31 / 79
31 豆を欲する衝動
しおりを挟む
美少年に真剣な表情で触れたいと告げられているが、理由は豆成分の補給。
こんなにドキドキしそうでしないシチュエーションがあるだろうか。
受け入れるべきなのか怒るべきなのかよくわからなくなり、あずきは何度も瞬きをする。
「なるほど。じゃあ、召喚した豆をクライヴに渡しておけば万事解決ってことね。――〈開け豆〉」
あずきの手のひらに、ころりと小豆が一粒転がった。
だが、これだけでは足りないだろう。
「〈開け豆〉、〈開け豆〉、〈開け豆〉」
立て続けに神の言葉を唱えると豆が現れ、手には空豆と小豆が二粒ずつ乗っている。
「とりあえず、これで何日かはもつでしょう?」
本当ならもっとたくさん出してあげたいのだが、ここで無理をすれば再び眩暈からのお姫様抱っこコースに突入しかねないので自重する。
豆を差し出すと、クライヴは少し動揺を見せつつもそれを受け取る。
「……ありがとうございます。ですが、そんなに豆を出してはアズキが」
「このくらいなら平気。それに、またふらついたらクライヴに迷惑をかけちゃう。豆成分が補給できるという利点があるとはいえ、わざわざ私に触れなきゃいけないなんて大変だし」
要は豆成分が不足しているのであって、あずきに触れる必要はない。
普通の豆では難しいのなら、召喚した豆を渡す。
実に簡単な話だ。
「言ってくれれば、豆を届けたのに。さっきはごめんね? クライヴには事情があったのに、変態とか言って」
「いいえ。俺の方こそ、気付いた時にあずきに協力をお願いすれば良かったんです」
「いいよ。私に手を繋いでほしいなんて、言いたくない気持ちもわかるし」
「――それは違います。このことを言わなかったのは、その……俺の都合もあったので」
「都合?」
首を傾げるあずきに、クライヴは言いにくそうに俯いた。
「事情を知れば、アズキは豆を出すでしょう? 無理をさせたくはなかったんです。それに……この強い衝動がなければ、アズキに触れるきっかけもないでしょうから」
「……うん?」
豆を出して無理をさせたくないというのはわかる。
何度か豆を出し過ぎて眩暈を起こしているので、それを心配してくれたのだろう。
だが、触れるきっかけというのがよくわからない。
「豆を欲する衝動なんて、ない方がいいんじゃないの?」
「それは――あまり時間もないので、そろそろ調べ物をしましょうか」
クライヴはそう言うと、本棚の前で背表紙に視線を向ける。
心なしか、顔が赤いように見えるのは気のせいだろうか。
……これはもしや、豆を欲する衝動が嫌いではない、ということか。
不調になってしまえばつらいが、適度な豆の衝動は楽しい。
だから、あずきに豆を大量に渡されてしまっては困るので、言えなかったのだと推察した。
「……豆王国の豆王子なんだから、豆の衝動なんてご褒美なのね。きっと」
豆を愛し豆に愛される国の常識は、あずきには理解できないところにある。
納得してうなずくと、気を取り直して本棚に向かった。
「さてと。この辺は見たのよね。ええと聖女、聖女……」
背表紙を指でなぞっていると、何だか視線を感じる。
横を向くと、クライヴがこちらを見て驚いたような顔をしていた。
「アズキは、これが読めるのですね」
「まあ、なんとかね。……あれ? クライヴは読めるんでしょう?」
本はこの国の言葉で書いてあるのだろうから、当然クライヴは問題なく読めるはずだ。
だが、それにしては探し方がぎこちないというか、遅いというか。
「特別書庫の本は、ほとんどが古い言葉で書かれています。俺も少しずつしか読めません」
「そうなんだ。じゃあ、普通の言葉で書かれた本なら、もうちょっとスラスラ読めるかな? とりあえず、神の言葉や豆の名前を探そうと思うの」
「手伝いますよ」
微笑むクライヴはさすがの美少年ぶりで、笑顔ひとつで御利益を期待できそうだ。
これは何だか縁起がいい。
「この間はね、空豆の名前が書かれたメモが挟まっていたの。また、どこかにないかな」
「そう言えば、あの大きな莢はどうやって出したのですか?」
「うん? ちょっと待ってね。〈開け豆〉、〈開け豆〉、〈開け豆〉」
あずきの手のひらに三粒の豆が転がる。
「アズキ。またそんなに豆を出したら」
「大丈夫よ。空豆、出たわね。他の豆はあげる」
苦言を呈するクライヴに残りの豆を渡すと、空豆を手のひらに乗せて掲げる。
「〈空豆の揺り籠〉」
空豆が光って消えると、今度は空豆の莢が現れる。
だが、前回はベッドのような大きさだったのに対して、今度はあずきの手に乗る大きさだ。
「あれ? 何だか小さい。……いや、普通の空豆の莢よりは大きいけど。でもこの間はもっと、こう……〈開け豆〉」
納得がいかず更なる空豆を求めて豆を召喚すると、隣で見ていたクライヴの眉が顰められた。
「アズキ、ですから」
「空豆が出たわ。それじゃ、大きいのお願い。――〈空豆の揺り籠〉」
空豆が光ると、今度は椅子になりそうなサイズの莢が現れた。
「出たわ! ……でも、まだ小さいわね。何がいけないのかしら」
とりあえず撫でてみると、莢が開いて中の白いふわふわした綿のようなものが見える。
「これは、何というふわふわ」
吸い寄せられるように莢に座ってみると、まるで体を包み込むような素晴らしいり心地だ。
「あ、これいいかも……」
ごろりと上体を横たえると、何だか段々と瞼が重くなってくる。
「同じ豆と同じ神の言葉でも、効果は変わるんですね。アズキの魔力量が反映されるのか、それともイメージが――アズキ?」
うとうとと瞼を閉じかけたあずきに気付いたクライヴが、莢の前にひざまずいた。
こんなにドキドキしそうでしないシチュエーションがあるだろうか。
受け入れるべきなのか怒るべきなのかよくわからなくなり、あずきは何度も瞬きをする。
「なるほど。じゃあ、召喚した豆をクライヴに渡しておけば万事解決ってことね。――〈開け豆〉」
あずきの手のひらに、ころりと小豆が一粒転がった。
だが、これだけでは足りないだろう。
「〈開け豆〉、〈開け豆〉、〈開け豆〉」
立て続けに神の言葉を唱えると豆が現れ、手には空豆と小豆が二粒ずつ乗っている。
「とりあえず、これで何日かはもつでしょう?」
本当ならもっとたくさん出してあげたいのだが、ここで無理をすれば再び眩暈からのお姫様抱っこコースに突入しかねないので自重する。
豆を差し出すと、クライヴは少し動揺を見せつつもそれを受け取る。
「……ありがとうございます。ですが、そんなに豆を出してはアズキが」
「このくらいなら平気。それに、またふらついたらクライヴに迷惑をかけちゃう。豆成分が補給できるという利点があるとはいえ、わざわざ私に触れなきゃいけないなんて大変だし」
要は豆成分が不足しているのであって、あずきに触れる必要はない。
普通の豆では難しいのなら、召喚した豆を渡す。
実に簡単な話だ。
「言ってくれれば、豆を届けたのに。さっきはごめんね? クライヴには事情があったのに、変態とか言って」
「いいえ。俺の方こそ、気付いた時にあずきに協力をお願いすれば良かったんです」
「いいよ。私に手を繋いでほしいなんて、言いたくない気持ちもわかるし」
「――それは違います。このことを言わなかったのは、その……俺の都合もあったので」
「都合?」
首を傾げるあずきに、クライヴは言いにくそうに俯いた。
「事情を知れば、アズキは豆を出すでしょう? 無理をさせたくはなかったんです。それに……この強い衝動がなければ、アズキに触れるきっかけもないでしょうから」
「……うん?」
豆を出して無理をさせたくないというのはわかる。
何度か豆を出し過ぎて眩暈を起こしているので、それを心配してくれたのだろう。
だが、触れるきっかけというのがよくわからない。
「豆を欲する衝動なんて、ない方がいいんじゃないの?」
「それは――あまり時間もないので、そろそろ調べ物をしましょうか」
クライヴはそう言うと、本棚の前で背表紙に視線を向ける。
心なしか、顔が赤いように見えるのは気のせいだろうか。
……これはもしや、豆を欲する衝動が嫌いではない、ということか。
不調になってしまえばつらいが、適度な豆の衝動は楽しい。
だから、あずきに豆を大量に渡されてしまっては困るので、言えなかったのだと推察した。
「……豆王国の豆王子なんだから、豆の衝動なんてご褒美なのね。きっと」
豆を愛し豆に愛される国の常識は、あずきには理解できないところにある。
納得してうなずくと、気を取り直して本棚に向かった。
「さてと。この辺は見たのよね。ええと聖女、聖女……」
背表紙を指でなぞっていると、何だか視線を感じる。
横を向くと、クライヴがこちらを見て驚いたような顔をしていた。
「アズキは、これが読めるのですね」
「まあ、なんとかね。……あれ? クライヴは読めるんでしょう?」
本はこの国の言葉で書いてあるのだろうから、当然クライヴは問題なく読めるはずだ。
だが、それにしては探し方がぎこちないというか、遅いというか。
「特別書庫の本は、ほとんどが古い言葉で書かれています。俺も少しずつしか読めません」
「そうなんだ。じゃあ、普通の言葉で書かれた本なら、もうちょっとスラスラ読めるかな? とりあえず、神の言葉や豆の名前を探そうと思うの」
「手伝いますよ」
微笑むクライヴはさすがの美少年ぶりで、笑顔ひとつで御利益を期待できそうだ。
これは何だか縁起がいい。
「この間はね、空豆の名前が書かれたメモが挟まっていたの。また、どこかにないかな」
「そう言えば、あの大きな莢はどうやって出したのですか?」
「うん? ちょっと待ってね。〈開け豆〉、〈開け豆〉、〈開け豆〉」
あずきの手のひらに三粒の豆が転がる。
「アズキ。またそんなに豆を出したら」
「大丈夫よ。空豆、出たわね。他の豆はあげる」
苦言を呈するクライヴに残りの豆を渡すと、空豆を手のひらに乗せて掲げる。
「〈空豆の揺り籠〉」
空豆が光って消えると、今度は空豆の莢が現れる。
だが、前回はベッドのような大きさだったのに対して、今度はあずきの手に乗る大きさだ。
「あれ? 何だか小さい。……いや、普通の空豆の莢よりは大きいけど。でもこの間はもっと、こう……〈開け豆〉」
納得がいかず更なる空豆を求めて豆を召喚すると、隣で見ていたクライヴの眉が顰められた。
「アズキ、ですから」
「空豆が出たわ。それじゃ、大きいのお願い。――〈空豆の揺り籠〉」
空豆が光ると、今度は椅子になりそうなサイズの莢が現れた。
「出たわ! ……でも、まだ小さいわね。何がいけないのかしら」
とりあえず撫でてみると、莢が開いて中の白いふわふわした綿のようなものが見える。
「これは、何というふわふわ」
吸い寄せられるように莢に座ってみると、まるで体を包み込むような素晴らしいり心地だ。
「あ、これいいかも……」
ごろりと上体を横たえると、何だか段々と瞼が重くなってくる。
「同じ豆と同じ神の言葉でも、効果は変わるんですね。アズキの魔力量が反映されるのか、それともイメージが――アズキ?」
うとうとと瞼を閉じかけたあずきに気付いたクライヴが、莢の前にひざまずいた。
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる