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僕の痛み①・回想
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意図的に無視していたわけじゃない。
泣き寝入りしたつもりもない。
ホタカ先生曰く、それはしょうもないエゴらしい。
言われて見れば、『兄貴だから』だなんて、身の程知らずで自意識過剰も甚だしい。
それが風霞へのマウントになると言われれば、何も言い逃れ出来ないだろう。
でも、僕にも言い分はある。
まず大人たちが僕たちのことを守りつつ、解決に導いてくれる保証もない。
むしろ事を荒立てて、二次災害が起こってしまえば、元も子もない。
であれば、このままダラダラとなすがままで居た方が、まだ被害が少ないだろう。
単純に、メリットとデメリットを天秤にかけた結果だ。
そのこと自体はホタカ先生にも打ち明けたし、嘘があるわけでもない……、つもりだった。
ただ、どうにも誤算があった。
どうやら、僕は『普通の高校生』であることを捨てきれていなかったらしい。
こうして惨めったらしく、大人に助言を求めようとしていることが何よりの証拠だ。
少し言い訳がましいが、恐らくホタカ先生の言う正常性バイアスとやらに上手く利用されてしまい、自分自身の『SOS』を握り潰してしまっていたのだろう。
所詮は、一高校生だ。
詰まるところ、無気力というか、ある種のニヒリズムというヤツに陥っていただけなのかもしれない。
気付いてしまったからには、僕の負けだ。
何より、僕は気になってしまった。知りたいと思ってしまった。
僕を好き勝手に振り回す、得体の知れない、それでいてどこか寂しげで、僕と通じる何かがある彼女のことを。
僕はつい1ヶ月前に立ち戻り、自分の中の心当たりを片っ端から話してみることにした。
自分自身の復習も兼ねて。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お兄ちゃんっ! 早くしないと置いてっちゃうよっ!!」
厳しい受験を乗り切り、華の高校生活が始まった。
恙無く入学式・オリエンテーションを終え、いよいよ来週から授業が本格的に始まる。
最初、ということで変に気を張ったせいか、一週間が終わる頃には身体のあちこちにガタがきていた。
今日は一日、身体を休め、疲れを取りたいというのが本音だ。
だが、生憎そうも言っていられない事情がある。
というのも、今日は風霞と二人で外出する予定になっている。
何でも、僕の進学祝いとやらで、風霞が色々と接待してくれるとか。
この疲労感とは、来週末までの永いお付き合いとなりそうだ。
僕は土曜の朝から重い身体にムチを打ち、着々と外出の準備を進める。
そんな僕を更に追い込むように、一足先に支度を終えた風霞が急かしてくる。
玄関から聞こえる彼女の声は、心なしか普段よりワントーン高い気がする。
「いや……。一応、今日は僕が主役なんだよな?」
「屁理屈言わないっ! もうっ! せっかく予約してるのにっ!」
そう憤慨しながらも、風霞はどこか楽しそうだ。
薄っすらと、鼻歌も聞こえてくる。
風霞がこうも分かりやすく、はしゃぐのは珍しい。
そんなことを半分寝ぼけた頭で考えながら、久しぶりのよそ行きの服に袖を通す。
支度を済ませ玄関へ向かうなり、風霞は睨んでくる。
手持ちのトートバッグを体の前でブラブラと揺らしながら、これでもかというほど待っていたアピールをしてくる。
「遅いっ!」
「えっと……、お金は?」
「もうっ! 主役がそんなこと気にしないっ! ちゃんとお母さんからお金貰ってるから、ご心配なく!」
風霞はそう言うと、バタンと玄関のドアを開け、先に家を出て行ってしまった。
「……んで、今日はどういった感じで?」
先走って家を出た風霞に、今日の流れを尋ねる。
当然のことながら、自分の進学祝いを自分でプロデュースするほど、色々な意味で仕上がってはいない。
だから、今日は風霞に丸投げだ。
「えっとね。まずは映画館に行きます!」
「映画? それってまさか……」
「うん! ずっと観たかった恋愛映画!」
風霞は何の躊躇いもなく言い放った。
果たして、中高生の兄妹が休日に恋愛映画、というのは如何なものか。
とは言え僕自身、実はそれほど抵抗がなかったりする。
思えば、昔から僕たちはこんな感じだった。
確かに風霞は年頃の女の子だ。
だから、未だに兄離れしていない彼女の姿は、周囲から見ると少し歪に見えるのだろう。
そう思えば、今の関係を見直すべきか、一考の余地はあるのかもしれない。
今後の風霞のためにも……。
「ん? どしたの? お兄ちゃん?」
そんな思考に耽っていた僕を不審に思ったのか、風霞は心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。
「……いやっ! 風霞は別に嫌じゃないのか?」
「へ? 何が?」
風霞は、一点の曇りもない瞳で僕を見つめてくる。
取り越し苦労か。
よそはよそ、うちはうち、だ。
ココは先人の金言を、都合よく拝借させて貰おう。
要するに、風霞が良ければそれで良いのかもしれない。
「……何でもない。んじゃ、今日は色々とお願いするわ」
「うん! 任せてっ!」
風霞は満面の笑みを浮かべ、軽快な足取りで僕の前を先走る。
新年度早々、良くもまぁそれだけのエネルギーが出るものだ。
余程、新クラスに恵まれたのだろうか。
そんな彼女のバイタリティーに感心しつつ、僕は後を追った。
「えっと! 高校生と中学生、一枚ずつで!」
風霞は最寄りの映画館に到着するなり、一目散にチケットカウンターへ向かった。
こうしてカウンター越しから、身を乗り出している姿を見ると、改めて普段とは違うことを実感する。
どちらかと言えば人見知りをするタイプで、いつもは兄の僕に対してもどこか遠慮がちだ。
自分で言うのもなんだけど、今まで風霞に対して強く当たったことはない……、とは思う。
だから兄妹仲については、別段ギスギスしているわけじゃない。
ただ、どこかオドオドというか、腫れ物に触るようにというか、僕の顔色を無意識的に窺っているようなフシがある。
僕はそんな彼女の態度を見る度に、少し鬱陶しく思ってしまう。
ただでさえ両親共働きで、家では二人きりでいることが多いわけだ。
別に、もっとベタベタしろとは言わない。
必要以上に警戒するのはやめて欲しいだけだ。
……とまぁ、今日の風霞を見ていると、そんな懸念は忘れそうになる。
「はい! お兄ちゃん!」
「えっ!? あ、あぁ。どうも……」
「ふふ。『どうも……』だって」
「……なんだよ」
「ううん。別に! 妹なのに変だなって!」
風霞は優しく微笑みながら言う。
風霞なりに思うところがあって、気丈に振る舞っているのだろう。
それに水を差すのは、無粋というものだ。
だから、僕は敢えて負けじと悪態をつく。
「……風霞の方こそ、はしゃぎすぎだっての。小学生じゃないんだから」
「っ!? だって今日はお兄ちゃんの進学祝いなんだよ!? ていうか、お兄ちゃんの方こそ、もっと喜んだらどうなのさっ!?」
僕の指摘に、風霞は顔を赤く染めながら、何か弁明するように言う。
どうやら彼女曰く、平常心の僕の方がおかしいらしい。
「別に……、喜んでないわけじゃない。実際、ホッとしてるよ」
僕が目線を逸らしながら言うと、風霞はフフッと笑む。
「そっかそっか! それは良かった! 私、嬉しいんだ。お兄ちゃん、家事とかお婆ちゃんのお見舞いとかで大変だったからさ。お兄ちゃんから合格したって話聞いた時、私本当に安心したんだから! ウチのお兄ちゃんは我が家の誇りだよ!」
風霞は随分と大げさに、僕のことを褒め称えてくる。
別に『大変』だなんて、思ったことはない。
ただ、他に選択肢がなかったから、そうしているまでだ。
極力、周りに被害が及ばないよう、ベターな立ち回りをする。
今までずっとそうしてきたのだから。
「……イチイチ大げさなんだよ! 行くぞ!」
「えっ!? ちょっ! 待ってよー!」
実際、褒められるようなことじゃない。
だから、風霞の言葉には違和感しかない。
どう振る舞っていいか分からない僕は、勇み足でスクリーンへ向かうしかなかった。
泣き寝入りしたつもりもない。
ホタカ先生曰く、それはしょうもないエゴらしい。
言われて見れば、『兄貴だから』だなんて、身の程知らずで自意識過剰も甚だしい。
それが風霞へのマウントになると言われれば、何も言い逃れ出来ないだろう。
でも、僕にも言い分はある。
まず大人たちが僕たちのことを守りつつ、解決に導いてくれる保証もない。
むしろ事を荒立てて、二次災害が起こってしまえば、元も子もない。
であれば、このままダラダラとなすがままで居た方が、まだ被害が少ないだろう。
単純に、メリットとデメリットを天秤にかけた結果だ。
そのこと自体はホタカ先生にも打ち明けたし、嘘があるわけでもない……、つもりだった。
ただ、どうにも誤算があった。
どうやら、僕は『普通の高校生』であることを捨てきれていなかったらしい。
こうして惨めったらしく、大人に助言を求めようとしていることが何よりの証拠だ。
少し言い訳がましいが、恐らくホタカ先生の言う正常性バイアスとやらに上手く利用されてしまい、自分自身の『SOS』を握り潰してしまっていたのだろう。
所詮は、一高校生だ。
詰まるところ、無気力というか、ある種のニヒリズムというヤツに陥っていただけなのかもしれない。
気付いてしまったからには、僕の負けだ。
何より、僕は気になってしまった。知りたいと思ってしまった。
僕を好き勝手に振り回す、得体の知れない、それでいてどこか寂しげで、僕と通じる何かがある彼女のことを。
僕はつい1ヶ月前に立ち戻り、自分の中の心当たりを片っ端から話してみることにした。
自分自身の復習も兼ねて。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お兄ちゃんっ! 早くしないと置いてっちゃうよっ!!」
厳しい受験を乗り切り、華の高校生活が始まった。
恙無く入学式・オリエンテーションを終え、いよいよ来週から授業が本格的に始まる。
最初、ということで変に気を張ったせいか、一週間が終わる頃には身体のあちこちにガタがきていた。
今日は一日、身体を休め、疲れを取りたいというのが本音だ。
だが、生憎そうも言っていられない事情がある。
というのも、今日は風霞と二人で外出する予定になっている。
何でも、僕の進学祝いとやらで、風霞が色々と接待してくれるとか。
この疲労感とは、来週末までの永いお付き合いとなりそうだ。
僕は土曜の朝から重い身体にムチを打ち、着々と外出の準備を進める。
そんな僕を更に追い込むように、一足先に支度を終えた風霞が急かしてくる。
玄関から聞こえる彼女の声は、心なしか普段よりワントーン高い気がする。
「いや……。一応、今日は僕が主役なんだよな?」
「屁理屈言わないっ! もうっ! せっかく予約してるのにっ!」
そう憤慨しながらも、風霞はどこか楽しそうだ。
薄っすらと、鼻歌も聞こえてくる。
風霞がこうも分かりやすく、はしゃぐのは珍しい。
そんなことを半分寝ぼけた頭で考えながら、久しぶりのよそ行きの服に袖を通す。
支度を済ませ玄関へ向かうなり、風霞は睨んでくる。
手持ちのトートバッグを体の前でブラブラと揺らしながら、これでもかというほど待っていたアピールをしてくる。
「遅いっ!」
「えっと……、お金は?」
「もうっ! 主役がそんなこと気にしないっ! ちゃんとお母さんからお金貰ってるから、ご心配なく!」
風霞はそう言うと、バタンと玄関のドアを開け、先に家を出て行ってしまった。
「……んで、今日はどういった感じで?」
先走って家を出た風霞に、今日の流れを尋ねる。
当然のことながら、自分の進学祝いを自分でプロデュースするほど、色々な意味で仕上がってはいない。
だから、今日は風霞に丸投げだ。
「えっとね。まずは映画館に行きます!」
「映画? それってまさか……」
「うん! ずっと観たかった恋愛映画!」
風霞は何の躊躇いもなく言い放った。
果たして、中高生の兄妹が休日に恋愛映画、というのは如何なものか。
とは言え僕自身、実はそれほど抵抗がなかったりする。
思えば、昔から僕たちはこんな感じだった。
確かに風霞は年頃の女の子だ。
だから、未だに兄離れしていない彼女の姿は、周囲から見ると少し歪に見えるのだろう。
そう思えば、今の関係を見直すべきか、一考の余地はあるのかもしれない。
今後の風霞のためにも……。
「ん? どしたの? お兄ちゃん?」
そんな思考に耽っていた僕を不審に思ったのか、風霞は心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。
「……いやっ! 風霞は別に嫌じゃないのか?」
「へ? 何が?」
風霞は、一点の曇りもない瞳で僕を見つめてくる。
取り越し苦労か。
よそはよそ、うちはうち、だ。
ココは先人の金言を、都合よく拝借させて貰おう。
要するに、風霞が良ければそれで良いのかもしれない。
「……何でもない。んじゃ、今日は色々とお願いするわ」
「うん! 任せてっ!」
風霞は満面の笑みを浮かべ、軽快な足取りで僕の前を先走る。
新年度早々、良くもまぁそれだけのエネルギーが出るものだ。
余程、新クラスに恵まれたのだろうか。
そんな彼女のバイタリティーに感心しつつ、僕は後を追った。
「えっと! 高校生と中学生、一枚ずつで!」
風霞は最寄りの映画館に到着するなり、一目散にチケットカウンターへ向かった。
こうしてカウンター越しから、身を乗り出している姿を見ると、改めて普段とは違うことを実感する。
どちらかと言えば人見知りをするタイプで、いつもは兄の僕に対してもどこか遠慮がちだ。
自分で言うのもなんだけど、今まで風霞に対して強く当たったことはない……、とは思う。
だから兄妹仲については、別段ギスギスしているわけじゃない。
ただ、どこかオドオドというか、腫れ物に触るようにというか、僕の顔色を無意識的に窺っているようなフシがある。
僕はそんな彼女の態度を見る度に、少し鬱陶しく思ってしまう。
ただでさえ両親共働きで、家では二人きりでいることが多いわけだ。
別に、もっとベタベタしろとは言わない。
必要以上に警戒するのはやめて欲しいだけだ。
……とまぁ、今日の風霞を見ていると、そんな懸念は忘れそうになる。
「はい! お兄ちゃん!」
「えっ!? あ、あぁ。どうも……」
「ふふ。『どうも……』だって」
「……なんだよ」
「ううん。別に! 妹なのに変だなって!」
風霞は優しく微笑みながら言う。
風霞なりに思うところがあって、気丈に振る舞っているのだろう。
それに水を差すのは、無粋というものだ。
だから、僕は敢えて負けじと悪態をつく。
「……風霞の方こそ、はしゃぎすぎだっての。小学生じゃないんだから」
「っ!? だって今日はお兄ちゃんの進学祝いなんだよ!? ていうか、お兄ちゃんの方こそ、もっと喜んだらどうなのさっ!?」
僕の指摘に、風霞は顔を赤く染めながら、何か弁明するように言う。
どうやら彼女曰く、平常心の僕の方がおかしいらしい。
「別に……、喜んでないわけじゃない。実際、ホッとしてるよ」
僕が目線を逸らしながら言うと、風霞はフフッと笑む。
「そっかそっか! それは良かった! 私、嬉しいんだ。お兄ちゃん、家事とかお婆ちゃんのお見舞いとかで大変だったからさ。お兄ちゃんから合格したって話聞いた時、私本当に安心したんだから! ウチのお兄ちゃんは我が家の誇りだよ!」
風霞は随分と大げさに、僕のことを褒め称えてくる。
別に『大変』だなんて、思ったことはない。
ただ、他に選択肢がなかったから、そうしているまでだ。
極力、周りに被害が及ばないよう、ベターな立ち回りをする。
今までずっとそうしてきたのだから。
「……イチイチ大げさなんだよ! 行くぞ!」
「えっ!? ちょっ! 待ってよー!」
実際、褒められるようなことじゃない。
だから、風霞の言葉には違和感しかない。
どう振る舞っていいか分からない僕は、勇み足でスクリーンへ向かうしかなかった。
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