39 / 79
39 豆猫の像と愛猫ササゲ
しおりを挟む
壺に豆を詰める妄想をしているうちに、いつの間にかクライヴが豆の串焼きを買ってきてくれていた。
手渡されたそれは、確かに木串に小さな豆が沢山刺さっている。
ほんのりと焦げ目があり、漂う匂いは甘く香ばしい。
「いい匂いね。これ、何の豆なの?」
「ひよこ豆ですよ」
指先に満たないほどの小さな豆がびっしりと串に刺さっているのは、なかなかの絵面だ。
ひとつひとつ手で刺しているのだとしたら、下ごしらえにかかる手間がとんでもない。
「何か、見たことある気がするのよね。この豆。ひよこ豆。ひよこ……チック、か」
だが、日本語の名前がそのまま英語の名前になるとは限らない。
あずきは串に刺さった豆をじっと見つめる。
「うーん。やっぱり見たことあるなあ。……カレー屋、とかで」
ということは、具材だろうか。
確かに豆のカレーは一般的ではあるが、何の豆なのかまではさすがに知らない。
とりあえずは食べてみようと、豆を口にしてみる。
いざ口の中に入った小さな豆は、ホクホクとしてまるで栗のようだ。
ほのかな塩味が、豆自体の甘みを引き出していた。
「あ、美味しいわ、これ」
「それは良かったです」
夢中で豆を食べるあずきを見て、クライヴは嬉しそうに微笑み、自身も豆を口にする。
あっという間に食べ終わってしまったが、この豆串なら何本もいけそうだ。
日本に帰って屋台で身を立てなければいけなくなったら、一考の価値ありである。
祭りの屋台市場に、新風を吹き込むかもしれない。
「さあ、次は噴水を見に行きましょう」
余計な将来設計を考えている間に、手を引かれて街の中を進んでいく。
すると、人込みを抜けたところに、大きな滝のようなものが見えた。
噴水というと下から水を吹き上げるイメージだったが、これは上から流れ落ちる水を楽しむタイプらしい。
岩肌に流れる水は白糸のようで、とても美しく目を引く。
その合間合間に猫の像が置かれているのだが、その数が半端ではない。
数匹の猫が水の流れを見ているというよりは、猫の合間を水が流れると言った方がいいくらいだ。
しかも、その猫がすべて豆と一緒に佇んでいる。
ある猫は豆に乗り、ある猫は豆を足でつつき、ある猫は豆と楽しそうに踊っている。
「……何なの、これ。さすが豆王国」
「リスト王国です」
すかさず訂正されるが、正直目の前の猫の像が気になって、どうでもいい。
「猫の像は可愛いけど。何でいちいち豆絡みなの」
多才な豆のシチュエーションに呆れを通り越して、感嘆の声を上げてしまいそうだ。
その時、ふと一匹の猫の像に視線を奪われ、目を瞠った。
「……ササゲ?」
愛猫のササゲにそっくりな猫の像があった。
猫の像はすべて石像なので、他の猫と色の違いはない。
だが、長いしっぽの先端が少しだけ曲がっているところや目つきや佇まいが、ササゲにそっくりだった。
これだけたくさんの猫の像があるのに、その一体だけがあずきの目に鮮やかに飛び込んでくる。
何も言えずに呆然と石像を見つめるあずきに気付いたクライヴが、心配そうに顔を覗き込んだ。
「どうしました?」
「あの、一番上の猫が。私が飼っていた猫にそっくりなの」
「ササゲ、でしたか」
クライヴが名前を覚えてくれていたことが、何だか無性に嬉しかった。
「うん。……変なの。石像だから色もわからないのに、似ているの」
まるでササゲをモデルにしたかのようなその姿に、あずきは目を離すことができない。
「あの猫だけ、豆と接していないでしょう?」
「え? ……本当だ」
これだけたくさんの猫が豆と楽し気に絡んでいるのに、あの猫だけは豆に触れていなかった。
「あの猫はだけは神の使いではなく、神の化身ではないかと言われています。豆の神殿にある神の猫の像を模したものだと」
「神殿に、猫の像があるの? 見てみたいな」
この像の元になったというのなら、その像もササゲに似ているのだろうか。
ぽつりと呟くと、クライヴが申し訳なさそうに眉を下げる。
「豆の神殿は遠いので、おいそれと出掛けるわけには……。俺も、公務がありますし」
「別に、ひとりで行くからいいよ?」
「駄目です」
すかさず返ってきた答えに、あずきは苦笑する。
「まあ、確かに道もわからないけど」
「そういうことではありません。……どうしてもというのなら、俺も一緒に行きます」
「いいよ。忙しいんでしょう? 今日もわがままを言って連れてきてもらったし。悪いよ」
「ですが」
忙しいはずなのに、あずきのために同行しようとしてくれる心はありがたい。
だが、長時間王子を拘束するような真似は、するべきではないだろう。
「じゃあ、またここに連れて来てくれる?」
ここなら王宮からも近いし、そこまで手間もかからないはず。
それにササゲに似たこの猫の像には、もう一度会いたいと思った。
「喜んで」
微笑むクライヴの手を取ると、あずきは王宮への帰路についた。
手渡されたそれは、確かに木串に小さな豆が沢山刺さっている。
ほんのりと焦げ目があり、漂う匂いは甘く香ばしい。
「いい匂いね。これ、何の豆なの?」
「ひよこ豆ですよ」
指先に満たないほどの小さな豆がびっしりと串に刺さっているのは、なかなかの絵面だ。
ひとつひとつ手で刺しているのだとしたら、下ごしらえにかかる手間がとんでもない。
「何か、見たことある気がするのよね。この豆。ひよこ豆。ひよこ……チック、か」
だが、日本語の名前がそのまま英語の名前になるとは限らない。
あずきは串に刺さった豆をじっと見つめる。
「うーん。やっぱり見たことあるなあ。……カレー屋、とかで」
ということは、具材だろうか。
確かに豆のカレーは一般的ではあるが、何の豆なのかまではさすがに知らない。
とりあえずは食べてみようと、豆を口にしてみる。
いざ口の中に入った小さな豆は、ホクホクとしてまるで栗のようだ。
ほのかな塩味が、豆自体の甘みを引き出していた。
「あ、美味しいわ、これ」
「それは良かったです」
夢中で豆を食べるあずきを見て、クライヴは嬉しそうに微笑み、自身も豆を口にする。
あっという間に食べ終わってしまったが、この豆串なら何本もいけそうだ。
日本に帰って屋台で身を立てなければいけなくなったら、一考の価値ありである。
祭りの屋台市場に、新風を吹き込むかもしれない。
「さあ、次は噴水を見に行きましょう」
余計な将来設計を考えている間に、手を引かれて街の中を進んでいく。
すると、人込みを抜けたところに、大きな滝のようなものが見えた。
噴水というと下から水を吹き上げるイメージだったが、これは上から流れ落ちる水を楽しむタイプらしい。
岩肌に流れる水は白糸のようで、とても美しく目を引く。
その合間合間に猫の像が置かれているのだが、その数が半端ではない。
数匹の猫が水の流れを見ているというよりは、猫の合間を水が流れると言った方がいいくらいだ。
しかも、その猫がすべて豆と一緒に佇んでいる。
ある猫は豆に乗り、ある猫は豆を足でつつき、ある猫は豆と楽しそうに踊っている。
「……何なの、これ。さすが豆王国」
「リスト王国です」
すかさず訂正されるが、正直目の前の猫の像が気になって、どうでもいい。
「猫の像は可愛いけど。何でいちいち豆絡みなの」
多才な豆のシチュエーションに呆れを通り越して、感嘆の声を上げてしまいそうだ。
その時、ふと一匹の猫の像に視線を奪われ、目を瞠った。
「……ササゲ?」
愛猫のササゲにそっくりな猫の像があった。
猫の像はすべて石像なので、他の猫と色の違いはない。
だが、長いしっぽの先端が少しだけ曲がっているところや目つきや佇まいが、ササゲにそっくりだった。
これだけたくさんの猫の像があるのに、その一体だけがあずきの目に鮮やかに飛び込んでくる。
何も言えずに呆然と石像を見つめるあずきに気付いたクライヴが、心配そうに顔を覗き込んだ。
「どうしました?」
「あの、一番上の猫が。私が飼っていた猫にそっくりなの」
「ササゲ、でしたか」
クライヴが名前を覚えてくれていたことが、何だか無性に嬉しかった。
「うん。……変なの。石像だから色もわからないのに、似ているの」
まるでササゲをモデルにしたかのようなその姿に、あずきは目を離すことができない。
「あの猫だけ、豆と接していないでしょう?」
「え? ……本当だ」
これだけたくさんの猫が豆と楽し気に絡んでいるのに、あの猫だけは豆に触れていなかった。
「あの猫はだけは神の使いではなく、神の化身ではないかと言われています。豆の神殿にある神の猫の像を模したものだと」
「神殿に、猫の像があるの? 見てみたいな」
この像の元になったというのなら、その像もササゲに似ているのだろうか。
ぽつりと呟くと、クライヴが申し訳なさそうに眉を下げる。
「豆の神殿は遠いので、おいそれと出掛けるわけには……。俺も、公務がありますし」
「別に、ひとりで行くからいいよ?」
「駄目です」
すかさず返ってきた答えに、あずきは苦笑する。
「まあ、確かに道もわからないけど」
「そういうことではありません。……どうしてもというのなら、俺も一緒に行きます」
「いいよ。忙しいんでしょう? 今日もわがままを言って連れてきてもらったし。悪いよ」
「ですが」
忙しいはずなのに、あずきのために同行しようとしてくれる心はありがたい。
だが、長時間王子を拘束するような真似は、するべきではないだろう。
「じゃあ、またここに連れて来てくれる?」
ここなら王宮からも近いし、そこまで手間もかからないはず。
それにササゲに似たこの猫の像には、もう一度会いたいと思った。
「喜んで」
微笑むクライヴの手を取ると、あずきは王宮への帰路についた。
0
お気に入りに追加
40
あなたにおすすめの小説
宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。
クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。
婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。
そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。
そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯
王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。
シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
【完結】見た目がゴリラの美人令嬢は、女嫌い聖騎士団長と契約結婚できたので温かい家庭を築きます
三矢さくら
恋愛
【完結しました】鏡に映る、自分の目で見る姿は超絶美人のアリエラ・グリュンバウワーは侯爵令嬢。
だけど、他人の目にはなぜか「ゴリラ」に映るらしい。
原因は不明で、誰からも《本当の姿》は見てもらえない。外見に難がある子供として、優しい両親の配慮から領地に隔離されて育った。
煌びやかな王都や外の世界に憧れつつも、環境を受け入れていたアリエラ。
そんなアリエラに突然、縁談が舞い込む。
女嫌いで有名な聖騎士団長マルティン・ヴァイスに嫁を取らせたい国王が、アリエラの噂を聞き付けたのだ。
内密に対面したところ、マルティンはアリエラの《本当の姿》を見抜いて...。
《自分で見る自分と、他人の目に映る自分が違う侯爵令嬢が《本当の姿》を見てくれる聖騎士団長と巡り会い、やがて心を通わせあい、結ばれる、笑いあり涙ありバトルありのちょっと不思議な恋愛ファンタジー作品》
【物語構成】
*1・2話:プロローグ
*2~19話:契約結婚編
*20~25話:新婚旅行編
*26~37話:魔王討伐編
*最終話:エピローグ
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる