上 下
22 / 23

22 メルディ・マキラになるという夢

しおりを挟む
 今、アレクシスは何と言った?
 好きって、メルディのことを?
 ――アレクシスが?

「何? 全然、気付かなかったのか?」
「だ、だって」
 混乱のあまりうまく言葉が出てこないメルディを見て、何故かアレクシスは楽し気に笑みを浮かべ始めた。

「しかも、ひとめぼれだからな。馬車の中からどんぐりを拾っているメルディを見て、一撃だからな」
「何それ。大体、一撃って何? 何でちょっと偉そうに言うのよ」
 少し胸を張って宣言するアレクシスが、よくわからない。

「仕方ないだろう。髪と瞳の色も、顔も、全部、好みのど真ん中だったんだよ。そんな子が攫われかけてたんだ。……あれから、サウリ叔父さんに剣を習い始めたんだぞ」
「そんな素振りなかったし。どちらかと言えば、私のことを嫌っているのかと思っていたわ」
 心底気に入らなかったと言われた方が、まだ納得できるくらいだ。
 何故、好きなんてことになっているのだろう。

「それは……メルディはサウリ叔父さんばかり見ているし、悔しくてちょっとからかった」
「……え? やだ。本当にツンデレ」
「やめろ、その言い方」

 なるほど、これは確かにツンデレっぽい。
 神の言葉の『ツンデレ』は、聖女の騎士を見つけるヒントだと言っていた。
 つまり、アレクシスが見事にツンデレをこなしたから、メルディが聖女に選ばれてしまったとも言える。


「アレクシスがツンデレなせいで、私が聖女になりそうなのよ。どうしてくれるの」
「俺のせいみたいに言うな」
 いや、どう考えてもアレクシスがツンデレのせいな気がする。

「だって。……そもそも、何で私に聖女になってほしいの?」
 就職先が欲しいわけではないのなら、別にメルディが聖女である必要などないではないか。
「おまえが聖女で、俺が聖女の騎士になれば、ずっとそばにいられるだろう?」
「……それが理由?」

「それが理由。メルディが好きで、メルディのそばにいたくて、他の奴にそれを譲りたくない。だから聖女になって、俺をそばに置いてくれ」
 真剣な表情で訴えられ、メルディの頭はどんどんと混乱していく。

「ツンはどこに行ったのよ」
 ツンデレはツンが九割だとアニタは言っていた。
 これではツンとデレのバランスが崩壊してしまうではないか。

「もう十分だろう。意地張ってもおまえには伝わらないしな。それに、もう俺が実を食べたから他の奴には変えられないぞ」
 ツンとデレのバランスをまったく気にかけてくれないアレクシスに、メルディは呆れてしまう。


「……別に、いいわよ」
「え?」
「他の人にしたいわけじゃないわ」
 アレクシスを騎士から外したいのではなくて、メルディが聖女になるのを阻みたかっただけだ。
 だが、それを告げるとアレクシスの水色の瞳がにわかに輝きだした。

「俺でいいのか?」
「サウリ様じゃないのなら、同じだもの」
「酷い話だな。でも、嫌でもないんだろう? だったら、まだ望みはあるわけだ」
「望みって?」
 アレクシスは不敵な笑みを浮かべながら、メルディを見つめた。

「俺は聖女の騎士として、メルディを守る。いつかおまえが俺だけを見てくれるように、頑張るさ」
「は、はあ」 
「それに、おまえ『メルディ・マキラ』になるのが夢って言っていただろう?」

「忘れてよ、もう」
 半分本気、半分ヤケクソで掲げていた夢だが、こうなってしまえばただ恥ずかしい過去の遺物である。
 だが、からかうのかと思ったアレクシスは何故か機嫌が良さそうだ。

「その夢はかなうかもしれないぞ」
「え? ……亡き妻と同じ瞳の色の孤児を、ついに愛妾に……?」
「違う。一度、愛妾から思考を切り離せ」

 アレクシスが口利きしてくれるのかと思ったが、よく考えればそんなことをしてもサウリが受け入れるはずがない。
 とんだぬか喜びである。


「サウリ叔父さんと叔母さんの間に、子供はいない。だから養子をとって後を継がせるんだ」
「へえ」
 養子を迎えてまで家を存続させなくてはいけないというのだから、貴族の家というものも大変だ。

「まだわかっていないだろう。俺がサウリ叔父さんの家……マキラ伯爵家に養子に入る予定なんだよ」 
「へえ。だからずっと一緒に行動しているの?」
「ああ。剣もだが、色々教わっているところだ」

「へえ」
 小さい頃からやたらとサウリと一緒に孤児院に来ていたが、あれは仲が良いからということではなくて、将来の跡継ぎを育てていたのか。

「やっぱり、わかっていないだろう」
「何が?」
 アレクシスはサウリの家に養子に入って後を継ぐ。
 ちゃんと、わかっているのだが。
 すると、アレクシスは盛大なため息をついた。


「俺はいずれ、アレクシス・ハウルから、アレクシス・マキラになる」
「うん」
 サウリ・マキラ伯爵の養子になるのだから、それはそうだろう。

「どれだけ鈍いんだよ。……だから、俺と結婚すれば『メルディ・マキラ』になれるぞ」
「へえ……え?」
 何を言われたのかよくわからず、メルディはぽかんと口を開ける。
 それを見たアレクシスは、楽しそうに笑った。

「夢が叶うぞ。良かったな」
「な、何よそれ。だいたい、私が言っていたのはそういう意味じゃなくて」

「わかっているさ。だから、いつかおまえが俺だけを見てくれるように、頑張るって言っているだろう? その時には――メルディ・マキラになってくれ」
 突拍子もない展開に、メルディの鼓動が跳ねた。

「ツ……ツンデレはツンデレらしく、九割ツンツンしていなさいよ」
 さっきから、胸がどきどきして仕方がない。
 相手はサウリではない、アレクシスだ。
 なのに何故こんなことになっているのだろう。
 混乱するメルディの手を、笑みを浮かべたアレクシスがすくい取る。

「なら、これからは――残りの一割だ」
 流れるように、アレクシスはメルディの手に唇を落とす。

 ふわりと風に乗って、清々しいいい匂いがメルディの鼻をかすめた。




============

本編はこれで終わりです。
ここまで読んでいただき、ありがとうございましたm(__)m

次話はおまけのヤーナのお話です。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

私が死ねば楽になれるのでしょう?~愛妻家の後悔~

希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令嬢オリヴィアは伯爵令息ダーフィトと婚約中。 しかし結婚準備中オリヴィアは熱病に罹り冷酷にも婚約破棄されてしまう。 それを知った幼馴染の伯爵令息リカードがオリヴィアへの愛を伝えるが…  【 ⚠ 】 ・前半は夫婦の闘病記です。合わない方は自衛のほどお願いいたします。 ・架空の猛毒です。作中の症状は抗生物質の発明以前に猛威を奮った複数の症例を参考にしています。尚、R15はこの為です。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

私の恋が消えた春

豆狸
恋愛
「愛しているのは、今も昔も君だけだ……」 ──え? 風が運んできた夫の声が耳朶を打ち、私は凍りつきました。 彼の前にいるのは私ではありません。 なろう様でも公開中です。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。 番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています 6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております

処理中です...