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30 歌の次は、踊るそうです
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「クライヴ、その歌……」
「……俺が聞いたことがあるのは、ここまでです。さすがに王宮で暮らしていて、深刻な豆断ちをした人に会う機会はありません。なのでこの先は聞いた話ですが」
深刻な豆断ちって何だろうと思っている間にも、クライヴはいっそ色っぽいと言えるため息をつく。
「そのまま続きを歌い続けるのだそうです。それはそれは癖になる歌で、どうにも止まらなくなり、生活に支障をきたし始めます」
まさか愛と勇気と豆のヒーローのテーマソングにそんな危険性があったとは。
というか、もうそれはヒーローではない気がする。
いや、そもそもこの国では羊羹男は豆の神なのだったか。
「さらに悪化すると、今度は――踊ります」
クライヴの美声で、あずきは二発目の豆鉄砲をくらった。
「先程の歌を歌いながら、昼となく夜となく踊り狂うのだそうです」
「……一応、参考までに聞くけど。どんな踊り?」
「何でも、こんな風に片手を腰に当てて、もう片方は掲げるそうです。それから、手を叩いたり、足踏みをしたり」
ようやくあずきの手を放したクライヴが取ったポーズは、羊羹男の決めポーズだ。
絶世の美少年と言っていいクライヴが幼児番組のキャラクターのポーズをとる光景は、心の奥の謎の部分を刺激していたたまれない。
「ともかく、歌って踊って精魂尽き果てるそうです。そして、浴びるようにあんこを食べると聞きました」
クライヴは恐ろしいと言わんばかりに身震いしているが、あずきとしても違う意味で恐ろしい。
「……もうそれ、羊羹男の呪いじゃないの?」
「まさか。何故そう思うのですか?」
不思議そうに首を傾げられたが、それもそうか。
あずきにとってはその歌も踊りも、羊羹男のテーマソングと決めポーズ。
だが豆王国民にとっては、ただの謎の歌と踊りなのだ。
それを、主神と崇める羊羹男と結びつけるわけがなかった。
信仰しているものを貶されては気分が悪いだろうし、話題を変えた方がいいかもしれない。
「とにかく、豆を食べないと色々大変だというのはわかったわ。それで? クライヴがやたらと手を繋ぐのと、何の関係があるの?」
話がふりだしに戻ったところで、クライヴはずっと掲げていた手をゆっくりとおろした。
「俺は今まで豆を欠かしたことがありませんし、恐ろしい豆断ちの症状に見舞われたこともありません。ですが、異世界に行って契約者となったことで魔力が不安定になりました。おかげで、常ならぬ豆を欲する体に変化してしまったのです」
「……それ、たくさん豆を食べるようになったってだけじゃないの?」
俯く美少年と切ない声音に騙されそうになるが、要はそういうことだろう。
常の豆の量を知らないが、それを超える豆を欲して何がいけないのかがわからない。
「もしかして、お腹がはちきれるほどの豆を食べないといけないの?」
だとしたら、毎日豆で満腹でつらいはずだ。
だが、結局あずきと手を繋ぐ必要はない気がする。
「心配してくれるんですね。ありがとうございます。豆自体はそこまで食べていません。あまり意味がないからです」
「意味がない?」
豆を欲する体になったと言っていたのに、どういうことだろう。
「当初はただの豆不足なのだと思っていました。でも、いくら豆を食べても一向に満たされません。ついに歌が頭に浮かび始めて、もう駄目だと思いました」
日本ではお子様に夢と希望を与えているはずの羊羹男の歌が、この世界では恐怖の象徴とは。
それにしてもあの軽快なリズムと愉快な歌詞とメロディで、よくまあここまで悲壮感が出せるものだ。
「ですが、何故か体調が戻ったのです。そして、原因がわからないまま、不調と回復を繰り返すようになりました。そんな時、アズキに貰った豆をふと口にしてみたのです」
「ええ? あれ、乾燥豆でしょう?」
あずきが召喚する豆は、基本的には乾燥した状態だ。
それなのに何故か畑に蒔くと芽が出るが、そのあたりは豆の聖女の不思議パワーということなのだろう。
「豆を食べてすぐに、俺の体が欲しているのはこれだとすぐにわかりました。それと同時に、それまで体を取り巻いていた倦怠感のようなものが、すっと消えたのです」
「なるほど。豆の聖女の豆は濃い豆ってことなのかしら」
理屈は不明だが、豆が不足すると不調になるのだ。
豆の聖女が召喚した豆は、恐らく普通の豆よりは豆の何かが濃いのだろう。
だから、たらふく食べなくても豆成分が足りるのではないか。
……自分でも、何を言っているのかよくわからないが。
「そうですね。そして、それは豆の聖女であるアズキも同様……いえ、それ以上だと気付いたのです」
「え? 私は食べられてないけど?」
「――そ、それは当然です!」
慌ててクライヴが否定している通り、散々手を握られたりはしたが、かじられてはいない。
というか、かじれば体調が戻りますと言われても困る。
「じゃあ何? かじる以外で何か……だから、手を繋いでいたの?」
「かじるって……」
何やらため息をついたクライヴは、あずきの手をすくい取った。
「こうして直接アズキに触れた日には、不調にはなりません。豆の神の寵愛を受ける聖女は、豆の魔力の塊と言ってもいい存在。触れるだけで魔力が落ち着きました」
「だから、いちいち手を握っていたの?」
「無意識のうちに豆の魔力を欲するのでしょうね。気がつくとアズキに触れたくなります」
「……俺が聞いたことがあるのは、ここまでです。さすがに王宮で暮らしていて、深刻な豆断ちをした人に会う機会はありません。なのでこの先は聞いた話ですが」
深刻な豆断ちって何だろうと思っている間にも、クライヴはいっそ色っぽいと言えるため息をつく。
「そのまま続きを歌い続けるのだそうです。それはそれは癖になる歌で、どうにも止まらなくなり、生活に支障をきたし始めます」
まさか愛と勇気と豆のヒーローのテーマソングにそんな危険性があったとは。
というか、もうそれはヒーローではない気がする。
いや、そもそもこの国では羊羹男は豆の神なのだったか。
「さらに悪化すると、今度は――踊ります」
クライヴの美声で、あずきは二発目の豆鉄砲をくらった。
「先程の歌を歌いながら、昼となく夜となく踊り狂うのだそうです」
「……一応、参考までに聞くけど。どんな踊り?」
「何でも、こんな風に片手を腰に当てて、もう片方は掲げるそうです。それから、手を叩いたり、足踏みをしたり」
ようやくあずきの手を放したクライヴが取ったポーズは、羊羹男の決めポーズだ。
絶世の美少年と言っていいクライヴが幼児番組のキャラクターのポーズをとる光景は、心の奥の謎の部分を刺激していたたまれない。
「ともかく、歌って踊って精魂尽き果てるそうです。そして、浴びるようにあんこを食べると聞きました」
クライヴは恐ろしいと言わんばかりに身震いしているが、あずきとしても違う意味で恐ろしい。
「……もうそれ、羊羹男の呪いじゃないの?」
「まさか。何故そう思うのですか?」
不思議そうに首を傾げられたが、それもそうか。
あずきにとってはその歌も踊りも、羊羹男のテーマソングと決めポーズ。
だが豆王国民にとっては、ただの謎の歌と踊りなのだ。
それを、主神と崇める羊羹男と結びつけるわけがなかった。
信仰しているものを貶されては気分が悪いだろうし、話題を変えた方がいいかもしれない。
「とにかく、豆を食べないと色々大変だというのはわかったわ。それで? クライヴがやたらと手を繋ぐのと、何の関係があるの?」
話がふりだしに戻ったところで、クライヴはずっと掲げていた手をゆっくりとおろした。
「俺は今まで豆を欠かしたことがありませんし、恐ろしい豆断ちの症状に見舞われたこともありません。ですが、異世界に行って契約者となったことで魔力が不安定になりました。おかげで、常ならぬ豆を欲する体に変化してしまったのです」
「……それ、たくさん豆を食べるようになったってだけじゃないの?」
俯く美少年と切ない声音に騙されそうになるが、要はそういうことだろう。
常の豆の量を知らないが、それを超える豆を欲して何がいけないのかがわからない。
「もしかして、お腹がはちきれるほどの豆を食べないといけないの?」
だとしたら、毎日豆で満腹でつらいはずだ。
だが、結局あずきと手を繋ぐ必要はない気がする。
「心配してくれるんですね。ありがとうございます。豆自体はそこまで食べていません。あまり意味がないからです」
「意味がない?」
豆を欲する体になったと言っていたのに、どういうことだろう。
「当初はただの豆不足なのだと思っていました。でも、いくら豆を食べても一向に満たされません。ついに歌が頭に浮かび始めて、もう駄目だと思いました」
日本ではお子様に夢と希望を与えているはずの羊羹男の歌が、この世界では恐怖の象徴とは。
それにしてもあの軽快なリズムと愉快な歌詞とメロディで、よくまあここまで悲壮感が出せるものだ。
「ですが、何故か体調が戻ったのです。そして、原因がわからないまま、不調と回復を繰り返すようになりました。そんな時、アズキに貰った豆をふと口にしてみたのです」
「ええ? あれ、乾燥豆でしょう?」
あずきが召喚する豆は、基本的には乾燥した状態だ。
それなのに何故か畑に蒔くと芽が出るが、そのあたりは豆の聖女の不思議パワーということなのだろう。
「豆を食べてすぐに、俺の体が欲しているのはこれだとすぐにわかりました。それと同時に、それまで体を取り巻いていた倦怠感のようなものが、すっと消えたのです」
「なるほど。豆の聖女の豆は濃い豆ってことなのかしら」
理屈は不明だが、豆が不足すると不調になるのだ。
豆の聖女が召喚した豆は、恐らく普通の豆よりは豆の何かが濃いのだろう。
だから、たらふく食べなくても豆成分が足りるのではないか。
……自分でも、何を言っているのかよくわからないが。
「そうですね。そして、それは豆の聖女であるアズキも同様……いえ、それ以上だと気付いたのです」
「え? 私は食べられてないけど?」
「――そ、それは当然です!」
慌ててクライヴが否定している通り、散々手を握られたりはしたが、かじられてはいない。
というか、かじれば体調が戻りますと言われても困る。
「じゃあ何? かじる以外で何か……だから、手を繋いでいたの?」
「かじるって……」
何やらため息をついたクライヴは、あずきの手をすくい取った。
「こうして直接アズキに触れた日には、不調にはなりません。豆の神の寵愛を受ける聖女は、豆の魔力の塊と言ってもいい存在。触れるだけで魔力が落ち着きました」
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