神の豆を育てる聖女は王子に豆ごと溺愛される

西根羽南

文字の大きさ
上 下
47 / 79

47 嫉妬の視線は、つらいです

しおりを挟む
「ピルキントン公爵ですよ」

 クライヴがそっと耳打ちしてくれる。
 ピルキントンということは、メイナードの父親か。
 そう言われてじっと見てみると、以前クライヴと口論していた貴族だと思い出した。

 あの時ピルキントン公爵はクライヴのパートナーが云々言っていたが、あれはもしかして今日の舞踏会のパートナーのことだったのだろうか。
 ちらりと公爵の横を見れば、少女はクライヴをじっと見つめている。
 クラスメイトが人気アイドルの画像を見ている時と同じで、瞳の中にハート模様が見えそうだ。
 詳細はわからないが、恐らくこの少女はクライヴに好意を持っているのだろう。

 すると、あずきの視線に気付いた少女が視線をこちらに向けた……というか、しっかり睨まれた。
 舞踏会のパートナーがこの少女だったのだとすれば、あずきは突然現れて横取りした女ということになる。
 それは睨みたくもなるだろう。

「はじめまして。アズキ・マメハラです」
「……はじめまして」
 公爵に続いて少女に挨拶する機会が訪れたので声をかけると、面白い程素っ気ない答えが返ってきた。

 これは間違いなく嫉妬されているし、嫌われているのだろう。
 御機嫌斜めな時の妹の円香まどかを思い出し、何だか懐かしくなった。
 だが、気にしないどころか笑みを浮かべるあずきとは違い、クライヴは麗しい眉間に皺を寄せた。

「ナディア嬢。豆の聖女に対して失礼ですよ」
 クライヴの冷たい物言いに、ナディアと呼ばれた少女はハッとした様子で、次いで唇をかみしめた。
「……ナディア・ピルキントンです。聖女様」
 言葉としては丁寧に返されたが、目が怖い。
 完全にクライヴの注意で嫉妬を煽る形になったが、当の豆王子は気付いていないらしい。

 生まれついての美少年は、自分の言動の威力を理解できていないようで、困る。
 少し文句を言ってやろうと隣のクライヴを見上げると、何故か笑顔を返された。
 あまりの美少年オーラに慌てて顔を背けるが、ナディアの視線が更に痛いことになっている気がする。


「聖女様は、踊らないのですか?」
 険しい視線のまま笑顔で話しかけるという器用な技を見せるナディアは、そう言うと可愛らしく首を傾げた。

「ええと。私は踊れないので」
 正直に答えると、ナディアは水を得た魚のように生き生きとした笑顔を見せた。
「まあ。尊き豆の聖女様ともあろうお方が、踊れないのですか?」

「いや、別に尊くも何ともないけどね。そもそも一般庶民だから、私は」
「そうなんですね。それならば、仕方ありませんわ」
 嬉しそうにそう言うと、ナディアはクライヴに熱い視線を送る。

「では、殿下。聖女様は踊れないと仰いますし、よろしければ私と……」
「――なら俺が教えますよ、アズキ。さあ、手を」
「え? だから、踊れないってば」
 クライヴの空気を読まない提案に慌てて首を振るが、まったく伝わらない。

「ちゃんと教えますから、安心してください」
 別にクライヴの技量に疑問をもっているわけではなく、ナディアの視線が痛いだけなのだが。
 しかし、ここは公衆の面前だ。
 王子がダンスに誘っているという形なのだから、豆の聖女が断るのは失礼に当たるかもしれない。
 ポリーにも仲良くしろと言われたし、ここはクライヴの提案に乗るべきか。
 恐る恐る手を重ねると、ミントグリーンの瞳が嬉しそうに細められた。

「でも、本当に踊れないよ。足を踏むだろうし、転ぶかも」
「大丈夫です。俺が支えます」
「えー。いいよ、転がしておいてよ」
「駄目です。支えます」
 ナディアの鬼の形相に見送られながら、ホールの中央に進んでいく。
 麗しい王子の登場に、踊っていた人達までもがこちらに視線を送ってきた。


「何で中央に行くわけ? 端っこでいいよ」
「駄目です」
「こんなど真ん中で転んだら、恥ずかしいじゃない」
「大丈夫ですよ。俺が支えると言ったでしょう?」
 どうしても中央で踊りたいらしいが、付き合わされるあずきは、たまったものではない。

「本当かなあ。重いよ? 今日はドレスを着ているぶん、さらに重いし」
「豆袋に比べたら、なんてことありません」
 また出た、豆袋。
 クライヴがよく例えに出すが、そんなに豆王国ではポピュラーな存在なのだろうか。

「だから、その比較対象がわからないんだってば。褒めているのか貶しているのか、わからないの」
 すると、クライヴは手を引きながら困ったように眉を下げた。
「アズキを貶すわけがないでしょう」
 そう言うと、クライヴの手があずきの腰に伸び、手を組んで体を密着させた。

「わ。近い、近いよ」
 吐息も聞こえそうなほどの至近距離に、あずきは慌てて訴える。
「そう言われても、これが普通なんですよ。周りを見てください」

 促されて周囲に視線を移してみると、確かに踊っている男女は皆同様に体を寄せていた。
 それどころか、踊っている間はじっくりと見つめあっているような人達までいる。
 足を出すと破廉恥扱いするくせに、密着はいいのか。
 つくづく、豆王国の基準がわからない。

「確かにそうみたいだけど。……それよりも、めちゃくちゃ見られていない?」
「豆の聖女がこんなに可愛らしい女性だと知って、驚いているのでしょう」
「それはないわよ。どちらかといえば、クライヴが王子様で格好良いからでしょう?」
 自分で言うのもなんだが、あずきは特別不細工ではないと思う。
 ただ、絶世の美少年と言っていいクライヴが褒めるような存在ではない。

「そう、ですか」
 ようやくわかってくれたのかと見上げてみると、なぜかクライヴの頬がほんのりと赤い。
「暑いの? やっぱり踊らないで離れていたほうがいいんじゃない?」
「い、いえ。大丈夫です。――さあ、まずは簡単なステップからいきますよ」

 クライヴの手に力が入り、ゆらゆらと体を揺らし始める。
 見よう見真似で動くと、クライヴが楽しそうに微笑んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔術師の妻は夫に会えない

山河 枝
ファンタジー
 稀代の天才魔術師ウィルブローズに見初められ、求婚された孤児のニニ。こんな機会はもうないと、二つ返事で承諾した。  式を済ませ、住み慣れた孤児院から彼の屋敷へと移ったものの、夫はまったく姿を見せない。  大切にされていることを感じながらも、会えないことを訝しむニニは、一風変わった使用人たちから夫の行方を聞き出そうとする。 ★シリアス:コミカル=2:8

婚約破棄された竜好き令嬢は黒竜様に溺愛される。残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ

水無瀬
ファンタジー
竜が好きで、三度のご飯より竜研究に没頭していた侯爵令嬢の私は、婚約者の王太子から婚約破棄を突きつけられる。 それだけでなく、この国をずっと守護してきた黒竜様を捨てると言うの。 黒竜様のことをずっと研究してきた私も、見せしめとして処刑されてしまうらしいです。 叶うなら、死ぬ前に一度でいいから黒竜様に会ってみたかったな。 ですが、私は知らなかった。 黒竜様はずっと私のそばで、私を見守ってくれていたのだ。 残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ?

【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。 十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。 そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり────── ※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。 ※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

燃えよドワーフ!(エンター・ザ・ドワーフ)

チャンスに賭けろ
ファンタジー
そのドワーフは熱く燃えていた。そして怒っていた。 魔王軍の侵攻で危機的状況にあるヴァルシパル王国は、 魔術で召喚した4人の異世界勇者にこの世界の危機を救ってもらおうとしていた。 ひたすら亜人が冷遇される環境下、ついに1人のドワーフが起った。 ドワーフである自分が斧を振るい、この世界の危機を救う! これはある、怒りに燃えるドワーフの物語である。

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

処理中です...