上 下
49 / 79

49 ナディアの謝罪

しおりを挟む
 ある日、いつものように神の庭で猫を撫でつつ豆の手入れをしていると、表情を曇らせたポリーがやってきた。

「アズキ様。ピルキントン公爵令嬢が、アズキ様にお会いしたいと王宮に来ているそうです」
「ピルキントンって……ナディアさん?」
 舞踏会で睨まれた記憶がよみがえるが、あずきに会いたいというのは何だろう。

「はい。何でも先日の無礼を謝罪したいと言っているそうですが。……あの方は昔から殿下に好意を寄せていますから、果たしてどこまで本当かわかりません」
 好意はあずきの目から見ても明らかだったが、ポリーにまでこういわれるということは、かなり有名なのかもしれない。

「理由をつけて断りましょうか? アズキ様を煩わせる必要もありませんし」
「でも、わざわざ王宮まで来てくれたんでしょう? 話を聞くだけなら、いいよ」
「……かしこまりました」

 不満を隠そうともせずに礼をしたポリーが、神の庭から離れていく。
 暫くして、あずきは王宮内の一室に案内された。



 扉を開くと栗色の髪に辛子色の瞳の可愛らしい少女が、礼をして出迎えてくれる。
 本音はどうあれ、今日はあずきを聖女として扱うらしい。
 敬ってもらわなくてもいいが、喧嘩腰よりは何倍もいいので、あずきも静かに礼を返した。
 ポリーは室内に残ろうとしたが、二人で話したいとナディアが希望したので、紅茶を淹れると渋々といった様子で部屋を出て行った。

「改めまして、先日は失礼いたしました」
 頭を下げる少女は心底申し訳ないという表情で、見ているこちらが悪者のような気分になってしまう。
「いえ。別に気にしていないから」

「聖女様は、殿下にもそうして気安く話しかけていらっしゃいますね。はたから見ても、微笑ましいです」
「え? あ、ごめんなさい」

「いえ、そのままお話してくださって結構です。異なる世界からいらした聖女様ですから、この国の枠組みからは外れていても、何も問題ありません」
 嫌味を言われているような気がしないでもないが、ここから丁寧語で話すのも何だか面倒だ。
 なので、ナディアの提案をありがたく受けることにする。


「私も、混乱してしまって」
 そう言うと、ナディアはちらりとあずきを見て息を吐いた。

「私は、ピルキントン公爵家の娘です。殿下とは年齢も近く、兄共々小さい頃から親しくさせていただきました。婚約者候補のお話が出て、とても嬉しくて。長年の想いがようやく形になるのだと喜んでいました。……それなのに、パートナーに聖女様を選んだことにショックを受けて、あんな失礼を」

 婚約者候補ということは、やはり以前に公爵とクライヴが言っていたのはナディアのことだったのか。
 婚約者として名が挙がっていたのなら、舞踏会でのパートナーを外されてショックを受けるのは仕方がない。

「考えれば当然のことです。契約者として、王子として、お招きした聖女様をもてなすのは。それを、殿下の心変わりではないかと、邪推してしまいました。愚かなことです。私こそが、殿下を信じるべきですのに」
 ナディアはそう言うと紅茶を一口飲んで、にこりと微笑む。

「殿下も聖女様も、その役割を果たしているだけですもの。じきに元の世界に戻る聖女様を、ここにいる間大切にするのは、王子として当然の責務。私も、殿下の隣に立つ者として、聖女様をおもてなしするべきでした。……どうぞ、非礼をお許しください」

 深々と頭を下げられるが、あずきの方は少しばかり混乱していた。
 クライヴと公爵のやり取りからして、何となくナディアの片思いなのかと思っていたが、聞く限りはほぼ婚約者ではないか。


「隣に立つってことは、クライヴの妻になるってことよね?」
 念のために確認してみると、ナディアはさっと頬を赤らめた。
「まだ、正式な発表はされていませんので」
 そう言って頬を押さえる手には、指輪が光っている。
 左手の薬指にする指輪の意味が日本と豆王国で同じとは限らないが、気になってしまう。

「その指輪は」
「ああ。……聖女様の世界ではどうか存じませんが、こちらでは婚約中に指輪を贈るのです」
 愛し気に撫でるその指輪には、何だか見覚えがある。
 確か、以前にクライヴの執務室に行ったとき、床に落ちた指輪を拾った。
 あの指輪にも、ナディアがしているものと同じ、黄色の石がついていたはずだ。

「ナディアさんが婚約者ってことなのね」
「いえ。聖女様がいらっしゃる間は、その話はなかったことにされています。契約者としての責務を果たすのが優先ですから。でも、殿下は待っていてくださるので、私は大丈夫です」

 ……何だ、それは。
 あずきがいるから公にできない婚約者が、クライヴにいて。
 あずきをかまっているのは、あくまでも役目で。
 婚約者同然のナディアは、それを見せられているのか。
 ――一体、どんな嫌がらせだ。

「でも、それじゃナディアさんがつらいでしょう?」
「いいえ。殿下を信じております。殿下も本当は……いえ。余計なことを申しました。――とにかく、聖女様に謝罪をしたかったのです。失礼いたしました」

 ナディアはそう言うと、さっさと退室してしまう。
 事態を咀嚼しきれずじっとソファーに座っていると、ポリーが戻ってきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

純潔の寵姫と傀儡の騎士

四葉 翠花
恋愛
侯爵家の養女であるステファニアは、国王の寵愛を一身に受ける第一寵姫でありながら、未だ男を知らない乙女のままだった。 世継ぎの王子を授かれば正妃になれると、他の寵姫たちや養家の思惑が絡み合う中、不能の国王にかわってステファニアの寝台に送り込まれたのは、かつて想いを寄せた初恋の相手だった。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

サラシがちぎれた男装騎士の私、初恋の陛下に【女体化の呪い】だと勘違いされました。

ゆちば
恋愛
ビリビリッ! 「む……、胸がぁぁぁッ!!」 「陛下、声がでかいです!」 ◆ フェルナン陛下に密かに想いを寄せる私こと、護衛騎士アルヴァロ。 私は女嫌いの陛下のお傍にいるため、男のフリをしていた。 だがある日、黒魔術師の呪いを防いだ際にサラシがちぎれてしまう。 たわわなたわわの存在が顕になり、絶対絶命の私に陛下がかけた言葉は……。 「【女体化の呪い】だ!」 勘違いした陛下と、今度は男→女になったと偽る私の恋の行き着く先は――?! 勢い強めの3万字ラブコメです。 全18話、5/5の昼には完結します。 他のサイトでも公開しています。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました

平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。 騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。 そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。

処理中です...