神の豆を育てる聖女は王子に豆ごと溺愛される

34 豆でイメージチェンジします

「エンドウ豆が、そろそろ収穫かしらね」

　いつものように神の庭の畑の手入れを終えたあずきは、畑の横に置かれたテーブルでお茶を飲んでいた。
　足元には数匹の猫が昼寝しており、それを見ているだけでも幸せな気持ちになり、紅茶が進む。
　紅茶は美味しいし好きだが、日本人としてはやはり緑茶が恋しい時もある。

　紅茶があるということは茶の木があるということだから、どうにかすれば緑茶を飲める気がするのだが。
　材料の葉っぱは一緒で、加工が違ったはずだ。

　発酵するとかしないとか、揉むとか揉まないとか聞いたことがあるが、詳しくはわからない。
　この世界に長居するのならば挑戦してみてもいいが、あずきは神の豆が実ったら帰るのだから、わざわざそこまでしなくてもいいだろう。


「そうですね。早めに収穫して、グリーンピースとして食べるのも美味しいですね」
　ポリーの呟きに、あずきは思わず音を立ててカップをソーサーに置く。
「――今、何て言ったの？」

「え？　早めに収穫して、グリーンピースとして」
「グリーンピース！」
　今までの豆の名前は日本語だった。
　これは、日本語がそのまま使われているのか、翻訳されてそう聞こえているのか。

「エンドウ豆を早く収穫したものが、グリーンピースなのね？」
「は、はい」
　これはつまり、エンドウ豆の英語の名前だ。

「グリーンは色でしょ。ピース。このスは複数形なのかしら」
　そう言えば、父がプロテインが欲しいと言ったので調べた時に、ピープロテインという名前を見かけた気がする。

「つまり、エンドウ豆が、ピー。――よし！　こうなれば、お試しあるのみよ」
　とはいえ、神の庭で豆を出しまくって倒れてもいけない。
　あずきは少し怯えるポリーに一声かけると、早々に部屋に戻ることにした。


　部屋に到着すると、ポリーは再び紅茶の用意を始める。
　休憩というよりも、水分補給をさせたいという現実的な理由らしい。
　そんなポリーの横で、あずきはひたすら豆を召喚していた。

「〈開け豆オープン・ビーン〉、〈開け豆オープン・ビーン〉、〈開け豆オープン・ビーン〉」
　あずきの手のひらに、次々と豆が転がる。
　小豆、空豆、エンドウ豆。

「出た、出たわポリー！」
「はい。青エンドウ豆ですね」
　ちっとも感動してくれないポリーの一言に、あずきはピタリと動きを止める。

「青？　他にもあるの？」
「赤と白があります。ただ、名前通りの色ではなくて。青エンドウ豆が緑色、赤エンドウ豆は赤褐色、白エンドウ豆は黄色ですね」
　なるほど、三色あるわけか。
　随分とカラフルな豆である。


「色、ねえ。……色と言えば、黒髪って珍しいの？」
「そうですね。他国はともかく、リスト王国ではほとんど見かけません」
「じゃあ、このまま街に行ったら目立つわね」
　ポリーはティーポットを持つ手を止めると、アズキに視線を向ける。

「街に、ですか？」
「やっぱり、せっかくの異世界だし。行ってみたいじゃない」
「いけません。アズキ様に何かあったら大変です」
　国内にほとんど黒髪がいないとなれば、ポリーの心配ももっともだ。

「だから、髪を隠せば目立たないでしょう？　カツラとか」
「取れたらどうするのですか」
「それはまあ、そうだけど……」
　ちらりと手にしたエンドウ豆を見て、あずきは閃いた。

「三色、あるのよね。髪の毛の色、変えてくれないかな。〈エンドウ豆の三色ピー・スリーカラーズ〉」
　手のひらに乗ったエンドウ豆が光って消える。
　すると、視界の端に見えていた自分の髪が、見慣れた黒髪から輝く金髪に変化していた。


「凄い！　変わった！　ポリー、見て見て」
「……アズキ様は、色々とぶっ飛んでいますね。まさかそんな豆魔法があるとは」
「キラキラだ。どうかな？　おかしい？」
　突然の金髪に興奮状態のあずきは、髪をつまんでポリーに見せる。

「とてもお似合いですよ」
「そう？　あ、瞳の色は？」
　もしかすると、瞳の色も金色になっているかもしれない。
　だが、アズキの顔を覗き込んだポリーは、首を振る。

「そのままですね。綺麗な小豆色です」
「そうか。じゃあ、髪の色を変える魔法なんだね。結構便利かも。これなら、街に行っても目立たないからいいよね？」
　今にも街に向かって走り出しそうなあずきに、ポリーが少し慌てる。

「いえ。それはさすがに殿下にご相談なさった方が」
「そうか。そうね。じゃあ、行ってくる」
　ポリーに手を振って自室を飛び出すと、そのまま回廊を駆け抜ける。
　あっという間に執務室の前に到着すると、意気揚々と扉をノックした。



「はい」
　扉の向こうからメイナードの声が聞こえる。
　二人揃っているのなら、話が早い。
　せっかくなのでメイナードにも金髪を披露して、ついでに街へのお出かけ許可を貰おう。

「あずきです」
　ウキウキが止まらないあずきは、扉が開くや否や室内に駆け込んだ。
「クライヴ、見て見て！」

　金色に変わった髪をつまんで満面の笑みを浮かべると、扉を開けたメイナードとソファーに座っていたクライヴが目を瞠って固まる。
　床にいくつかの書類が散らばり、小さな金属のようなものが転がる音が響いた。

「……アズキ？」
「うん。何？」
　恐る恐るといった様子で話しかけてきたクライヴは、アズキの返答に更に数回瞬いた。

「ど、どうしたんですか、その髪。カツラですか？　染めたんですか？」
「違うよ。エンドウ豆で色を変えたの」
「豆？」
　日頃、豆を大切にしているクライヴの口から、こんなにぞんざいな『豆』という言葉を聞くことになろうとは。

「豆魔法ね」
「そ、そうですか」
　さすがに豆の聖女の豆魔法と言われれば、何か納得できるものがあるらしい。
　ようやく少し落ち着きを取り戻したらしいクライヴは、小さくため息をついた。


「……駄目、だった？　そんなに変？」
　別に褒めてほしいとは思っていないが、黒髪から金髪にかなりのイメージチェンジをしたのだ。
　もっと驚いて、笑ってくれるかと思ったのだが、あてが外れてしまった。

「いいえ、違います。とても似合っています。素敵です」
「何か、別人になったみたいで楽しい。金髪、クライヴとお揃いだね」
　高揚する気持ちのままに笑みを浮かべると、何故かクライヴは口元を手を押さえて俯いてしまった。