神の豆を育てる聖女は王子に豆ごと溺愛される

西根羽南

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46 線引きが大切です

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「ああ、とても綺麗です。素敵ですよ、アズキ」
「……ありがとう」
 ……やはり豆王子は豆王子だった。
 豆ビーズ撤去の夢はもろくも崩れたが、まあ確かにキラキラして綺麗なのでこのままでもいい気がしてきた。

 それにしても、クライヴの放つキラキラも凄まじい。
 かなりの美少年だとは思っていたが、格好良い上に高貴な雰囲気が滲み出て、本当に凄い。
 これが、住む世界が違うというやつか、と素直に感心してしまう。

「あの、何か変でしたか?」
 あずきの視線が気になったらしいクライヴが、見当違いな質問をしてきた。
「全然。格好良いなと思って見ていただけ。王子様みたいね」
「――え」
 目を瞠ったクライヴがその場で固まり、背後の侍女達が謎の歓声を上げた。


「あ、ごめん。王子様だった」
 王子様のようも何も、本物の王子様だ。
 溢れる気品も納得である。

「い、いいえ。いいんです。アズキから見て、俺は……格好良い、ですか?」
「うん? そうね。間違いないわ」
 どこからどう見ても、絶世の美少年な王子様だ。

「そうですか。アズキにそう言ってもらえると、嬉しいです」
 クライヴはそう言って、口元を綻ばせる。
 侍女達が更なる歓声を上げているが、日頃クライヴを見慣れているはずの侍女の心すら揺さぶるとは。
 豆王子の微笑み、侮りがたしである。

「クライヴなら、たくさん褒められてそうだけど」
「アズキだから、嬉しいんです」
「そ、そう」
 麗しい笑みに負けてちらりとポリーの方を見ると、ニコニコ……いや、ニヤニヤしてこちらを見ている。

 恐らくポリーは、このクライヴの言葉は好意だと言いたいのだろう。
 だが、あずきは豆の聖女で、クライヴはその契約者でこの国の王子だ。
 ドレスを褒めたりするのは、社交辞令の範囲だろう。
 何せあずきの機嫌は天候に影響を与えると言われているのだから、その程度のことをしても不思議ではない。

「さあ、行きましょうか」
 差し伸べられたクライヴの手を取ると、そっと握りしめられる。
 優しい笑みと共に引き寄せられれば、少しドキドキしてしまう。

 きっと、ポリーが何度も好意だ好意だと言ったせいだろう。
 クライヴがあまりにも麗しいから、それも良くない。
 少し、落ち着こう。

 クライヴは格好良いし、優しいし、褒められれば悪い気はしない。
 だが勘違いをするのはクライヴに失礼だし、馬鹿を見るのはあずきだ。
 いずれこの国を去るのだし、そのあたりの線引きはしっかりしておかなければ。
 あずきは深呼吸すると、クライヴと共に部屋を後にした。



 王宮の中を進んで到着したそこは、映画の世界に入り込んだような華やかな場所だった。
 床は大理石と思しきものが複雑な幾何学模様を描いて配置してあり、高い天井には煌びやかなシャンデリアが輝いている。
 広い空間には着飾った男女が沢山いて、ホールの中央ではダンスを踊っているのも見えた。

「うわ。まさに舞踏会」
 思わず呟くと、クライヴが苦笑するのがわかった。
「ここからは、リスト王国の王子として豆の聖女をエスコートします。……手を」

 促されるままに、クライヴの左手に自身の右手を重ねる。
 ただ手を繋いでいた先程までとは違い、腕を組むような形で近付くことになり、少し緊張してしまう。
 クライヴの登場に気付いた人々の視線が一気に注がれるが、まったく動じる様子もない。
 さすがは王子、堂に入ったものである。

 あずきの方はというと、あまりにも現実離れした舞踏会に、いまいち実感が湧かない。
 おかげで、そこまで緊張せずに歩くことができる。
 そうして歩いた先には国王と王妃の二人が待っていた。


「久しぶりだな、豆の聖女。天候が落ち着きはじめ、豆の収穫も戻りつつあるという。これも聖女のおかげだ。感謝するよ」
 豪華な装飾の椅子に座る国王と王妃は今日も麗しく、場の雰囲気もあって圧倒されてしまう。
 日本の一般庶民には、絵に描いたような王様と接する機会などないのだから、当然とも言える。

「いえ。豆に水をあげているくらいなので、大したことはしていません」
 実際、アズキがしていることはただの農家……いや、家庭菜園程度のことだ。
 それを褒められても、何の実感もなかった。

「豆を召喚するばかりか、神の言葉を用いた豆魔法を、しかも複数使えると聞いている。これは、過去の記録の中でもずば抜けた魔力だ。神の豆の生育も順調だと聞いている。この調子で頑張ってほしい」
「は、はい」
 国王は機嫌がいいらしく、返事をするあずきを見て、笑顔でうなずく。

「神の豆が実り、それを契約者のクライヴが食べれば、天候はより安定するし聖女も元の世界に帰れる。このぶんでは、そう遠い未来ではなさそうだ。めでたいことだな」
「……そうですね、陛下」

 クライヴが相槌を打つが、表情は曇っている。
 もしかして、緊張しているのだろうか。
 心配になって見つめていると、それに気付いたクライヴが笑みを返した。


 それからあずきとクライヴは国王夫妻の横に立ち、たくさんの貴族達の挨拶を受けた。
 クライヴが横で爵位や名前を教えてくれるが、興味がない上に数が多くてとても頭に入らない。

 何よりもコルセットで絞めつけられた状態が、つらい。
 靴もヒールが高めなので、これまたつらい。
 ついでにお腹が空いて、つらい。

 どうにか笑顔を浮かべてやり過ごしていると、どこかで見たような男性が現れた。
 傍らには可愛らしい少女を連れているが、娘だろうか。
 栗色の髪と辛子色の瞳が美しく、水色のドレスがよく似合っていた。
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