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7 豆が幅を利かせています
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「ねえ、ポリー。この世界……いえ、国って。豆が大切、なのかな」
変な質問だ。
日本ならば眉を顰めて問い返されること必至である。
だが、ポリーは深くうなずいた。
「もちろんでございます。豆は国の礎、国の宝。豆のない世界など、考えられません」
「おお!」
「リスト王国では、一日に一粒以上の豆を食べなければ不調になると言われております」
「おお」
「豆を愛し、豆に愛される国。それが我が国でございます」
「……おお」
思った以上に、豆が幅を利かせている。
お風呂が豆に汚染されていたのも納得の事態だ。
だが、ここで新たな疑問が湧いてきた。
「ねえ、豆豆言っているけど。何豆が一番とか、あるの?」
「豆は豆というだけで尊く、価値があるものです。優劣をつけるようなものではございません」
「……おお」
聞かない方が良かったかもしれない。
真剣な表情で語られるだけ、温度差で凍えそうだ。
「何か、ごめんね? 変なこと聞いたみたいで」
「いいえ。アズキ様は異なる世界からいらしたのですから、無理もありません。今日はゆっくりお休みください」
「うん。おやすみなさい」
ポリーが退室して扉が閉まると、あずきは小さく息を吐いた。
テーマパークのホテルのスイートルームのような、豪華な部屋だ。
こんなところに一人でいると、夢なのか現実なのかよくわからなくなってくる。
ベッドには立派な天蓋がついており、優美に垂れ下がった布が美しい。
自身に視線を落とせば、寝間着として用意されたのは丈の長いゆったりとしたワンピースだ。
真っ白なその生地は、絹のような滑らかな光沢と肌触りで、控えめに見積もってもかなり高価だろう。
「まさに、お姫様……いや、聖女様扱いね」
豆を育てるのだから、どちらかと言えば農家のような気がするのだが。
何だか落ち着かず、あずきはワンピースの裾を翻してバルコニーに出た。
「広いわ。バルコニーまで広い。バーベキューでもできそうだわ」
感心しながら一番端まで行くと、そのまま白い手すりにもたれるようにして空を見上げた。
紺碧の空には、金色の半月が輝いている。
右半分の月ということは、上弦の月か。
この世界で地球と同じような満ち欠けをするのかはわからないが、見慣れたものがあるというだけで何となく心が落ち着いた。
「……よくわからないけど、頑張ろう」
でも、本当に戻れるのだろうか。
それに、円香はあずきがいない方が幸せなのかもしれない。
少し寂しくなってため息をつくと、そのまま自分の腕に顔を伏せた。
「――アズキ!」
急にかけられた声に驚いて顔を上げて辺りを見回すと、隣のバルコニーに金髪の少年の姿があった。
さっきまで着ていた上着を脱いだらしく、服装の王子様感は和らいでいる。
だが、なにぶん本人の顔面が揺るぎない王子様なので、どこからどう見ても麗しの王子様だ。
それにしても、何故こんなところにいるのだろう。
「……隣のお部屋、クライヴの部屋なの?」
離れたままで話をするのもおかしいので近付いていくと、何故か慌てた様子のクライヴに露骨に視線を逸らされた。
「聖女に何かあるといけないので、契約者の俺が隣にいます。すみません」
「どうして謝るの?」
「女性からすると、隣に俺がいるのは抵抗があるかと……」
何を謝っているのかと思えば、そんなことか。
「別に、構わないわ。物音がうるさいわけでもないし。間の壁に扉があって、突然やって来るとかならびっくりするけど」
早朝から金髪美形王子の寝起きドッキリを仕掛けられるというのであれば、安眠できないのでお断りだ。
でも、ただ隣の部屋にいるだけなら、何の問題もない。
「そんなことは、ありません」
「なら、いいわよ。気にならない」
「それなら良かった。安心しました」
「……それで、何で顔を逸らしているの? そんなに私を見たくないの?」
あずきの顔面はクライヴのように目の保養にならないので、すすんで見たいものではないだろう。
それでも、正面切って視線を逸らされ顔を見たくないと言われるのは、さすがにちょっと切ない。
「そ、そんなことはありません! ……その。寝間着のようなので、申し訳ないと思いまして」
勢い良くあずきのいるバルコニーに接した手すりを掴んだかと思えば、言いにくそうにそう呟いた。
「え? ああ、これ?」
自身の姿を見てみれば、真っ白なロングワンピースだ。
正直、さっきまで着ていた制服の方がスカートが短いのだが、どうやらこの格好は恥ずかしいものらしい。
王妃のドレスの方が、胸元が開いていて余程色っぽかった気がするのだが。
クライヴの羞恥心の基準がよくわからないが、寝間着で人前に出るなということなのだろう。
「不愉快だったのね。ごめんなさい」
「――そんなことはありません。とてもよく似合っています」
クライヴは弾かれるようにそう言うが、すぐに慌てて視線を逸らした。
「もしかして、この格好で歩き回るのは良くないこと?」
すると、驚いた表情でこちらを見たクライヴの顔が心なしか赤く染まった。
「それは、絶対に駄目です!」
「……そんなに恥ずかしい恰好なのね。じゃあ、お部屋に戻るわ」
あずきは何ともないが、クライヴに不愉快な思いをさせるのも良くないだろう。
「――アズキ!」
部屋に入ろうと踵を返したところに声をかけられ、足を止める。
振り返ってみると、ミントグリーンの真剣な眼差しが向けられていた。
「何?」
「いえ。――俺と一緒に来てくれて、ありがとうございます」
それまで視線を逸らしていたクライヴが、まっすぐにあずきを見てそう言った。
暫しその姿を見つめると、自然と口元が綻ぶ。
「うん。……おやすみなさい」
そう言って手を振ると、今度こそ部屋の中に駆け込む。
勢いのままにベッドに飛び込むと、ふわりと花のようないい香りがした。
わからないことは多いけれど、あずきを必要としてくれる人がいるのは、何だか嬉しい。
クライヴと話をしたことで少し気が晴れたあずきは、ゆっくりと深呼吸をした。
――まずは、神の豆を育てる。
その後のことは、その時に考えればいい。
「そうよ。ものは考えようよね。ちょっとした異世界旅行だと思えば、こんなに楽しいことはないわ」
あずきはベッドの上をゴロゴロと転がると、大の字になって伸びをする。
どうやら疲れていたらしく、次の瞬間には夢の世界に旅立っていた。
変な質問だ。
日本ならば眉を顰めて問い返されること必至である。
だが、ポリーは深くうなずいた。
「もちろんでございます。豆は国の礎、国の宝。豆のない世界など、考えられません」
「おお!」
「リスト王国では、一日に一粒以上の豆を食べなければ不調になると言われております」
「おお」
「豆を愛し、豆に愛される国。それが我が国でございます」
「……おお」
思った以上に、豆が幅を利かせている。
お風呂が豆に汚染されていたのも納得の事態だ。
だが、ここで新たな疑問が湧いてきた。
「ねえ、豆豆言っているけど。何豆が一番とか、あるの?」
「豆は豆というだけで尊く、価値があるものです。優劣をつけるようなものではございません」
「……おお」
聞かない方が良かったかもしれない。
真剣な表情で語られるだけ、温度差で凍えそうだ。
「何か、ごめんね? 変なこと聞いたみたいで」
「いいえ。アズキ様は異なる世界からいらしたのですから、無理もありません。今日はゆっくりお休みください」
「うん。おやすみなさい」
ポリーが退室して扉が閉まると、あずきは小さく息を吐いた。
テーマパークのホテルのスイートルームのような、豪華な部屋だ。
こんなところに一人でいると、夢なのか現実なのかよくわからなくなってくる。
ベッドには立派な天蓋がついており、優美に垂れ下がった布が美しい。
自身に視線を落とせば、寝間着として用意されたのは丈の長いゆったりとしたワンピースだ。
真っ白なその生地は、絹のような滑らかな光沢と肌触りで、控えめに見積もってもかなり高価だろう。
「まさに、お姫様……いや、聖女様扱いね」
豆を育てるのだから、どちらかと言えば農家のような気がするのだが。
何だか落ち着かず、あずきはワンピースの裾を翻してバルコニーに出た。
「広いわ。バルコニーまで広い。バーベキューでもできそうだわ」
感心しながら一番端まで行くと、そのまま白い手すりにもたれるようにして空を見上げた。
紺碧の空には、金色の半月が輝いている。
右半分の月ということは、上弦の月か。
この世界で地球と同じような満ち欠けをするのかはわからないが、見慣れたものがあるというだけで何となく心が落ち着いた。
「……よくわからないけど、頑張ろう」
でも、本当に戻れるのだろうか。
それに、円香はあずきがいない方が幸せなのかもしれない。
少し寂しくなってため息をつくと、そのまま自分の腕に顔を伏せた。
「――アズキ!」
急にかけられた声に驚いて顔を上げて辺りを見回すと、隣のバルコニーに金髪の少年の姿があった。
さっきまで着ていた上着を脱いだらしく、服装の王子様感は和らいでいる。
だが、なにぶん本人の顔面が揺るぎない王子様なので、どこからどう見ても麗しの王子様だ。
それにしても、何故こんなところにいるのだろう。
「……隣のお部屋、クライヴの部屋なの?」
離れたままで話をするのもおかしいので近付いていくと、何故か慌てた様子のクライヴに露骨に視線を逸らされた。
「聖女に何かあるといけないので、契約者の俺が隣にいます。すみません」
「どうして謝るの?」
「女性からすると、隣に俺がいるのは抵抗があるかと……」
何を謝っているのかと思えば、そんなことか。
「別に、構わないわ。物音がうるさいわけでもないし。間の壁に扉があって、突然やって来るとかならびっくりするけど」
早朝から金髪美形王子の寝起きドッキリを仕掛けられるというのであれば、安眠できないのでお断りだ。
でも、ただ隣の部屋にいるだけなら、何の問題もない。
「そんなことは、ありません」
「なら、いいわよ。気にならない」
「それなら良かった。安心しました」
「……それで、何で顔を逸らしているの? そんなに私を見たくないの?」
あずきの顔面はクライヴのように目の保養にならないので、すすんで見たいものではないだろう。
それでも、正面切って視線を逸らされ顔を見たくないと言われるのは、さすがにちょっと切ない。
「そ、そんなことはありません! ……その。寝間着のようなので、申し訳ないと思いまして」
勢い良くあずきのいるバルコニーに接した手すりを掴んだかと思えば、言いにくそうにそう呟いた。
「え? ああ、これ?」
自身の姿を見てみれば、真っ白なロングワンピースだ。
正直、さっきまで着ていた制服の方がスカートが短いのだが、どうやらこの格好は恥ずかしいものらしい。
王妃のドレスの方が、胸元が開いていて余程色っぽかった気がするのだが。
クライヴの羞恥心の基準がよくわからないが、寝間着で人前に出るなということなのだろう。
「不愉快だったのね。ごめんなさい」
「――そんなことはありません。とてもよく似合っています」
クライヴは弾かれるようにそう言うが、すぐに慌てて視線を逸らした。
「もしかして、この格好で歩き回るのは良くないこと?」
すると、驚いた表情でこちらを見たクライヴの顔が心なしか赤く染まった。
「それは、絶対に駄目です!」
「……そんなに恥ずかしい恰好なのね。じゃあ、お部屋に戻るわ」
あずきは何ともないが、クライヴに不愉快な思いをさせるのも良くないだろう。
「――アズキ!」
部屋に入ろうと踵を返したところに声をかけられ、足を止める。
振り返ってみると、ミントグリーンの真剣な眼差しが向けられていた。
「何?」
「いえ。――俺と一緒に来てくれて、ありがとうございます」
それまで視線を逸らしていたクライヴが、まっすぐにあずきを見てそう言った。
暫しその姿を見つめると、自然と口元が綻ぶ。
「うん。……おやすみなさい」
そう言って手を振ると、今度こそ部屋の中に駆け込む。
勢いのままにベッドに飛び込むと、ふわりと花のようないい香りがした。
わからないことは多いけれど、あずきを必要としてくれる人がいるのは、何だか嬉しい。
クライヴと話をしたことで少し気が晴れたあずきは、ゆっくりと深呼吸をした。
――まずは、神の豆を育てる。
その後のことは、その時に考えればいい。
「そうよ。ものは考えようよね。ちょっとした異世界旅行だと思えば、こんなに楽しいことはないわ」
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