神の豆を育てる聖女は王子に豆ごと溺愛される

西根羽南

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49 ナディアの謝罪

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 ある日、いつものように神の庭で猫を撫でつつ豆の手入れをしていると、表情を曇らせたポリーがやってきた。

「アズキ様。ピルキントン公爵令嬢が、アズキ様にお会いしたいと王宮に来ているそうです」
「ピルキントンって……ナディアさん?」
 舞踏会で睨まれた記憶がよみがえるが、あずきに会いたいというのは何だろう。

「はい。何でも先日の無礼を謝罪したいと言っているそうですが。……あの方は昔から殿下に好意を寄せていますから、果たしてどこまで本当かわかりません」
 好意はあずきの目から見ても明らかだったが、ポリーにまでこういわれるということは、かなり有名なのかもしれない。

「理由をつけて断りましょうか? アズキ様を煩わせる必要もありませんし」
「でも、わざわざ王宮まで来てくれたんでしょう? 話を聞くだけなら、いいよ」
「……かしこまりました」

 不満を隠そうともせずに礼をしたポリーが、神の庭から離れていく。
 暫くして、あずきは王宮内の一室に案内された。



 扉を開くと栗色の髪に辛子色の瞳の可愛らしい少女が、礼をして出迎えてくれる。
 本音はどうあれ、今日はあずきを聖女として扱うらしい。
 敬ってもらわなくてもいいが、喧嘩腰よりは何倍もいいので、あずきも静かに礼を返した。
 ポリーは室内に残ろうとしたが、二人で話したいとナディアが希望したので、紅茶を淹れると渋々といった様子で部屋を出て行った。

「改めまして、先日は失礼いたしました」
 頭を下げる少女は心底申し訳ないという表情で、見ているこちらが悪者のような気分になってしまう。
「いえ。別に気にしていないから」

「聖女様は、殿下にもそうして気安く話しかけていらっしゃいますね。はたから見ても、微笑ましいです」
「え? あ、ごめんなさい」

「いえ、そのままお話してくださって結構です。異なる世界からいらした聖女様ですから、この国の枠組みからは外れていても、何も問題ありません」
 嫌味を言われているような気がしないでもないが、ここから丁寧語で話すのも何だか面倒だ。
 なので、ナディアの提案をありがたく受けることにする。


「私も、混乱してしまって」
 そう言うと、ナディアはちらりとあずきを見て息を吐いた。

「私は、ピルキントン公爵家の娘です。殿下とは年齢も近く、兄共々小さい頃から親しくさせていただきました。婚約者候補のお話が出て、とても嬉しくて。長年の想いがようやく形になるのだと喜んでいました。……それなのに、パートナーに聖女様を選んだことにショックを受けて、あんな失礼を」

 婚約者候補ということは、やはり以前に公爵とクライヴが言っていたのはナディアのことだったのか。
 婚約者として名が挙がっていたのなら、舞踏会でのパートナーを外されてショックを受けるのは仕方がない。

「考えれば当然のことです。契約者として、王子として、お招きした聖女様をもてなすのは。それを、殿下の心変わりではないかと、邪推してしまいました。愚かなことです。私こそが、殿下を信じるべきですのに」
 ナディアはそう言うと紅茶を一口飲んで、にこりと微笑む。

「殿下も聖女様も、その役割を果たしているだけですもの。じきに元の世界に戻る聖女様を、ここにいる間大切にするのは、王子として当然の責務。私も、殿下の隣に立つ者として、聖女様をおもてなしするべきでした。……どうぞ、非礼をお許しください」

 深々と頭を下げられるが、あずきの方は少しばかり混乱していた。
 クライヴと公爵のやり取りからして、何となくナディアの片思いなのかと思っていたが、聞く限りはほぼ婚約者ではないか。


「隣に立つってことは、クライヴの妻になるってことよね?」
 念のために確認してみると、ナディアはさっと頬を赤らめた。
「まだ、正式な発表はされていませんので」
 そう言って頬を押さえる手には、指輪が光っている。
 左手の薬指にする指輪の意味が日本と豆王国で同じとは限らないが、気になってしまう。

「その指輪は」
「ああ。……聖女様の世界ではどうか存じませんが、こちらでは婚約中に指輪を贈るのです」
 愛し気に撫でるその指輪には、何だか見覚えがある。
 確か、以前にクライヴの執務室に行ったとき、床に落ちた指輪を拾った。
 あの指輪にも、ナディアがしているものと同じ、黄色の石がついていたはずだ。

「ナディアさんが婚約者ってことなのね」
「いえ。聖女様がいらっしゃる間は、その話はなかったことにされています。契約者としての責務を果たすのが優先ですから。でも、殿下は待っていてくださるので、私は大丈夫です」

 ……何だ、それは。
 あずきがいるから公にできない婚約者が、クライヴにいて。
 あずきをかまっているのは、あくまでも役目で。
 婚約者同然のナディアは、それを見せられているのか。
 ――一体、どんな嫌がらせだ。

「でも、それじゃナディアさんがつらいでしょう?」
「いいえ。殿下を信じております。殿下も本当は……いえ。余計なことを申しました。――とにかく、聖女様に謝罪をしたかったのです。失礼いたしました」

 ナディアはそう言うと、さっさと退室してしまう。
 事態を咀嚼しきれずじっとソファーに座っていると、ポリーが戻ってきた。
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