
「ねぇ、美紅? なんか少なくない?」 そう言いながら、夕菜は美紅のとなりの席に座った。
「まだ少し時間があるからね。――みんな迷ってるんじゃないかな?」
 ――引き戸が音を立てる。入ってきたのは幻斗だ。
「! ――そういうことか。だから、時間厳守なわけね」 入ってくるなり、幻斗は何か不思議そうな表情を浮かべながらそう呟いた。
「ちょっと、桐生? なにが『そういうこと』なの?」
「おぉ、舞川と五十嵐か。さすがにお前らは入れたようだな」
 幻斗が意味深に『入れた』という言葉を使った。夕菜がその言葉の意味を尋ねようとすると――
「……悪いな、舞川。ちとヤボ用が先だ」 幻斗はそういって教室の奥へと歩いていく。
 神威が窓辺に立って校庭を眺めている。幻斗はそんな神威に近づいていく。
「待ち人かい、天才くん? ――言っておくが無我は来ないぜ? 来る理由がないからな」
「……えーと、桐生。無我、来てるんだけど?」 幻斗と神威の会話が聞こえたので、夕菜は席に座ったまま声を上げる。
「は!? ――なんで無我が来る必要があるんだ?」 幻斗も声を上げて夕菜に問い返す。
「風見先生の呼び出し」
 夕菜がそう答えると、幻斗はため息をついた。
「まったく、総真さんも面倒を生むようなことを……」
 再び引き戸が開く。入ってきたのは――無我だ。
「? ――どういうことだ? もうじき時間が来るっていうのに、まだこれだけしか教室に入ってないのか」 無我も教室に入るなり、幻斗と同じように不思議そうな表情を浮かべた。
 無我の入室を確認し、神威が動き出す。
「待て、氷室」 幻斗が神威の前に立ちはだかる。
「キミに用はない、邪魔をするな」
 神威がそう言うと、幻斗は神威に言い返す。
「いーや、邪魔はするぜ。お前には前科がある、無我に用があるなら俺を通してもらおうか」
「――邪魔をするならば、実力行使に出るまでだ」 神威がフォースを展開し始める。
「必要とあらば、相手になるぜ?」 幻斗もそれに合わせ、フォースを展開する。
「ちょっと二人とも、またここでそんなことをするつもり? これじゃあ、この前と同じじゃない?」
 夕菜の言うとおり、これでは三ヶ月前と同じ展開だ。
 そんな空気の中、八時半のチャイムが鳴り響いた。それと同時に引き戸が開き、総真が教室に入ってくる。
 総真が教室に入ってくると、険悪な空気の二人の背中を叩き、フォースを強制的に解除させる。
「そう、急(せ)くな。後で思う存分暴れられるんだ」
 幻斗と神威の仲裁に入ると、総真はその場で声を上げた。
「――今、この時間をもって”C”の受付を終了する。今年のexamination”C”の受験者は、ここにいる二十三名とさせてもらう」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...