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小岩の痛み③
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「は? て、ことはつまり……」
「うん……。轢き逃げ、しちゃったんだ」
小岩が麻浦先輩に呼び出された日から、更に一週間前の話だ。
その日、小岩は自転車で帰宅途中、一時不停止により、ある小学生と接触してしまう。
予期せぬ事態に小岩は気が動転し、そのままその場を立ち去ってしまう。
また運が悪いことに、その現場を麻浦先輩に見られていたらしく、それをネタに強請られてしまった、というのが事の真相のようだ。
「本当にごめん……、天ヶ瀬くん。僕の、僕のせいで……、キミの妹さんが取り返しのつかないことになってた、かも」
そこまで言うと、小岩はその場で泣き崩れてしまった。
僕が言うのも何だが、本当に勝手なヤツだと思う。
第一、小岩がまず謝るべきはその小学生だ。
そのクセ、こうして少しばかり大人から威圧されれば、膝を屈してしまうあたりは、やはり僕のよく知る小岩だ。
所詮は、許しを請うためのパフォーマンスだ。
本心では、僕からのおぞましい言葉を期待しているのだろう。
『ついてなかったね』と。
とは言え、僕も小岩のことを偉そうに論評できる立場にはいない。
むしろ、数少ない友人の一人に対してこうして穿った見方をしてしまうあたり、彼よりも質が悪い。
もし、僕が彼の立場だとしたら、どうしていたのだろうか。
きっと僕も、背負いきれない責任を前に、被害者しぐさを決め込んだに違いない。
あの日、ホタカ先生の前で晒してしまった醜態を思えば、容易に想像がつく。
所詮、僕も利己的な人間だ。
自分のキャパシティの許す範囲だけ都合の良く責任を背負い、いざ潰れそうになれば、誰かにそれを擦り付け、ボヤくのだろう。
むしろそう考えれば、小岩の方が潔いとも言える。
考えれば考えるほど惨めに思えてしまう……。
僕と小岩。
根本の部分が同じであるならば、その僅かに残った違いというのは何なのだろうか。
「それは優先順位、かな」
「っ!?」
僕の心境を見透かしたかのように、ホタカ先生はニタニタと不気味にほくそ笑み、聞いてもいない質問に答えてくる。
「イキナリなんですか、アナタは……」
「ありゃ? 適当に言ったつもりなんだけど、まさかのビンゴ?」
相変わらず底の知れない人だ。
彼女は一体、どこまで僕のことを理解しているのだろうか。
優先順位、か。
それこそ僕と小岩は一緒だろう。
結局のところ、僕たちを動かしているのは『我が身可愛さ』なのだから。
「……それで、これからどうするつもりなんだ?」
「分かってるんだ。麻浦先輩に言われなくても、そのうちバレちゃうって。だからさ。自首するよ……」
小岩が轢いた小学生が、どれだけの怪我を負ったのかは知らない。
事件からそれなりに時間も経っているし、警察の捜査も始まっているだろう。
最悪の場合、逮捕もあり得る。
それでも、小岩はこうして腹を括り白状した。
「天ヶ瀬くん。僕が偉そうに言えることじゃないんだけどさ。僕みたいになる前に、誰かに頼った方が良いよ。僕ね。天ヶ瀬くんの気持ち、ちょっと分かるんだ……」
「僕の気持ちが、分かる……?」
「あっ! ごめんっ! 偉そうなことを言うつもりはないんだ! だから、誤解しないで聞いて欲しい……。僕も一応兄貴だし、妹に面倒なことを押し付けたくない。それって自然な感情だと思う。だけどさ。ある時から、ソレって実は凄い傲慢なことかも、って思ったんだよ」
ズキズキと僕の心の奥底に切り込むような小岩の話に、何も言えなかった。
小岩はそんな僕に構うことなく、容赦なく言葉を浴びせてくる。
「別に、僕一人で気付いたわけじゃないんだ。妹に言われたんだよ。『兄さんのせいで、私が何もしないダメ人間みたいに思われる』って……」
小岩の話を聞いて、確信してしまった。
きっとどこの家庭も同じなのだろう。
いつの間にか、僕や小岩がどこか突き抜けていて、あたかも特別かのように錯覚してしまったのかもしれない。
ただ、それでも……。
当事者として、そんな言葉だけでは割り切れない想いがあるのは確かだ。
「ふふ。よしよし! やってしまったことはしょうがない! 大丈夫! この国の人たちは反省するポーズさえ見せれば優しくしてくれるから。キミはいくらでもやり直せるはずだよ! そうでなくともキミはまだ若いんだしね!」
「は、はい……」
「いや、あの、ホタカ先生。小岩は一応ちゃんと反省してるんじゃないんですかね……」
ホタカ先生は、僕の諌めなどものともせずに続ける。
「ちなみに確認なんだけどさ。コイワくんは、アサウラくんに言われて動いただけなんだよね?」
「は、はいっ。そうです……」
なるほど。
小岩自身は、麻浦先輩のバックにいる人間と面識があるわけではない、か。
「ふむふむ。そっか……。さて! そんなコイワくんに提案があります!」
「な、なんでしょうか?」
「まずはトーキくんへの罪滅ぼしとして、一つ協力してみる気はないかね?」
「は、はいっ。僕にできることなら……」
「よし! それじゃ決まり、ね!」
「あっ!? ちょっ!? どこ行くんすか!?」
小岩の答えに満足そうに返事をしたホタカ先生は、一人で相談室の外に出ていってしまった。
「……ったく、あの人は。なんか悪いな」
「い、いやいやっ! それは僕の方だよ! でも、なんか意外だな」
「え? 何が?」
「いやっ! 天ヶ瀬くん、結構あの先生のこと信頼してそうだったから」
「どこをどう見たらそう見えるんだよ……」
「だって、天ヶ瀬くん。いつもよりリラックスしてるように見えるよ? 教室だとずっと窮屈そうにしてるから……」
「あの状況でリラックス出来るかよ……」
「そ、それもそっか! はは」
全く笑えないのに、呑気な奴だ。
そう言う小岩の方こそ、今日はいつになく遠慮がない気がする。
普段は腫れ物に触るかのように、接してくるというのに。
小岩の言うことが正しいのかは分からないが、どの道ホタカ先生に人生のペースを狂わされたことに変わりはないのだろう。
「うん……。轢き逃げ、しちゃったんだ」
小岩が麻浦先輩に呼び出された日から、更に一週間前の話だ。
その日、小岩は自転車で帰宅途中、一時不停止により、ある小学生と接触してしまう。
予期せぬ事態に小岩は気が動転し、そのままその場を立ち去ってしまう。
また運が悪いことに、その現場を麻浦先輩に見られていたらしく、それをネタに強請られてしまった、というのが事の真相のようだ。
「本当にごめん……、天ヶ瀬くん。僕の、僕のせいで……、キミの妹さんが取り返しのつかないことになってた、かも」
そこまで言うと、小岩はその場で泣き崩れてしまった。
僕が言うのも何だが、本当に勝手なヤツだと思う。
第一、小岩がまず謝るべきはその小学生だ。
そのクセ、こうして少しばかり大人から威圧されれば、膝を屈してしまうあたりは、やはり僕のよく知る小岩だ。
所詮は、許しを請うためのパフォーマンスだ。
本心では、僕からのおぞましい言葉を期待しているのだろう。
『ついてなかったね』と。
とは言え、僕も小岩のことを偉そうに論評できる立場にはいない。
むしろ、数少ない友人の一人に対してこうして穿った見方をしてしまうあたり、彼よりも質が悪い。
もし、僕が彼の立場だとしたら、どうしていたのだろうか。
きっと僕も、背負いきれない責任を前に、被害者しぐさを決め込んだに違いない。
あの日、ホタカ先生の前で晒してしまった醜態を思えば、容易に想像がつく。
所詮、僕も利己的な人間だ。
自分のキャパシティの許す範囲だけ都合の良く責任を背負い、いざ潰れそうになれば、誰かにそれを擦り付け、ボヤくのだろう。
むしろそう考えれば、小岩の方が潔いとも言える。
考えれば考えるほど惨めに思えてしまう……。
僕と小岩。
根本の部分が同じであるならば、その僅かに残った違いというのは何なのだろうか。
「それは優先順位、かな」
「っ!?」
僕の心境を見透かしたかのように、ホタカ先生はニタニタと不気味にほくそ笑み、聞いてもいない質問に答えてくる。
「イキナリなんですか、アナタは……」
「ありゃ? 適当に言ったつもりなんだけど、まさかのビンゴ?」
相変わらず底の知れない人だ。
彼女は一体、どこまで僕のことを理解しているのだろうか。
優先順位、か。
それこそ僕と小岩は一緒だろう。
結局のところ、僕たちを動かしているのは『我が身可愛さ』なのだから。
「……それで、これからどうするつもりなんだ?」
「分かってるんだ。麻浦先輩に言われなくても、そのうちバレちゃうって。だからさ。自首するよ……」
小岩が轢いた小学生が、どれだけの怪我を負ったのかは知らない。
事件からそれなりに時間も経っているし、警察の捜査も始まっているだろう。
最悪の場合、逮捕もあり得る。
それでも、小岩はこうして腹を括り白状した。
「天ヶ瀬くん。僕が偉そうに言えることじゃないんだけどさ。僕みたいになる前に、誰かに頼った方が良いよ。僕ね。天ヶ瀬くんの気持ち、ちょっと分かるんだ……」
「僕の気持ちが、分かる……?」
「あっ! ごめんっ! 偉そうなことを言うつもりはないんだ! だから、誤解しないで聞いて欲しい……。僕も一応兄貴だし、妹に面倒なことを押し付けたくない。それって自然な感情だと思う。だけどさ。ある時から、ソレって実は凄い傲慢なことかも、って思ったんだよ」
ズキズキと僕の心の奥底に切り込むような小岩の話に、何も言えなかった。
小岩はそんな僕に構うことなく、容赦なく言葉を浴びせてくる。
「別に、僕一人で気付いたわけじゃないんだ。妹に言われたんだよ。『兄さんのせいで、私が何もしないダメ人間みたいに思われる』って……」
小岩の話を聞いて、確信してしまった。
きっとどこの家庭も同じなのだろう。
いつの間にか、僕や小岩がどこか突き抜けていて、あたかも特別かのように錯覚してしまったのかもしれない。
ただ、それでも……。
当事者として、そんな言葉だけでは割り切れない想いがあるのは確かだ。
「ふふ。よしよし! やってしまったことはしょうがない! 大丈夫! この国の人たちは反省するポーズさえ見せれば優しくしてくれるから。キミはいくらでもやり直せるはずだよ! そうでなくともキミはまだ若いんだしね!」
「は、はい……」
「いや、あの、ホタカ先生。小岩は一応ちゃんと反省してるんじゃないんですかね……」
ホタカ先生は、僕の諌めなどものともせずに続ける。
「ちなみに確認なんだけどさ。コイワくんは、アサウラくんに言われて動いただけなんだよね?」
「は、はいっ。そうです……」
なるほど。
小岩自身は、麻浦先輩のバックにいる人間と面識があるわけではない、か。
「ふむふむ。そっか……。さて! そんなコイワくんに提案があります!」
「な、なんでしょうか?」
「まずはトーキくんへの罪滅ぼしとして、一つ協力してみる気はないかね?」
「は、はいっ。僕にできることなら……」
「よし! それじゃ決まり、ね!」
「あっ!? ちょっ!? どこ行くんすか!?」
小岩の答えに満足そうに返事をしたホタカ先生は、一人で相談室の外に出ていってしまった。
「……ったく、あの人は。なんか悪いな」
「い、いやいやっ! それは僕の方だよ! でも、なんか意外だな」
「え? 何が?」
「いやっ! 天ヶ瀬くん、結構あの先生のこと信頼してそうだったから」
「どこをどう見たらそう見えるんだよ……」
「だって、天ヶ瀬くん。いつもよりリラックスしてるように見えるよ? 教室だとずっと窮屈そうにしてるから……」
「あの状況でリラックス出来るかよ……」
「そ、それもそっか! はは」
全く笑えないのに、呑気な奴だ。
そう言う小岩の方こそ、今日はいつになく遠慮がない気がする。
普段は腫れ物に触るかのように、接してくるというのに。
小岩の言うことが正しいのかは分からないが、どの道ホタカ先生に人生のペースを狂わされたことに変わりはないのだろう。
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