44 / 44
三度目の正直
しおりを挟む
「近江 憲はいるか?」
久慈方さんが電話を切ってから、数秒のことだった。
待ち合わせていたかのように理事長室の扉が開き、威圧的な声が響き渡る。
遠慮のない彼の態度に、俺や陣海さんは眉を顰める。
「何だよ、こんな時間に」
連日の残業によるストレスも相まって、俺は敢えて聞きたくもない声に対して嫌悪感を隠すことなく反応する。
そんな俺の顔色を気に掛ける素振りすら見せず、新加は淡々と続ける。
「ポストに一つ空きが出来た。参事官だ。予定より少し早いが来月からいけるか?」
新加は用件だけを早々と告げ、俺の意志を確認してきた。
「……俺に聞くな。久慈方さん次第だ」
俺がそう言うと、新加は心底煩わしそうに久慈方さんの方へ顔を向ける。
「どうなんだ?」
「えっ!? そうですね……。陣海さん、どうですか?」
「……まぁ正直、近江さんにはそこまで重要な仕事はお願いしていませんから、大丈夫と言えば大丈夫ですね」
えっ!? そうなの!?
何だか地味にショックなんですけど。
確かにこれまで簡単な書類の作成とか電話対応しかやっていなかった気が……。
こういった小さな自信喪失の積み重ねが、社内ニートを生み出すのだろうか。
「あっ、勘違いしないで下さい。近江さんは期間限定の在籍ですからね。あんまり仕事のウェイトを上げ過ぎると、後々引継ぎが面倒になるんですよ」
と、陣海さんはすかさずフォローを入れるが、一度疑念が生まれればとことんまで疑心暗鬼に陥ってしまうのが人間というものである。
「いや、大丈夫だ。気にしていない。あんまり力になれなくて悪かったな」
「いえ。それよりも近江さんは向こうで大切な役目があるじゃないですか」
「……まぁ、そうだな」
そう。俺には仕事がある。2年前に誓った約束を果たすために。
いや、贖罪と言った方がいいかもしれない。
はっきり言って、アイツの言葉を借りるところの自己満足だ。
別に誰かに対して赤裸々に明かしたわけではないが、ここにいる誰もが大凡感づいているのだろう。
しかし、いざ心の内を見透かされていると感じると、何だか落ち着かない。
俺は居心地の悪さを隠すために、話題を逸らすことにした。
「はぁ。それにしても来月から辛気臭い男の部下か。今から気が滅入るな」
「馬鹿野郎。参事官つったら課長クラスだぞ。何処の馬の骨とも知れん男をいきなり捻じ込むのに、どれだけ苦労したと思ってんだ」
「あぁ、悪かったよ。今後とも末永く宜しくお願い致します。新加審議官」
「……少しは吹っ切れたのか?」
新加は新加なりに気を遣ってくれてはいるらしい。
だが、俺が言うのも何だがそれは杞憂だ。
この手の葛藤は意味を成さないと、2年前に既に結論付いている。
誰が悪いとか、運命を恨むしかないとか、きっとそう言った次元の話ではない。
敢えて言うなら、多分全ての人間が少しずつ悪いのだろう。
その中で、俺たちは何かの拍子で矢面に立たされるリスクを常に負っている。
「さすがにな……。もう2年も経つんだ」
俺はもう腹を括れている。
だが、新加は納得がいかないのか、ジトっとした視線でこちらを見下ろしている。
無理もない。
どんなに心の中で理論武装しようとも、結局他人にとっては強がりにしか見えないのだろう。
俺はそれすらも理解した上で、『もう大丈夫だ』と周囲に伝えている。
しかし、こうして見ると人は汚くもあり、優しくもあるものだ。
一つの〝可能性〟を奪った人間のために、これだけ心を砕いてくれるわけだから。
「……なぁ、近江 憲。お前、悪人正機説って知ってるか?」
「浄土真宗……、だったか? それがどうした?」
「〝善人なおもて往生をとぐ。いはんや悪人をや〟。まぁ要するに、『お前らどうせ厳しい戒律とかムリだろ? だったら黙って阿弥陀如来にでも縋っとけ。思い上がんな』ってコトだ」
「スゲェ意訳だな……。親鸞ブチ切れんぞ」
「だが、実際この言葉は色々な受け取り方が出来るからな。だから、何かとトラブルの種になったんだろうよ。ほら、戦国時代も信徒たちが暴れて、信長も随分と手を焼いていただろ?」
「まぁある種、無秩序を推奨しているようにも聞こえるからな」
「でも俺は思うんだよ。そんな過激な組織の中にも、教団の在り方に疑問を覚えている奴もいたんじゃないかって」
「そうだろうな。実際、信長に協力する勢力も居たって話だしな」
「まぁ色々と利害関係があったろうから、一概には言えんがな」
要領を得ない新加の話に俺は痺れを切らしかけていた。
イチイチ予備知識を披露しないと、気が済まないのか?
頭が良すぎるというのも、庶民サイドとしては困りものだ。
「で、結局何が言いたいんだ? アンタはいつも結論までが長すぎんだよ」
「要するにな。そういう奴らが一番苦しんだことって、自己矛盾だと思うんだよ。口では自力で徳を積めない愚者こそが救済の対象と言い、それならこうして真面目に教えを説こうとしている自分は何なんだ? って具合にな」
「まぁ、そう言われれば確かに……」
「ここからは俺の勝手な見解だ。親鸞の言葉の本質は、愚か者こそ救われるべき対象ってところではなくて、そんな愚か者を許容できない自分すらも許せるかってところにあると思うんだよ」
やはり、この男はいつもどこか遠回しだ。
だが、不思議と腑に落ちてしまう。
俺は6年前のあの日以来、ずっと後悔していた。
しかしだからと言って、あの時俺は他に何か手が打てたのだろうか?
結局、今の自分が全てだ。
衝動的であったとは言え、自分の中の価値観に従って動いたことに間違いはない。
至極当然の道理だ。
まぁ要するに身も蓋もなく、冷酷な言い方だが、成るように成った結果、だと新加は言いたいのだろう。
思えば、新加は随分と早い段階から、俺が抱える問題の本質に気づいていたのかもしれない。
「ムチャクチャだな……。それならもう何でもアリじゃねぇか」
「何でもありだろ。実際、親鸞は阿弥陀如来さえ信じれば、全ての人間が救済の対象になると言っているわけだからな」
「……そうだな。まぁ改めて他人に言うことでもないが、俺の中でもうフェーズが変わったんだよ。次に何が出来るかを考えた方が生産的だろ?」
「だから、あんなことを言い出したのか? 2年前にお前が官僚になりたいとかほざいた時は耳を疑ったよ。だがまぁ……、久慈方たちがいらん約束しちまったみたいだからな。いや、それにじてもあの時の久慈方の全力土下座は、今思い出しても白飯3杯はイケるな」
「っ!? だって仕方ないじゃないですか!? そんなこと頼めそうな人なんて、新加さんくらいしかいませんでしたし……」
珍しく楽しそうに話す新加に対して、久慈方さんは慌てて弁明に走る。
俺はあの一件の後、自分に何が出来るかを考え抜いた。
その結果、俺は最低限浄御原が果たすはずであった責任を引き継ぐべきだと考えた。
まぁ本来なら、久慈方さんの後継として理事長になるというのが既定路線だったのだろうが、さすがにそれは遠慮した。
というより、自分に適性があるとも思えないし、単純に久慈方さんの方が適任だと考えたからだ。
だから俺は、アイツの代わりに新加の片腕になってやることにした。
奇しくも、アイツや久慈方さんが約束した『全てが終わった後に、何か一つだけ願いを叶える』という報酬を利用することになったが、別段損した気分ではない。
むしろ、何のコネも能力もない、しがないフリーターを国家公務員にしろというわけだから、一般的に言えば高望みもいいところだ。
さらに、それなりのポストをご所望ともなれば、反発も免れないだろう。
その点を考えれば、やはり新加には頭が上がらない。
だがそれでも、ある程度のポジションでなければ、アイツと同じ責任を果たせない気がした。
例え、アイツが組織の中で指折りの秀才であったとしても、俺にとっては後輩の一人だ。
いつまでも先輩風を吹かせるつもりは毛頭ないが、それでも自分が空けてしまった穴の責任くらいは自分でとりたい。
そんなつまらないプライドを守るため、俺は多くの人を巻き込んでしまっている。
「まぁとにかく、来月からよろしくな。お前から言い出したんだからキッチリ責任感持ってやれよ。まだまだ機構を潰そうとするお偉いさんは沢山いるんだ」
「親父みたいなこと言うな! 分かってるよ。その……、色々ありがとな」
「…………」
新加は何も答えない。
結果で返せ、ということだろう。
「でも、政府との窓口が近江さんになるのは良いことですね。これから随分と仕事がやりやすくなりますよ!」
俺と新加の間に沈黙が生まれると、久慈方さんがその間を取り繕うように話し出す。
久慈方さんが言うように俺の仕事は、機構と政府との橋渡し役。
端的に言うと、これまで新加がやってきたようなことだ。
そのために俺はこの2年間、久慈方さんや陣海さんの元で機構や平行世界について学んできた。
まぁ陣海さんに言わせりゃ、戦力外もいいところだったようだが、それでも何も知らないよりはいいだろう。
「今までがやり辛いみたいな言い方だな」
「いやっ! それは……」
思わず口を滑らせた久慈方さんは慌てふためく。
彼女のこういうところは本当に安心する。
「あぁ、それとな。お前の面倒を見るのは俺じゃない」
「はぁ? 入って早々放置プレイかよ」
「生憎、お前にだけ構っていられる状況でもなくなったんでな。悪いが、今後の流れについてはそいつから聞いてくれ」
「分かったよ……。で、そいつはどんな奴なんだ?」
「口の利き方がなっていませんね。未来の上司に向かって」
理事長室の入り口から懐かしい声が聞こえた。
「新加。アンタ、マジで性格悪いな」
「心外だな。転職祝いのつもりだったんだが」
俺はこの先、何度も間違える。
その度に後悔をし、きっと彼女ともぶつかる日が来るだろう。
彼女がどんな〝可能性〟であるかはどうでもいい。
だが、こうしてまた引き合わされた以上、俺でも特別な何かを感じてしまう。
パラレルメイトだとか、忌々しいものではない。
だからこそ、俺はこの繋がりを維持していきたいと本気で思っている。
そんな俺の心境を知ってか知らずか、彼女は涙でクシャクシャになった笑みを浮かべたまま佇んでいた。
久慈方さんが電話を切ってから、数秒のことだった。
待ち合わせていたかのように理事長室の扉が開き、威圧的な声が響き渡る。
遠慮のない彼の態度に、俺や陣海さんは眉を顰める。
「何だよ、こんな時間に」
連日の残業によるストレスも相まって、俺は敢えて聞きたくもない声に対して嫌悪感を隠すことなく反応する。
そんな俺の顔色を気に掛ける素振りすら見せず、新加は淡々と続ける。
「ポストに一つ空きが出来た。参事官だ。予定より少し早いが来月からいけるか?」
新加は用件だけを早々と告げ、俺の意志を確認してきた。
「……俺に聞くな。久慈方さん次第だ」
俺がそう言うと、新加は心底煩わしそうに久慈方さんの方へ顔を向ける。
「どうなんだ?」
「えっ!? そうですね……。陣海さん、どうですか?」
「……まぁ正直、近江さんにはそこまで重要な仕事はお願いしていませんから、大丈夫と言えば大丈夫ですね」
えっ!? そうなの!?
何だか地味にショックなんですけど。
確かにこれまで簡単な書類の作成とか電話対応しかやっていなかった気が……。
こういった小さな自信喪失の積み重ねが、社内ニートを生み出すのだろうか。
「あっ、勘違いしないで下さい。近江さんは期間限定の在籍ですからね。あんまり仕事のウェイトを上げ過ぎると、後々引継ぎが面倒になるんですよ」
と、陣海さんはすかさずフォローを入れるが、一度疑念が生まれればとことんまで疑心暗鬼に陥ってしまうのが人間というものである。
「いや、大丈夫だ。気にしていない。あんまり力になれなくて悪かったな」
「いえ。それよりも近江さんは向こうで大切な役目があるじゃないですか」
「……まぁ、そうだな」
そう。俺には仕事がある。2年前に誓った約束を果たすために。
いや、贖罪と言った方がいいかもしれない。
はっきり言って、アイツの言葉を借りるところの自己満足だ。
別に誰かに対して赤裸々に明かしたわけではないが、ここにいる誰もが大凡感づいているのだろう。
しかし、いざ心の内を見透かされていると感じると、何だか落ち着かない。
俺は居心地の悪さを隠すために、話題を逸らすことにした。
「はぁ。それにしても来月から辛気臭い男の部下か。今から気が滅入るな」
「馬鹿野郎。参事官つったら課長クラスだぞ。何処の馬の骨とも知れん男をいきなり捻じ込むのに、どれだけ苦労したと思ってんだ」
「あぁ、悪かったよ。今後とも末永く宜しくお願い致します。新加審議官」
「……少しは吹っ切れたのか?」
新加は新加なりに気を遣ってくれてはいるらしい。
だが、俺が言うのも何だがそれは杞憂だ。
この手の葛藤は意味を成さないと、2年前に既に結論付いている。
誰が悪いとか、運命を恨むしかないとか、きっとそう言った次元の話ではない。
敢えて言うなら、多分全ての人間が少しずつ悪いのだろう。
その中で、俺たちは何かの拍子で矢面に立たされるリスクを常に負っている。
「さすがにな……。もう2年も経つんだ」
俺はもう腹を括れている。
だが、新加は納得がいかないのか、ジトっとした視線でこちらを見下ろしている。
無理もない。
どんなに心の中で理論武装しようとも、結局他人にとっては強がりにしか見えないのだろう。
俺はそれすらも理解した上で、『もう大丈夫だ』と周囲に伝えている。
しかし、こうして見ると人は汚くもあり、優しくもあるものだ。
一つの〝可能性〟を奪った人間のために、これだけ心を砕いてくれるわけだから。
「……なぁ、近江 憲。お前、悪人正機説って知ってるか?」
「浄土真宗……、だったか? それがどうした?」
「〝善人なおもて往生をとぐ。いはんや悪人をや〟。まぁ要するに、『お前らどうせ厳しい戒律とかムリだろ? だったら黙って阿弥陀如来にでも縋っとけ。思い上がんな』ってコトだ」
「スゲェ意訳だな……。親鸞ブチ切れんぞ」
「だが、実際この言葉は色々な受け取り方が出来るからな。だから、何かとトラブルの種になったんだろうよ。ほら、戦国時代も信徒たちが暴れて、信長も随分と手を焼いていただろ?」
「まぁある種、無秩序を推奨しているようにも聞こえるからな」
「でも俺は思うんだよ。そんな過激な組織の中にも、教団の在り方に疑問を覚えている奴もいたんじゃないかって」
「そうだろうな。実際、信長に協力する勢力も居たって話だしな」
「まぁ色々と利害関係があったろうから、一概には言えんがな」
要領を得ない新加の話に俺は痺れを切らしかけていた。
イチイチ予備知識を披露しないと、気が済まないのか?
頭が良すぎるというのも、庶民サイドとしては困りものだ。
「で、結局何が言いたいんだ? アンタはいつも結論までが長すぎんだよ」
「要するにな。そういう奴らが一番苦しんだことって、自己矛盾だと思うんだよ。口では自力で徳を積めない愚者こそが救済の対象と言い、それならこうして真面目に教えを説こうとしている自分は何なんだ? って具合にな」
「まぁ、そう言われれば確かに……」
「ここからは俺の勝手な見解だ。親鸞の言葉の本質は、愚か者こそ救われるべき対象ってところではなくて、そんな愚か者を許容できない自分すらも許せるかってところにあると思うんだよ」
やはり、この男はいつもどこか遠回しだ。
だが、不思議と腑に落ちてしまう。
俺は6年前のあの日以来、ずっと後悔していた。
しかしだからと言って、あの時俺は他に何か手が打てたのだろうか?
結局、今の自分が全てだ。
衝動的であったとは言え、自分の中の価値観に従って動いたことに間違いはない。
至極当然の道理だ。
まぁ要するに身も蓋もなく、冷酷な言い方だが、成るように成った結果、だと新加は言いたいのだろう。
思えば、新加は随分と早い段階から、俺が抱える問題の本質に気づいていたのかもしれない。
「ムチャクチャだな……。それならもう何でもアリじゃねぇか」
「何でもありだろ。実際、親鸞は阿弥陀如来さえ信じれば、全ての人間が救済の対象になると言っているわけだからな」
「……そうだな。まぁ改めて他人に言うことでもないが、俺の中でもうフェーズが変わったんだよ。次に何が出来るかを考えた方が生産的だろ?」
「だから、あんなことを言い出したのか? 2年前にお前が官僚になりたいとかほざいた時は耳を疑ったよ。だがまぁ……、久慈方たちがいらん約束しちまったみたいだからな。いや、それにじてもあの時の久慈方の全力土下座は、今思い出しても白飯3杯はイケるな」
「っ!? だって仕方ないじゃないですか!? そんなこと頼めそうな人なんて、新加さんくらいしかいませんでしたし……」
珍しく楽しそうに話す新加に対して、久慈方さんは慌てて弁明に走る。
俺はあの一件の後、自分に何が出来るかを考え抜いた。
その結果、俺は最低限浄御原が果たすはずであった責任を引き継ぐべきだと考えた。
まぁ本来なら、久慈方さんの後継として理事長になるというのが既定路線だったのだろうが、さすがにそれは遠慮した。
というより、自分に適性があるとも思えないし、単純に久慈方さんの方が適任だと考えたからだ。
だから俺は、アイツの代わりに新加の片腕になってやることにした。
奇しくも、アイツや久慈方さんが約束した『全てが終わった後に、何か一つだけ願いを叶える』という報酬を利用することになったが、別段損した気分ではない。
むしろ、何のコネも能力もない、しがないフリーターを国家公務員にしろというわけだから、一般的に言えば高望みもいいところだ。
さらに、それなりのポストをご所望ともなれば、反発も免れないだろう。
その点を考えれば、やはり新加には頭が上がらない。
だがそれでも、ある程度のポジションでなければ、アイツと同じ責任を果たせない気がした。
例え、アイツが組織の中で指折りの秀才であったとしても、俺にとっては後輩の一人だ。
いつまでも先輩風を吹かせるつもりは毛頭ないが、それでも自分が空けてしまった穴の責任くらいは自分でとりたい。
そんなつまらないプライドを守るため、俺は多くの人を巻き込んでしまっている。
「まぁとにかく、来月からよろしくな。お前から言い出したんだからキッチリ責任感持ってやれよ。まだまだ機構を潰そうとするお偉いさんは沢山いるんだ」
「親父みたいなこと言うな! 分かってるよ。その……、色々ありがとな」
「…………」
新加は何も答えない。
結果で返せ、ということだろう。
「でも、政府との窓口が近江さんになるのは良いことですね。これから随分と仕事がやりやすくなりますよ!」
俺と新加の間に沈黙が生まれると、久慈方さんがその間を取り繕うように話し出す。
久慈方さんが言うように俺の仕事は、機構と政府との橋渡し役。
端的に言うと、これまで新加がやってきたようなことだ。
そのために俺はこの2年間、久慈方さんや陣海さんの元で機構や平行世界について学んできた。
まぁ陣海さんに言わせりゃ、戦力外もいいところだったようだが、それでも何も知らないよりはいいだろう。
「今までがやり辛いみたいな言い方だな」
「いやっ! それは……」
思わず口を滑らせた久慈方さんは慌てふためく。
彼女のこういうところは本当に安心する。
「あぁ、それとな。お前の面倒を見るのは俺じゃない」
「はぁ? 入って早々放置プレイかよ」
「生憎、お前にだけ構っていられる状況でもなくなったんでな。悪いが、今後の流れについてはそいつから聞いてくれ」
「分かったよ……。で、そいつはどんな奴なんだ?」
「口の利き方がなっていませんね。未来の上司に向かって」
理事長室の入り口から懐かしい声が聞こえた。
「新加。アンタ、マジで性格悪いな」
「心外だな。転職祝いのつもりだったんだが」
俺はこの先、何度も間違える。
その度に後悔をし、きっと彼女ともぶつかる日が来るだろう。
彼女がどんな〝可能性〟であるかはどうでもいい。
だが、こうしてまた引き合わされた以上、俺でも特別な何かを感じてしまう。
パラレルメイトだとか、忌々しいものではない。
だからこそ、俺はこの繋がりを維持していきたいと本気で思っている。
そんな俺の心境を知ってか知らずか、彼女は涙でクシャクシャになった笑みを浮かべたまま佇んでいた。
0
お気に入りに追加
3
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
お昼寝カフェ【BAKU】へようこそ!~夢喰いバクと社畜は美少女アイドルの悪夢を見る~
保月ミヒル
キャラ文芸
人生諦め気味のアラサー営業マン・遠原昭博は、ある日不思議なお昼寝カフェに迷い混む。
迎えてくれたのは、眼鏡をかけた独特の雰囲気の青年――カフェの店長・夢見獏だった。
ゆるふわおっとりなその青年の正体は、なんと悪夢を食べる妖怪のバクだった。
昭博はひょんなことから夢見とダッグを組むことになり、客として来店した人気アイドルの悪夢の中に入ることに……!?
夢という誰にも見せない空間の中で、人々は悩み、試練に立ち向かい、成長する。
ハートフルサイコダイブコメディです。
【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド
まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。
事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。
一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。
その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。
そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。
ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。
そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。
第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。
表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
国を、民を守るために、武田信玄は独裁者を目指す。
独裁国家が民主国家を数で上回っている現代だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 純粋に国を、民を憂う思いが、粛清の嵐を巻き起こす
【第弐章 川中島合戦】 甲斐の虎と越後の龍、激突す
【第参章 戦争の黒幕】 京の都が、二人の英雄を不倶戴天の敵と成す
【第四章 織田信長の愛娘】 清廉潔白な人々が、武器商人への憎悪を燃やす
【最終章 西上作戦】 武田家を滅ぼす策略に抗うべく、信長と家康打倒を決断す
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です))
【1】胃の中の君彦【完結】
ホズミロザスケ
ライト文芸
喜志芸術大学・文芸学科一回生の神楽小路君彦は、教室に忘れた筆箱を渡されたのをきっかけに、同じ学科の同級生、佐野真綾に出会う。
ある日、人と関わることを嫌う神楽小路に、佐野は一緒に課題制作をしようと持ちかける。最初は断るも、しつこく誘ってくる佐野に折れた神楽小路は彼女と一緒に食堂のメニュー調査を始める。
佐野や同級生との交流を通じ、閉鎖的だった神楽小路の日常は少しずつ変わっていく。
「いずれ、キミに繋がる物語」シリーズ一作目。
※完結済。全三十六話。(トラブルがあり、完結後に編集し直しましたため、他サイトより話数は少なくなってますが、内容量は同じです)
※当作品は「カクヨム」「小説家になろう」にも同時掲載しております。(過去に「エブリスタ」「貸し本棚」にも掲載)
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ぼくたちのたぬきち物語
アポロ
ライト文芸
一章にエピソード①〜⑩をまとめました。大人のための童話風ライト文芸として書きましたが、小学生でも読めます。
どの章から読みはじめても大丈夫です。
挿絵はアポロの友人・絵描きのひろ生さん提供。
アポロとたぬきちの見守り隊長、いつもありがとう。
初稿はnoteにて2021年夏〜22年冬、「こたぬきたぬきち、町へゆく」のタイトルで連載していました。
この思い入れのある作品を、全編加筆修正してアルファポリスに投稿します。
🍀一章│①〜⑩のあらすじ🍀
たぬきちは、化け狸の子です。
生まれてはじめて変化の術に成功し、ちょっとおしゃれなかわいい少年にうまく化けました。やったね。
たぬきちは、人生ではじめて山から町へ行くのです。(はい、人生です)
現在行方不明の父さんたぬき・ぽんたから教えてもらった記憶を頼りに、憧れの町の「映画館」を目指します。
さて無事にたどり着けるかどうか。
旅にハプニングはつきものです。
少年たぬきちの小さな冒険を、ぜひ見守ってあげてください。
届けたいのは、ささやかな感動です。
心を込め込め書きました。
あなたにも、届け。
月の女神と夜の女王
海獺屋ぼの
ライト文芸
北関東のとある地方都市に住む双子の姉妹の物語。
妹の月姫(ルナ)は父親が経営するコンビニでアルバイトしながら高校に通っていた。彼女は双子の姉に対する強いコンプレックスがあり、それを払拭することがどうしてもできなかった。あるとき、月姫(ルナ)はある兄妹と出会うのだが……。
姉の裏月(ヘカテー)は実家を飛び出してバンド活動に明け暮れていた。クセの強いバンドメンバー、クリスチャンの友人、退学した高校の悪友。そんな個性が強すぎる面々と絡んでいく。ある日彼女のバンド活動にも転機が訪れた……。
月姫(ルナ)と裏月(ヘカテー)の姉妹の物語が各章ごとに交錯し、ある結末へと向かう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる