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79 幸せになりましょう
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「野宿も物件も必要ありません。アズキは今まで通り王宮に住めばいいです」
「え? でも、聖女の契約は終わったよ? 一般人にお部屋を貸すのもどうなの?」
確かにあずきとしては勝手知ったる王宮に住めるのなら、かなり楽だし安心だ。
だが王宮は賃貸住宅ではないだろうし、ここに住んでしまうと街で働く場合に通勤が却って面倒な気がする。
「神もアズキのことを、過去にない程の豆の祝福を受けた聖女と言っていましたよ。何より、俺のそばから離れないでほしいのですが」
最後の一言に、メイナードとポリーが目を瞠り、顔を見合わせた。
「ついに、仰ったのですか」
「やっと、伝わったのですか」
叫ぶ二人に、クライヴは笑みを浮かべながらうなずく。
「じゃあ、また居候でいいの? ここからだと通勤が不利よね。どうしよう。豆栽培かあんこ屋で生計を立てられるかな」
あずきにできることというと、それくらいだ。
だが豆栽培ならばどこかで畑を借りなければいけないし、あんこだって小売り用の器を考えなければ。
そもそも豆やあんこの相場がわからないので、そのあたりの調査から始めなければいけない。
「……元豆の聖女ブランドってことにしたら、売れるかな」
ちょっとずるい気もするが、大目に見てほしい。
「だから、そういう心配はありません」
クライヴが呆れたようにあずきを諭すが、メイナードとポリーの視線が何だか冷ややかだ。
「本当に、言ったのですか」
「やはり、伝わっていないのですか」
二人の視線を受けて、クライヴは肩をすくめる。
「……アズキ。俺はあなたが好きだと言いましたよね? そばにいてほしいと」
「うん」
「意味をわかっていますか」
「意味って。……り、両想いってやつよね」
あらためて口にすると恥ずかしくなり、あずきの頬が熱くなる。
「言うには言ったようですね」
「結局、伝わりきっていませんね」
今度は三人同時にあずきを見て、ため息をついた。
「な、何よ。皆で」
明らかに非難の色が見えるが、あずきには心当たりがない。
「アズキは、仕事がしたいのですか?」
「したいというか。ただ飯食らいじゃあ、申し訳ないじゃない」
この調子では部屋代もいらないと言われそうだが、せめて最低限は自分で働いてお金を稼がないと落ち着かない。
「なら――神に捧げる豆を作ってください」
メイナードとポリーが息を飲むのがわかったが、一体何だろう。
「豆?」
「神の庭での豆作りなら今までもやっていますから、大丈夫でしょう」
「それはまあ、たぶん」
神の豆は手入れいらずだったので除外するにしても、他の豆もたくさん育てたので、何とかなるとは思う。
「神に捧げる豆は、王宮のあの庭でしか育ちません。天候の悪化で何を植えても育たず、暫く放置されていましたが。……本来、あの庭で豆を育てるのは王妃や王太子妃の仕事とされています。なので、『神に捧げる豆を作る』というのは、王や王太子の妃になるという意味でもあるのです」
あずきがここに来た時に神の庭に何も植えられていなかったのは、そういうことなのか。
そして、本来あの庭は王妃のものなのだ。
「そうなのね。……え? でも今、私が豆作りって」
首を傾げるあずきの前で、クライヴがひざまずくと、そのままそっと手を取られる。
「俺と共に、神に豆を捧げてほしい。――結婚してください、アズキ」
息が止まるというのは、本当に起こるものなのか。
あずきはクライヴの言葉に、目を瞠り、息が止まった。
「元の世界に帰れなくなるのは申し訳ないですが、あちらの家族のぶんも、亡きご両親と愛猫のぶんも、大事にしますから。俺のそばにいてください」
あずきの眉間にどんどんと皺が寄っていくのを見たクライヴが、心配そうに顔を覗き込んだ。
「アズキ?」
「……それって、もしかしてプロポーズ?」
「はい、そうです」
「プロポーズまで豆とか。本当に、どれだけ豆が好きなのよ、豆王国民」
「リスト王国です」
律儀に訂正をすると、クライヴはあずきの手を取ったまま立ち上がった。
「返事を、貰えますか?」
「〈開け豆〉、〈開け豆〉、〈開け豆〉、〈開け豆〉」
自由な手を出してひたすら豆を召喚し始めたあずきに、クライヴだけでなくメイナードとポリーも困惑の表情を浮かべる。
「ア、アズキ?」
豆の勢いを見たクライヴが手を放したので、両手で大量の豆を受け取る。
あっという間に手のひらいっぱいになった豆を見て、あずきは満足して息を吐いた。
「それで、どの豆?」
「はい?」
クライヴが首を傾げている間に、ポリーがどこからか持って来た小さな籠に豆を入れる。
「羊羹男に、豆に誓うって言っていたじゃない。どの豆に誓うの? この中にある? もっと出す?」
籠の中の色とりどりの豆を見せるが、クライヴは困ったように眉を下げた。
「いえ。あれはものの例えといいますか。心意気といいますか。別に特定の一粒の豆に誓うわけでは……」
「何だ、そうなの。やっぱり、よくわからないわね。豆王国」
「リスト王国です」
ポリーに籠を渡してため息をつくと、クライヴが苦笑している。
「形としては、今度指輪を贈ります。それで、返事は貰えますか?」
「え? この流れで言わないと駄目なの?」
誓う豆を自ら出している時点で、察してほしい。
「それに、観客がいるんだけど」
そう言ってメイナードとポリーの方を見ると、二人は満面の笑みを返して来た。
「どうぞ、お気になさらず!」
「気になるから、言ってるんだけど」
二人で完全に声が揃っているが、意外と仲良しなのだろうか。
何にしても、まったく動く気配もないあたり、どうかと思う。
「俺は、聞きたいです。アズキの声で聞かせてください」
クライヴに微笑まれ、あずきは考える。
ものは考えようだ。
大勢の前で豆に愛を語れと言われたわけではないのだから、まあいいだろう。
母の遺言は『幸せになってね』なのだから、これはまっとうな親孝行だ。
日本ではなくて豆と猫とイケメンの王国だけれど、それでもあずきが幸せになれる場所は、きっとここにある。
「うん。クライヴ、大好き」
「一緒に、幸せになりましょう。――あずき」
あずきが微笑むと、クライヴは豆青の瞳をこれ以上ないくらいに細め、あずきの額に唇を落とした。
「え? でも、聖女の契約は終わったよ? 一般人にお部屋を貸すのもどうなの?」
確かにあずきとしては勝手知ったる王宮に住めるのなら、かなり楽だし安心だ。
だが王宮は賃貸住宅ではないだろうし、ここに住んでしまうと街で働く場合に通勤が却って面倒な気がする。
「神もアズキのことを、過去にない程の豆の祝福を受けた聖女と言っていましたよ。何より、俺のそばから離れないでほしいのですが」
最後の一言に、メイナードとポリーが目を瞠り、顔を見合わせた。
「ついに、仰ったのですか」
「やっと、伝わったのですか」
叫ぶ二人に、クライヴは笑みを浮かべながらうなずく。
「じゃあ、また居候でいいの? ここからだと通勤が不利よね。どうしよう。豆栽培かあんこ屋で生計を立てられるかな」
あずきにできることというと、それくらいだ。
だが豆栽培ならばどこかで畑を借りなければいけないし、あんこだって小売り用の器を考えなければ。
そもそも豆やあんこの相場がわからないので、そのあたりの調査から始めなければいけない。
「……元豆の聖女ブランドってことにしたら、売れるかな」
ちょっとずるい気もするが、大目に見てほしい。
「だから、そういう心配はありません」
クライヴが呆れたようにあずきを諭すが、メイナードとポリーの視線が何だか冷ややかだ。
「本当に、言ったのですか」
「やはり、伝わっていないのですか」
二人の視線を受けて、クライヴは肩をすくめる。
「……アズキ。俺はあなたが好きだと言いましたよね? そばにいてほしいと」
「うん」
「意味をわかっていますか」
「意味って。……り、両想いってやつよね」
あらためて口にすると恥ずかしくなり、あずきの頬が熱くなる。
「言うには言ったようですね」
「結局、伝わりきっていませんね」
今度は三人同時にあずきを見て、ため息をついた。
「な、何よ。皆で」
明らかに非難の色が見えるが、あずきには心当たりがない。
「アズキは、仕事がしたいのですか?」
「したいというか。ただ飯食らいじゃあ、申し訳ないじゃない」
この調子では部屋代もいらないと言われそうだが、せめて最低限は自分で働いてお金を稼がないと落ち着かない。
「なら――神に捧げる豆を作ってください」
メイナードとポリーが息を飲むのがわかったが、一体何だろう。
「豆?」
「神の庭での豆作りなら今までもやっていますから、大丈夫でしょう」
「それはまあ、たぶん」
神の豆は手入れいらずだったので除外するにしても、他の豆もたくさん育てたので、何とかなるとは思う。
「神に捧げる豆は、王宮のあの庭でしか育ちません。天候の悪化で何を植えても育たず、暫く放置されていましたが。……本来、あの庭で豆を育てるのは王妃や王太子妃の仕事とされています。なので、『神に捧げる豆を作る』というのは、王や王太子の妃になるという意味でもあるのです」
あずきがここに来た時に神の庭に何も植えられていなかったのは、そういうことなのか。
そして、本来あの庭は王妃のものなのだ。
「そうなのね。……え? でも今、私が豆作りって」
首を傾げるあずきの前で、クライヴがひざまずくと、そのままそっと手を取られる。
「俺と共に、神に豆を捧げてほしい。――結婚してください、アズキ」
息が止まるというのは、本当に起こるものなのか。
あずきはクライヴの言葉に、目を瞠り、息が止まった。
「元の世界に帰れなくなるのは申し訳ないですが、あちらの家族のぶんも、亡きご両親と愛猫のぶんも、大事にしますから。俺のそばにいてください」
あずきの眉間にどんどんと皺が寄っていくのを見たクライヴが、心配そうに顔を覗き込んだ。
「アズキ?」
「……それって、もしかしてプロポーズ?」
「はい、そうです」
「プロポーズまで豆とか。本当に、どれだけ豆が好きなのよ、豆王国民」
「リスト王国です」
律儀に訂正をすると、クライヴはあずきの手を取ったまま立ち上がった。
「返事を、貰えますか?」
「〈開け豆〉、〈開け豆〉、〈開け豆〉、〈開け豆〉」
自由な手を出してひたすら豆を召喚し始めたあずきに、クライヴだけでなくメイナードとポリーも困惑の表情を浮かべる。
「ア、アズキ?」
豆の勢いを見たクライヴが手を放したので、両手で大量の豆を受け取る。
あっという間に手のひらいっぱいになった豆を見て、あずきは満足して息を吐いた。
「それで、どの豆?」
「はい?」
クライヴが首を傾げている間に、ポリーがどこからか持って来た小さな籠に豆を入れる。
「羊羹男に、豆に誓うって言っていたじゃない。どの豆に誓うの? この中にある? もっと出す?」
籠の中の色とりどりの豆を見せるが、クライヴは困ったように眉を下げた。
「いえ。あれはものの例えといいますか。心意気といいますか。別に特定の一粒の豆に誓うわけでは……」
「何だ、そうなの。やっぱり、よくわからないわね。豆王国」
「リスト王国です」
ポリーに籠を渡してため息をつくと、クライヴが苦笑している。
「形としては、今度指輪を贈ります。それで、返事は貰えますか?」
「え? この流れで言わないと駄目なの?」
誓う豆を自ら出している時点で、察してほしい。
「それに、観客がいるんだけど」
そう言ってメイナードとポリーの方を見ると、二人は満面の笑みを返して来た。
「どうぞ、お気になさらず!」
「気になるから、言ってるんだけど」
二人で完全に声が揃っているが、意外と仲良しなのだろうか。
何にしても、まったく動く気配もないあたり、どうかと思う。
「俺は、聞きたいです。アズキの声で聞かせてください」
クライヴに微笑まれ、あずきは考える。
ものは考えようだ。
大勢の前で豆に愛を語れと言われたわけではないのだから、まあいいだろう。
母の遺言は『幸せになってね』なのだから、これはまっとうな親孝行だ。
日本ではなくて豆と猫とイケメンの王国だけれど、それでもあずきが幸せになれる場所は、きっとここにある。
「うん。クライヴ、大好き」
「一緒に、幸せになりましょう。――あずき」
あずきが微笑むと、クライヴは豆青の瞳をこれ以上ないくらいに細め、あずきの額に唇を落とした。
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