鬼の空念仏

月虎

文字の大きさ
上 下
18 / 30

真実6

しおりを挟む
 あれから数日後。

 俺は未だ床に臥せっている状態だ。目を覚ましたら、ホウショウと泊まっていた宿の布団にいた。教会がどうなったのかは分からない。

 ただ、目を覚ました時のあのホウショウの恐ろしい顔は一生忘れることはないだろう。背後に本当の鬼が見えた気がする。因みに、ホウショウの風邪は半日で全快したらしい。医者も驚愕していた。

 俺の方は、もう身体の痛みはすっかり鳴りを潜めている。しかし、医者によると、最低でも後一日は動かないで安静にして欲しいとのことだ。正直に言うと、つまらない。ホウショウはすぐどこかへ行ってしまうし、話し相手もいない。布団の中ですることと言っても限られている。ここ数日我慢した方だと思うが、もう限界が近づいていた。

 ため息が止まらない。どこかで、ため息をすると幸福が逃げていくという迷信にも似た言葉を聞いたことがある。実際のところは分からないが、それが真実だとするならば、ここ数日で俺は随分不幸になっているということになる。まあ、幸福を感じたことはないし、そんな曖昧な言葉に頼るつもりはないが。

 それにしても退屈だ。外を眺めれば、群青の空にうっすらと雲が膜を張っていた。鳥のさえずりが聞こえる。長閑な午後である。この場面を見た人は、俺が死にかけたなどと夢にも思わないだろう。自分の掌を見つめる。一瞬それが紅に染まっている気がした。不安になり、掌を力いっぱい握りしめる。また、生きてしまった。後悔と、先の見えない今後に焦る。こういう時こそ、誰かといたいと思う。幼すぎる思いに、自分でも呆れてしまう。何か得体の知れないものが俺を呑み込んでいくような気がした。

「どうした」

 驚きに声が出ない。横にホウショウがいた。その存在に全く気付かなかった俺に対する驚きも混じる。今までなら、誰が近づいてきたとしても、気配で察知することが出来た。やはり、ずっと室内に籠っているからだろうか。それとも、本当に疲れ切っているのか。どちらでも良いが、初めてのことで戸惑いが隠せない。

「いんや。何でもなーい」

「そうか。教会のことなんだが」

 やっとかと思った。ホウショウも大体の話は聞いていたはずだ。だが、数日間その話は一切話題に出さなかった。ホウショウなりに気を使っているのだと思う。俺から話を振るのはホウショウの心遣いを無下にする行為である。結果、お互いが沈黙する数日間があった。ようやくこの攻防戦に終止符が打たれたのだ。心のどこかでホッとする俺がいた。

「お前を刺した少年がお前と話をしたいと言っている。良いか」

 言葉を選ばない辺りがホウショウらしいと思った。思わず、笑いが漏れる。

「良いよ」

 俺はいつもの笑顔でそう答えていた。

 その笑顔を見たホウショウは苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。いつもとは違う反応に疑問が浮かぶ。ここ数日でホウショウの雰囲気が変わった気がする。何かあったのだろうか。俺にはよく分からない。

 ホウショウが部屋を出てから数秒も経たない内に、あの少年が入ってきた。

 お互い何も話さない。俯きがちの少年の目は黒く染まっているような気がした。会話がないことに気まずさを覚え、先に声をかけたのは俺だった。

「ありがとう」

 少年ははっとしたようにこちらを見た。言葉選びに失敗したと思いながらも、俺の口は止まってくれなかった。

「お前に殺されたかった。ずっと、ずっと前から」

 自分でも可笑しなことを言っていることは分かる。

「何それ」

 シナノは泣きながら笑っていた。

「自分でも分かるよ。でも怖かった。心が聞こえるのは嫌だけど、心が聞こえない方が不安だった。不安で、不安で堪らなかった。だから、刺したんだ。気持ち悪いから。」

 無我夢中でシナノは訴える。

「でも、あの人も聞こえなかった」

 ドアの方を向きながら、シナノはそう言った。あの人を指しているのが誰かなんて考えなくても分かった。

「ホウショウ?」

「うん、聞こえなかった。そしたら、安心した。だから、ごめん、ごめんなさい」

 シナノの涙腺が崩壊したように、止めどなく溢れてくる。今なら抱きしめられる。ずっと、こうして欲しかった。遠い記憶の自分。ああ、やっぱりお前かと思った。

 俺は思わずシナノを抱きしめていた。俺の服に無数の染みが出来る。だが、そんなことどうでも良かった。泣き疲れるまでシナノは声を上げて俺の服を握りしめていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜

仁徳
ファンタジー
少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。 森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。 その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。 これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語 今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ! 競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。 まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

【完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...