神の豆を育てる聖女は王子に豆ごと溺愛される

西根羽南

文字の大きさ
上 下
32 / 79

32 猫だった王子様

しおりを挟む
「アズキ? 大丈夫ですか?」
「うん、平気。……このさや、駄目だわ。人を骨抜きにする」
 すっかり重くなった体をどうにか起こすと、莢を掴んで立ち上がる。
 ふわふわ骨抜き攻撃の余波で少しふらついたところを、クライヴに肩を抱えるようにして支えられた。

「何だか疲れたし眠いから、お部屋に戻るわ。付き合ってくれてありがとう、クライヴ」
 よろよろと歩き出したあずきの手が引かれたと思うと、あっという間に体が宙に浮く。
「いえ。部屋まで送りますよ」
 抱き上げられたのだと気付く頃には、クライヴは特別書庫の扉をくぐっていた。


「え? 何で? 歩けるわよ」
「疲れたのでしょう? 先程も意識が薄らいでいました。無理はいけません」
 あずきを抱いたまま器用に扉の鍵を閉めると、書庫の中を歩き出す。

「あれは、人を骨抜きにする莢のせいだから。もう平気。お願い、おろして?」
 ミントグリーンの瞳を見つめて訴えると、ため息と共にようやくおろしてもらえた。
「……せめて、手を」
 そう言ってあずきの手を握ると、再び歩き出した。
 手を握って歩くというのも、これはこれで恥ずかしいが、抱っこよりは数倍マシだ。

「……そうか。いちいち私を抱っこして運んだのも、豆成分の補給のためだったのね」
 他の人を呼べばいいのに何故王子自ら、しかも抱っこするのか謎だったが、そういうことだったのだ。
 思い返せば、メイナードも我慢できなくなるなら云々言っていた気がする。
 あれは、豆成分の不足で歌い出す危険のことを言っていたわけか。

「でも手を握っても豆成分は補給できるんでしょう? わざわざ重い思いをしなくても良かったのに」
「ふらつくアズキを歩かせるわけにはいきません。それに、重くなんて……」
「うんうん、ありがとう。それにしても、クライヴは本当に『豆の聖女』が大切なのね。今まで、何人くらいの聖女がいたのかしら」

 先代ですらかなり前と聞いたから、頻回に召喚されるわけではなさそうだ。
 しかし壁画や文献があるくらいなので、何人かは存在していたのだろう。
 神の言葉から察するに日本人の可能性が高いが、確証はない。

 いつの時代の人で、いつ呼ばれていつ帰ったのか――元の世界に帰れたのかどうか自体、よくわからないのだ。
 ……やはり一度、神殿で記録を見せてもらった方がいいかもしれない。


「俺は、聖女だからというわけではなくて……」
「え?」
 クライヴの声にはっとして顔を上げる。
 どうやら考え事に夢中になっていたようだ。

「……いいえ、何でもありません。先代の豆の聖女は、二百年ほど前に現れたと言われています」
「じゃあ、神の庭のあの木は樹齢二百年?」
「いいえ。代々の聖女が育てた神の豆の木です。もっと古いものでしょう」

「そうなのね。皆、日本から来ているのかな?」
 二百年前というと、江戸時代だ。
 ちょんまげ侍の時代から豆の王国に来た人は、かなりの苦労をしただろう。

「ニホン?」
「私のいた国の名前」
「詳しくはわかりませんが、豆の聖女は契約者が選び、神の祝福を受ける存在です。俺をアズキの国に連れて行ったのは神ですから……神次第でしょうね」

 手を繋いだまま回廊を歩いているが、使用人に会わないのはありがたい。
 豆成分補給のためとはいえ、王子と手を繋いで歩いているところを見られるというのは、何だか気恥ずかしい。


「ん? クライヴは日本に来たの?」
「少しだけですが。アズキがこちらに来た日、階段で猫に会っているでしょう?」
「……そう言われれば、帰宅途中の階段で猫を撫でた気もするけど」
 両親の墓参りに行く予定があったので、ほんの少しの時間だが、確かに猫を撫でた覚えはある。

「あの猫は、俺です」
「ええ? クライヴって豆王子じゃなくて、猫だったの?」
 そう言えば、真っ白な空間に現れた時は猫で、豆を食べて人間の姿になっていたが。
 混乱するあずきを見たクライヴは、笑みを浮かべながら首を振った。

「いいえ、人間ですよ。以前にサイラスが説明したでしょう? 『猫と豆は、共に神の使い。この世界の者が異世界に渡ると猫の姿になり、逆にこの世界の猫は異世界の渡り人だと言われている』」

 そう言えばそんな話を聞いたような気がする。
 確か、神も休憩する時には猫の姿になるとか何とか。
 つくづく、この国は豆と猫が好きなのだと呆れてしまう。

「俺は聖女を探すために異世界に渡る時点で、猫の姿になっています。聖女を見つけて契約をし、契約の豆を食べなければ、元の姿には戻れない。そう神に告げられました」
「酷いリスクね。それでも、来たの?」
 この国の王子であるクライヴが、猫の姿のまま戻れないなんて危険極まりないと思うのだが。
 何故国王はそれを承諾したのだろう。

「本当に、豆の危機だったのです」
「だから、豆以外も植えようよ、豆王国民。……あ、でも豆がないと豆断ちの症状がでるのか」
「リスト王国です。豆は神の使いでもある神聖な食べ物です。豆断ちの症状は恐ろしいですが、それ以前に豆の育たぬ大地に未来はありません」
「……豆の評価、高すぎない?」

 豆が不足すると羊羹男ヨウカンマンの歌を歌い、踊り狂い、あんこを食べまくるらしいから、必要なのはわかる。
 だが、それを抜きにしても、この国は豆への愛が深すぎる気がする。


「ところで聖女を探すって、猫の姿でウロウロしていたの?」
「それが、異世界にたどり着いた時点で魔力の変化に体が追い付かず、フラフラになってしまい。動けずにじっとしていました。そこにアズキが来たんです」

 ということは、ずっと階段のそばにいたわけか。
 ほぼあずきの家の目の前だが、羊羹男ヨウカンマンはわかっていてそこにクライヴを連れて行ったのだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

両親や妹に我慢を強いられ、心が疲弊しきっていましたが、前世で結ばれることが叶わなかった運命の人にやっと巡り会えたので幸せです

珠宮さくら
恋愛
ジスカールという国で、雑草の中の雑草と呼ばれる花が咲いていた。その国でしか咲くことがない花として有名だが、他国の者たちはその花を世界で一番美しい花と呼んでいた。それすらジスカールの多くの者は馬鹿にし続けていた。 その花にまつわる話がまことしやかに囁かれるようになったが、その真実を知っている者は殆どいなかった。 そんな花に囲まれながら、家族に冷遇されて育った女の子がいた。彼女の名前はリュシエンヌ・エヴル。伯爵家に生まれながらも、妹のわがままに振り回され、そんな妹ばかりを甘やかす両親。更には、婚約者や周りに誤解され、勘違いされ、味方になってくれる人が側にいなくなってしまったことで、散々な目にあい続けて心が壊れてしまう。 その頃には、花のことも、自分の好きな色も、何もかも思い出せなくなってしまっていたが、それに気づいた時には、リュシエンヌは養子先にいた。 そこからリュシエンヌの運命が大きく回り出すことになるとは、本人は思ってもみなかった。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】 エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...