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灯理の痛み③
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「その、風霞……と、風霞の兄貴っ! ごめんなさい!」
「そうだぞ~! イッケないんだ~! アカリちゃ~ん!」
その後、婆ちゃんの葬式は恙無く行われた。
晴れやか、という言葉が適切でないことくらいは分かる。
ただ、何となく。
霧の向こう側の得体の知れないものの正体が、少し浮かんできたような感覚だ。
本当に、当てはまる言葉を探すことが凄く難しい。
それでも一つだけ、ハッキリしていることがある。
臨終の間際、婆ちゃんは幸せだったと頷いていたが、僕たちが彼女を苦しめたことに変わりはない。
どんなカタチであれ、故意でないにせよ、だ。
このもやもやした感覚を抱えながら生き続けていくことこそ、僕たちが出来る唯一にして最大の罪滅ぼしなのだろう。
それが鮮明になった、というだけで少し気持ちが楽になったような気がした。
だからまぁ。敢えて言うなら、量刑が決まった被告人のような心境なのかもしれない。
結局、僕たちは最期の最期まで、婆ちゃんの前で家族としての姿を見せることが出来なかった。
さて……。
それが終わると、いよいよその日は訪れる。
葬儀を終えた、週明けの放課後。
灯理を喫茶店に呼び出し、ホタカ先生が言うところの尋問大会を開催している。
それにしても、この三原灯理という人間はつくづく卑怯者だ。
この数日これでもかと言うほど、自分自身を戒めていたのだと思う。
ご丁寧に、あれほど明るかった髪色を黒に戻し、腫れぼったくなった目元を惜しげもなく晒すその姿を見れば明らかだ。
そんな人間を頭ごなしに咎めることは、僕には出来そうもない。
確かに、大事な妹がとんでもない面倒ゴトに巻き込まれていた可能性もある。
でも、それは結果論に過ぎない。
まだ詳しい事情は聞いていないが、恐らくどういうカタチであれ、保身であることに間違いはないのだろう。
僕たちは所詮、同じ穴の狢だ。
自分や近しい人間を守るためなら、平気で他人を蹴落とす、どこまでも利己主義で迷惑極まりない生き物だ。
そんな、質の悪い生物を代表すると言わんばかりに、ホタカ先生は何故か心底嬉しそうな顔で、目の前で小さくなっている灯理を糾弾している。
一体どういうつもりで、この人がこの場へやって来たのかは、甚だ疑問だ。
「いや、あの……、ホタカ先生。一旦黙ってもらってもいいですか?」
「うーわ。トーキくん、ひっど! 私はアカリちゃんが話しやすいような雰囲気作りをしてるだけなのにぃー!」
年甲斐もなくと言うと失礼だが、ホタカ先生は頬を膨らませ、子どものように文句を垂れる。
ますます、この人が何のためにこの場へやってきたのか分からなくなる。
「……まぁいいです。それで、風霞。灯理に何か言いたいことは?」
ブゥたれるホタカ先生を尻目に、僕は話の軌道修正をはかる。
僕に促された風霞はハッとした表情を浮かべ、気を取り直す。
「えっと……。まずはさ。どういうことか事情を聞かせてもらっていいかな? 灯理」
灯理は一瞬驚いたように目を見開く。
静かに優しく、それでいてしっかりと真っ直ぐに灯理の目を見据える風霞からは、普段の弱々しさが見て取れない。
今の彼女には、しっかりと周りの景色が見えている、ということなのか。
何だか、少し置いていかれた感覚だ。
「う、うん。分かった」
灯理はそう言って、スゥーと深呼吸する。
「最初になんだけどさ。風霞の兄貴。殊寧の兄貴からなんて聞いてる?」
「殊寧? それってひょっとして……」
「うん。小岩 殊寧」
やはりか。
そもそも、小岩が麻浦先輩に自転車事故の件を握られてしまった、というのが話の始まりだった。
そして小岩は、妹の殊寧を守るために、友人である灯理と協力して風霞をスケープゴートにしようとした、というところまではこちらも推察していた。
ただ……、僕としても合点がいっていないところもあった。
どうして、小岩は灯理の存在を隠していたのか。
なぜ、あの時小岩は口を割ろうとしなかったか。
そのことは、きっとホタカ先生も気付いているだろう。
「多分だけど、さ……。殊寧の兄貴、アンタに嘘吐いてる」
「は? 嘘?」
「風霞の兄貴さ。もしかしてだけど、殊寧の兄貴が何か弱みを握られて、麻浦のヤローに協力した、みたいなこと言ってなかった?」
「まぁ、そう聞いてたけど。事故の現場を見られた、みたいな……」
僕がそう言うと、灯理は『やっぱり』とボヤくとともに、大きな溜息を吐いた。
そして、ジットリと物色するような視線を僕に浴びせてくる。
「ハッキリ言っておくね。それ完全に作り話だから。殊寧の兄貴は、事故なんか起こしてない。てか、実際それよりもっとエグい、かも……」
「は……」
灯理の口から予想外の言葉が飛び出し、僕は二の句に詰まる。
「はーい! 質問でーすっ! てーことは、アカリちゃん並びにコイワくんは、アサウラくんとは別件で動いてたってことかな?」
僕の代弁とばかりに、ホタカ先生は質問する。
しかし、彼女の言う通りだとすると、麻浦先輩の目的がいよいよ分からない。
「う、うーん。全く別ってわけじゃない、かな。ただちょっと動機が違うっていうか……」
ホタカ先生の質問に、灯理は目を泳がせて応える。
その後、気まずそうに風霞に視線を向ける。
そんな灯理を見た風霞は、優しく微笑みかけた。
「大丈夫だよ。私、灯理からどんな言葉が返ってきても、絶対に拒絶しないから! まぁ、驚きはするかもしれないけどさ!」
苦笑しながらも、迷いなくそう言い放つ風霞の姿を見て、ここ最近抱いていた疑念がまた頭にちらつく。
きっと……。風霞と僕とでは、まるで住むべき世界が違う。
それは、ホタカ先生の言うところの歪みが解消したところで、決して埋まることのない溝なのだと、僕はこの時悲しくも実感してしまった。
そんな風霞を見て、灯理はまたフゥと息づいて、力なく笑う。
「むしろ拒絶してくれた方が楽だった、かな……」
灯理は疲れたようにそっと溢すと、事の真相を話し始めた。
彼女のその笑顔は吹っ切れていたようで、その実どこか苦しそうにも見えた。
「そうだぞ~! イッケないんだ~! アカリちゃ~ん!」
その後、婆ちゃんの葬式は恙無く行われた。
晴れやか、という言葉が適切でないことくらいは分かる。
ただ、何となく。
霧の向こう側の得体の知れないものの正体が、少し浮かんできたような感覚だ。
本当に、当てはまる言葉を探すことが凄く難しい。
それでも一つだけ、ハッキリしていることがある。
臨終の間際、婆ちゃんは幸せだったと頷いていたが、僕たちが彼女を苦しめたことに変わりはない。
どんなカタチであれ、故意でないにせよ、だ。
このもやもやした感覚を抱えながら生き続けていくことこそ、僕たちが出来る唯一にして最大の罪滅ぼしなのだろう。
それが鮮明になった、というだけで少し気持ちが楽になったような気がした。
だからまぁ。敢えて言うなら、量刑が決まった被告人のような心境なのかもしれない。
結局、僕たちは最期の最期まで、婆ちゃんの前で家族としての姿を見せることが出来なかった。
さて……。
それが終わると、いよいよその日は訪れる。
葬儀を終えた、週明けの放課後。
灯理を喫茶店に呼び出し、ホタカ先生が言うところの尋問大会を開催している。
それにしても、この三原灯理という人間はつくづく卑怯者だ。
この数日これでもかと言うほど、自分自身を戒めていたのだと思う。
ご丁寧に、あれほど明るかった髪色を黒に戻し、腫れぼったくなった目元を惜しげもなく晒すその姿を見れば明らかだ。
そんな人間を頭ごなしに咎めることは、僕には出来そうもない。
確かに、大事な妹がとんでもない面倒ゴトに巻き込まれていた可能性もある。
でも、それは結果論に過ぎない。
まだ詳しい事情は聞いていないが、恐らくどういうカタチであれ、保身であることに間違いはないのだろう。
僕たちは所詮、同じ穴の狢だ。
自分や近しい人間を守るためなら、平気で他人を蹴落とす、どこまでも利己主義で迷惑極まりない生き物だ。
そんな、質の悪い生物を代表すると言わんばかりに、ホタカ先生は何故か心底嬉しそうな顔で、目の前で小さくなっている灯理を糾弾している。
一体どういうつもりで、この人がこの場へやって来たのかは、甚だ疑問だ。
「いや、あの……、ホタカ先生。一旦黙ってもらってもいいですか?」
「うーわ。トーキくん、ひっど! 私はアカリちゃんが話しやすいような雰囲気作りをしてるだけなのにぃー!」
年甲斐もなくと言うと失礼だが、ホタカ先生は頬を膨らませ、子どものように文句を垂れる。
ますます、この人が何のためにこの場へやってきたのか分からなくなる。
「……まぁいいです。それで、風霞。灯理に何か言いたいことは?」
ブゥたれるホタカ先生を尻目に、僕は話の軌道修正をはかる。
僕に促された風霞はハッとした表情を浮かべ、気を取り直す。
「えっと……。まずはさ。どういうことか事情を聞かせてもらっていいかな? 灯理」
灯理は一瞬驚いたように目を見開く。
静かに優しく、それでいてしっかりと真っ直ぐに灯理の目を見据える風霞からは、普段の弱々しさが見て取れない。
今の彼女には、しっかりと周りの景色が見えている、ということなのか。
何だか、少し置いていかれた感覚だ。
「う、うん。分かった」
灯理はそう言って、スゥーと深呼吸する。
「最初になんだけどさ。風霞の兄貴。殊寧の兄貴からなんて聞いてる?」
「殊寧? それってひょっとして……」
「うん。小岩 殊寧」
やはりか。
そもそも、小岩が麻浦先輩に自転車事故の件を握られてしまった、というのが話の始まりだった。
そして小岩は、妹の殊寧を守るために、友人である灯理と協力して風霞をスケープゴートにしようとした、というところまではこちらも推察していた。
ただ……、僕としても合点がいっていないところもあった。
どうして、小岩は灯理の存在を隠していたのか。
なぜ、あの時小岩は口を割ろうとしなかったか。
そのことは、きっとホタカ先生も気付いているだろう。
「多分だけど、さ……。殊寧の兄貴、アンタに嘘吐いてる」
「は? 嘘?」
「風霞の兄貴さ。もしかしてだけど、殊寧の兄貴が何か弱みを握られて、麻浦のヤローに協力した、みたいなこと言ってなかった?」
「まぁ、そう聞いてたけど。事故の現場を見られた、みたいな……」
僕がそう言うと、灯理は『やっぱり』とボヤくとともに、大きな溜息を吐いた。
そして、ジットリと物色するような視線を僕に浴びせてくる。
「ハッキリ言っておくね。それ完全に作り話だから。殊寧の兄貴は、事故なんか起こしてない。てか、実際それよりもっとエグい、かも……」
「は……」
灯理の口から予想外の言葉が飛び出し、僕は二の句に詰まる。
「はーい! 質問でーすっ! てーことは、アカリちゃん並びにコイワくんは、アサウラくんとは別件で動いてたってことかな?」
僕の代弁とばかりに、ホタカ先生は質問する。
しかし、彼女の言う通りだとすると、麻浦先輩の目的がいよいよ分からない。
「う、うーん。全く別ってわけじゃない、かな。ただちょっと動機が違うっていうか……」
ホタカ先生の質問に、灯理は目を泳がせて応える。
その後、気まずそうに風霞に視線を向ける。
そんな灯理を見た風霞は、優しく微笑みかけた。
「大丈夫だよ。私、灯理からどんな言葉が返ってきても、絶対に拒絶しないから! まぁ、驚きはするかもしれないけどさ!」
苦笑しながらも、迷いなくそう言い放つ風霞の姿を見て、ここ最近抱いていた疑念がまた頭にちらつく。
きっと……。風霞と僕とでは、まるで住むべき世界が違う。
それは、ホタカ先生の言うところの歪みが解消したところで、決して埋まることのない溝なのだと、僕はこの時悲しくも実感してしまった。
そんな風霞を見て、灯理はまたフゥと息づいて、力なく笑う。
「むしろ拒絶してくれた方が楽だった、かな……」
灯理は疲れたようにそっと溢すと、事の真相を話し始めた。
彼女のその笑顔は吹っ切れていたようで、その実どこか苦しそうにも見えた。
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