上 下
6 / 54

Case 1 ~軽薄男子②~

しおりを挟む
「羽島。どうよ? 調子は?」

 翌日の朝。
 俺たちのは、白々しい敬称を付帯させつつ、いつもの調子で声を掛けてくる。
 朝から不快な奴だ。
 俺の心境を他所に、当の本人はホクホク顔でこれでもかと言うほど幸せオーラを撒き散らしている。
 その鬱陶しさと言えば、前日比10割増しだ。

 思えば、昨日はコイツのせいで偉い目にあった。
 とは言え、別段後悔はしているわけではない。
 むしろ、ある種の達成感のようなものすらある。
 これも俺なりに本気で考え、取り組んだからに違いない。
 そうした中で得た経験であれば、例え世間的に見て後ろめたいものであっても、一つ一つが勲章と言っていいだろう。
 つまり逆説的に言えば、職務質問の一つや二つされてこそ、一人前の大人ということである。

「おう……。ぼちぼち、だな」
「そうか! そりゃ良かった!」

 米原は、いつも通り何の実りのない冒頭挨拶に満足すると、俺の耳元で静かに言葉を漏らしてくる。

「なぁ、羽島。お前が言ってたデート商法のネェチャンさ。俺、狙っちゃっていい?」

 おいおい。
 随分と展開が早いじゃねぇか。
 ということは、昨夜はお楽しみだったようで。
 まぁ、全ては俺が仕組んだことなのだが。
 俺は油断していると漏れそうになる笑いを抑えながら、精一杯惚けて応える。

「はぁ? 開幕早々、何の話だよ?」

 我ながら白々しいとは思うが、米原は気に留める様子はなく続ける。

「実はさ。昨日駅前で会ったんよ。この前、お前が言ってた女の子に。さんだろ?」

 もちろん、仮名だ。
 そこら辺も抜かりはない。
 豊橋さんも今のところノーミスなので、計画は順調に進んでいると言えるだろう。

「いや。俺が会ったのは豊橋さん、だぞ」
「マジ!? なんかお前が言ってた話とスゲェ被ってたから、絶対そうだと思ってた!」
「そうか。まぁ似たような奴なんて、腐るほどいるだろ」
「ふーん、そっか。じゃあ、俺フツーに狙っちゃっていいんだよな?」
「いや、そもそも俺は狙ってるなんて言ってねぇし……。好きにしろよ」
「よっしゃーっ! いやさ。ぶっちゃけ、結構タイプだったんだよね~」

 マジか……。
 米原は豊橋さんのような人が好みだったのか。
 コイツはいつも一方的に色々と踏み込んではくるが、こうして自分の話をしてくることは意外に少ない。
 だから、率直に驚いてしまった。

「そっか。そりゃ、おめでとさん。お前にも遅めの春が来たってことか。まぁ、精々頑張れよ」

 俺はいつぞや言われたセリフをそのまま引用し、適当に流す。

「おぉ、応援してくれるのか! 心の友よ!」

 俺の言葉に米原は大袈裟に喜び、抱き着いてくる。
 あぁ! イタイ!
 何がって、それは主に僅かばかり残った俺の良心が、だ。
 要らぬ迷いが生まれそうになり、慌てて米原を引き剝がす。

「どこのガキ大将だよっ! 暑苦しいっ!」
「おっと、悪い! いや、お前から思ったより前向きな言葉が返ってきたから嬉しくてな」
「いや、100歩譲って俺がソイツを狙ってたとしても、お前はお前でアプローチすりゃいいだろ」
「まぁ、そりゃそうなんだけどよ。たださ……」
 
 米原はそう呟くと、突如神妙な面持ちになる。

「それでも、やっぱりお前に悪いなって思っちゃうんだよな。ホラ、なんていうかさ……。昨日会った娘、に少し雰囲気似てるんだよね」

 米原らしからぬ、どこかバツが悪そうな声で話す。
 何を言うかと思えば、そんなことか。
 相も変わらず、つまんねえ気ィ遣いやがって。
 断じて、似ていない。断じて……。

「心底、どうでもいい情報だわ。それよりいいのか? デート商法だろ? あんまり深入りすると火傷するかもしれねぇぞ」
「ご忠告ありがとよ。まぁ向こうのペースにハマんなきゃイケるっしょ!」
「何の根拠があんだよ。まぁとにかく気をつけろよ」
「おぉ。さんきゅ!」

 そう言うと、米原は意気揚々と喫煙ルームへ向かっていった。
 すまんな、米原。
 どの道、お前には深入りしてもらうし、火傷してもらうことになる。
 ただまぁ……。いらん気を遣ってもらった恩もある。
 地獄までは、出来る限りステキなルートでご案内するとしよう。

 さぁ。第二フェーズ、スタートだ!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

罪の在り処

橘 弥久莉
ライト文芸
「この世に存在する意味がない」。 そんな言葉を遺し、親友が命を絶った 忌まわしい事件から十年。 加害者家族を支援する団体で臨床心理士 として活動している卜部吾都(うらべあさと) は、交流会、『心のよりどころ』で、兄が 殺人を犯したという藤治佐奈に出会う。  「加害者家族であるわたしは、幸せになっ てはいけない」。参加者の前でそう語る彼女 の瞳は暗い影を宿していて、吾都は罪の呪縛 から彼女を救いたいと感じる。 けれど日々の活動に忙殺され彼女に連絡出来 ないまま時を過ごしていた吾都は、ある晩、 偶然にも彼女が命を絶とうとする場面に 居合わせ、我が身を投げ出し助けることに。 後日、顔を合わせた彼女に死のうとした 理由を訊ねると、『兄』ではない『兄』 からの手紙に書かれた一文に絶望し、生きる 気力をなくしたということだった。 ーー彼女の身に何かが起ころうとしている。 謎の一文に言い知れぬ胸騒ぎを覚えた吾都は、 佐奈と共に手紙の送り主を探し始める。 この『兄』は誰なのか?旧知の友である刑事 課の木林誠道に力を借りながら真実を手繰り 寄せるうちに、吾都は心に闇を抱える佐奈に 「笑っていて欲しい」という慕情のような 想いを抱くようになり……。 心に傷を負った臨床心理士と、加害者家族 という罪を抱える古書店員が織り成す ヒューマン・ラブミステリー。 ※この物語はフィクションです。登場する 人物・団体・名称等は架空のものであり、 実在のものとは関係ありません。 ※表紙はミカスケ様のフリーイラストから お借りしています。 ※作中の画像はフリー画像サイト、pixabay からお借りしています。 <参考文献・引用元> ・息子が人を殺しました 加害者家族の真実 阿部 恭子 著 幻冬舎新書 ・加害者家族 鈴木 伸元 著 幻冬舎新書 ・死刑冤罪 戦後6事件をたどる  里見 繁 著 インパクト出版

死が二人を分かつまで

KAI
キャラ文芸
 最強の武術家と呼ばれる男がいた。  男の名前は芥川 月(あくたがわ げつ)殺人術の空術を扱う武人。  ひょんなことから、少女をひとり助け出したが、それが思いもよらない方向へと彼の人生を狂わせる!  日本の・・・・・・世界の『武』とはなにか・・・・・・  その目で確かめよ!!

甘い誘惑

さつらぎ結雛
恋愛
幼馴染だった3人がある日突然イケナイ関係に… どんどん深まっていく。 こんなにも身近に甘い罠があったなんて あの日まで思いもしなかった。 3人の関係にライバルも続出。 どんどん甘い誘惑の罠にハマっていく胡桃。 一体この罠から抜け出せる事は出来るのか。 ※だいぶ性描写、R18、R15要素入ります。 自己責任でお願い致します。

社畜がひとり美女に囲まれなぜか戦場に~ヘタレの望まぬ成り上がり~

のらしろ
ライト文芸
 都内のメーカーに勤務する蒼草秀長が、台風が接近する悪天候の中、お客様のいる北海道に出張することになった。  移動中の飛行機において、日頃の疲れから睡魔に襲われ爆睡し、次に気がついたときには、前線に向かう輸送機の中だった。  そこは、半世紀に渡り2つの大国が戦争を続けている異世界に直前に亡くなったボイラー修理工のグラスに魂だけが転移した。  グラスは周りから『ノラシロ』少尉と揶揄される、不出来な士官として前線に送られる途中だった。 蒼草秀長自身も魂の転移した先のグラスも共に争いごとが大嫌いな、しかも、血を見るのが嫌いというか、血を見て冷静でいられないおおよそ軍人の適正を全く欠いた人間であり、一人の士官として一人の軍人として、この厳しい世界で生きていけるのか甚だ疑問だ。  彼を乗せた輸送機が敵側兵士も多数いるジャングルで墜落する。    平和な日本から戦国さながらの厳しいこの異世界で、ノラシロ少尉ことヘタレ代表の蒼草秀長改めグラスが、はみ出しものの仲間とともに仕出かす騒動数々。  果たして彼は、過酷なこの異世界で生きていけるのだろか  主人公が、敵味方を問わず、殺さずに戦争をしていく残酷シーンの少ない戦記物です。

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

Darker Banker~銀行員の裏のオシゴト~

可児 うさこ
キャラ文芸
銀行員の立花は取引先の区役所の職員から、小学校で起きている怪奇事件を解決するよう依頼を受ける。かつての在校生である部下の水瀬と向かうが、水瀬はデートの約束があり、途中で帰ってしまう。立花一人で捜査を続けていると、かつて小学校で起きた事件にたどり着く。しかし何者かに頭を殴られ、気が付くと給食室にいた。目の前にはシリアルキラーである『人肉寿司職人』が待ち構えていた。小学校から生きて脱出して、事件を解決することができるのか?! 令和の闇をサスペンスフルでホラータッチに描く、お仕事ダークミステリー!

アンドロイドが真夜中に降ってきたら

白河マナ
キャラ文芸
夜中。天井を突き破って現れたのはアンドロイドの少女だった。カナと名乗ったアンドロイドは、高校生の伊月進(いつきすすむ)に会いに来たという。理由は話してくれない。カナは伊月家の居候となり、進はそれをきっかけに徐々に過去の記憶を思い起こすことになる。カナがなぜ伊月家にやってきたのか、何を求めて進に会いに来たのか、その理由を知った進は――

飛竜烈伝 守の巻

岩崎みずは
キャラ文芸
戦国の世の宿鎖が、現世にて甦る。血で血を洗うバトル奇譚。 高校一年生の宗間竜(そうま・りゅう)の右拳の上に、ある日、奇妙な赫い痣が浮き上がる。その日から悪夢に魘される竜。同じ頃、幼馴染みの親友、巳子柴蓮(みこしば・れん)も不快な夢に怯えていた。剣道部マネージャーの京野絵里(きょうの・えり)と口論になった竜は、絵里を追い、三ノ輪山の奥へと分け入って行く。そこは、戦国の時代、数百人が無残に殺され炎に包まれた古戦場だった。目の前で連れ去られた蓮、惨殺された祖母。前世の因縁に導かれ、闇の象限から甦った者たちとの、竜の戦いが始まる。

処理中です...