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真実6
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あれから数日後。
俺は未だ床に臥せっている状態だ。目を覚ましたら、ホウショウと泊まっていた宿の布団にいた。教会がどうなったのかは分からない。
ただ、目を覚ました時のあのホウショウの恐ろしい顔は一生忘れることはないだろう。背後に本当の鬼が見えた気がする。因みに、ホウショウの風邪は半日で全快したらしい。医者も驚愕していた。
俺の方は、もう身体の痛みはすっかり鳴りを潜めている。しかし、医者によると、最低でも後一日は動かないで安静にして欲しいとのことだ。正直に言うと、つまらない。ホウショウはすぐどこかへ行ってしまうし、話し相手もいない。布団の中ですることと言っても限られている。ここ数日我慢した方だと思うが、もう限界が近づいていた。
ため息が止まらない。どこかで、ため息をすると幸福が逃げていくという迷信にも似た言葉を聞いたことがある。実際のところは分からないが、それが真実だとするならば、ここ数日で俺は随分不幸になっているということになる。まあ、幸福を感じたことはないし、そんな曖昧な言葉に頼るつもりはないが。
それにしても退屈だ。外を眺めれば、群青の空にうっすらと雲が膜を張っていた。鳥のさえずりが聞こえる。長閑な午後である。この場面を見た人は、俺が死にかけたなどと夢にも思わないだろう。自分の掌を見つめる。一瞬それが紅に染まっている気がした。不安になり、掌を力いっぱい握りしめる。また、生きてしまった。後悔と、先の見えない今後に焦る。こういう時こそ、誰かといたいと思う。幼すぎる思いに、自分でも呆れてしまう。何か得体の知れないものが俺を呑み込んでいくような気がした。
「どうした」
驚きに声が出ない。横にホウショウがいた。その存在に全く気付かなかった俺に対する驚きも混じる。今までなら、誰が近づいてきたとしても、気配で察知することが出来た。やはり、ずっと室内に籠っているからだろうか。それとも、本当に疲れ切っているのか。どちらでも良いが、初めてのことで戸惑いが隠せない。
「いんや。何でもなーい」
「そうか。教会のことなんだが」
やっとかと思った。ホウショウも大体の話は聞いていたはずだ。だが、数日間その話は一切話題に出さなかった。ホウショウなりに気を使っているのだと思う。俺から話を振るのはホウショウの心遣いを無下にする行為である。結果、お互いが沈黙する数日間があった。ようやくこの攻防戦に終止符が打たれたのだ。心のどこかでホッとする俺がいた。
「お前を刺した少年がお前と話をしたいと言っている。良いか」
言葉を選ばない辺りがホウショウらしいと思った。思わず、笑いが漏れる。
「良いよ」
俺はいつもの笑顔でそう答えていた。
その笑顔を見たホウショウは苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。いつもとは違う反応に疑問が浮かぶ。ここ数日でホウショウの雰囲気が変わった気がする。何かあったのだろうか。俺にはよく分からない。
ホウショウが部屋を出てから数秒も経たない内に、あの少年が入ってきた。
お互い何も話さない。俯きがちの少年の目は黒く染まっているような気がした。会話がないことに気まずさを覚え、先に声をかけたのは俺だった。
「ありがとう」
少年ははっとしたようにこちらを見た。言葉選びに失敗したと思いながらも、俺の口は止まってくれなかった。
「お前に殺されたかった。ずっと、ずっと前から」
自分でも可笑しなことを言っていることは分かる。
「何それ」
シナノは泣きながら笑っていた。
「自分でも分かるよ。でも怖かった。心が聞こえるのは嫌だけど、心が聞こえない方が不安だった。不安で、不安で堪らなかった。だから、刺したんだ。気持ち悪いから。」
無我夢中でシナノは訴える。
「でも、あの人も聞こえなかった」
ドアの方を向きながら、シナノはそう言った。あの人を指しているのが誰かなんて考えなくても分かった。
「ホウショウ?」
「うん、聞こえなかった。そしたら、安心した。だから、ごめん、ごめんなさい」
シナノの涙腺が崩壊したように、止めどなく溢れてくる。今なら抱きしめられる。ずっと、こうして欲しかった。遠い記憶の自分。ああ、やっぱりお前かと思った。
俺は思わずシナノを抱きしめていた。俺の服に無数の染みが出来る。だが、そんなことどうでも良かった。泣き疲れるまでシナノは声を上げて俺の服を握りしめていた。
俺は未だ床に臥せっている状態だ。目を覚ましたら、ホウショウと泊まっていた宿の布団にいた。教会がどうなったのかは分からない。
ただ、目を覚ました時のあのホウショウの恐ろしい顔は一生忘れることはないだろう。背後に本当の鬼が見えた気がする。因みに、ホウショウの風邪は半日で全快したらしい。医者も驚愕していた。
俺の方は、もう身体の痛みはすっかり鳴りを潜めている。しかし、医者によると、最低でも後一日は動かないで安静にして欲しいとのことだ。正直に言うと、つまらない。ホウショウはすぐどこかへ行ってしまうし、話し相手もいない。布団の中ですることと言っても限られている。ここ数日我慢した方だと思うが、もう限界が近づいていた。
ため息が止まらない。どこかで、ため息をすると幸福が逃げていくという迷信にも似た言葉を聞いたことがある。実際のところは分からないが、それが真実だとするならば、ここ数日で俺は随分不幸になっているということになる。まあ、幸福を感じたことはないし、そんな曖昧な言葉に頼るつもりはないが。
それにしても退屈だ。外を眺めれば、群青の空にうっすらと雲が膜を張っていた。鳥のさえずりが聞こえる。長閑な午後である。この場面を見た人は、俺が死にかけたなどと夢にも思わないだろう。自分の掌を見つめる。一瞬それが紅に染まっている気がした。不安になり、掌を力いっぱい握りしめる。また、生きてしまった。後悔と、先の見えない今後に焦る。こういう時こそ、誰かといたいと思う。幼すぎる思いに、自分でも呆れてしまう。何か得体の知れないものが俺を呑み込んでいくような気がした。
「どうした」
驚きに声が出ない。横にホウショウがいた。その存在に全く気付かなかった俺に対する驚きも混じる。今までなら、誰が近づいてきたとしても、気配で察知することが出来た。やはり、ずっと室内に籠っているからだろうか。それとも、本当に疲れ切っているのか。どちらでも良いが、初めてのことで戸惑いが隠せない。
「いんや。何でもなーい」
「そうか。教会のことなんだが」
やっとかと思った。ホウショウも大体の話は聞いていたはずだ。だが、数日間その話は一切話題に出さなかった。ホウショウなりに気を使っているのだと思う。俺から話を振るのはホウショウの心遣いを無下にする行為である。結果、お互いが沈黙する数日間があった。ようやくこの攻防戦に終止符が打たれたのだ。心のどこかでホッとする俺がいた。
「お前を刺した少年がお前と話をしたいと言っている。良いか」
言葉を選ばない辺りがホウショウらしいと思った。思わず、笑いが漏れる。
「良いよ」
俺はいつもの笑顔でそう答えていた。
その笑顔を見たホウショウは苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。いつもとは違う反応に疑問が浮かぶ。ここ数日でホウショウの雰囲気が変わった気がする。何かあったのだろうか。俺にはよく分からない。
ホウショウが部屋を出てから数秒も経たない内に、あの少年が入ってきた。
お互い何も話さない。俯きがちの少年の目は黒く染まっているような気がした。会話がないことに気まずさを覚え、先に声をかけたのは俺だった。
「ありがとう」
少年ははっとしたようにこちらを見た。言葉選びに失敗したと思いながらも、俺の口は止まってくれなかった。
「お前に殺されたかった。ずっと、ずっと前から」
自分でも可笑しなことを言っていることは分かる。
「何それ」
シナノは泣きながら笑っていた。
「自分でも分かるよ。でも怖かった。心が聞こえるのは嫌だけど、心が聞こえない方が不安だった。不安で、不安で堪らなかった。だから、刺したんだ。気持ち悪いから。」
無我夢中でシナノは訴える。
「でも、あの人も聞こえなかった」
ドアの方を向きながら、シナノはそう言った。あの人を指しているのが誰かなんて考えなくても分かった。
「ホウショウ?」
「うん、聞こえなかった。そしたら、安心した。だから、ごめん、ごめんなさい」
シナノの涙腺が崩壊したように、止めどなく溢れてくる。今なら抱きしめられる。ずっと、こうして欲しかった。遠い記憶の自分。ああ、やっぱりお前かと思った。
俺は思わずシナノを抱きしめていた。俺の服に無数の染みが出来る。だが、そんなことどうでも良かった。泣き疲れるまでシナノは声を上げて俺の服を握りしめていた。
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