上 下
27 / 79

27 豆の王子と豆への愛

しおりを挟む
「アズキ、体調はどうですか?」
「よく寝たし、平気よ。……昨日は、ごめんなさい」
 すると、クライヴは優しい笑みを湛えたまま、首を振った。
「いえ。アズキのせいではありませんよ」
 そのまま神の庭を見渡したクライヴは、感嘆の息をつく。

「豆が生き生きしていますね。さすが、豆の聖女の力は凄いです。ここは普通の土よりは作物が育ちやすいのですが、それでも豆が育たなくなっていました。あの木も弱っていたのに、青々とした葉をつけて元気そうですね。――ありがとうございます、アズキ」

 麗しい王子が豆の生育を語っている。
 日本でこの光景を中継すれば、大勢の若い女性が豆農家になろうとするだろう。
 そう考えると、離農を防ぎ新規参入を促すのに、イケメンは有効かもしれない。
 何故か日本の豆農家の未来を考えつつ、あずきは首を振った。

「私は、たいしたことはしていないわ。昨日も迷惑かけちゃったし。次はもう少し役に立てるよう、頑張るわね」
 気合と共に拳を握ると、クライヴは困ったように微笑んだ。
「本当に、気にしないでください。それで、昨日の話をしたいのですが。今、大丈夫ですか?」

「うん。座って話そう」
 椅子に腰かけようと手を出しかけて、ずっと豆を握っていたことに気付く。
 とりあえずポケットに入れておこうとすると、その手首をクライヴに握られた。


「これは?」
「豆よ」
「それはわかります。今、出したのですか?」
 あずきがうなずくのを見ると、クライヴは小さくため息をついた。

「一度にたくさんの豆を出せば、疲労します。いけません」
「ちょっとくらいは大丈夫よ?」
「駄目です」
 遊びたいと訴える子供と止める母親みたいだなと思っていると、クライヴがあずきを手を包み込むように握った。

「あなたに何かあってからでは、遅いです」
 ミントグリーンの瞳にじっと見つめられると、さすがに動揺せざるを得ない。
 力が緩んだ手から豆が零れ落ちた音で我に返ると、慌てて豆を拾う。

 クライヴが心配してくれるのは、あずきが豆の聖女だからだ。
 顔面が麗しくて距離感がたまに狂っているから、動揺してしまうのは仕方ないだろう。
 だが、間違っても勘違いしてはいけない。

 クライヴは豆王国の王子様、あずきは日本の女子高生。
 まさに文字通り住む世界が違う存在なのだ。
 あずきは自身にそう言い聞かせると、笑みを浮かべた。

「大丈夫よ。ちょっと、豆魔法で色々できないか考えていたの」
「色々、ですか?」
 一緒にしゃがんで豆を拾いながら、クライヴが不思議そうにしている。

「うん。豆の聖女だっていうのなら、少しでも役に立ちたいし」
『豆』も『聖女』も、正直に言えば不本意というか、豆王国民ほどの愛情をもって受け入れることはできない。
 だが、どうせ豆の聖女としてこの世界で豆を育てるのならば、頑張った方が楽しそうな気がする。
 豆の聖女として豆三昧で豆々しく……違う、華々しくこの世界を去るというのも、悪くないだろう。


「そんな。アズキは十分頑張っています。神の豆も順調に成長していますし、天候も落ち着き始めました。おかげで豆の生育も回復してきたと報告が上がっています」

 豆の生育とかいうピンポイントすぎる報告が多少気にはなったが、ここは豆と猫とイケメンの王国。
 日本での豆の扱いとは異なるのだから、仕方がないのかもしれない。
 豆を拾うととりあえずテーブルに乗せ、再び椅子に腰かける。

「役に立てたなら良かったわ。でも、せっかくだしね。どうせなら楽しまないと。……そうだ。豆の名前、クライヴならわかる?」
 そう言ってテーブルの上の豆を指すと、クライヴが豆に視線を移した。

「サヤインゲンに、ひよこ豆、空豆、小豆。艶があって目が白い、いい小豆ですね」
「目?」
「小豆色ではない部分です。時間が経過すると、黄色や茶色になるんですよ」
「……へえ。詳しいのね」

 さすがは豆の王子様、豆情報も抜かりないようだ。
 豆を見る目に熱がこもり過ぎな気はするが、豆王子なのでこんなものなのだろう。
 この溢れる豆愛からすれば、豆の聖女を大切にするのもわからないでもない。

「それから、これは平豆ですね」
「平豆?」
 丸くて扁平な豆自体もあまり見たことがないが、名前にも馴染みがない。

「レンズ豆とも言いますね」
「あ、その名前は聞いたことがあるかも。でも、英語の名前がわからないのよね。レンズビーンでいいのかな?」
 平豆が和名だとすると、レンズ豆は英語なのかもしれないが、確証はない。


「エイゴ?」
「あっちの世界の言葉の一つね。豆魔法の神の言葉が英語なのよ。……まあ、ジャパニーズ向けに英単語並べている感じだけど」

 単純に単語二つで構成されているので、わかりやすいと言えばわかりやすい。
 これはつまり、歴代の豆の聖女が日本人だから、簡単に単語を並べているのだろうか。
 ありがたいにはありがたいのだが、肝心の豆の英単語の難易度が高すぎる。

「ジャパ?」
「例えば……小豆だと」
 そう言ってテーブルに転がる小豆を一粒手に取る。

「〈小豆のお供えアズキ・オファリング〉」
 手のひらの小豆が光を放って消え、そこにどっしりとしたあんこの塊が現れる。
「今回は粒あんね。……食べる?」
 何気なく聞いてみたのだが、その一言でクライヴの顔が露骨に引きつった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

サラシがちぎれた男装騎士の私、初恋の陛下に【女体化の呪い】だと勘違いされました。

ゆちば
恋愛
ビリビリッ! 「む……、胸がぁぁぁッ!!」 「陛下、声がでかいです!」 ◆ フェルナン陛下に密かに想いを寄せる私こと、護衛騎士アルヴァロ。 私は女嫌いの陛下のお傍にいるため、男のフリをしていた。 だがある日、黒魔術師の呪いを防いだ際にサラシがちぎれてしまう。 たわわなたわわの存在が顕になり、絶対絶命の私に陛下がかけた言葉は……。 「【女体化の呪い】だ!」 勘違いした陛下と、今度は男→女になったと偽る私の恋の行き着く先は――?! 勢い強めの3万字ラブコメです。 全18話、5/5の昼には完結します。 他のサイトでも公開しています。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました

平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。 騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。 そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。

慰み者の姫は新皇帝に溺愛される

苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。 皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。 ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。 早速、二人の初夜が始まった。

【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。

airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。 どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。 2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。 ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。 あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて… あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?

処理中です...