神の豆を育てる聖女は王子に豆ごと溺愛される

西根羽南

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31 豆を欲する衝動

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 美少年に真剣な表情で触れたいと告げられているが、理由は豆成分の補給。
 こんなにドキドキしそうでしないシチュエーションがあるだろうか。
 受け入れるべきなのか怒るべきなのかよくわからなくなり、あずきは何度も瞬きをする。

「なるほど。じゃあ、召喚した豆をクライヴに渡しておけば万事解決ってことね。――〈開け豆オープン・ビーン〉」
 あずきの手のひらに、ころりと小豆が一粒転がった。
 だが、これだけでは足りないだろう。

「〈開け豆オープン・ビーン〉、〈開け豆オープン・ビーン〉、〈開け豆オープン・ビーン〉」
 立て続けに神の言葉を唱えると豆が現れ、手には空豆と小豆が二粒ずつ乗っている。

「とりあえず、これで何日かはもつでしょう?」
 本当ならもっとたくさん出してあげたいのだが、ここで無理をすれば再び眩暈からのお姫様抱っこコースに突入しかねないので自重する。
 豆を差し出すと、クライヴは少し動揺を見せつつもそれを受け取る。

「……ありがとうございます。ですが、そんなに豆を出してはアズキが」
「このくらいなら平気。それに、またふらついたらクライヴに迷惑をかけちゃう。豆成分が補給できるという利点があるとはいえ、わざわざ私に触れなきゃいけないなんて大変だし」

 要は豆成分が不足しているのであって、あずきに触れる必要はない。
 普通の豆では難しいのなら、召喚した豆を渡す。
 実に簡単な話だ。


「言ってくれれば、豆を届けたのに。さっきはごめんね? クライヴには事情があったのに、変態とか言って」
「いいえ。俺の方こそ、気付いた時にあずきに協力をお願いすれば良かったんです」
「いいよ。私に手を繋いでほしいなんて、言いたくない気持ちもわかるし」

「――それは違います。このことを言わなかったのは、その……俺の都合もあったので」
「都合?」
 首を傾げるあずきに、クライヴは言いにくそうに俯いた。

「事情を知れば、アズキは豆を出すでしょう? 無理をさせたくはなかったんです。それに……この強い衝動がなければ、アズキに触れるきっかけもないでしょうから」
「……うん?」

 豆を出して無理をさせたくないというのはわかる。
 何度か豆を出し過ぎて眩暈を起こしているので、それを心配してくれたのだろう。
 だが、触れるきっかけというのがよくわからない。

「豆を欲する衝動なんて、ない方がいいんじゃないの?」
「それは――あまり時間もないので、そろそろ調べ物をしましょうか」
 クライヴはそう言うと、本棚の前で背表紙に視線を向ける。
 心なしか、顔が赤いように見えるのは気のせいだろうか。

 ……これはもしや、豆を欲する衝動が嫌いではない、ということか。
 不調になってしまえばつらいが、適度な豆の衝動は楽しい。
 だから、あずきに豆を大量に渡されてしまっては困るので、言えなかったのだと推察した。

「……豆王国の豆王子なんだから、豆の衝動なんてご褒美なのね。きっと」
 豆を愛し豆に愛される国の常識は、あずきには理解できないところにある。
 納得してうなずくと、気を取り直して本棚に向かった。


「さてと。この辺は見たのよね。ええと聖女、聖女……」
 背表紙を指でなぞっていると、何だか視線を感じる。
 横を向くと、クライヴがこちらを見て驚いたような顔をしていた。

「アズキは、これが読めるのですね」
「まあ、なんとかね。……あれ? クライヴは読めるんでしょう?」
 本はこの国の言葉で書いてあるのだろうから、当然クライヴは問題なく読めるはずだ。
 だが、それにしては探し方がぎこちないというか、遅いというか。

「特別書庫の本は、ほとんどが古い言葉で書かれています。俺も少しずつしか読めません」
「そうなんだ。じゃあ、普通の言葉で書かれた本なら、もうちょっとスラスラ読めるかな? とりあえず、神の言葉や豆の名前を探そうと思うの」

「手伝いますよ」
 微笑むクライヴはさすがの美少年ぶりで、笑顔ひとつで御利益を期待できそうだ。
 これは何だか縁起がいい。

「この間はね、空豆の名前が書かれたメモが挟まっていたの。また、どこかにないかな」
「そう言えば、あの大きな莢はどうやって出したのですか?」
「うん? ちょっと待ってね。〈開け豆オープン・ビーン〉、〈開け豆オープン・ビーン〉、〈開け豆オープン・ビーン〉」
 あずきの手のひらに三粒の豆が転がる。

「アズキ。またそんなに豆を出したら」
「大丈夫よ。空豆、出たわね。他の豆はあげる」
 苦言を呈するクライヴに残りの豆を渡すと、空豆を手のひらに乗せて掲げる。

「〈空豆のファヴァビーン揺り籠・クレイドル〉」
 空豆が光って消えると、今度は空豆の莢が現れる。
 だが、前回はベッドのような大きさだったのに対して、今度はあずきの手に乗る大きさだ。


「あれ? 何だか小さい。……いや、普通の空豆の莢よりは大きいけど。でもこの間はもっと、こう……〈開け豆オープン・ビーン〉」
 納得がいかず更なる空豆を求めて豆を召喚すると、隣で見ていたクライヴの眉が顰められた。

「アズキ、ですから」
「空豆が出たわ。それじゃ、大きいのお願い。――〈空豆のファヴァビーン揺り籠・クレイドル〉」
 空豆が光ると、今度は椅子になりそうなサイズの莢が現れた。

「出たわ! ……でも、まだ小さいわね。何がいけないのかしら」
 とりあえず撫でてみると、莢が開いて中の白いふわふわした綿のようなものが見える。

「これは、何というふわふわ」
 吸い寄せられるように莢に座ってみると、まるで体を包み込むような素晴らしいり心地だ。
「あ、これいいかも……」
 ごろりと上体を横たえると、何だか段々と瞼が重くなってくる。

「同じ豆と同じ神の言葉でも、効果は変わるんですね。アズキの魔力量が反映されるのか、それともイメージが――アズキ?」
 うとうとと瞼を閉じかけたあずきに気付いたクライヴが、莢の前にひざまずいた。
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