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嗣武④
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「……ふーん、何で? あっ。ひょっとして同情してくれちゃった感じ?」
昂貴は、一瞬言葉を詰まらせるが、すぐに何事もなかったかのように軽口を叩いてくる。
「……アホか。まぁ事故の件は不憫だとは思うが、アンタの話のどこに同情できる余地があんだよ。詰まるところ、ライバル相手に嫉妬拗らせた成れの果てってだけじゃねぇか」
「確かにっ! それは言えてるね! あはははは!」
昂貴は耳を劈くような、けたたましい声をあげて抱腹する。
本当に見ていて痛々しいし、不愉快この上ない。
ある種の共感性羞恥なのだろうか。
だが……、それはそれとしてだ。
俺に言わせればこの程度、取るに足りない三文芝居だ。
生憎こちらは、この数段上の道化を相手にしてきたのだ。
背乗りだか何だか知らないが、こうなってしまった以上、昂貴には責任を持って『嗣武』としての領分を全うしてもらう他ない。
「……もういいだろ。そういうの。いつになったら『昂貴』は表に出てくんだよ」
俺が呆れながらにそう言うと、昂貴はピクリと一瞬、身体を揺らす。
「何が、言いたいのかな?」
「単純な話だ。アンタはいつまで『嗣武』としての生き方に縛られる気なんだよ」
「……笑わせるなよ。言っただろ? 戸籍上、『昂貴』はもう死んでいるんだ。その上この通り、整形までしている。普通に考えて、今更『昂貴』に戻れるわけないだろ?」
「そういうこと聞いてんじゃねぇっつーの! アンタ自身の生き方の話だ! 論点ずらして誤魔化すんじゃねぇ! で、どうなんだ? 実際、もうアンタにはそんな薄ら寒い芝居までして、『嗣武』に成り切る理由がないはずだ」
「……どうして、そう思うのかな?」
「……分かってんだろ? なんたってアンタはこの7年間、事実上の鉄壁の庇護の元にいたんだからな。多少の問題が起こったとしても、握り潰せるだけの力を持っていたワケだ。その気になりゃあ、ほとぼりが冷めた頃に適当に切り上げて、ホストから足を洗うなり何なり出来たはずだろ。実のところ、連中もソレを推奨していたんじゃないのか?」
「キミが……、何を言ってるか分からないよ」
昂貴はそう言いながら、気怠そうに顔を伏せる。
案の定というか、なんと言うか。
やはりココが、急所に違いない。
いよいよ、潮時だ。
これから本当の意味で、『昂貴』との対話が始まる。
「……アンタのその態度でようやく確信したよ。なぁ、昂貴。これはさっきの推理の続きだ。アンタ、やっぱり知ってたんだろ? 俺たちがどう動くか。それと……、『FAD』のことも」
「訓くんっ!? 『FAD』って……、一体何の話だい!?」
昂貴を押し退けて、神取さんが血相を変えて反応する。
さしもの神取さんと言えど、政府肝いりのインモラル極まりない国家プロジェクトのことまでは把握していなかったようだ。
「……すみません。今は昂貴に聞いてます。……なぁ、答えろよ。さっきはああ言ったが、使用権限がないとは言え、USBを持った人間をそのまま野放しにするほど連中も馬鹿じゃない。最低限、定期的なやり取りはあったんだろうよ。何かあった時、スペアとしてアンタを引き摺り出すためにな」
「昂貴が……、スペア?」
神取さんは大きく目を見開いて、判然としないことを訴えかけてくる。
「そして、実際に事は起こった。そうなると、当然USBを持っているアンタへの締め付けも強くなるよな? そこでアンタは迫られたんだ。鑑定士になることを。違うか?」
「オレが鑑定士に? 何のために?」
昂貴は項垂れたまま、滑稽そうに鼻で笑って言う。
「言っただろ? 彼女の……、田沼 茅冴のスペアとしてだ。石橋 実鷹の逮捕を合図に、あの人は政府に命を狙われるようになった。いや……。正確には、命を狙われていることが公になった、だな。そうなると、必然的に政府の計画の人員にも穴が出る。そこでアンタにお鉢が回ってきたっつー流れだ。アンタにはそれを拒否できない、十分過ぎる程の弱みがあるからな」
「オレがその田沼? って人の代わりに政府の計画を引き継ぐってこと? そりゃあ、いくらなんでも荷が重いなぁ……」
「確かに、な。ズブの素人のアンタには、荷が重いだろうよ。それに戸籍上死んでるアンタを鑑定士登録するのは、向こうにとっても都合が悪い。もう数は少ないとは言え、反対派からの攻撃材料になっちまうからな。だから連中の真の狙いは……、俺だ」
「へっ!? オギワラが!? てことは、さ……」
新井はぐいっと勢いよく、俺に目線を向けてくる。
そんな彼女に対して、俺は無言で頷いて応えた。
「……あぁ、そうだ。まさか、ココでも俺はスペアだったとはな。どうやら連中は、初めから俺を取り込む気でいたらしい。田沼さんの計画を骨抜きにするためにな」
「じ、じゃあさ! 政府はオギワラと引き合わせるために、アキを生かしておいたってこと?」
「そうなるな。兎にも角にもだ! 俺たちはもう、ヤツらの計画の中に正式に組み込まれていると考えた方が良い。ヤツらは今頃、俺たちがどう出るか、高みの見物を決め込んでるんだろうよ」
「何それ、酷すぎ……。あんだけオギワラたちのこと、滅茶苦茶にしておいて……」
「……宇沢さんはああ言ってたわけだからな。別に、今更おかしな話でもねぇだろ」
「そりゃあ……、そうだけどさ。マジでどういう神経してんだし……」
新井はそう言いながら唇を噛み締め、まるで自分のことのように怒りを顕にする。
彼女の同情は有り難い限りだが、問題の本質はここからだ。
昂貴が道化と言えるまでに、ヒールに徹する所以。
何より、昂貴が頑なに『嗣武』の人生を生きようとする理由。
それを、これから明らかにする。
「ところが、だ。コイツは土壇場になって、連中を裏切った」
「へ!? 裏切ったって……。どういうこと!?」
俺の話に、新井の視線は引き寄せられるように昂貴の方へ向く。
それを合図に、昂貴はようやく顔を上げ、俺たちの腹の底まで見透かすような視線を浴びせてくる。
「……そもそもの話だ。向こうにとっちゃ、俺の動き次第で企画倒れになる。他にも、奴らの計画を知る反対分子が良からぬ動きをしないとも限らない。実際、宇沢さんの件もあるんだ。だから政府は保険を用意するよう昂貴に指示をした」
「保険って……。オギワラの他にも候補者がいるってこと!?」
「あぁ。つっても現実問題、こんな荒唐無稽な話を切り出せる人間なんて限られる。ましてやコイツは今、『嗣武』として生きてるわけだ。本人の素性を知る身内を引っ張り出してくるわけにもいかない。となると……、必然的に店の常連くらいしか選択肢がなくなる。それもある程度拗らせた太客でないと、難しいだろうな」
「えっ。ねぇ、ソレってさ……」
新井は眉を下げながら、聞いてくる。
彼女の懸念は分からないでもないが、新井の母親は昂貴がフェルベンに異動してからの顧客だ。
今現在の常連では、後々面倒事に発展するリスクもある。
政府としても、余計なトラブルを避けるためにも、その人選についてはある程度干渉しているはずだ。
昂貴への依存度はもちろんだが、後腐れなく、都合よく使い捨てに出来ることも必要条件となる。
そういう意味で、少なくとも一人。
打って付けの人物を、俺は知っている。
「……お前の想像してる人間じゃねぇから安心しろ。居んだろ? もっと適任が。お前の母親と同じ沼の被害者がよ」
俺が言うと、新井は腑に落ちたとばかりに、『あっ』と小さく声を漏らす。
それに合わせて、俺は再度昂貴に向き直る。
「なぁ、昂貴。この期に及んで惚けても無駄だぞ? アンタの演技は言うほど上手くねぇ。大体な……。一丁前に疚しさ感じてる時点で、アンタの負けなんだよ。アンタが今抱えてるモンは紛れもなく、『昂貴』自身のものだからな」
「ふーん……、オレ自身の、ね」
昂貴は意味ありげにそう呟き、フッと息を漏らすように笑う。
「……話を続けるぞ。政府からの指示を受けたアンタは、二階堂さんに照準を合わせた。だから、なのかは知らんが、アンタは二階堂さんのメンタルをかき乱すことにした」
「かき乱す、だなんて人聞き悪いなぁ……。女の子を夢中にさせるための一流のテクってヤツだよ」
「……まぁ確かに。散々利用された挙げ句、あんな仕打ちされりゃ、二階堂さんでなくともあぁなるわな。実際アンタの狙い通り、彼女はまんまとアンタの新天地に乗り込んできたわけだ。だが……。彼女がそこから先に踏み込んでくることはなかった。それがアンタの誤算だ。……何が一流だよ。結局、失敗してんじゃねぇか」
「だね……。オレもホストとして、まだまだってことなんかな?」
昂貴ははぐらかすようにそう言って、自虐的な笑みを浮かべる。
「笑ってる場合じゃねぇんだよ。肝心なのはその先だ! 唯一の頼みの綱がおじゃんとなりゃあ、当然政府から詰められるよな? アンタへの締め付けも、強まることは必至だ。まぁそれ自体は別におかしな話でもない。でもそれなら……、どうしてこのUSBがココにあるんだ? 神取さんも言ってたが、いくら何でも迂闊過ぎんだろ。7年間、他人を演じてココまでやって来れたアンタが、今更そんな凡ミスするとも思えんしな」
「……買い被り過ぎだって。人間なんだから、それくらい普通にするよ」
「どうだかな……。なぁ、コレも俺の勝手な推測なんだが……。アンタには事件の真相が表沙汰になる以上に、何か避けたい事態があったんじゃないか?」
「はっ!? アキは、シンを殺して戸籍を乗っ取ったことを隠したいから、政府と協力してたんじゃないの?」
俺が切り出した唐突な話に、新井は声をあげて仰け反る。
「あぁ。それ自体に間違いはないだろう。だが、それは本質じゃない。なぁ、昂貴。二階堂さんの取り込みに失敗した後、政府から何を言われた?」
「……別に。そんな大したことじゃないって。ただ、ナニ? キミがさっき言っていた『推奨』が、『命令』に変わった、的な? そんな感じだよ」
「やっぱりな……」
「ね、ねぇ、オギワラ。ソレってさ。そういうこと……、だよね?」
新井は、ようやく頭の中で話が繋がったようで、血相を変えて問いかけてくる。
合点はいけど、塵ほども共感はできない、といったところか。
腑に落ちるなり、眉間に皺を寄せ、顔を強張らせる彼女の姿を見れば、それはよく分かる。
しかし、新井がそう感じるのも当然の話だ。
誰しも、自分の価値基準の外にあるものに嫌悪感を抱く。
だが当の本人からすれば、紛れもなく純粋な望みなのだろう。
昂貴は、俺たちの様子から何かを察したのか、特段動じているようには見えなかった。
「……一つの区切りとして、アンタには俺の推理を最後まで伝えておく。せっかくだから聞いとけよ」
「区切り、ね……。まぁいいや。一応、聞いとくよ」
昂貴は大きな溜息を交えつつ、渋々といった具合で俺の話を了承する。
「仮りにだ。アンタが政府の命令を拒んでいた、とする。それが事実なら、アンタは紛れもなく反逆分子だ。当然、アンタはタダでは済まなくなる。そこいらの小学生でも分かる、単純明快な理屈だ。とすると……、アンタの執着は事件の真相を隠し通すことではなく、別のベクトルに向いていると考えるのが妥当だ」
「……そ? 良心の呵責に苛まれただけ、かもよ?」
「……いや、違うな。アンタに限らずヒトの行動原理ってのは、そんな立派なモンじゃねぇよ……。ある場合は、出来の良い姉妹へのお節介だったり、碌に責任を果たさない父親への無い物ねだりだったり、な。それに加えて、娘のために自分の人生丸ごと捨てる覚悟を決めてる母親がいたかと思えば、娘は娘でそんな母親の気持ちも知らずに、ぐぅの音も出ない正論マウントかましてたりで……。皆が皆、自分勝手で収拾なんかつきやしねぇ。複雑に見えても、その実シンプルで、情動的で、気色悪いほどに真っ直ぐなのがヒトって生き物だ。アンタだってそうだ。だからそうやって、しょうもない変態染みたやり方でケリつけようとしてんだろ?」
俺がそう言い放つと、昂貴はピクリと身体を揺らす。
「……結論を言うぞ。『嗣武』として生きる道を封じられかけたアンタは、ヤツらと歩調を合わせるフリをして、半ば押し付けるように神取さんにUSBを渡した。全ては『嗣武』として死ぬためにな!」
だんまりと。
悪気なく俺に向けてきた、彼のその痩せた笑みは、『観念した』とでも言わんばかりで、不覚にも不憫に思えてしまった。
そんな、思い上がりも甚だしい感情を振り払うように、俺は言葉を紡ぐ。
「……何度も言うが、コレは飽くまで俺の経験則に基づいて導き出した憶測だ。だがもしこの通りなら、正直拍子抜けだよ。どんな大層な事情を抱えているのかと思いきや、何のことはない。アンタは『嗣武』にならざるを得なかったんじゃない。アンタは自ら望んで『嗣武』の人生を生きた。文字通り、『嗣武』になりたかった。ただそれだけのことだった、なんてな」
「……全く。キミには敵わないな。あーあ! 全部分かってんなら、最初から言いなよ。二人して性格悪いなー。ったく」
昂貴はそう言って、呆れながらに笑う。
その面持ちはどこか清々しくも見え、憑き物が落ちたようだった。
「どうやら、さ……。自分でも驚くくらい、ボクは『嗣武』という一人の人間を愛していたと思うんだ」
昂貴は、一瞬言葉を詰まらせるが、すぐに何事もなかったかのように軽口を叩いてくる。
「……アホか。まぁ事故の件は不憫だとは思うが、アンタの話のどこに同情できる余地があんだよ。詰まるところ、ライバル相手に嫉妬拗らせた成れの果てってだけじゃねぇか」
「確かにっ! それは言えてるね! あはははは!」
昂貴は耳を劈くような、けたたましい声をあげて抱腹する。
本当に見ていて痛々しいし、不愉快この上ない。
ある種の共感性羞恥なのだろうか。
だが……、それはそれとしてだ。
俺に言わせればこの程度、取るに足りない三文芝居だ。
生憎こちらは、この数段上の道化を相手にしてきたのだ。
背乗りだか何だか知らないが、こうなってしまった以上、昂貴には責任を持って『嗣武』としての領分を全うしてもらう他ない。
「……もういいだろ。そういうの。いつになったら『昂貴』は表に出てくんだよ」
俺が呆れながらにそう言うと、昂貴はピクリと一瞬、身体を揺らす。
「何が、言いたいのかな?」
「単純な話だ。アンタはいつまで『嗣武』としての生き方に縛られる気なんだよ」
「……笑わせるなよ。言っただろ? 戸籍上、『昂貴』はもう死んでいるんだ。その上この通り、整形までしている。普通に考えて、今更『昂貴』に戻れるわけないだろ?」
「そういうこと聞いてんじゃねぇっつーの! アンタ自身の生き方の話だ! 論点ずらして誤魔化すんじゃねぇ! で、どうなんだ? 実際、もうアンタにはそんな薄ら寒い芝居までして、『嗣武』に成り切る理由がないはずだ」
「……どうして、そう思うのかな?」
「……分かってんだろ? なんたってアンタはこの7年間、事実上の鉄壁の庇護の元にいたんだからな。多少の問題が起こったとしても、握り潰せるだけの力を持っていたワケだ。その気になりゃあ、ほとぼりが冷めた頃に適当に切り上げて、ホストから足を洗うなり何なり出来たはずだろ。実のところ、連中もソレを推奨していたんじゃないのか?」
「キミが……、何を言ってるか分からないよ」
昂貴はそう言いながら、気怠そうに顔を伏せる。
案の定というか、なんと言うか。
やはりココが、急所に違いない。
いよいよ、潮時だ。
これから本当の意味で、『昂貴』との対話が始まる。
「……アンタのその態度でようやく確信したよ。なぁ、昂貴。これはさっきの推理の続きだ。アンタ、やっぱり知ってたんだろ? 俺たちがどう動くか。それと……、『FAD』のことも」
「訓くんっ!? 『FAD』って……、一体何の話だい!?」
昂貴を押し退けて、神取さんが血相を変えて反応する。
さしもの神取さんと言えど、政府肝いりのインモラル極まりない国家プロジェクトのことまでは把握していなかったようだ。
「……すみません。今は昂貴に聞いてます。……なぁ、答えろよ。さっきはああ言ったが、使用権限がないとは言え、USBを持った人間をそのまま野放しにするほど連中も馬鹿じゃない。最低限、定期的なやり取りはあったんだろうよ。何かあった時、スペアとしてアンタを引き摺り出すためにな」
「昂貴が……、スペア?」
神取さんは大きく目を見開いて、判然としないことを訴えかけてくる。
「そして、実際に事は起こった。そうなると、当然USBを持っているアンタへの締め付けも強くなるよな? そこでアンタは迫られたんだ。鑑定士になることを。違うか?」
「オレが鑑定士に? 何のために?」
昂貴は項垂れたまま、滑稽そうに鼻で笑って言う。
「言っただろ? 彼女の……、田沼 茅冴のスペアとしてだ。石橋 実鷹の逮捕を合図に、あの人は政府に命を狙われるようになった。いや……。正確には、命を狙われていることが公になった、だな。そうなると、必然的に政府の計画の人員にも穴が出る。そこでアンタにお鉢が回ってきたっつー流れだ。アンタにはそれを拒否できない、十分過ぎる程の弱みがあるからな」
「オレがその田沼? って人の代わりに政府の計画を引き継ぐってこと? そりゃあ、いくらなんでも荷が重いなぁ……」
「確かに、な。ズブの素人のアンタには、荷が重いだろうよ。それに戸籍上死んでるアンタを鑑定士登録するのは、向こうにとっても都合が悪い。もう数は少ないとは言え、反対派からの攻撃材料になっちまうからな。だから連中の真の狙いは……、俺だ」
「へっ!? オギワラが!? てことは、さ……」
新井はぐいっと勢いよく、俺に目線を向けてくる。
そんな彼女に対して、俺は無言で頷いて応えた。
「……あぁ、そうだ。まさか、ココでも俺はスペアだったとはな。どうやら連中は、初めから俺を取り込む気でいたらしい。田沼さんの計画を骨抜きにするためにな」
「じ、じゃあさ! 政府はオギワラと引き合わせるために、アキを生かしておいたってこと?」
「そうなるな。兎にも角にもだ! 俺たちはもう、ヤツらの計画の中に正式に組み込まれていると考えた方が良い。ヤツらは今頃、俺たちがどう出るか、高みの見物を決め込んでるんだろうよ」
「何それ、酷すぎ……。あんだけオギワラたちのこと、滅茶苦茶にしておいて……」
「……宇沢さんはああ言ってたわけだからな。別に、今更おかしな話でもねぇだろ」
「そりゃあ……、そうだけどさ。マジでどういう神経してんだし……」
新井はそう言いながら唇を噛み締め、まるで自分のことのように怒りを顕にする。
彼女の同情は有り難い限りだが、問題の本質はここからだ。
昂貴が道化と言えるまでに、ヒールに徹する所以。
何より、昂貴が頑なに『嗣武』の人生を生きようとする理由。
それを、これから明らかにする。
「ところが、だ。コイツは土壇場になって、連中を裏切った」
「へ!? 裏切ったって……。どういうこと!?」
俺の話に、新井の視線は引き寄せられるように昂貴の方へ向く。
それを合図に、昂貴はようやく顔を上げ、俺たちの腹の底まで見透かすような視線を浴びせてくる。
「……そもそもの話だ。向こうにとっちゃ、俺の動き次第で企画倒れになる。他にも、奴らの計画を知る反対分子が良からぬ動きをしないとも限らない。実際、宇沢さんの件もあるんだ。だから政府は保険を用意するよう昂貴に指示をした」
「保険って……。オギワラの他にも候補者がいるってこと!?」
「あぁ。つっても現実問題、こんな荒唐無稽な話を切り出せる人間なんて限られる。ましてやコイツは今、『嗣武』として生きてるわけだ。本人の素性を知る身内を引っ張り出してくるわけにもいかない。となると……、必然的に店の常連くらいしか選択肢がなくなる。それもある程度拗らせた太客でないと、難しいだろうな」
「えっ。ねぇ、ソレってさ……」
新井は眉を下げながら、聞いてくる。
彼女の懸念は分からないでもないが、新井の母親は昂貴がフェルベンに異動してからの顧客だ。
今現在の常連では、後々面倒事に発展するリスクもある。
政府としても、余計なトラブルを避けるためにも、その人選についてはある程度干渉しているはずだ。
昂貴への依存度はもちろんだが、後腐れなく、都合よく使い捨てに出来ることも必要条件となる。
そういう意味で、少なくとも一人。
打って付けの人物を、俺は知っている。
「……お前の想像してる人間じゃねぇから安心しろ。居んだろ? もっと適任が。お前の母親と同じ沼の被害者がよ」
俺が言うと、新井は腑に落ちたとばかりに、『あっ』と小さく声を漏らす。
それに合わせて、俺は再度昂貴に向き直る。
「なぁ、昂貴。この期に及んで惚けても無駄だぞ? アンタの演技は言うほど上手くねぇ。大体な……。一丁前に疚しさ感じてる時点で、アンタの負けなんだよ。アンタが今抱えてるモンは紛れもなく、『昂貴』自身のものだからな」
「ふーん……、オレ自身の、ね」
昂貴は意味ありげにそう呟き、フッと息を漏らすように笑う。
「……話を続けるぞ。政府からの指示を受けたアンタは、二階堂さんに照準を合わせた。だから、なのかは知らんが、アンタは二階堂さんのメンタルをかき乱すことにした」
「かき乱す、だなんて人聞き悪いなぁ……。女の子を夢中にさせるための一流のテクってヤツだよ」
「……まぁ確かに。散々利用された挙げ句、あんな仕打ちされりゃ、二階堂さんでなくともあぁなるわな。実際アンタの狙い通り、彼女はまんまとアンタの新天地に乗り込んできたわけだ。だが……。彼女がそこから先に踏み込んでくることはなかった。それがアンタの誤算だ。……何が一流だよ。結局、失敗してんじゃねぇか」
「だね……。オレもホストとして、まだまだってことなんかな?」
昂貴ははぐらかすようにそう言って、自虐的な笑みを浮かべる。
「笑ってる場合じゃねぇんだよ。肝心なのはその先だ! 唯一の頼みの綱がおじゃんとなりゃあ、当然政府から詰められるよな? アンタへの締め付けも、強まることは必至だ。まぁそれ自体は別におかしな話でもない。でもそれなら……、どうしてこのUSBがココにあるんだ? 神取さんも言ってたが、いくら何でも迂闊過ぎんだろ。7年間、他人を演じてココまでやって来れたアンタが、今更そんな凡ミスするとも思えんしな」
「……買い被り過ぎだって。人間なんだから、それくらい普通にするよ」
「どうだかな……。なぁ、コレも俺の勝手な推測なんだが……。アンタには事件の真相が表沙汰になる以上に、何か避けたい事態があったんじゃないか?」
「はっ!? アキは、シンを殺して戸籍を乗っ取ったことを隠したいから、政府と協力してたんじゃないの?」
俺が切り出した唐突な話に、新井は声をあげて仰け反る。
「あぁ。それ自体に間違いはないだろう。だが、それは本質じゃない。なぁ、昂貴。二階堂さんの取り込みに失敗した後、政府から何を言われた?」
「……別に。そんな大したことじゃないって。ただ、ナニ? キミがさっき言っていた『推奨』が、『命令』に変わった、的な? そんな感じだよ」
「やっぱりな……」
「ね、ねぇ、オギワラ。ソレってさ。そういうこと……、だよね?」
新井は、ようやく頭の中で話が繋がったようで、血相を変えて問いかけてくる。
合点はいけど、塵ほども共感はできない、といったところか。
腑に落ちるなり、眉間に皺を寄せ、顔を強張らせる彼女の姿を見れば、それはよく分かる。
しかし、新井がそう感じるのも当然の話だ。
誰しも、自分の価値基準の外にあるものに嫌悪感を抱く。
だが当の本人からすれば、紛れもなく純粋な望みなのだろう。
昂貴は、俺たちの様子から何かを察したのか、特段動じているようには見えなかった。
「……一つの区切りとして、アンタには俺の推理を最後まで伝えておく。せっかくだから聞いとけよ」
「区切り、ね……。まぁいいや。一応、聞いとくよ」
昂貴は大きな溜息を交えつつ、渋々といった具合で俺の話を了承する。
「仮りにだ。アンタが政府の命令を拒んでいた、とする。それが事実なら、アンタは紛れもなく反逆分子だ。当然、アンタはタダでは済まなくなる。そこいらの小学生でも分かる、単純明快な理屈だ。とすると……、アンタの執着は事件の真相を隠し通すことではなく、別のベクトルに向いていると考えるのが妥当だ」
「……そ? 良心の呵責に苛まれただけ、かもよ?」
「……いや、違うな。アンタに限らずヒトの行動原理ってのは、そんな立派なモンじゃねぇよ……。ある場合は、出来の良い姉妹へのお節介だったり、碌に責任を果たさない父親への無い物ねだりだったり、な。それに加えて、娘のために自分の人生丸ごと捨てる覚悟を決めてる母親がいたかと思えば、娘は娘でそんな母親の気持ちも知らずに、ぐぅの音も出ない正論マウントかましてたりで……。皆が皆、自分勝手で収拾なんかつきやしねぇ。複雑に見えても、その実シンプルで、情動的で、気色悪いほどに真っ直ぐなのがヒトって生き物だ。アンタだってそうだ。だからそうやって、しょうもない変態染みたやり方でケリつけようとしてんだろ?」
俺がそう言い放つと、昂貴はピクリと身体を揺らす。
「……結論を言うぞ。『嗣武』として生きる道を封じられかけたアンタは、ヤツらと歩調を合わせるフリをして、半ば押し付けるように神取さんにUSBを渡した。全ては『嗣武』として死ぬためにな!」
だんまりと。
悪気なく俺に向けてきた、彼のその痩せた笑みは、『観念した』とでも言わんばかりで、不覚にも不憫に思えてしまった。
そんな、思い上がりも甚だしい感情を振り払うように、俺は言葉を紡ぐ。
「……何度も言うが、コレは飽くまで俺の経験則に基づいて導き出した憶測だ。だがもしこの通りなら、正直拍子抜けだよ。どんな大層な事情を抱えているのかと思いきや、何のことはない。アンタは『嗣武』にならざるを得なかったんじゃない。アンタは自ら望んで『嗣武』の人生を生きた。文字通り、『嗣武』になりたかった。ただそれだけのことだった、なんてな」
「……全く。キミには敵わないな。あーあ! 全部分かってんなら、最初から言いなよ。二人して性格悪いなー。ったく」
昂貴はそう言って、呆れながらに笑う。
その面持ちはどこか清々しくも見え、憑き物が落ちたようだった。
「どうやら、さ……。自分でも驚くくらい、ボクは『嗣武』という一人の人間を愛していたと思うんだ」
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