神の豆を育てる聖女は王子に豆ごと溺愛される

西根羽南

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16 イケメンの挨拶は、心臓に悪いです

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「アズキ様は恐らく、歴代の豆の聖女の中でもかなり力が強いのでしょう。契約の豆がその日のうちに発芽したという記録はありませんし、数種類の豆を召喚できるというのも稀です。きっと、神の寵愛が深いのでしょうね」
「……はあ」

 神というと、羊羹男ヨウカンマンのことだろうが。
 あの姿と寵愛されるという響きが、どうにも繋がらない。
 だいたい、寵愛された覚えもない。

「神殿には文献も沢山ありますし、聖女の間や神の庭と同じく神に近しいとされています。アズキ様は、神殿にいらした方がよろしいかもしれませんね」
「――それは、駄目です」
 間髪入れずに否定したクライヴに驚いて見てみれば、珍しく少し険しい顔でサイラスに視線を向けていた。

「何故ですか?」
「それは。……神の豆の手入れもありますし」
「特に手入れはいらない、というのはご存知でしょう」

「契約者は俺です。アズキの身を守る義務があります」
「神殿の守りならば問題ありません」
 暫し無言で睨み合っていたかと思うと、ふとサイラスが頬を緩めた。

「冗談ですよ。……それにしても、殿下がそこまで一人の女性にこだわるなんて珍しいですね」
「どういう意味ですか」

「いえ。殿下は豆青とうせいの瞳を持つ王子であり、契約者でもあります。聖女を守るのは自然なことです。――アズキ様。神殿はいつでもあなたをお待ちしています。何かあれば、ご連絡ください」
「ありがとう」
 お礼を言うと、サイラスはあずきの手を取り、その甲に唇を落とした。


「うわ?」
「――サイラス!」
 あずきの上擦った声と、クライヴの鋭い声があたりに響く。
 漫画やドラマでしか見たことがない仕草に驚いて手を引くと、サイラスは紺色の瞳を細める。

「神聖なる豆の聖女に、敬愛の印です」
「そ、そうなの」
 さすがは異世界、文化が違う。

 日本でこんなことをすれば変態だセクハラだと問題になりそうだが、異世界で美少年が相手だとそういうものかと納得しそうになるのが怖い。
 どうにか胸を押さえて鼓動を落ち着かせると、眉間に深い皺を寄せるクライヴの姿が目に入った。

「少ししただけですよ。なるほど。この魔力ならば、殿下がアズキ様をそばに置きたい気持ちもわかります。……そんなに怒らずとも、これ以上手は出しませんよ。今日のところは帰ります。それでは、また」

 テーブルの上の本を素早くまとめると、サイラスは笑みを浮かべたまま神の庭を退出して行く。
 それを見たクライヴは、ため息と共にぬるくなった紅茶を一気に飲み干した。


「……あの、クライヴ」
「何でしょうか」
 何となくクライヴが疲れたように見えるが、あずきにはそれ以上に気になることがある。

「さっきのサイラスみたいに、手にキスするのって、この世界では普通なの? 私のいた国では、物語の中くらいでしか見かけないんだけど」
「……それほど珍しいことではありません」

「そっか。そうなんだ。でも、イケメンがしちゃいけない仕草だわ」
「イケメン、というのは?」
 どうやら、いつの間にか考えが口に出ていたらしい。

「あ、ええと。顔がいい、容姿が整っている男性、かな」
 イケメンの定義など改めて考えたこともなかったが、多分間違ってはいないはずだ。
 だが、それを聞いたクライヴの表情が曇っていく。

「アズキは、サイラスのような男が好みですか」
「そういう意味じゃ……確かにイケメンだけど。それを言ったら、クライヴも相当なイケメンだし」
 兄弟だというのだから似ていて当然だったわけだが、何にしてもイケメンばかりで目の保養である。

「俺は、イケメン、ですか」
「うん。かなり」
 変な質問ではあるが、間違いないので即答する。

「アズキは俺の顔が、好みですか?」
「ええ? まあ、その……格好良いと思うけど」
「そうですか」
 一体何の問答なのだろうと首を傾げそうになるあずきとは対照的に、クライヴは満面の笑みを浮かべる。


「アズキは、王宮で過ごしてください。俺が守りますから」
「え? ああ、うん」

 守るも何も、危険なことがあるようにも思えないが。
 何にしても、既に衣食住を完全に頼っている状態なので、ありがたい限りだ。
 うなずくあずきを見て微笑んだクライヴは、そのまま手をすくい取ると、その甲に唇を落とした。

「――な、何するの?」
 再び訪れたまさかの事態に、あずきは慌てて手を引く。

「それほど珍しくないと言ったでしょう。挨拶です」
「そうなの?」
 悪びれることもなく告げるところを見ると、本当なのだろう。
 それにしても、この世界は挨拶ひとつでも鼓動が跳ねるので、心臓によろしくない。

「じゃあ、私もポリーにこうやって挨拶しないと」
「いえ。アズキは尊き豆の聖女ですから、この挨拶をする必要は一切ありません」
「でも、挨拶なんでしょう? 失礼じゃない?」
 この世界の常識だというのなら、少しはそれに馴染む努力をした方がいいだろう。
 それに自分もこの挨拶をするようになれば、された時の衝撃も和らぐ可能性がある。

「大丈夫です。――絶対に、しないでください」
「う、うん」
 妙な圧力に押さながらぎこちなくうなずくと、クライヴは満足そうにうなずき返した。
 まあ、やらなくていいのならその方がありがたいので、ここは王子様の忠告に従っておこう。
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